奥付 ― 変わらない日々
ロンディニウム大学からチャーリーに星階昇格の通知が届いたのは、地下墓地の戦いから一週間後だった。
事務的な文面には二階級の昇進を一方的に告げるもので、最初は何かの間違いだと思ったチャーリーだったが、同時に受け取った手紙を読んで納得した。
円卓に盾の封印が施された差出人不明の手紙には、今回の事件における功績を評価し、報酬代わりに口利きを行ったことが遠回しな表現で認められていた。
とても話せない上に話したところで信じてもらえないだろう内容から実際の昇格まで周囲には内緒にするつもりだったチャーリーだが、目敏い悪友に見つかり気付けば行き付けの喫茶店でささやかな、しかし充分に賑やかな祝いの席が開かれていた。
しかし、その祝賀会に最も主人の慶事を喜ぶだろう赤い従者の姿は、なかった。
◇◆◇
「ただいまー」
すっかり日も暮れて自室に戻ったチャーリー。灯石を起動させ部屋を明るくすると――
「あ、お帰りなさい。マスター」
見慣れたメイド服に身を包んだ桃銀色の少女が台所からぱたぱたと駆け寄って主人を出迎えた。
「メアリー!? まだ休んでなきゃ駄目だって言っただろう!」
今朝までベッドで寝たきりだった病み上がりの従者に声を荒げるが、本人はどこ吹く風だ。
「ですから、何度も説明した通り私が倒れたのは機関の蒸気切れが原因であって、人間のような病気とかではありません」
「そういうのは昨日まで指一本動かすのも億劫だった人の台詞じゃありません」
幸いなことにチャーリーもメアリーも、後遺症になるような怪我などは見つからなかった。
しかしメアリーは蒸気切れによって機能停止。なんとか担いで連れ帰ったチャーリーも、生命維持に使うカダスを一時的に放棄した反動で二日は無気力にただ横になっていた。
ようやく三日目で起き上がり、四日目にメアリーの修理に着手。五日目の終わりがけに蒸気圧がゼロだと気付き、給水したメアリーが目覚めたのが六日目。
意識は戻ったものの全身を再起動するために時間が必要ということで、チャーリーも絶対安静を命じていたのだが。
「……マスターと横になってただお話しするのも、それはそれでいいものでしたけど」
「なに?」
「いえ、やはり私はマスターの従者なので、マスターの面倒を見ることが一番『生きている』気がするのです」
そう言って台所に戻ったメアリーはてきぱきと作業を進める。
たった一週間ぶり、それも一月前には想像もしなかった光景が、今では酷く懐かしい気がする。
「……メアリー」
「なんでしょうか、マスター?」
顔を上げ、無垢な瞳で見つめ返すメイドに、
「メアリーは、今の生活が楽しい?」
「……マスターが思われているのと、同じくらいには」
「なるほどね」
つまり、これがなければやってられないくらい楽しい、と。
「ところでマスターは、これからどうしようかという予定はございますか?」
「メアリーが考えているのと同じような感じ、かな」
「左様ですか」
つまり、こんな生活がいつまでも続くように、と。
二人で笑いながら、緩やかに過ぎる時間をさえ楽しむ。
「さぁ、今夜はマスターの昇格祝いです。マスターの胃袋を真実掴むのが誰か、改めてしっかりお教えしましょう」
「祝賀会に参加出来なかったの微妙に恨んでるでしょ……でもまぁ、そこまで言うなら見せてもらおうじゃないか。メアリーの本気ってやつをさ」
軽く視線で火花を散らすと、主人は赤い従者の引く椅子に座った。
――Case.Ⅰ 『ドーバーの悪魔』事件 了
第一章はここで完結です。
次回更新は未定です。再開のお知らせは活動報告にて行う予定です。




