第二章 はた迷惑な就職希望者
魔法の国クラシル_
この世界で最も古い魔法の歴史を持つ魔法大国である。
街の角にひっそりと看板を出す[導店]から眺める朝の景色には、役目を終えた月に代わり顔を出し始めた太陽を背にする大聖堂が佇んでいた。
この大聖堂の立って場所は、数百年前この地に魔法を授けた白龍が降り立った地らしい。
そこで白龍は英智と、一粒の雫をこの地に零して行ったそうな…
「…」
さて、気持ちのいい朝日を浴び目を覚まし今日も一日いつも通り働きたくないなぁ…なんて考えていた[導店]の店主_龍の巫女ことエレノアの死んだ目に朝からとんでもないものが映っていた。
「おはようございます!気持ちのいい朝ですよ!そんな死んだ目をしてないで目を覚ましましょう!」
そんな、朝から失礼極まりない客よりもタチの悪い来客にエレノアのその死んだ目がさらに死んでいた。
「…何でここに居るんですか?ミラさん」
雪のように白い髪にボサボサの寝癖をつけたエレノアはその紅い双眸(死んでる)を朝からやかましい来客_ミラに向けていた。
「私の名前、覚えてて下さったんですね!嬉しい!」
昨日の今日で忘れる訳がないだろうが。
「…泣きじゃくる貴女を宥めるのに苦労したのをよく覚えてますよ」
そう冷たく言い放つエレノアの前で栗色の髪を二つに結んだ少女ミラは体をくねくねとよじり出した。
「そんな…照れちゃいます。恥ずかしいので
忘れて下さい」
「ええ、貴女が消えたら今すぐにでも忘れますよ?ですからさっさと帰っ…」
「でも、二人の出会いの思い出だし…でも恥ずかしいし…」
「…」
話を聞け。
「あっ、朝ごはん作りましたので一緒に食べましょう?」
人の話を聞く気の無いミラはさっさと奥の方え消えていった。
…何勝手に台所使ってんですか?
ミラの用意した朝食をもさもさしながら何故この迷惑な客人がここにいるのかという当然の疑問について尋ねた。 ちなみに朝食はスクランブルエッグが焦げている以外は普通だった。つまり料理の腕は平均よりわずか下くらい。
「巫女さんにお説教されて私目が覚めたんです。これからは自分の力で生きていこうって!」
「ふむふむ」
「なので私、親が探してくれた仕事ではなく自分でやりたいと思える仕事を探したんです!」
「ほうほう」
「それで、見つかったので…」
なるほど。偉そうに説教したけどなんやかんやで為にはなったようです。彼女が自分の生き方を見つけられたのなら喜ばしい事です。
「なるほど報告ですか。なにもそんな律儀に知らせに来なくても良かったんですが…」
ぶっちゃけ興味ないし…
「いえ、そういう訳にも…これからお世話になるかもしれない訳ですし…」
「いや、そんな気を遣うこと…ん?」
今なんと?
