責任の所在
「………」
「………」
人通りのない夜道を無言で歩くチャーリーとその後ろに付き従うメアリー。
従者の少女が特に用のない時に無口なのは普段通りだが、そんな彼女に話題を振る主人も今は黙々と足を動かすのに徹している。
理由は言うまでもなく、先ほど円卓の騎士から受けた忠告が原因だ。
(驕ってたと言われたら、否定は出来ないよなぁ……)
チャーリーとて功名心で動いたわけではない。危険な怪異を駆除しなければと思ったのは純粋な善意によるものだ。
けれどその根底には『自分なら出来る』という傲慢が確かにあった。それはかつて捨てたと思っていた――
「っ……あのさ、メアリー」
思い出しかけた嫌な記憶を振り払おうと、歩みを止め後ろを歩くメアリーに声をかける。
が、
「………」
メアリーからの返答はなく、代わりにぼすっと背中にぶつかってきたところでようやく足を止めた。
「……メアリー?」
不審に思って振り返る。
そこにあったのはいつもの無表情な女中の顔で、
「っ」
その、紅玉よりも深く紅い眼の端から、一筋の涙が零れていた。
「……ごめん、なさい」
ようやく口を開いた少女が呟いたのは、謝罪だった。
「ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい――っ」
「ち、ちょっと待ってメアリー!」
壊れた時計のように謝り続けるメアリーの肩を掴む。
「いきなりどうしたの? それに、その……」
「……ま、せんでした」
「え?」
その声は小さく、何と言ったか最初はわからなかったが、
「マスターのこと、守ることが出来ませんでした」
「あ……」
「私はマスターの役に立つために……お守りするために存在しているのに……もしあの時、トリスタン様たちが駆けつけてくださらなければと思うと……」
今のメアリーは感情回路が制限されている。それでもなお、涙を流すほどに心を揺さぶられている。
そのことがチャーリーには衝撃的で、そして同時に申し訳なさが込み上げてきた。
「違う! メアリーは僕のためによく尽くしてくれている。今日だって僕の我儘に付き合って戦ってまでくれて――」
「違いません! もし本当にマスターの、チャーリー様のことを思っていたのであれば、危険だと、万が一があればと引き留めることだって出来ました。なのにそうしなかったのは、そういうマスターが誇らしかった以上に、私ならどんな相手であっても敵じゃないだなんて傲慢な思い上がりをしていたからなんです!」
「なら僕だって同じだよ! 一回勝ったくらいで調子に乗って、それでこうしてやり込められた! いや、もうはっきり言うけど正直『メアリーがいるから大丈夫だろう』なんてことも思ってた! いくらメアリーが強いからって、勝手に頼りにして自爆した分僕の方が酷いくらいだ!」
「いつも言ってるじゃないですか! 私はマスターのためになるのが存在意義だって! マスターが私のことを頼りにしてくれるのは私にとって至上の歓びなんです! それを最低だなんて卑下されたら、私の立つ瀬がないじゃないですか!」
主従二人、『どちらがより悪かったか』で口論を始める。夜更けということもあって語調は強めつつ声はそこまで張っていないのが二人らしいといえばらしいが。
「マスター。私はマスターの意見は最大限尊重します。ですが今回ばかりは譲れません」
「奇遇だね。僕もメアリーの意思は可能な限り自由にさせたい。でも今回はダメだ」
「だいたいマスターはちぐはぐなんですよ。自分の発明に関しては猪突猛進なのに、私生活となると奥手で自信なさげで……私でも正直ヘタレに思う時があって、ようやく格好いいところが見えたと思いましたのに」
「おいこら、誰がヘタレか誰が。そういうキミだって淑やかで完璧なメイドを気取ってるけど、一皮剥けばまぁ毒は吐くわ思考回路は斜め上だわの愉快型蒸気メイドじゃないか」
「ぐぬぬ……」
「うぬぬ……」
いつの間にかただの罵り合いに発展し、二人睨みあう。
しかしそれも一分と保たず、ほとんど同時に二人とも溜め息を吐く。
「……もうやめようか。流石に不毛すぎるし」
「そうですね。この件はもう触れないということで」
「けど、これだけは確認しよう。本当に悪いのは……」
「えぇ、一番の原因は……」
「「あの怪異なのは、間違いないな(です)」」
そうして落としどころを見つけようやく歩き出す。ただし、今度は二人並んで。
「それで、メアリーはどうする? 二人の言う通り、もうあの墓場の王には関わらない?」
「私は、マスターのご意向に従うまでです。ですが、次からはそれが少しでも無謀なことと判断すれば、必ず引き留めます」
「そっか、ありがとう」
そう言ってメアリーの髪を梳くように優しく頭を撫でる。口論が終わって再び無表情だったその目が細められる。
「僕もちょっと、今回の件は懲りたというか、考えさせられたからね。しばらくは自制するさ」
「しばらくは、ですか」
「言葉のあやだよ」
揚げ足を取る従者の額を指でつつく。
(……けど、本当にあやか? また無意識に傲慢になってないか?)
そう心の中で自問するが、答えは出なかった。
そして同時に、泣いているメアリーの顔がずっと頭の中にこびりついていた。




