一章 16 『読書』
物静かな朝だった。目を覚ましたトモは、寝ぼけながら、棚に置いてある円上に並べられた魔石を見る。
この十二個の魔石は、大気中のエナを吸って白く輝く。時刻によって、順々に点灯していくので、元の世界の時計に近い。というかほぼ時計だ。フェルが言うには、これは、どっかの発明家が作ったものらしく、そこそこ貴重なものだそうだ。店にあるのは全て、ジグロさんが集めたらしい。
そして、魔石はこの世界で生きるのに欠かせないものだ。電気のないこの世界では、光を生み出すのは魔石、火、水も。魔石は種類によって、さまざまな用途で使われている。特に、商人は、他国との取引で国を出る際に、護身用としても持ち歩く。
「んーっと、今は、八時くらいか……」
八時の魔石がピタリと輝くのをやめ、九時の魔石がピコンと点灯する。
「……って九時じゃん ! 」
メイリーは、八時過ぎに学校に行くから……
「どうせ、フェルもついて行ってるし……俺、一人 ! ? 」
昨日の今日で、非戦闘員が一人でお留守番はまずいだろうと、トモは不安に苛まれる。ベルセルクがいない間も、筋トレや柔軟などの体作りは欠かさずやっているのだが、悪魔に勝てるかと言われたら、断言出来るだろう。絶対無理と。
俺がどんなに頑張っても歯が立たなかったのが、下位悪魔だ。その上に、中位、上位階級があるのは、感覚的にわかる。下位悪魔でこの強さなら、中位や上位はどんだけ強いのだろうか。まあ、考えたところで、うちの味方も相当強いのだが……。
「フェルはフーラで、ベルセルクは二回蹴ったって言ってたっけ……」
二度の戦闘を振り返ると、戦う姿は見てないものの、二人とも、下位悪魔なら朝飯前と言ったところだろう。下手をすれば、幼いメイリーでさえ、余裕かもしれない。
「俺は、毎度毎度、死にかけてるよな……」
トモがよくやっていたゲームで例えると、この世界は、最弱のモンスター、スライムが下位悪魔に置き換えられる。つまり、普通の人の初期能力では、勝てないように設定されていて、序盤から、なかなかの理不尽なのである。
そして、その理不尽の中でそうそうから、殺されそうになるトモを救ったのが、
フェル(高レベルの魔法使い)
ベルセルク(高レベルの武闘家 ? いや、斧を取りに行くって言ってたから、高レベルのきこりかバトルマスターか……高レベルのきこりっていうのも面白いけど、きこりのクマってもっと面白いな)
そして、メイリー(精霊使い)である。
このパーティーに入れたことが、無力なトモにとっての唯一の救いだろう。
美少女に、ゆるキャラに、ロリっちゃロリの愛嬌のある少女。に俺。そこそこのパーティーだと思う。一つを除いて……。そう、俺が弱すぎる。これまで、足を引っ張ってきたし、これからも足を引っ張る自信がある。今後、安定した生活が送れるかもわからない御時世なのにだ。
そして、俺のやってきたゲームでは、大体、回復要員が弱い味方のフォローや、回復に手一杯になって、一番最初に死ぬ。つまり、俺のせいで、フェルが死ぬ。味方に縋ってばかりでは、悲しい未来が待っているのだ。
そんなのごめんだ。このパーティーにおいて、俺が出来ることは何だろうか ? そもそも、俺は、なんの取り柄もない村人で……。って違う ! 忘れかけてたけど、俺はエナが無限だった ! …………だが、魔法適性なし。思い出したところで、魔法が使えないんだから、エナが無限 ? あっそう。だからどうした ? で済んでしまう。
エナを吸収して強くなる武器とか作れればいいと思ったが、残念ながら、トモにそういう技術的な知識はなかった。
勿論、精神面のフォローはするつもりだけど、それだけじゃなぁ……。敵は悪魔。悪魔の攻略……。そうだ、攻略だ。
トモの家は農家だった。小さい頃からよく、畑を荒らす厄介者イノシシについて、父と攻略法を練っていたものだ。そんな感じで、悪魔の攻略が出来れば、非力な俺でも役に立てるかもしれない !
