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帰還

 子供の頃と言われて思い出すのは、いつも決まってベッドの上だった。

 次に浮かぶのは、何度も何度も「ごめんね」と謝る両親の悲しそうな顔だった。


(――あぁ、これは……)


 ようやく五歳になろうかというチャールズにとって、どうして両親が謝るのかがわからなかった。

 むしろ、歳に比べて聡い少年は体調を崩してばかりで周りを心配させる自分の方が申し訳ないくらいだったのに。

 それが、チャールズの生まれ持ったマナ変換資質――すなわち生命力を作り出す先天的な能力の低さ、そう産んでしまったことへの謝罪だということを知ったのは、十年近く経ってのことになる。


(僕の記憶、か……)


 その様子を、視覚だけが存在するような奇妙な感覚で眺めるチャーリーは、自分のおかれた状態に気付く。

 力尽きて【夜鬼(ナイトゴーント)】の残骸に包まれた自分は、こうして自身の過去を見せられている。


 場面が切り替わり、小康状態にまで回復したチャールズ少年は偶然鍵をかけ忘れられた父親の書斎に忍び込んでいた。

 色鮮やかな本の背表紙に目を輝かせ、しばらくきょろきょろと書架を見上げてから、手近な一冊を引っ張り出しす。


『……ま、じゅつ?』


 そこに書かれていたのは、魔術に関するいち考察。

 十歳まで生きられるかも怪しいチャールズが、まかり間違ってマナを魔術に消費して更に寿命を縮めないよう、両親や使用人は徹底してチャールズから魔術に関する物を遠ざけていた。

 それこそ、寝物語に聞かせる絵本からさえ魔法使いが出てくるようなものを避けるほどに。


『えーっと……よくわかんないや』


 そこに記された語彙や理論は、幼いチャールズにはまるで理解出来る代物ではなかった。

 しかし――


『こうしてー、こうやってー……こう?』


 ()()()()()()()()、チャールズは自分の掌の中に、炎を生み出した。


『わっ! ……うわぁー』


 小さな手の中で緩やかにうねる赤色の光に、チャールズは満足げな笑みを浮かべる。

 だがそれはマナを変換した魔術(モノ)ではなく、生まれ持っていたカダスを扱う術――クルーシュチャ方程式によって現実を書き換えた、初めての瞬間だった。


(この時は、後で散々叱られたっけ)


 だが、これ以来チャールズは体調を崩すことが少なくなり、数年後には同い年の子供の中では一番の健康体になっていた。

 検査によるマナ変換資質は相変わらず低いままで、大人は揃って首を傾げたがそれでも息子の命が助かったことに両親は大喜びだった。

 それもタネを明かせば、チャールズ自身が無意識に自分が生きる為に必要なマナを、カダスを用いて作り出すようになっただけのこと。


(そう。もしその才能を持って生まれてなければ、僕はもうとっくに死んでいた)


 そのことに気付いたのはハイスクールに上がる前後。カダスという半ば眉唾な存在を知ったとき。

 それまでも自分の使う魔術はどこか他人と違うと薄々感じていたチャールズは、その違和感の正体を確信した。

 自分は紛い物の魔術師で、それどころか生きていることこそが異常であると。


(だから僕は、この時決めたんだ)


 今の世の中は魔術師が優遇され、そして自分は知らなかったとはいえそちら側に立ってしまった。

 ならば、本来の死ぬべき時を見失ったこの命を、魔術を使えない人間でも便利に暮らせる世界を創るために使おう、と――


 ◇◆◇


 幼い頃の夢の間を揺蕩(たゆた)いながら、チャーリーは考える。


(もう、充分なのかな……)


 蛹依との闘いとて、別段油断したというわけではない。

 だが、チャーリーが無意識に『自分はいつ死んでも構わない』と考えていたのは事実だ。だから最後の足掻きを予想出来たはずなのに、全力を使い果たしてしまった。


(大学でも問題ばかり起こしてたし、それなりに満足出来る発明品も作れたし)


 形として残していないものもあるが、それについてはメアリーやフランツが悪いようにはしないだろう。


(……メアリー、か……)


 段々と靄のかかりだした頭で、自分の発明品を依代として生まれた少女のことを思う。

 半月もない付き合いだったが、最後に家族や親友でなく彼女のことを思い浮かべたのは何故だろう。


(そっけないけど本当は凄く感情的で、奔放だけど献身的で、論理的だけど情に厚くて、優しいけど残酷で……)


 そんな二律背反に満ちたメアリー。何しろその身体からして、機械と生物の雑ざりモノだ。

 そしてチャーリーの道具であると同時に、それを自身の依代たると認めてくれた肯定者。


(認めてもらえたなら、もう、満足かな……)


