一章 3 『トモ=無限、無力』
オープンの看板をひっくり返す。
「はぁー、終わったーーー接客業って思ったよりきついな」
トモとしては、静かな空間を紅茶と共に楽しむカフェテリアを想像していたが、『レイン』は違った。フェルやベルセルクは、お客さんと和やかな会話を楽しんでいるし、何だか街に寄り添うみたいな感じだ。トモはどうだったかというと、少し天気の話をしたくらいだ。得意の野菜系統の与太話で野菜の名前を全て一文字外したのは無しとして。
「疲れたし、部屋に戻って一服するか」
トモの部屋は二階に上がって一番奥まで進んで左。『レイン』に連れてこられたときに寝かさせられていた部屋だ。
因みに、部屋は六つある。階段を上って手前、左手側が、ジグロさんの部屋。実を言うと気になって入ろうとしたのだが鍵がかかっていて入れなかった。
真ん中、左手側がベルセルク。右手側にも住んでいる人がいるそうだ。フェルいわく会ってみてのお楽しみだとか……
そして奥の左手側がトモの部屋、右手側つまり正面にフェルの部屋だ ! ベルセルクが隣なのはよしとして、正面にフェルがいることが最高だ。朝起きて部屋を出るとばったりみたいなシチュが脳内で完成する。
部屋に入ると、
「あれっ ? ソファーがない。」
無くなったソファーの代わりにベットと机が置いてある。
「ベットはいいとして、机……」
机の上に積み上がっている本にハッとする。
「そういえば、この世界の文字読めないんだったー」
これまで、話が通じていたので言語的な問題はないと思っていたが、フェルに渡されたメニューで突如、言語の壁が立ちふさがった。この本は、勉強しろということだろう。出来ればフェルに教えてもらいたいところだ。しかし、今日は迷惑をかけすぎた。何度も同じミスをしたときのフェルの仏頂面を見飽きるまではやってしまいそうだが……
「おーい、相棒、下来いってんだな」
今日一日を通して、トモは何故か、ベルセルクに相棒と呼ばれるようになってしまった。ーー親密度をぐっと上げるイベントはなかったと思われるが……
階下に着くとフェルとベルセルクが夕食の支度をしていた。
「ごめん、今すぐ手伝うから。」
「トモはいいのそこに座ってて、それじゃあ、今日はトモの歓迎会をしまーす。はい拍手」
フェルが拍手を呼びかけたものの、ベルセルクは料理中で手が離せないらしい。結局拍手をしたのは二人だけだった。何だか田下家のようだ。
「もしかしてだけど、フェル……俺の部屋にベットと机を設置した ? ベルセルクは、下で働いていたから一人で……」
「うん。そーだよー。机の上の本に気づいた ? 私が文字を教えてあげるからね」
悪い予感が的中した。今日一日、フェルがフライパンを握ったのを見てない。お茶はいれれるようだが……つまり、いやこれは確定したわけではないが、彼女は力仕事が得意 ! 多分料理スキルはゼロ !
「何でも力任せでこなしちゃうもんな……こんなに可愛い顔をしてるのに、ちょっと脳筋な部分もあるんだよな……」
「トモ、さっきから頭を抱えて何ぼそぼそ言ってんの ? 考え事 ? なんかあるならちゃんと言ってね」
「そうそう、フェルが文字を教えてくれるんだよね。いやー嬉しいなー」
「私も頑張るから。トモ、今夜は眠らせないよ」
とんでもないのが返ってきた。不意打ち天使の天然パンチ(不天天拳)がクリティカルヒットしたトモは、顔を紅潮させる。
「まあまあ、二人とも席につくんだな。相棒、勘違いしちゃ駄目なんだな。姫は朝まで文字の勉強を付き合うって意味であんなことを言ったんだな。たぶん、机に縛られるんだな。」
「ナイスフォロー、ベルセルク ! お前がいなかったら一発 K.O.だったぜ」
ーーフェルのことだ。ベルセルクの言った通りである。縛るという単語が聞き捨てならなかったが……誰にでもこんな態度をとるもんなら同じ屋根の下で暮らす者として心配だ……
と思っていると、目の前に料理が並べられた。
ステーキにサラダ、スープにスライスしてある固めのパン。そして、盛り付けがオシャレ。卓上に並べられた食事は、高級レストランで出される類と変わりないだろう。トモにとって高級レストランなんて想像上のものだが……
ーーというか、ベルセルク料理上手すぎだろ !
