自惚れ
「なるほどねぇ……」
ここ数日に起きた諸々と、そこから推察出来ること。
二人の話を聞いて、トリスタンは椅子の背もたれに体重をかける。
倒れそうで倒れない絶妙なバランス感覚は、流石は円卓といったところか。
「ま、少年らとあの死体モドキの因縁はわかったよ。出来ることなら排除したいっていう少年の考えもわからんでもない」
けどな、とトリスタンは区切りながら、チャーリーの目を見る。
「こいつぁお前さんのために、敢えて率直に言わせてもらうが……少年、自惚れるなよ?」
その視線は先程までの緩さがなく、チャーリーを厳しく叱責している。
「有効打を持つ? 対処出来る? は。俺に言わせりゃ、少年の考えはナイフ一本で粋がってるそこらのチンピラと同じだ」
「随分なお言葉ですね」
主人を侮辱されたと思ってか、メアリーは外見だけなら歳上の男を見る。チャーリーにはその影が揺らめいた気がした。
だが、トリスタンは怯むことなく視線をメアリーに移す。
「お嬢さんもだ。あんたも確かに強いんだろう。全力でやりあえば、俺とモルの二人がかりでも勝てんかもわからん」
「ん……」
どことなくしょんぼりと首肯するモルドレッド。
「けどそれはあくまで全力を出せれば、だ」
「ん」
今度は自信ありげに首肯。
その指摘に珍しくメアリーは言い返すことなく押し黙る。
何故なら、
「お嬢さんの方は自覚あるんだろ? あの猿みたいなのに手間取って、俺が助太刀しなけりゃ少年は今頃永遠の眠りに落ちてたってよ」
「……否定は、しません」
悔しげにそう言うと、メアリーは深々と頭を下げた。
「遅くなりましたが、マスターの命を救ってくださり、ありがとうございました」
「だからいーっての。謝罪より俺ぁ反省が欲しいっての」
「反省、ですか?」
「おう。たまたま一回あの怪異に勝てたからって過信し過ぎたことをだよ」
図星だった。
あのたった一回、ある意味では不意討ちによる勝利は、チャーリーに万能感を覚えさせるに充分だった。
「あと、は……わたしたち、で、どうにか、する」
「そういうこった。お前さんらはあれに遭遇する前の生活に戻ればいい。何も難しいことは言ってないだろ?」
「それは、そうですけど……」
実際、円卓が動くというのであれば最早チャーリーが介入する必要もないだろう。自惚れがあったといえど、王国最高の騎士を押し退けようとするほど舞い上がってはいなかった。
二人が身の程を理解したと判断したのか、トリスタンの目が幾らか柔らかくなる。
「流石に完全に放置するってのも忍びないからな。全部終わったら使いくらいは出して知らせるさ」
そうして妥協案まで出されては、チャーリーとしても受け入れる他にない。
「……わかりました。すみません、わざわざ気を遣わせてしまって」
「ん? いやいや。というかな、俺も騎士としての立場とか常識を鑑みて言っただけで、個人的には少年の心意気は評価してるんだぜ?」
口調こそ軽いが、その言葉に嘘はなさそうであった。
「少年がもう少し場馴れでもしてれば……って言ったところでどうにもならんがな。さて、俺からはそんなところだ」
「……お話、終わっ、た?」
相変わらず眠そうなモルドレッド。というか半分くらいは意識が旅立っているように見える。
「おう。んじゃ、なんか暗くなっちまったし、あとは適当に呑んで気分を明るくしようじゃないか」
「あ。す、すみません」
店のマスターを呼ぼうとしたトリスタンの言葉を遮る。
「ん、もしかして手持ちがないか? なぁに気にすんな、それくらいオジサンが出してやるって」
「そうじゃなくて、その……円卓に誘われるなんて光栄ですけど、今日はお暇させて下さい」
そう言うチャーリーの顔をしばらく見て、
「……残念。それじゃまたの機会にでも」
食い下がることなく、去っていく二人を静かに見送った。
◇◆◇
「しかし、ロンディニウム大学ね……」
二人が出ていってからしばらくして。
エールの注がれたグラスを傾けながら、トリスタンは思考を巡らせる。
「そういや最近、教授の失踪事件があったのもロンディニウム大学か……」
「……フラウンダーステーキ博士、だっけ?」
「んな腹の空く名前じゃねぇよ。フランケンシュタインな、ヴィクター・フランケンシュタイン」
最近、若いながらも魔導生物工学において画期的な論文を幾つか提出していた学者の名前を出す。
「今のところ表沙汰にはなってないが、時間の問題だろうな。にしても……」
偶然と言ってしまえばそれまでだ。
しかし、戦士としての直感が、この件には何か繋がりがあるようだと、そう告げていた。
「……駄目だな。腹減って考えもまとまらん。ちと遅いが何か食べるか?」
「なら……カレイのムニエルが、いい」
「俺は素揚げのが好きなんだが……ま、いいか」
まずは素材があるか訊かねばなるまいと、トリスタンは気怠げに席を立った。




