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始まりの日の夢

『うわぁ……』


 目を輝かせて、目の前に立つ女性――否。女性の姿をしたオートマタを()()()()


『ふふん、どうやら気に入ったようだね』

『うん!』


 背後からの声に振り返り、大きく頷くチャーリー。その視点は、今よりもずっと低い。


(あぁ……これ、夢か……)


 ぼんやりと他人事のように感じる。自分は今、幼い頃の思い出の中にいる。


(ってことは、この人は)


 ありし日のチャーリーの頭を撫でるのは、二〇半ばほどに見える線の細い男性。束ねて肩に掛けられた癖のない金髪は、くすんだチャーリーのそれと違い灯石の光を反射して輝いている。

 親戚ではない。ほんの僅かな期間、近所に逗留していた人物で、確か名前は――


『ところで、この人形のどこが気に入ったんだい?』

『えっと……』


 名前を思い出すより先に、男性はチャーリーにそう尋ねた。

 少年はしばらく『うーん』と頭を捻って。


『なんだろ、この人形さんは他のと違って優しい感じがする、かな?』

『ふーむ。なるほど、キミは優しいと表現するか』


 子供らしい曖昧な答えに、しかし男性は満足げに微笑む。

 同時に、『今』のチャーリーはより正確にこの時感じた気持ちを言葉にする。


(このオートマタは……人形なのに、()()()なんだ)


 オートマタ技師にとって、それぞれに美意識の違いこそあれ最終的に求める到達点とは『完全なヒトのカタチ』である。

 だが、そもそもモデルとなる人間は多分に歪んでいる。手足の微妙な長さの違い、重心のずれ、歩き方の偏り……

 完全を目指すほど、完全から離れていくという矛盾。そして意図的に歪みを与えても、他が完全であるがゆえに生まれる齟齬が不自然さを作り出す。

 だが今目の前にいるオートマタは、まったくもって自然な、完全な不完全によって人間のヒトガタとして完成していた。

 それをこの幼い自分は、優しいと感じたのだ。


『実はこのオートマタだけどね、ほとんど魔術的な加工はしてないんだ』

『え……じゃあ?』

『そう! 人の技術と、計算と、それを出力する装置! 魔術なんてなくともそれだけで人間はこれだけのモノだって作れるのさ!』

『ふわぁ……』


 ほとんど意味は理解出来なかったが、少年はそれが凄いということだけはなんとなくわかった。


『……僕にも、出来るかな?』

『キミが諦めず、自分の夢を忘れなければ、きっと』


(……そっか)


 どうして今さらこんな昔のことを夢に見たのか。その理由がわかった気がした。


「……おや?」


 ふと。

 それまで微妙に靄のかかっていた声が、突然クリアになった。


「誰の夢かと思えば、なるほどキミだったか」

「へ?」


 男性が何かを懐かしむように目を細める。

 そして、それに対して間抜けな声を洩らしたチャーリーは、いつの間にか男性とほとんど同じ高さの――今の姿で向かい合っていた。


「おおかた、最近キミの近くに転がり込んだ女の子の影響だろうね。モルガン、彼を帰して差し上げて」

「え? ちょっ、待っ――」


 だがチャーリーが何か告げるよりも先に、それまで無言で控えていたオートマタが人間としか見えない滑らかな動きで近付くと、そっとチャーリーの胸元を押した。

 まるで崖から突き落とされたような浮遊感。


「それじゃ、赤くて小さな女王さまによろしくぅ」


 あっけらかんとそう宣う男性。


「な――何がどうなってるんだよ、マーリぃいいいいいいン!」


 その男性、マーリンに恨み節を投げながら、灯石に照らされた部屋の風景は闇の中に吸い込まれていき――


「あだっ!?」


 気付いた時には、ベッドから転がり落ちて頭を強かに打ち付けていた。


「……ってて……」


 側頭部を擦りながら起き上がる。カーテンの隙間からは朝日が射し込んでいる。時計を見れば七時手前だった。


「変な夢……」


 昔の思い出を見ていたと思えば、急に登場人物が現在の自分に向かって訳知り顔で語りかけて来るとは。

 夢判断でもした方がいいのだろうか。


「っていうか、本当に夢だったのかな……?」


 最後のマーリンとオートマタは、夢とは思えないほどの現実感を伴っていた。目覚めた今でさえ、耳と胸元に声と触れられた感触が残っている。


――かちゃり。


「おはようございます、マスター。いかがなさいましたか?」


 寝室のドアを開けて入って来た、全体的に赤い家政婦(ハウスメイド)

 機械的で淡々とした言葉には、ほんの少しだが主を心配する響きが混じっていた。


(赤くて小さな女王さま、ね……)


「……? マスター?」

「あぁうん、ちょっと寝返りでベッドから落ちただけだから。心配しなくて大丈夫」

「そうでしたか……朝食の準備は既に済んでいますが」

「食べる食べる。さっさと準備しないとね」


 考えてもわからない奇妙な夢のことを意識の隅に追いやって。


「せっかくの市街(シティ)歩き日和なんだ、せっかくだし出来るだけ早く行こうか」


 カーテンを開き、朝日を浴びながら大きく伸びをした。

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