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一章 9 『悪魔、クマ』

「ーーーー」


 トモは立て膝で震える両手を眺めていた。額からは大粒の汗が流れ落ちる。


 悪魔を切った。手の感覚は切るというより切れ味の悪い刃物でパンを潰し切るのに似ていた。悪魔を殺した。これまでの殺生とは明らかに違う感覚。冷や汗が止まらない。


 トモは灰のようになってしまった塊を見る。トモが切りにかかったとき一瞬悪魔はたじろいだ。おかげで目を瞑りながら振るった剣は見事悪魔の肩から脇腹にかけてを裂いた。生命活動を終え、乾き切った悪魔の身体は灰のようにボロボロと崩れ、今の状態に至る。


「俺は、悪魔を殺したんだ。敵を殺した、大丈夫だ。これでいいんだ」


 生半可な覚悟で勢いに身を任せ斬りかかった。そのため手には消えない感触が残っているのに、理解が追いつかない。荒くなった呼吸を落ち着かせるように、そして、事実と理解をつなげるようにトモは何度も自分自身にそう言い聞かせる。


 今になって背徳感に苛まれる。蛙を潰してきた。死というものを蔑ろにしてきた。自分が強かった、人間が強かったからだ。死の恐怖を感じたことはなかった。だが、この世界ではそうでない。自分の死への抵抗が、敵の死をも感化させる。殺されることも殺すことも恐ろしい。戦いのあるこの世界でトモは変貌しつつあった。


 そんなトモを待つ様子もなく背後から影が伸びる。影には長い爪もある。


「もう一体がいるんだっ ! ! 」


 ーー殺される、ならば殺すしかない。


 生きなければならない、だから殺す。選択肢は生きる方へと向かわなければならない。


 トモは振り向くと同時にポケットから火の魔石を出し、サイドスローでそれを投げつける。後ろにいたのは、影の通り悪魔である。早期発見ができていなかったならば今頃、首から上はないだろう。

 悪魔の胸あたりに当たった魔石は、光と熱を放出した。だが、それはフランベのように一時的な少爆発を見せて終わった。ダメージは微量。日光で焦げ落ちかけていた皮膚が焼け落ちただけだ。


 トモは、それを見て、すぐに剣を握り直す。間合いに入れる隙を作らないよう低い体勢のまま構える。逆袈裟斬りができればいいのだが。トゥデイ剣を初めて握りましたのトモには、上から降り下ろすか突きの技術しか持ち合わせていない。技術といってもいいのかわからないが……下ろすか突くかの二択である。


 悪魔がその気になって突っ込んでこれば、力負けして殺されるだろう。だが、仲間の死がかなり効いているのか、相当慎重になっている。緊張は解けないが。


 ーーくそっ、ここで助っ人剣聖とかが颯爽と現れるんじゃねえのか ? 街の人間が窮地に立たされてるってんのにこのタイミングでの職務放棄はまずいだろ。


「お前ハ何者」


 悪魔が掠れる声で、聞き取りづらかったが確かにそう言った。日光を浴びることで既にかなりのダメージを負っているように見える。日光が弱点というのは、経験を踏まえての推測だが。


「お前らが表に出てきたくなるほど俺は魅力的か ? 」


 質問を質問で返す。今日の襲撃は、エナに引き寄せられた悪魔によるものだとトモは想像していた。


 トモは柄の凹凸が手に食い込むほど汗ばんだ手に力を込める。力んでしまうと動きが固くなり力が発揮できなくなるということを知っていようが知らなかろうが関係ない。そんな死線である。


「主人からノ命だ。もう一度聞く、お前ハ何者」


「お前の主人は誰だ ! 」


 質問を質問で返す。目の前にいる下位悪魔が単体で。もしくは先に倒したやつとペアで。尚且つ自分たちの意思で行動していたなら、この死線を越えることだけを考えればよい。


 だが悪魔は主人からの命で動いているという確言を残した。そうなってくると話は別だ。主人の情報を少しでも集める必要がある。


 トモは今を会話が成り立ち、均衡の取れた状況だと誤解していた。よって今よりも未来を優先し、冒険に出た。

 序盤での情報不足による終盤での詰みを避けたいがための質問であったが、ーー果たして終盤までたどり着くのだろうか。そもそも人生はゲームのようにストーリーとして流れていくのだろうか。自分は取り返しのつかないことをしてしまったのではなかろうか。


