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機械仕掛の従者少女

「ただいまー」

「お帰りなさい」


 自室に帰ると返事がある。当たり前のことだが半年少々独り暮らしだったチャーリーには新鮮だった。

 もっとも、未だに違和感は拭いきれないのだが。

 見ればメイド服を着た少女――メアリーはキッチンに立って夕食の準備に取り掛かっている。


「夕飯はもう少しかかります」

「あぁうん。気にしなくていいよ。まだそんなにお腹も空いてないから」


 ダイニングで椅子に座り、キッチンを行き来するメアリーを眺める。

 そのダイニングも三日間ですっかり様変わりしていた。

 わかりやすいところでは、簡易ベッドにもなるソファが新たに置かれているところだろう。元々の部屋がチャーリーの寝室と作業室で埋まっているので、彼女の寝床はダイニングしかなかった。

 もっともメアリー本人は最初眠らなくても平気だと辞退したのだが、そこはチャーリーが押し通した。

 ソファの横にも学生街の中古屋で購入した小ぢんまりとしたサイドボード。メアリーの私物用だが今のところは空だ。

 何しろメイド服も髪を結ぶリボンも、全て彼女の一部であるというのだから。


「………」


 艶やかな長髪がメアリーの挙動に合わせて波打つ。人並み外れた美貌と、特異な髪と瞳の色を除けばその姿はどこまでも人間らしい。

 だが、あの日教えられた彼女の正体は、チャーリーが製作中だった計算機であるという。

 厳密に言えば、チャーリー自慢の計算機が半分。そして残念なことに、現状分離は不可能であるという。

 その半分という因子が、作り手であるチャーリーの込めた願い――『生活を便利にする機械であれ』という存在意義を叶える本能的欲求の源となっているのだとか。

 なお、残りの半分はというと――


「マスター、あまり見つめられていると恥ずかしいです」

「え? あぁ、ごめん」


 あまり恥ずかしくなさそうな声音。表情も変わらずの無愛想。

 しかしここ数日で理解したことの一つが、メアリーは決して嘘を吐かないということだ。よく見れば少女の視線は明後日の方を向いている。


「もしかしてマスターはメイドフェチですか? 今の私の恰好に萌えていたりしますか?」


 照れ隠しにか調理の手を止め、スカートの端を摘まんで片足を軸にくるりと一回転。それだけでも充分絵になると思う。


「その『もえ』? っていうのはわからないけど、従者と主人の禁断の関係とかは興味ないかな」

「ふむ……でしたらオプションで猫耳とか付けますか?」


 顔の前で軽く拳を握る猫のポーズをしながら「マスターにご奉仕するにゃん?」と言うメアリーに、いらんいらんと手を振って答える。正直凄く可愛らしいのでずっとやられると愛でてしまいそうになるから断った。

 このようにチャーリーに理解出来ない表現や、難解な言い回しこそするものの、基本的に彼女の言葉に偽りはない。

 なので当面は、彼女のしたいようにさせるというのがチャーリーの出した結論だった。そもそも放り出そうにも色々な意味で危険だし、愛しの発明を完全に手放すのが惜しかったのもある。


「ところで、夕飯の献立は?」

「鮮度の落ちた野菜が増えてきたので、纏めてミートパイにしようかと」

「あー、そういえば最近市場にも行ってなかったしなぁ」


 基本的に一回の買い物でまとめて買い込む癖がついていたのが、メアリーの来訪や家具の準備ですっかり忘れていた。

 蒸気機関をベースにしたメアリーは水さえあればいいというので食材の減り自体ほとんど以前と変わらなかったというのもあるが。


「なら明日買い物に行こうか」

「私は構いませんが、いい加減講義に出ないと単位が危ないのでは?」

「そこは大丈夫。明日は休みだから」


 実際そろそろ出席しないとまずいのは事実なのだが、それについてはあえて言及しない。

 そんなこんなで待つこと一時間。


「いただきます」


 焼き立てのミートパイを切り分ける。

 さくっ、と小気味よい音を立てるパイ生地を開けば、封じ込められていた肉の香りがふわりと広がる。

 ナイフの圧に溢れ出した肉汁が食欲をそそる。

 一口サイズに小さく切り分け、口に運ぶ。一度噛み締めればそれだけでスパイスによって引き締められた濃厚な肉の旨みが舌を駆ける。

 続いて細かく刻んだ玉葱や人参、南瓜といった野菜の甘みが味と匂いで口腔と鼻腔を満たす。肉の脂っぽさが中和され、後味はすっきり。


「メアリーって本当、料理上手だよねぇ」

「そんなことありません。普通ですよ」

「いやいや、こんなの外でもなかなか食べられないって」


 チャーリー自身、食に対してはとりあえず空腹にさえならなければいいというスタンスだったため、料理は最低限の煮る、焼く、炒めるくらいしか出来ない。

 外食しても安くて腹持ちのいい揚げ物やパンばかりで、時々先ほどのフランツのようにフローレンスから窘められていた。


「それは単純にこの国の料理が不味……いえ、忘れてください」

「まぁ否定は出来ないけどさぁ」

「そういえばもうすぐトム・バーコックス・イヴですね。せっかくですから作りましょうか、星を眺める鰊のパイスター・ゲイジー・パイ

「あれは王国民でも賛否がわかれるからやめてくれ」


 なおチャーリーは賛否の否である。


「……ふぅ。ごちそうさま」


 王国の料理について語り合っている間に、気付けば一人前の小さなパイを乗せた皿は空になっていた。


「お粗末さまでした」


 食器を片付けようと立ち上がるメアリー。その前に置かれていたのは水だけを注いだコップがひとつ。


「メアリーは本当にそれだけでいいの? お腹空いたりしない?」

「ご心配なく。そもそも私の身体は何かを摂食するように出来ていないので……基本的には」

「基本的に、ねぇ」


 どうやらその気になれば食べれるらしい。が、それも栄養ではなく嗜好品の類としてのようだが。


「まぁキミがそう言うなら。じゃあはいこれ――」


 そういって皿を手渡し――たところで、皿に付着していた脂で指が滑る。


「あ――」

「っ」


 床に向かって自由落下する皿をただ見つめるしか出来ないチャーリー。

 対して、


――異界“式”機構クルーシュチャシステム歪曲多面機関トラペゾヘドロンエンジン起動。

――壱號【漆黒の紫影(E - A - M)


 メアリーの影が床を伝ってまるで生き物のように伸びる。直後、床に落下した皿は、その影に飲まれるように吸い込まれていった。


「ふぅ、間に合いました」


 さらに影は天井まで伸び上がり、メアリーの真上に来たところで消えたはずの皿が影の中から落ちてきた。

 それを見上げることなく受け止める。皿には欠けは勿論、一筋の罅すらも見当たらなかった。


「……家具運んだ時も思ったけど、ほんと便利だよねそれ」

「お役に立ったようで何よりです」


 影を操り内部に物体を収納。あるいは影を伝っての転位。あの夜にも見せた影を実体として操ることもそうだが、これほど短時間で異相空間を構築するなど最上級の魔術師でも不可能だろう。

 半分機械の身体に、人知を上回る技術。

 そうした特異性を有する人ならざる存在を総称して、一般に怪異(フォークロア)と呼ぶ。

 だが、彼女は機械に憑依する自らの残り半分のことをこう称した――


 曰く、この世ならざるモノ。

 曰く、外なる神(アウターゴッズ)の一。

 曰く、【這い寄る混沌】の一側面。

 曰く、【赤の女王クイーン・イン・レッド


――と。

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