「トモ、まだ食べちゃダメだよ。もう一人がもうすぐ帰ってくるから」
正面から注意を受けてトモは料理から目を離す。因みに、席の配置は部屋の位置と同じだ。斜め前の人を待っているのだろう。ここでイケメンに登場されると終わる。始まったばかりの異世界生活が揺らいでしまうのだたった一人のイケメンで。
「女の子がいいなー」
トモが女の子がいいな発言をした瞬間、店のドアが開いたときになるカランカランという音がした。
「何だ、ロリか」
トモは、ぼそっと呟き一安心。
店に入ってきたのは、紺色の髪の女の子。年齢は十二歳くらいに見えるが黒いドレスを着こなしていてとても上品、かつ落ち着いている印象である。花だったら紫陽花がお似合いの少女だ。
「ただいまー、ん ? そこのお兄さんちょっと来て」
「はいはい」
「 ! ! 」
トモが目の前に立つと少女は驚いた顔をしていきなり急所にグーパンチ。
「いっだぁぁ ! !」
あまりの痛さにトモは地面を這う。
「ねえ、お姉ちゃんこの人何なの ? 何だか不快なんだけど。変なこととかされてない ? 襲われたりとか」
「いきなり何すんだよ ! どんな育ちをしてきたんだか、親の顔が見たいぜ。あと、俺の名はタノシタ・トモ。昨日からここにお世話になってる。あっそうだ、昨日からだから俺のこと知ってたりする ? 」
こんな小さい女の子に言い返すのは、トモ自身いけ好かないが、少女の言っときながらあなたとは関係を持ちたくないわ、と言わんばかりのすました顔を見ていると言い返すほかなかった。
「挨拶。知らない」
「ほどほどにな」
「一つ言っとくけど、お兄さんはタブーを犯した。どこの田舎者かしら。まず、親のことを聞くなんて死んだ方がいいわ。次に名前、名前はその人の唯一の証明となることがあるの。知らない相手に簡単に名乗らない方がいいわ。名前は、記憶と結びつく。名前を奪う呪文もあると聞いたことがあるわ。でも、今のであなたが名前を奪われたような世間知らず、もしくは相当なバカとわかって安心したから、私の名前教えてあげるわ。私の名前はメイリー。これ以上は言うこともないわ」
見た目からは想像出来ないくらいの辛口コメントに罵倒され、トモは一瞬狼狽するが負けじと、
「それは悪かった。世間知らずは認めてやるけど、相当なバカではないぜ。お嬢ちゃんには負けませんよ」
「いつまで、這っているの…… ! ! もしかしてわたしの下着を ! ? 」
「見ようとしてない ! 急にキャラを変えるな ! 」
そう言われても文句を言えないポジションにいたトモはササッと席に着く。
「ねえ、お姉ちゃんなんでこんな人匿ってたの。一言くらい言ってよ ! エナが溢れているから ? ジグじいはどこに行ったの ? 」
メイリーは不満げな顔をしている。
トモは、くんかくんかと腕の匂いを嗅いで困った顔でベルセルクを見る。ベルセルクはやれやれという態度だ。
「ごめんねメイリー。トモは大丈夫だから。じーは、調べ物があるって言って出て行ったそうよ」
「俺ってそんなにヤバイ ? 」
「ふーん、それでこの人は、ジグじいの代わりになるの ? 」
完全に無視だ。
「……」
「ほら、ベルの作った料理が冷めちゃうじゃない。話は食事中でもできるからもう食べよ」
「そうなんだな。食べるんだな」
沈黙の後、フェルの一言で食事が始まった。
トモは、三人がナイフで料理に切れ込みを入れる前に切り込んでいく。
「なあ、俺って何かしらの素質があったりする ? 」
ーー悪魔のお前は恵まれている発言、メイリーの溢れるエナ、エナというものが体臭でないことは確認済み。そして、ジグロさんの代わりになる発言。トモは、これらの証言から、自分はこの世界に来る際に何かしらを貰っているという確証を得た。