妙な発言を耳で拾い、一瞬動きを止めるエレノアにミラが満面の笑みで
「私、ここで働きたいです!」
爆弾を投下してきた。
「働かせてください!!」
「いえ、間に合ってます」
「掃除でも皿洗いでも洗濯でも寂しい夜の添い寝でもなんでもします!」
「だから間に合ってます。というか最後のはもはや嫌がらせでしょう?」
今朝の爆弾テロから数時間、何度目かになるこんなやり取りにエレノアの死んだ目は更に生気を失いもはや死人のそれになっていた。
「そもそもウチでは従業員を募集してませんし、人を雇う余裕なんてありませんし」
例えあったとしても、ミラのポンコツッぷりをまじかで見たエレノアが彼女を雇う選択などする筈が無かった。
「巫女さんが言ったんじゃないですか!自分で選んで、挑戦してからがスタートだって!」
「立つべきスタートラインを間違えましたね。出直して来てください」
「出直してきたらいいんですか?」
…
「私!巫女さんみたいになりたいんです!巫女さんみたいに悩める人達を導きたいんです!」
大層な夢を語るミラに辟易しながらエレノアはソファにどっかりと腰を下ろした。
「それはご立派な事で。ではここではなくその夢をもっと相応しい所で叶えてください。ご覧の通りここには滅多に客が来ないので。貴女の素晴らしい目標をもっと活かせる場所に…」
と、ソファに寝そべりしっしっと手を払うエレノアの耳にバタンッ!と固いものが床に倒れる音が飛び込んできた。
「…たのもう」
そちらに目を向けると、そこには恰幅のいいやたら鼻の赤い老紳士がぶっ倒れた扉の上で立っていた。
…空気読めジジィ。
「いらっしゃいませ!!ようこそ[導店]へ!!」
老紳士の来客に従業員でもないミラが目を輝かせて駆け寄っていく。
「巫女さん!私のこと追い払おうとする前に私の仕事ぶりをまず見てください!きっと巫女さんも認めてくれますから!」
…いえ、そういうことではなくて…
「ようこそ[導店]へ!今日はどうなされましたか?」
例によって懺悔室スタイルのプライバシー保護ルームに通された赤鼻の紳士にミラが向かい合って座っていた。
しかし毎度客が来たタイミングで自分がこの部屋にいない為思いっ切り客と鉢合わせてしまい、もうこの懺悔室スタイル要らないんじゃないかななんて思い出した。
「ふむ、実はのこのワシの鼻の事なんじゃがな…」
と、そんなエレノアの内心を他所に老紳士は話し始めていた。
「ワシの鼻、赤いじゃろ?実はこれ病気なんじゃ」
と自らの赤く腫れた鼻を指差しそう告白する老紳士。確かに老紳士の鼻は赤く腫れ化膿し、青っ洟のような膿がところどころ出てきている。
「これをの、龍の巫女さまの力で何とかして欲しいんじゃよ」
と言う老紳士。
いや病院行ってください。
「あの…ウチは病院じゃないんですけど…それは医者に見せた方が…」
とエレノアのツッコミをミラが遠慮がちに告げる。しかし老紳士は仕切りの向こうでいやいやと首を振って(ような気がした、見えないけど)ここに来た理由を話し始めた。
「ワシも医者には掛かった。当然な。じゃがこの病はまだ治療法が確立されていないんじゃよ。何件か腕利きの医者に掛かったが皆匙を投げおった。」
いやいや、腕利きの医者がどうにも出来ないものをどうしろと?
「だからここに来たのだ。龍の巫女さまならこの鼻を治してくれるだろうと思ってな…こう…なんか神秘の力で…」
いやいや…
ミラさんといいここに来る人は占い師をなんだと思ってるのだろうか?
「最新の医療も治癒魔法も効果がないのだ、じゃがこの地に魔法を授けた龍に仕える巫女さまなら…」
以下略。
いや、無理です。私魔法は使えますがそんな高度な治癒魔法使えませんし…
「お気の毒に…さぞお辛いことでしょう」
と、いかにもな雰囲気の口調でミラが呟いた。ただ、真顔だったのでうわっての同情だと思うが…
「そんなに腫れて痛そうに…お医者様にも見捨てられて…」
「いや、別に痛くはないんだがな…」
と老紳士。
「そんなに腫れて痒そうに…」
「いや、痒くもない。別に鼻自体は何ともないんだ。見た目以外」
…
「じゃあなんで来たんですか?」
「いやだから、これを何とかしてもらう為だと言っておろうに…」
ミラのツッコミに冷静に返す老紳士。彼の様子からして病気自体は本当に深刻なものではないらしい。
つまり見てくれがアレだから何とかしたい、ということらしい。
「なんだ…もっと深刻なのかと思ったのに…」
「おい、それはどういう意味じゃ?何故そんなに落胆しとるんじゃ?」
ミラの呟きに尋ねる老紳士。
「いや、なんか大したことないから、やる気が…」
と老紳士に素直に答えてしまうミラ。
「…」
ミラに対して無言を返す老紳士。きっとその顔は大層なお怒りでしょう。見えないけど。
というかやる気とか言ってるがやる気があったところでなんとかできたのだろうか?
