守るべきもの
「失礼するぞ!」
その声と同時に、研究室の扉が吹き飛んだ。
「ッ!?」
破片から顔を庇いながら振り返る。そこにいたのは――
「少年、関わるのはやめとけって言わなかったか?」
「トリスタンさん……それにモルも」
「ん。久し、ぶり」
大剣を担ぐモルドレッド。一方のトリスタンは投げナイフを構えながら、チャーリーを視線で糾弾する。
「また貴方たちですか……王室の狗は鼻が良いようで」
「こちとら猟犬なんでな。鼻が利かなきゃやっとれんよ」
ドルイトに注意を戻し、皮肉に皮肉で応えながら油断なく、じりじりと距離を詰めていく。
「その腕の怪我、モルドレッドにやられただろ?」
「そうですな。どういうわけか修復がうまくいかない。かなり強力な呪詛で阻害されているのはすぐにわかりましたよ」
二人が近付いた分、ドルイトも後退する。だがやがてその背中は窓にぶつかり逃げ場を失う。
「観念しろ――」
「待って!」
トリスタンがナイフを放つ、その瞬間。
チャーリーが叫んだことで、ほんの僅かに射線がずれる。
急所を狙って投擲されるはずだった銀閃をドルイトは回避。代わりに甲高い音を立て窓の硝子が砕けた。
「斉ッ!」
フォローすべく飛び出したモルドレッド。裂帛の気合と共に振り下ろされたその太刀筋は、
「させません」
「――ぐ、っ」
幾条もの黒い影によって拘束され、切先が届くか否かのところで停止させられた。
「……感謝するよ、二人とも」
そう言ってドルイトは大破した窓に飛び乗る。いつの間にか右手を包んでいた包帯は取り払われ、深い裂傷の残るその腕で硝子の破片に構うことなく窓枠を掴む。
「流石にここで戦うのはいろいろと準備が足りない。なので今は退却しよう。大学教授というのは便利な隠れ蓑だったが、もう必要もないのでね」
「はいそうですか、なんて言うとでも?」
「言わざるを得ないだろうな。何故なら」
余裕に目を細めるドルイト。
その身を守るかのように、チャーリーとメアリーは間に割って入った。
「少年。まさかとは思うが、正気か?」
「正気ですよ。不本意ではありますけど、ね!」
そう言って牽制のつもりか机の上にあったものを二、三ほど投げる。しかしそんなものが通用する相手ではなく、全てが払われ、あるいは掴み取られた。
「……なるほど。嘘は言ってねぇ、と」
トリスタンはチャーリー、メアリー、ドルイトの順に値踏みするように眺めると、
「……いいぜ、この場は見逃してやる」
「え?」
「あら」
「ほぅ……」
意外な返答に三者三様の反応。
モルドレッドは得物を戒める影から抜こうと四苦八苦してそれどころでない。
「ただし、次見つけたら問答無用で――叩き潰す」
「面白い。出来るなら、な」
目の笑っていない不敵な笑顔の応酬はほんの数秒。
「では、失礼――」
躊躇いなく窓から外へ。大学教授を装った怪異は姿を消した。
「……さて」
それを見届けてから、トリスタンはチャーリーを視線で射抜く。
メアリーの影から解放されたモルドレッドも剣を正眼に構え直す。
「いろいろ言いたいこたあるが……少年。何故邪魔をした?」
気弱な人間であれば卒倒しかねない底冷えする声に、チャーリーは、
「わかってて訊いてるでしょ、トリスタンさん」
その手に握られた、先程チャーリーが投げた投影晶石を指差して挑発するように笑い返す。
「タネはわからないけど、その中に記録されてる映像に気付いたから、彼を見逃したんでしょう?」
「……ロンディニウムに、王家に仇なす怪異を、たかが学生一人人質に取られたから逃がすってか?」
さらに眼光を鋭くするトリスタン。かつてのチャーリーであれば萎縮しただろうそれを、しかし今は正面から受け止める。
介入する覚悟は出来た。それを示すように。
「……はぁ。これがもし、少年を主人公にした物語なら、俺らは人質を犠牲にしようとして、結局役に立たないかませなんだろうがな」
「トリスタンさん……?」
「けどな、俺らにゃ俺らなりの矜持がある。『王家と王国、そこに生きる民を守る』。そこに価値の差はねぇし、九十九人を守るために一人を捨て石にするつもりもねぇ。守るのは、全員だ」
その言葉にチャーリーはほっとする。最悪の場合この二人と、王国最高の騎士たちと戦う可能性すら考えていただけに。
「それにどういうわけか、やっこさんはお前さんらにご執心のようだ。前言撤回で悪いが――協力してくれるかい、少年?」
「……はい!」
差し出された手を、チャーリーはしっかりと握り返した。




