円卓の騎士
――ザシュッ。
『ギヒッ』
チャーリーに死を齎す手が触れる寸前。
白い悪魔は地に縫い付けられた。
見ればその胴体は、刀身から柄まで白で染められた短剣によって貫かれている。
チャーリー、そして残る三体の【ドーバーの悪魔】が突然の事態より立ち直るより先に、
『ガッ』『グヒッ』
続け様に二本、同じく白染の剣が悪魔の腹を引き裂いた。
『……これは――』
「よいしょ、っと」
闖入者の存在に、余裕を失って身じろぐ墓場の王。
その背後から、肉厚で長大な剣が振り下ろされた。
『ぐぅっ……』
肉体の枷から解き放たれた生きる屍特有の脚力で跳躍し、その一撃を回避する。
しかし完全には回避出来なかったようで黒いローブは引き裂かれその下の腕からどす黒い血がぱっと飛び散った。
「外した、か」
そう呟いたのは、巨大な剣を振り下ろした人影。
対峙する墓場の王と同じくローブにフードで全身を隠しているが、こちらは清潔で高級な刺繍が施されている。そしてその体格はメアリーよりも小柄だった。
「よくもマスターに……許しません――っ!」
無感情のまま熱くなるという器用な技を披露して、主人の動揺が伝わったのか動きが鈍くなった悪魔たちにメアリーが攻勢に出る。
避けようとした白い小悪魔は、どこからか放たれる白の刃に貫かれて動きを止めた。
『………』
謎の剣士を警戒しながらそれを眺めていた主人たる怪異は、
『……潮時か』
再び大きく跳躍し、現れた時とは逆に夜闇に溶けるように姿を消した。
「逃げ、た?」
剣士、そして主従二名はしばらく警戒していたものの、
「……異質な気配、完全に消失。少なくともこの近辺には存在しないと思われます」
「……っはぁ」
メアリーのその一言で、チャーリーはようやく気が抜け、その場にへたり込んだ。
「危なかった……あ、その。ありがとうございます」
乱入してきた剣士の視線が自分を見ているのに気付き、慌てて居住まいを正して礼を述べる。
「ん。問題、ない。これが、私たちの――」
「そう、これが俺たちの仕事だからな」
「―――!」
背後からの声に振り替えれば、そこには剣士と同じローブを纏う男性が立っていた。
こちらはフードを被っておらず、端正ながらもどこか道化のように気の抜けた素顔を晒している。年の頃は三十前後といったところか。
メアリーは接近に気付いていたようだが、何も言わないということは悪意や敵意はないということだろう。
「お疲れさん、少年。ほれ、立てるかい?」
「あ……どうも」
差し出された手を取って立ち上がる。というか細腕からは想像出来ない力でほとんど引き起こされた。
「えと、それで、あなた方は一体……」
とある予感を抱きながらも、チャーリーは名前を尋ねる。
男性は「ふむ……」と頬を掻きながらしばし考えると、
「お前さんがロンディニウムの市民であれば、これを見れば何となくわかるんでないか?」
そう言ってローブの下――礼服とも鎧ともつかないデザインの衣装――の胸に刻まれた徽を見せる。
十二等分された円の中心に、十字を刻んだ盾の紋章。
「円卓……やっぱり、あなたは円卓の……!」
「おう。王室直属特務分隊、通称『円卓の騎士』、『聖盾』所属の騎士。本名はいろいろあって明かせないんでトリスタンと呼んでくれ。んでこっちが……」
「……モルドレッド。モル、で、いい、よ?」
そう言って小柄な剣士がフードを脱ぐ。表れたのは十代半ばほどの少女の顔だった。
「ま、こんな辛気臭いところで立ち話もなんだ。場所を変えようぜ」
「……どうする?」
従者に問うと、視線だけで「マスターの意向に従います」と返してきた。
「……わかりました」
そうして四人は墓地を後にする。
打ち捨てられていたはずの白い悪魔は、気付けば塵となって消えていた。
◇◆◇
『円卓の騎士』――それは王家に仕え、王国を守護する十二人の騎士の通称。
王家以外の権力からは完全に独立し、王家を守るため弑逆者や侵略者の排除、怪異の駆除、時には国外への諜報活動を行う剣にして盾。
それゆえ活動の詳細は勿論、構成員さえ極秘事項であり、確かに存在するものの半ば都市伝説のように語られる影なき守護者たち。
「んで、だ」
その円卓の一人であるというトリスタンの案内で四人が入ったのは、ロンディニウム中央にある一軒の酒場だった。
といっても他に客はなく、四人以外ではマスターらしき人物がいるのみだ。
「改めて、俺らは円卓のトリスタンとモルドレッド。で、少年は?」
「あ、すみません。チャールズ・バベッジです。よければチャーリーと呼んでください。で、こっちが」
「チャーリー様の従者を務めております、メアリー・ブラッドクインと申します。以後お見知りおきを」
丁寧に頭を下げるメアリーに、トリスタンは「よく出来た女中だねぇ」と軽口を叩く。しかしその目は抜け目なく二人を観察していた。
その隣で、モルドレッドはこっくりこっくりと首を揺らしている。薄っすら目が開いているので寝てはいないようだが。
「それでその、ありがとうございました、本当に」
「ん? だからいーっていーって。俺たち円卓は王家の名のもと、国家と国民を守ることが仕事なんだからよ」
繰り返し頭を下げるチャーリーにひらひらと手を振るトリスタン。
「不躾を承知でお伺いしますが」
そこに、メアリーが割って入った。
「私の理解する限り、円卓の騎士は構成員の顔も秘匿されていたと思います。助けて頂いた義理もありますし、あの投擲の技量を持つトリスタン様を偽物と疑うというわけではありませんが、私どもに正体を明かしてよかったのですか?」
「まぁそりゃそうなんだが……仮に俺らが名前を言わなかったとして、ここまで付いてきたかい? なぁ、機械仕掛けのお嬢さん」
「ッ――」
メアリーの顔が一層強張る。
「大したこっちゃない、ウチにも少年やお嬢さんみたいなびっくり人間がいるってだけの話さ」
「ん……」
トリスタンの言葉を首肯するモルドレッド。相変わらず船を漕いでいるだけにも見えるが。
「こっちだけがそっちの弱みを握ってるのは公平じゃないだろう? 特に今回はこっちが情報を貰う側になるんだ、礼儀くらいは弁えてるさ。騎士だからな」
「情報……?」
首を捻るチャーリーに、モルドレッドが、
「あそこ、に、いた理由……それと、最初から、知り合い、みたい、だった?」
「そういうこった。そこらへん詳しく教えてもらえるかい?」
どうやら、ほとんど最初の方から見られていたらしい。
観念して、チャーリーはここ数日の出来事と、自分たちの推察を二人の騎士に語った。