とそんなエレノアの疑問を他所にミラの方は
「…別にいいんじゃないですか?それくらい。」
と、本気でどうでもいい様子。ウチで働きたいアピールしてた時の台詞と熱意はどこへ行ったのか?
「…なんだと?」
対して老紳士は鼻だけでなく顔まで真っ赤にしてご立腹。見えないけど。
これはいけない。
「…落ち着いてください赤鼻さん。」
「…おい、今なんて呼んだ?」
とエレノアの呼びかけにコンプレックスを刺激された老紳士の声が鋭くなる。しかし、それをスルーしてエレノアは話をお金だけ払ってさっさとお帰り頂く方向に持っていく。
「赤鼻さんはどうしてその話をを治したいんですか?」
「…決まっている。醜いからだ。」
「醜い?誰かがそう言ったんですか?」
「…言われずとも皆そう思っておる!ワシはこの鼻のせいで子供の時から苦しんで来たのだ!この鼻のせいで妻もおらん!」
声を荒らげる老紳士にエレノアは務めて冷静に仕事を続ける。
「…私はそうは思いませんよ?」
「…何?」
「私には素敵な鼻に見えます。ぷっくり赤くて可愛らしいじゃないですか。」
「…馬鹿なっ、そんな心にも無いことを…」
「いいえ」
老紳士の声を遮りエレノアは続ける。
「醜いのは鼻ではなく、己を認められない自分なのではありませんか?」
「…」
「物事が上手くいかないのを鼻のせいにして、逃げてきたのではありませんか?誰かにその鼻を笑われたのですか?」
「…」
「自分が認めることが出来なくて、誰が認めてくれますか?自分が愛せなくて、誰が愛してくれますか?幼い頃の苦しみも、奥さんの出来ない悔しさも、鼻のせいにして逃げて自分自身に目を向けなかったんじゃないですか?この鼻のせいで自分はダメだと、いじけて俯くあなたを誰が愛してくれますか?」
「…」
「鼻がどうしようもないなら何故他を変えようと思わなかったんですか?コンプレックスなんて誰にでもあります!でも、なんでもそれのせいにしていては、前に進むことは出来ません。」
「しかし…」
「私は好きですよ?素敵な鼻じゃないですか?ね」
と隣のミラを肘でつつく。
「えっ?ああ…はい、素敵です…」
とエレノアに押されてミラも頷く。
「本当か?」
「ええ」
「カッコイイか?」
「ええ」
「醜くないか?ワシは…素敵か?」
「ええ…でも、コンプレックスを克服して、前を向いたあなたはもっと素敵だと思いますよ?」
子供のように問いかけてくる老紳士にエレノアはそう返した。
「流石巫女さん!あんな難題を簡単に解決してしまうなんて!」
貴女は解決する気ゼロでしたがね…と心の中でツッコむエレノア。
それにしてもミラといいあの老紳士といい、これでは占いではなくただのカウンセリングである。
まぁ…[導店]は迷える子羊を導く見せた方だから、これでいいのかもしれないが…
第一に私、占いなんて出来ないし…
「いやー私、ますます巫女さんみたいになりたくなりました!」
いや嘘ですよね?途中で投げましたよね?
「それで…どうでしょう?」
「どうとは?」
死んだ目を向けるエレノアにミラが期待のこもった目で
「ですからっ!私、雇ってもらえますか?」
と。
「…」
いやあれのどこに評価すべき点があったと言うのだ。
「…帰ってください。ウチは間に合ってますので」
今朝と同じ返答を返すエレノアにそれでもミラは大きく頷く。
「分かりました…修行して出直して来ます。でもっ!私諦めませんから!また来ます!」
…ええ?
修行って何するんですか?というかもう来ないでください。
なんて内心で吐きながら、「それじゃ!」と大きく手を振って店を飛び出していくミラをエレノアはため息と死んだ目で見送っていた。