 そう、目を閉じて眠ってしまおうとして。


「おや、誰かと思えば」


 夢の声でも幻聴でもない、はっきりとした声音にハッと顔を上げる。


「長いことご無沙汰だったのに、ここ数日はよく会うじゃないか」


 そこにいたのは二〇半ばに見える線の細い金髪の男。

 子供の頃のチャーリーに機械人形(オートマタ)の魅力を植え付けたその魔術師は――


「……久しぶり、マーリン」


 あれから十年は経つというのにまるで変わらない姿の男に、チャーリーは呆れ気味に笑う。


「ふむ。今回の事件について調べようと幻夢郷(ドリームランド)に来てみたら、思わぬ収穫だ」

「事件って……【ドーバーの悪魔(ドーバー・デーモン)】の?」

「その通り。まぁまさか、キミがこうも深く関わってくるとは思わなかったけどねぇ」

「じゃあやっぱり……」


 マーリンといえば、この国では最も偉大な魔術師の名前だ。

 聖剣に選ばれた王を導いたとされる、白亜の王城キャメロットの宮廷魔導士。


「相変わらず察しがいいね。そう、僕も円卓(ラウンズ)の一員さ」

「それで、昼間から夢の中で何してるのさ?」


 皮肉っぽく言うチャーリーにマーリンは自嘲する。


「いやぁ、そう言われると言い返せないんだけど……今回の事件の犠牲者は【夜鬼(ナイトゴーント)】の能力で幻夢郷(ドリームランド)に魂が落とされてると思ってね。何人かは見つけて送り返せたけど、時間の経ち過ぎた人は間に合わなかった」


 即死の魔の手の正体。それは触れた者の魂を夢の深いところへ誘い、そのまま肉体を死に至らしめる()()()()だという。


「で、キミはまだ自力でも帰れるはずだけど……今度はこっちが聞くけどなんでこんな所に?」

「それは……」


 もう満足して死ぬつもりだった、と改めて言うのはどうにもばつが悪い。


「まぁ言わなくても大体察するけど」

「え?」

「夢の中っていうのは精神の全ての壁が取り払われた状態だ。そして僕にとっては現実界より幻夢郷(こっち)の方が色々な意味で動きやすくてね」


 つまりここではこの金髪の魔術師に対し、隠し事は出来ないということだろう。


「うんまぁ、キミがここで死ぬというなら止めはしないよ。キミの死で将来的に喪われる損失は大きいし興味もあるけど、そこはほら、僕にはあんまり関係ないし」

「……この人でなし」


 あっけらかんと言い切るマーリンを半眼で睨む。


「けどまぁ、説得するなら僕より適任がいるしね。ほら」


 そう指さす先に、弱々しい赤い輝きが浮かんでいた。

 赤光は二人に近付くと、人型の影に姿を変え、チャーリーに手を伸ばした。


「それが誰かは……言わなくてもわかるだろう?」

「………」


 伸ばされた手をじっと見つめるチャーリー。

 正直に言えば、このまま文字通り眠るように意識が消えるのも、それはそれで魅力的だった。

 自分で決めたこととはいえ、使命感と居心地の悪さに苛まれて生きるよりは、ずっと楽に思えた。それに本来なら死んでいたはずの命に惜しさはない。


(でも……)


 自分を認めてくれた少女(メアリー)。自分に尽くしてくれた従者(メアリー)。自分と共にあると宣言してくれた半身(メアリー)

 その彼女(メアリー)が今、自分を求めてくれている。自分が帰るのを望んでいる。

 自分のためなら惜しくない命が、突然捨てるのが勿体なくなってきた。


(思えばあの夜から、僕もメアリーに惹かれてたのかもしれないな)


 輝く手をしっかりと掴む。するとゆっくり浮上するような感覚に全身が包まれる。


「チャーリー。キミはこれから何度も事件に巻き込まれるだろう。けれどキミと赤の女王が一緒なら、きっと乗り越えられると信じているよ」

「マーリンも、いつまでもサボってないで仕事しなよ」


 激励に対してそう返すと、浮遊感は急上昇していき――


 ◇◆◇


「……ぅ」


 ゆっくりと瞼を開く。

 篝火の薄明りに照らされたそこは地下墓地で、


「マス、ター……?」


 すぐ目の前に、心配そうな顔で見つめる葡萄酒色(ワインレッド)の瞳が驚きに揺らいでいる。

 どうやら膝枕されていたようで、後頭部に柔らかさと温もりを感じる。


「……ただいま、メアリー。ごめん。心配させて――」


 頬に手を当て、謝ろうとして。


「マスター……マスター、マスター! マスター!!」


 涙声で連呼しながら、メアリーの細腕が主人の頭を抱き締める。もう二度と離さないと誓うように。

 意外と豊かな胸の膨らみを押し付けられ、チャーリーは嬉しさよりも息苦しさに悶えるが、しばらく好きなようにさせることにした。


「マスター……良かった、生きていてくれて……」

「ごめん。わりと本気で死ぬところだったけど――」


 メアリーのおかげで帰ってこれた。

 そう伝えて、今度こそ優しく撫でようとして、


「マスター……これからは、ずっと……一緒、に……」


 まるで発条の切れた機械人形(オートマタ)のように。

 メアリーの腕から力が抜け、そのまま倒れ伏した。


「……メアリー?」


 少女の名前を呼ぶ。安堵の表情は固まったまま、その唇は動こうとしない。


「メアリー? 嘘だよね、メアリー、メアリー!」


 何度も何度も、乱暴に思えるほどの力でその肩を揺するが、少女の姿をした機械が動くことはなかった。

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