フェルとベルセルクが目配せをする。
「私が責任をもって話すわ。まず、ここ『レイン』はカフェテリアの仕事と並行して、街を守る仕事もしているの。そして、トモはエナの溢れる異質の存在よ」
「なるほど。それで、フェルは悪魔と……同時に俺がなんか特別なのがわかったけど、エナとは ? 」
シンプルな疑問だ。目に見えないものだ直感的にわかるが。
「エナは魔法を詠唱するときに必要なエネルギーだよ。生命活動にも使われるからみんなが持ってる。だけどトモは量がおかしいの、私が思うにトモのエナは無限……こんなエナの持ち主見たことがないわ。心当たりとかある ? 」
「あー、俺の故郷でいうマジックポイントってやつか。心当たり ? うーん、あるような、ないような。やっぱない。それより、溢れててもいいのか ? そのエナってのは」
異世界に来る過程に決まっているのだが、誰から貰ったのかは未だに謎だ。容疑者ベルセルクは今日一日を通して違うとわかった。心当たりは、ありありだが、あるかもしれないペナルティを避けるためにトモは、転移してきたということを告げなかった。杞憂かもしれないが、念には念をだ。
「大丈夫だと思うけど……どう思う、メイリー ? 」
突然会話を振られたメイリーは驚いた顔をする。
トモは、そこメイリーに聞くか ! ? と思っていると、
「う、うん。えっと、多分、変態なのよ。ここまでのエナはあの狂人大魔法使いでも持ってないのよ。……もう人じゃなかったわ」とのコメント。
メイリーにこれ以上の無知を晒したくなかったが、聞くは一時の恥、聞かぬは一生の恥という言葉を頼りとして、
「その狂人なんちゃらとは ? 」と聞いた。
案の定、メイリーに無知を侮辱されたが、一つ知識を得た。
「上位悪魔『風の座』ロキ」
「メイリーだめ ! あんまりその名を口にすると……」
「何か起こるのか ! ? 例えば、急にここに現れて荒らしていくとか ? 」
「そんなことは起きないけど……だめなの」
「ごめんなさい」
「まあまあ……じゃあ、デザートを持ってくるんだな」
※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※
歓迎会ということで、全員の視線がトモに向いた中、ナイフとフォークをうまく使えず辱めを受けた食事が終わった。『ロキ』の名前が出てから変な雰囲気になったのだが……
ナイフとフォークについてだが、第一トモの家ー田下家では、ナイフを使うような料理が出たことがない。そもそも食事用のナイフがあったかすら定かでない。なんとなくで使えると思っていたトモだったが、全くだった。そんな訳で、無駄に器用で何でもできてしまうタノシタ・トモの完全上位互換ベルセルクにこっそり「箸」をオーダーメイド。
トモ自身、自分は割となんでもできて器用貧乏だと思っていたが、ベルセルクを見て考えを即座に払拭した。
因みに、熊に引き裂かれたパーカーも頼んでおいた。異世界に来たときに血や泥が付着していなかったのが謎を深めている服だ。
「適性診断〜 ! 全員集合 ! 」
片付けが終わったテーブルを前にして、フェルが明るく美しい声で呼びかける。
食事中、トモのエナが無限という事実が表に出たので、食事が終わりしだい、トモの魔法適性を調べることになっていたのだ。
「適性って言われると、高校のときの適性調査を思い出すな……」
都会進出希望なのに農家血統が証明された適性調査がフラッシュバックした。
「何かあった ? 」
「いや、何も……」
