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喫茶『Vive hodie』にて

「おや、今日の講義はもう終わりだぞ。それとも美人な教授と夜の講義かい?」

「あいにく今日は終日休講。もちろん夜の講義もありません」


 学生街の片隅に居を構える喫茶(カフェ)『Vive hodie』

 オープンテラスでコーヒーに顔を顰めながらジョークを飛ばすフランツに肩をすくめて返す。


「どう? 作曲の方は進んでる?」

「進んでるぞ。牛くらいの速さでな」

「それ、ほとんど進んでないじゃないか」

「む……キミは一度エスパニアに行ってみるといい。あの闘牛というのは見てる分には見事なものだぞ。参加するのは御免だがな」

「で実際は?」

「牛の歩みと言ったところだ」


 やめだやめだ、と羽ペンを放り投げる。それを見てチャーリーは苦笑しながら正面の席に座り、顔馴染みのウェイトレスに注文。


「キミの方こそ、三日もサボるだなんて珍しいじゃないか。あ、いや、講義をサボるの自体はしょっちゅうではあるが」

「サボってるわけじゃないよ。たまたま講義の直前にいい理論を閃いたり、実験の後始末やら修繕やらに追われてるだけ」

「後ろのは単なるサボりより酷いんだが……ってそうじゃない」


 どうにも馬鹿話になってしまうのは二人の悪い癖だ。と言っても二人ともそれで悩みや緊張をほぐしているので、つまりはバランスが大事ということだ。


「キミが実験をして騒ぎにならないはずがないだろう。今まで何してたんだ」

「信頼してくれてありがとうちくしょうめっ」


 それは既に学年問わず学生の共通認識なので否定出来ない自分が恨めしい。


「何もしてないって。ほんとほんと」

「……まさかとは思うが、例の計算機関連じゃないだろうな」


 ほんの一瞬、チャーリーの口元が引き攣る。だがそれも一瞬のことで、フランツには気付かれなかった。はずだ。


「あれは一介の学生に作れるようなモノじゃないよ。設計した自分で言うのもなんだけどさ」

「だろうな。が、ミニチュアくらいなら作れるんじゃないか?」


 妙なところで鋭い。今度こそあからさまに視線を逸らしたチャーリーに、フランツは嘆息。


「研究熱心なのはいいが、ほどほどにな。単位を落とすだけならまだしも、面倒な連中に目を付けられても知らんぞ」

「その時は亡命手伝ってよ。帝国も悪くはないんだろ?」

「構わんが、帝国(あっち)王国(こっち)ほど紅茶に拘りはないぞ」

今生(こんかい)はご縁がありませんでしたということで」

「調子のいいやつめ」


 ちょうど紅茶が運ばれてきたので、話を中断して砂糖を加える。

 それを見てフランツは新聞を広げる。興味深い記事でもあったのか、ほうと一息。


「『ドーバーで新種の怪異(フォークロア)出現か』、だとさ」

「ドーバー? あの港町の?」


 王国で最も大陸に近い港町。それがドーバーだ。フランツも入国する際にドーバーを経由している。


「目撃者によると、人型ではあるが屍喰鬼(グール)よりも小柄で、妙に頭が大きく手足はひょろ長。まるで奇形の猿のようであった――と」

「うわ気持ち悪っ」


 人の形に近い亡霊(ゴースト)屍喰鬼(グール)も生理的な嫌悪感はあるが、今の特徴から想像出来る姿は純粋に気味が悪い。

 新聞に載っていた目撃者のスケッチも、夢に出そうな不気味なものであった。


「被害者は三人。いずれも外傷はなく、死んでいるということを除けば至って健康そのもの」

「死んでるのに健康ってのも妙な話だけど」

「だな。で、その目撃者ってのは偶然襲われてる場所を家の窓から見たらしい。曰く、その猿のような怪物が飛び掛かったと思ったら、被害者は何の抵抗もなく眠るように倒れた」


 その後怪物が去って行ったのを確認してから家を出ると、襲われた者は既にこと切れていたという。


「触っただけで死ぬとか反則でしょ」

「だけ、なのかはわからんがな。なんにせよ危険なことに変わりないが」


 そもそも怪異(フォークロア)というもの自体、人間にとっては多かれ少なかれ脅威に他ならない。だが有名であればあるほど対処法なども確立されていることが多い。

 ゆえに新種というのはどのようにすれば撃退出来るのか不明であり、魔術によって応戦出来ない一般人にとっては下手な上級の怪異(フォークロア)より危険な存在である。

 その正体不明の怪物は現在、便宜上地名を取って【ドーバーの悪魔(ドーバー・デーモン)】と呼ばれているらしい。


「まぁ今のところはドーバーだけだが、これが広がるようなら円卓も……おっと」


 言いかけたところでフランツの腕が当たり羽ペンが落ちる。

 二人が反応するよりも先に、それを拾い上げる人物がいた。


「あぁ、ありがとう……ってキミか、フロー」

「なんか久しぶりだね、フローレンス」


 光の加減で茶色にも黒にも見える髪をポニーテールにした少女がフランツ、そしてチャーリーを見下ろす。


「久しぶり、じゃないでしょうチャーリー。三日間も講義をサボって何を悪巧みしてたんですか」

「ちょっと待って。なんで悪巧みしてたってことになってんの?」

「あなたが問題を起こさない日がありますか。それも三日間も」

「二人揃って本当に信頼してくれてありがとよふぁっきん!」


 しかし普段の行いがあれなのでそれ以上は何も言い返せないチャーリーであった。


「あなたもですよフランツ」


 そのやり取りを楽しげに眺めていたフランツを、フローレンスはじろりと睨む。

 すぐに視線はコーヒーの横で平皿にうず高く積まれたクッキーに移る。


「またそんな甘いものばかり食べて。将来健康を害しますよ」

「仕方ないだろう、作曲という崇高なる頭脳労働に糖分は必要不可欠なのだ」

「過剰摂取だと言っているんです。そもそもここ一週間ほとんど筆が進んでないように見えますが?」

「ぐはっ」

「フローレンスそれ以上はやめたげて」


 痛いところを突かれてダウンするフランツ。軽いようでどうやらスランプは気にしていたらしい。


「とにかくあなたは食生活に気を付けなさい。もっと野菜も摂るとか」

「む。野菜なら食べてるぞ、毎食フライドポテト(チップス)をたっぷりと」

「……はっ」

「さすがに鼻で笑うのは酷くないかね!?」

「あはは」


 既に何度目かわからない言い争いを始めた二人を見て、チャーリーはこの三日間での苦労が癒されていくのを感じた。

 苦労の原因は言うまでもなく、あの少女である。

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