動き出す影
カラン、コロン、カラン――――――――
長い廊下に、子気味良い下駄の音がなっている。
廊下を歩くのは壮年の男一人と、それに付き従うように歩く少女。
男の外見は身長170程度。深緑色の髪に同色の瞳、緑のハットを目深に被っている。
着ている服は、髪と似た深緑色の浴衣一枚。
名前は倫道秀虎――――――――犯罪組織ファームの幹部であり、コードネームMr.オールグリンと呼ばれる凄腕の殺し屋だ。
少女の方は黒髪黒目の無表情な美少女。身長160程度。スラリとした健康的な体系で、漆黒の髪は膝まで届いている。服は黒のセーラー服に赤いリボン。近所にこんな子いたような・・・と思えるほどのありふれた格好だが、彼女が只の学生では無いことは明らかだ。その醸し出す雰囲気と腰に掛けられたロングソードが、彼女が裏の世界の住人だと無言に語っていた。
二人は淀みなく動かしていた足を止める。
二人の前には赤作りの扉。
金色で109と刻まれているのを除けば、廊下の左右に並ぶ数十の扉と全く同じつくりをしている。
「相変わらず趣味が悪い・・・。」
少女は心底嫌そうに言い捨てる。
「そう言うことは口に出すな、口に。」
すかさず倫道が咎めた。いつもの事だ。倫道自身この扉はどうかと思っているが・・・。相手の趣味は仕事には関係ない。
倫道は一度衣服を整えると扉を叩く。
「開いております。」
穏やかな―――しかし、厳格さのある――――老人の声が返ってくる。
聞き覚えのある声だ。恐らくはあの老執事だろう。
二人は言われるがままに扉を開いた。
殺風景な――――少なくとも客間とは絶対に言えないような――――小部屋である。
内装と呼べるようなものはほとんどなく、唯一部屋の中央にある木製の机と椅子が取って付けた様に置かれていた。
中に居たのは三人。
一人は先程の声の主、年60程の白髪の執事。もう一人はその主。加齢と飽食により無駄な肉を全身に付けた三十路ほどの商人。商会主の三人息子の一人だ。
そして最後の一人は黒いローブに身を包んだ、中肉中背の女?だ。
この女の正体は大方予想が付く。恐らく後宮の士官だろう・・・。確証は無いし、詮索する気も無いが・・・
自分たちは仲良しこよしな集まりじゃない。ただ目的のための道が同じだっただけ。必要以上に仲良くする必要はないが、敢えて争うことも無い。利用できる内は利用するだけだ・・・
三者三様利用しながらも奇妙に成り立つ協力関係。そんな重たい雰囲気を感じつつ会談がはじめられた。
「それではこれからもよい協力関係を―――――」その一言で会談は終わり、ようやく倫道と友加里は部屋から出て来た。
五時間ほど前来た道をまた戻る。
会議で決まったことは「アルバート家の騎士募集に乗じてターゲットを殺す」と言うもの。その詳細な計画について話し合ったのだ。
それはいい。
しかし、友加里には一つ解せないことがあった。
前を歩く倫道を訝しげに見上げる。
「倫道様、やはり倫道様自ら行かれる様なことでは無いと思うのですが・・・。」
「不満か・・・?」
「いえ、・・・しかし、・・・・。」
「これは決定事項だ。増援も必要ない。」
何故そこまで・・・
分からないが有無を言わせぬ声だった。友加里は仕方なしに頷く。
「分かりました。ですが私の同行は許していただきたく思います。」
「・・・・許す。」
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さて、風呂が無いという衝撃の事実を知ってしまったエリザベータだが、可笑しなことに気付いた。
(拳銃とかライフルとかあるのに、風呂だけピンポイントで無いとかないだろ?)
考えられる可能性としては『風呂』と言う言葉が無いと言うものだ。
つまりは、風呂を他の言葉で説明すれば伝わるかもしれない。
「ミランダ。体を洗いたいの案内してくれる?」
「体を洗うですか・・・。畏まりました。では、今ここでやりましょう。」
何を言ってるんだ、このおばさんは・・・。
こんな場所でマッパになれと言うのか。正気とは思えん。
「ミランダ、ここでは流石に無理があると思うのよ。」
「ご安心ください。こう見えても私は巧いですから。」
「いや、上手い下手の問題では―――――」
「それでは、失礼しますね。」
ミランダはグイッと手を前に出す。
「ちょ!待って!」
「安心してください。すぐに終わります。―――『ウォッシュ』」
「え?―――――――。」
絶句とも悲鳴ともつかない、小さな驚きの声がこぼれる。
何が起こったか分からなかったゆえの驚きでは無い。何が起こったか理解した故の驚きだ。
エリザベータの瞳の先。差し出された、ミランダの手の甲からは、綺麗な水があふれ出し、エリザベータの体を洗濯機のように洗い流していた。
(これは所謂アレか?生活魔法とかゆうやつか?・・・・なるほど、通りで風呂が無いわけだ。そもそも必要ないのだから。とはいえ、本当に体が洗いたかったんじゃないんだよ・・・疲れを取りたかったわけなのだよ。)
予想と違う結果に思わず肩が落ちる。ミランダの「出来ましたよ。」と言う会心の笑みを眺めながら、エリザベータは自分で作るしかないようだと静かに決心を固めていた。
そんな時、コンコンと扉を叩く音が聞こえる。
一応私は令嬢なので挨拶なしに入るような無礼者はこの屋敷には居ない。
いちいち返事するの面倒だなぁ、とは思うが。こればかりは仕方ないことだ。
「―――入っていいわよ!」
ゆっくりと扉が開かれ、入ってきたのは凸凹の二人組。レインハルトとグレンだ。
「ただいま戻りました。エリザベータ様。」
「ただいま戻りました。」
各々が返事をして、軽く頭を下げる。
「そんな畏まらなくていいのよ。それより、どうでした?」
「つつがなく了承を貰えました。」
「そう、それは良かったわ。・・・まあ、それはさておき、貴方達丁度いいとこに帰ってきたわね。頼みたいことがあるのよ。」
「いかような命令でも遂行して見せましょう。」
「ふふ、頼もしいわね。それじゃあ、早速だけど、水脈を掘ってくれるかしら?」
その後私は、レインハルトとグレンに水脈を掘らせて、昼にやってきた建築業者に命令して、ついでに作ってもらった。