魔法適性とは、その名の通り、魔法の適性があるかだ。この世界における魔法はどうやら術式や詠唱をひたむきに覚えれば使えるわけではないらしい。つまり、先天的なものがないと魔法は扱えない。
「それじゃあトモ、始めよっか。調べる方法はね、メイリーの力を借りるの。メイリーは、精霊使いよ。世界で確認されている精霊使いは一人だけ。そう、メイリーがその一人なの ! 」
フェルは、嬉しそうにメイリーを紹介する。それに対してメイリーは、フンと鼻を鳴らすような仕草をする。
「メイリー、お前オンリーワンなのか ! 因みに俺は、ロンリーワンだったぜ」
トモは人差し指を立て、歯を出して決めポーズ。
「苦労してきたんだな、相棒……」
なんとなくだが意味をくみ取ったベルセルクはトモの肩に手を掛ける。
「……お兄さんそれは、かっこつけて言うことでも、自信を持って言うことでもないわ。でも、私がオンリーワンなのは確かなのよ。それに、私の力がないと、魔法適性は調べられないわ。感謝してよね。やり方だけど、お姉ちゃんで見せてあげるわ」
メイリーがそう言うと、白く光る球体がフェルの目の前に現れた。光る球体はフェルの周りを回り始める。するとどうだろう、白く光っていた球体が色を持ち始めたではないか。暫く回って、最初の位置に止まった球体は、四色に光り輝いている。
「はい、完成。魔法適性は無色の精霊がエナを吸ってどの属性に染まるかで調べるの。因みに一般的なやり方は、魔石だわ。お姉ちゃんの場合、地・水・風・火の四種類。属性はこの四つに光と闇を足して、六種類。四つ使えるお姉ちゃんは人の域を超えていると言えるわ」
「今しれっと、一般的には魔石でできるって言ったよな……で、フェルは人の域を超えている ! ? 馬鹿強くても可愛いから許す ! それにしても緑っぽい色が多くないか ? 次に青で地球を思い出す配色だなー」
「ちきゅうってのがよくわかんないけど、お兄さんわりにはいい発見だわ。お姉ちゃんはフーラの使いすぎだわ。フーラは、風属性派生型の転移魔法でエナの消費が激しいわ。本には、『ロプト・ロニル・ロキ』が開発した魔法と書いてあったはず。青は治癒魔法よ」
「私もなんで使えるのかわからないの……ってメイリー ! 」
「ついつい。まあ、フーラについては、緊急事態以外は使わないことよ」
メイリーに指摘され、フェルはふてくされた顔をしている。といえども、メイリーは見た目、十歳くらいのロリ。手足は伸びきっておらず、身長は座っているトモといい勝負。大人びた格好をしているので目に映る彼女には、かなりの補正がかかっているがこのやり取りが成り立っているのが不思議である。
「『ロプト・ロニル・ロキ』か……トリプルRだな。それじゃあ俺のも調べてくれ。ひとつ言っとくが、メイリー、俺は六色に光って神の域なんて言われても嬉しくねぇからな」
少々、生意気なメイリーには先手を打っておいたが自信はある。何たって、マジックポイントにあたるエナがプレゼントされているのに、魔法が使えないのは幾ら何でもコメディだからだ。勝手な推測だが、この世界のシリアス具合からして、それはないと思われる。
「トモ兄に限ってそんなことはないわ……」
エナが無限ということもあって、可能性を捨てきれないメイリーは、強気のトモに動揺している。
「今、トモ兄って言った ? 言ったよな ! ? 」
「揶揄うんじゃないわ ! ちょっと間違えただけよ。見てなさい ! 」
動揺を隠し切れないメイリーへの次の一手を考えていると、さっきと同様、白く光る球体が現れ、トモの周りを回り始める。が、色を付け…………ない ?