 言ったあとで、トモの心に迷いと後悔が生じる。


 雑魚がすることではない。そんなことはわかっていた。既に危機的状況下にいるのだ。だが、一つを越えた心に生まれた余裕とコミュニケーションが取れているということからくる油断がトモを走らせたのだった。


 悪魔が動いた。トモは慌てて剣を引く。この体勢からできるのは突きしかないからだ。遅かった。気づけば間合いはゼロ。トモは、悪魔に押し倒された。倒れた衝撃で剣は手のひらから落ちる。悪魔は馬乗りになる。トモの目の前には、黒光りする鋭い爪。その先端は首の方に向いている。


「質問ヲ質問で返すとは、舐められたものだ。主人からは、油断するなト言われていたものの。まあよい、質問ノ意味ハわかるか愚かな人間」


 掠れた声が明瞭に聞こえる。落ち着いていた筈の発汗中枢が暴走し始め、大粒の汗が流れ落ちる。動悸で息苦しい。一触即発の死の恐怖を身体全体で感じている。


 トモは震える口を開き、蚊のような声を出した。


「ああわかる、俺はタノシタ・トモ。日本って国のド田舎に生まれ、十数年。そして今春ちょっとしたイベントに巻き込まれ異世界にきたってわけだ。これで…… ! ! ぁぁああああ ! ! ! 」


 生きるための執着が繰り出した早口が禁忌を踏んだ。

 トモは目尻が裂けるほど目を開き、のたうち回り絶叫する。


 それを真上から見下ろしていた悪魔は、狂人へと変貌していくタノシタ・トモの拘束を解除。狂気を恐れ、距離をとる。


「がぁああぁああ」




 トモの中で汚い声が響く。反射してエコーがかかっているかのように響く。


「ーータノシタ・トモ、早く迎えにきなよ。悠長なんだよ。早くさぁー、早く。早く。早く会いたいんだよ。私とあなたは二人で一人。嗚呼なんて愛しいか。愛しの私。あなたはわたし」


 ーー煩い、煩い煩い煩い煩い煩い煩い煩い。

 最悪の声、何度拒絶したか。いつまで経っても鳴り止まない。それしか聞こえない。

 暗闇の中にいる何かは、内部から舐め回すかのように薄汚く言の葉をかける。

 ーー出ていけ、出ていけ出ていけ、俺はタノシタ・トモだ。いやわたしは俺はータノシタ……俺は、俺はわたし。わたしはタノシタ、わたしは、わたしは俺 ? 俺は俺なのか ?




 狂ったようにのたうち回る少年の背中を摩るタキシードを着たクマの着ぐるみ、ベルセルクが到着した。


「……相棒に何をしたんだな ! 」


「仲間か、こいつハ強そうだ。主人は私の生を賛美してくださるだろうか」


「上がいるのか……」


「我ガ主人ヲ知りたいのか……」



 ベルセルクの拳が悪魔の腹を貫き、戦いは幕を閉じた。腹に風穴の空いた悪魔は灰になり消え去った。


「相棒……終わったんだな」


 ベルセルクは狂ってしまった少年を黒く澄んだ瞳孔で見守る。少年に何度呼びかけても、返事はない。只只叫び、もがき苦しんでいるように見える。


「相棒悪いんだな」


 ベルセルクは地面を転がり暴れ回るトモを押さえ、首根っこに軽く衝撃を与えた。


 トモは気絶し、ピタリと動かなくなった。


 街は静けさを取り戻した。そよ風に吹かれて灰が空を舞う。


 ベルセルクはトモを担ぎ『レイン』へ戻る。その途中、二人のことを影から垣間見る目があったことをベルセルクは気づかなかった、というより気づけなかった。



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