ゲームの例えは終わりにして、トモ机に向かう。積み上げられた本の中に、悪魔のことが書いてあるかもしれないと思ったからだ。
まずは、表紙を眺める。この世界の文字は、縦文字と横文字の二種類。『レイン』での仕事の合間にフェルやベルセルクが教えてくれていたので、簡単な縦文字の方は大体読めるようになった。
「どれどれ、『マーブル昆虫記』、『魔法使い入門編』、『クマの手も借りたい』、『クマったクマ』、『クッキングクマ』、『あクマ』……『ギリシア王国物語』、『大魔女エナ』」
取り敢えず、悪魔について知りたかったトモは、『あクマ』を手に取り、読んでみる。
『あクマ』……
悪魔に出会ったら、助けを呼ぼう。私たちは『レイン』で待っている。
『レイン』は、素敵なカフェテリア。あなたに、安らぎと幸福な時間を。
メニュー
・紅茶
・その他いろいろ
裏メニュー
・ベルセルク特製バクチージュース
・おいらの天敵エンビーフライ
裏メニューが出てきたところで、一度本を閉じ、最後のページを開く。
著者 ベルセルクなんだな
「ベルセルクのやつ、本まで書きやがるのか……それにしても、バクチージュースはまずいだろ、博打要素が甚だしいわ ! つーか、悪魔関係なっ ! 」
トモは、『あクマ』を机の下に片付ける。
「次は、『クッキングクマ』か……」
『クッキングクマ』……
美味しいバクチージュースの作り方 !
まずは、バクチーを砕きます。水を加えて、完成です。…………
著者 ベルセルクなんだな
うん。予想どうりだった。これも机の下行き。ってことは、『クマの手も借りたい』と『クマったクマ』も下行きだな……
『魔法使い入門編』も呼んでみたが、魔法適性のないトモには、わからない感覚のことばかりで、何も得るものはなかった。
「残ったのは、『マーブル昆虫記』、『ギリシア王国物語』、『大魔女エナ』か……『ギリシア王国物語』と『大魔女エナ』は、作りががしっかりしてるんだよなぁ……」
迷った挙句、トモは『ギリシア王国物語』を開いてみた。
「うわっ、ここにきて、横文字ばっかかよ……。それなりの本ってことか。えーっと著者は……ジグロ・モス・ハーディン ! ? ギリシア王国について調べているジグロさんが残した本ということは……フェルに早く横文字を教えてもらわなければ」
トモは、『ギリシア王国物語』を棚に入れ、『大魔女エナ』を開く。
「こっちも横文字かよ ! 著者は……インクで塗りつぶされてる ? 透かしたら見えるか ? 」
電灯の代わりになっている、魔石で照らしてみる。
「あれっ?」
光で照らすと、著者はわからなかったものの、絵が浮かび上がった。子供が描いた落書きのように見えるが……真ん中にいる人物は、かぶっている帽子からして魔女だろう。その周りを何人かの人 ? が囲んでいる。
「なんか、重要な気がするけど、保留だな」
『大魔女エナ』も棚にしまい、机に戻る。因みにこの棚は、トモが昨晩、脚が折れて使いものにならなくなってしまった、テーブルや椅子で作ったものだ。
残ったのは、『マーブル昆虫記』だけだった。題名からして、思い当たるところがあるが……
「著者は……マーブルか、そうくるだろうなと思ったけど」
『マーブル昆虫記』……
私は、マーブル。昆虫博士だ。
まずは、この昆虫、名前は…………別にいいとして、私が昆虫採集の際に出くわした魔物についてだ。
私は、このヘラクレス・イトノコギリ・オオカブトという魔物に腕をちぎられた。その際…………
「いや、昆虫記じゃないんかい ! 」
トモは、なんだかんだで『マーブル昆虫記』にのめり込んでしまっていた。
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