「む、無色ってなんだ ? 」
「はいおめでとう、トモ兄。魔法適性無しだわ。エナが無限の木偶の坊ね」
「期待した俺が馬鹿だったよ……」
メイリーの嬉しそうな態度を見て、トモは肩を落とす。
「ごめんね、トモ。私も悪魔と戦ったときからなんとなく、わかっていたの。だけどなかなか言い出せなくて……トモにはトモの出来ることをやればいいの。戦えなんて言わないわ。そばに居てくれるだけで十分だから」
※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※
湯船に浸かりながら、ため息をこぼす。フェルの意味深発言を聞いてから、風呂に直行した。意味深発言でありながら、フォローでもあり、戦力外通告でもある。この世界が理想と異なるということは既知であったが、今回の適性調査は流石に応えた。あれだけ振っておいて、期待させといて、無力と知ったとき、どの世界でも敗者なんだと自己憐憫に陥った。
暮らしている人数の比に合わないくらい広い風呂だった。田下家の薪で焚く風呂とは大違いの大きな浴槽の中心で一人湯気に紛れていると、
「トモ入っていい ? 」
脱衣所から高い声が聞こえてきた。
ーーん ? ってまじか、まじか ! なんだよこの急展開 ! 二日目にしてこんなことがあっていいのかよ ! 一度だけやったことのある某ゲームでは確か……
パソコンが共有ということで、親に即バレした某ゲーム。思い出したくもないが、今回は参考にさせてもらうつもりだ。
キィィと音を立てて風呂への扉は開かれた。
ーーガチで入ってきたじゃねえか ! もしかして、俺を慰めようとして……フェル、君はなんて……でもそれは、風呂じゃなくてもっとほかの場所でも。となると、いや本来ならもっと段階を踏んで……しかしだ、流石のフェルでもわかっていて入ってきているはず。そうならば、追い返すのも……仕方がない
「お父さん、お母さん、俺はタノシタ・トモは男になります。どうかお許しを。これが最後の報告になるかもしれません。それも、どうかお許しを」
湯けむりの向こうにフェルがいる。だが延々と立ち上がる白い水蒸気の塊がその姿を見せまいと妨害する。
トモが、
ーー自分からアプローチしてやる !
と思った矢先に煙が動いた。
ーー背後に回ったな。やっぱ、恥ずかしいのか……
トモは中心で背を向けながら待った。すると、
ドッボーンと凄まじい飛沫を上げて彼女は入ってきた。
ーーときに天真爛漫のフェルだ飛沫くらい気にすることでない。これは試練だ。振り向いてはいけない ! 待つんだ、落ち着けー
音が近い。ーーこの音はフェルの生脚ーふとももが湯を切る音だろう。波がトモの背中にぶつかる。つまり、ーーもう後ろにいる !
「ごめんなさいね」
「全然気にすることはないさ、フェ……」
トモは振り向く。そこに立っていたのは、お湯にしっとりと濡れた……
「このくそクマぁ ! 」
湯けむりプロレスが始まった。
「なあベルセルク、風呂入ったら縮まねぇか ? それより、俺はずっと中の人がいるのかと……」
二人は、男同士裸の付き合い ? ーフロレスを終わらせて今に至る。断じて風呂を抜くということではない。
「何を言ってるんだな ? なあ相棒、おいらだって軽い治癒魔法しか使えねぇんだな。だから、悲しむことはないんだな。武術でもいいんなら、明日の朝、店の前で待ってるんだな。じゃ、あがる。のぼせたんだな」
「それが言いたかったのか。ああ、考えとく。っておいベルセルク ! 」
ベルセルクは湯の中に沈んでいく。
「お風呂は苦手なんだな……」
トモは、お湯を吸って重くなったベルセルクを背負って風呂を出た。その姿は濡れて使えなくなった商売道具を背負って退場する中の人のようだった。
「浸かりすぎたか……」
ベットでのびるトモは茹で上がったタコのように真っ赤になっていた。ベルセルクとのプロレスもあって疲れていたのだろう、フェルとの約束を思い出すこともなく眠りに落ちた。
窓から光が差し込んで眩しい。
「もう朝か……」
ベルセルクとの約束を思い出す。
「別にいいや。フェルも無理に戦わないでいいって言ってたし。そんじゃ今日も今の俺に出来ることだけ頑張りますか」
『レイン』二日目の朝。外は快晴だった。