夜鬼の女王
黒羊歯の一族は秀真国の魔術――陰陽道を統べる四大家が一つ、土御門の分家筋であった。
そのさらに末席に生まれた蛹依は、幼少期から式神術――器物に擬似的な生命を吹き込み使役する術――に類稀な才能を発揮し、始祖に並ぶ神童とさえ呼ばれ一時は宗家の嫡子以上に褒め称えられた。
しかし、当の蛹依は周囲の期待を意に介さず、むしろ成長するごとに人付き合いを避けるようになり、やがて一族の禁であった蘭学に手を出し、自ら望んで黒羊歯一族、そして秀真国から出奔した。
幼い蛹依にはどうして自分が持ち上げられるのか、理解が出来なかった。
何故なら彼女にとって、自分の魂を分割し器物に付与するなど、呼吸同然に出来ることだったから。
自分の式神行使がどうも他人と根本的に違うらしいと気付いた蛹依だったが、当時十二歳の自分ですら察した事実に周りの大人が誰一人気付いていないことに、一種の締観を覚えた。
それからは自分を産んだ親を含む他人を『自分とは違う生物』と定義し、己の研鑽だけに専念した蛹依だったが、そもそも基盤が異なる黒羊歯の資料だけでは限界があった。
そこで海の向こう、秀真とは別種の魔術理論が発展する世界に彼女は飛び出した。
砂漠の国において無名都市や暗黒の都市カラ=シェールを巡り、屍喰鬼や脱魂者に興味を抱いた蛹依はそれらを模倣しつつ自らの資質を複合させたオリジナルの術式を編み上げることに成功した。
そして更なる知識を、加えて良質な素体を得るために、魔導研究の最先端たる王国――ロンディニウム大学に籍を置いた。
全ては己の野望――黒羊歯一族の理想たる式神によって高度に管理された社会を曲解した、自分という突然変異種が全てを支配する、己だけで完結した群体の如き世界を作るために――
◇◆◇
「貴様――」
拐われた自分を助けに来た――そう勘違いする、かつて魂に死を刻んだ男の胸にナイフを突き立てようと腕を伸ばしたまま。
「出来れば、杞憂であって欲しかったんだけど」
何事もなかったかのように、酷く残念そうな顔で振り返るチャーリー。
その切り裂かれた服の下に、光を吸い込む闇色の金属が覗いていた。
「歪曲多面機関伍號、【極東の秘伝】……その、切れ端?」
ここにいない従者から借り受けた鎧は、確かに主の命を守り抜いた。
「……最初から、気付いていたんですか?」
尋ねながらチャーリーから跳び退る蛹依。その動きはかつての墓場の王を想起させた。
同時にもう自分は用済みだろうと、鎧は本来の影に溶けて消える。
「確信してたわけじゃない。たった一言、なんともない話の中であなたは……お前は、口を滑らせた」
――そうですか……それにしても気持ち悪いですよね。白くてのっぺらぼうのよくわからない怪異って。
「確かに【ドーバーの悪魔】は白い怪物ってのは新聞にも書いてあった。けど、無貌なんて特徴は、どの情報誌にも記載がなかった」
これは円卓の二人にも確認したことで、間違いない。
「つまり、そんな特徴を知ってるのは、僕らみたいに交戦したか――」
「――あるいは、使役する黒幕のどちらか、か……」
チャーリーの言葉の後を引き継いで、蛹依は、
「……ククッ。まさか、その程度の失言で入念に準備を重ねた復讐が台無しになるとはな……」
温和な女学生の顔を捨て去り、鋭い眼光を輝かせ墓場の王そのものの口調で自嘲した。
「執念深いお前の性格なら、僕に対する意趣返しで確実に胸か胴を狙ってくる。そう踏んだから防げたんだ」
「なるほど。助けた人質に裏切られ、絶望の中で死に逝く様を眺めようとしたのが仇となったか」
蛹依の周囲に群がる【夜鬼】。その中には影武者としての役割を終え変質した、ドルイトだったモノの姿もある。
「確かにその直感は素晴らしいものがある。だからこそ、どうだ? 今からでも我らに下る考えはないか?」
余裕たっぷりに両手を広げる蛹依に、神話生物が傅く。その光景は女王に頭を垂れる騎士のようにも見えた。
「いかなカダスの使い手とはいえ、よもやあのメイドなしにこの軍勢を打倒出来るなどと言いはすまい?」
「……確かに、普通に考えて無謀だよね」
洞窟の地に宙に、目視出来る範囲で蠢く百体の【夜鬼】。さらにその手は触れた者を永劫の眠りに誘う必殺の魔の手。
「――でも、受け入れたところでこの群れを放つことに変わりない。でしょ?」
「……ほう」
顎で先を促す。
「お前のことだ、僕がどう答えたところで僕を無視してこいつらを地上にけしかける。それで『お前のせいで王都は壊滅した』って詰ることで復讐とする。さっきドルイト教授の身体で言った通りにね」
「正解だ。そのいやはやまったく、講師としては優秀な学生を褒めねばなるまいな」
しかし思考を看破されても蛹依は相変わらず目を弓形に細めるばかり。
「だが、それを読んだところでどうする? この地下墓地は王都のあらゆる場所に通じている。あのメイドも今地上で暴れているようだが、さすがに一人で王都全体を守るわけにもいくまい?」
それについて、メアリーを信頼するチャーリーでも反論の余地はない。ほとんど最強のように見えるメアリーにも限界はあるということは主人として理解している。
「ならば、どうする? 命乞いでもしてみせるか?」
「どうするも何も――」
そう言ってチャーリーは改めて、これから行うことへの決意を地上固める。
「メアリーが頑張ってるんだ、マスターの僕も体張らなきゃでしょ」




