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死を告げる白き影

 メアリーが降り立ったのは前回とは場所こそ違えど、やはり教会裏の墓地であった。

 二人以外に人影はおろか、木の枝が擦れる音さえない静寂。けれど背中を伝う冷気は、明らかに十一月のそれだけが理由ではなかった。


「ここで間違いない?」

「はい……隠れても無駄です。出てきなさい」


 翼を影に戻したメアリーがそう告げると、


『……クックック……久しいな』


 まるで夜闇から浮き上がるように、二人の前に黒ローブが現れた。

 全身を覆っているために同一個体とは断言出来ないうえ、洞窟の奥から響くような声も区別がつかない。

 だが、チャーリーたちを知っているかのような言い種から、答え合わせは不要だった。


「まさか、まだ生きてるなんてな」

『いや、()()()さ。あの日、我らは確かに貴様らによって滅された。あの時感じた死の冷たさ、忘れられるはずがあるまいて』


 だが、と蘇った墓場の王(ノーライフキング)は区切って、


『死を克服せんと探求する儂にとって、肉体など一時の器に過ぎん。壊れたならば新たに用意すればいいだけのことよ』

「メアリーの予想が当たったわけだ」


 あの屍喰鬼(グール)の首魁はただ屍を壊しただけでは討滅出来ない。真に倒すには自我を宿す仮初めの魂を消滅させる他にない。


「ですが、同じことでしょう。貴方の配下は私に勝てない。そしてお気付きでしょう、マスターは貴方にとって天敵とも言える存在であると」


 亡霊(ゴースト)がいち怪異(フォークロア)と定められていることからわかるように、魂だけの存在と侮るなかれ、物理的な干渉を受け付けないそれは一つの脅威と認識される。

 ある程度腕の立つ魔術の使い手であれば、その魂を構成する架空燃素(フロギストン)を分解することで駆除することも出来るが、当の亡霊(ゴースト)自体が強力な力を持つ場合、それに抵抗することも多々ある。

 しかし、チャーリーのようにカダスを用いた現実改変、世界の上書きであればこの限りではない。


『あぁ、そうだな。確かにそこの若造に「滅びよ」と言われては、流石の儂も疾く滅びる他あるまい』

「なのにこうしてのこのこ出てきた。つまりあるんだろう、僕に対する攻略法が」


 そのチャーリーの予測に、フードの奥でニヤリと笑った気がした。


『まずは、我が新たな配下をご覧あれ』


 そう言って右手を掲げる。王の号令に呼応して、偽りの生命を取り戻した死体が地面から這い出る。


起動(スイッチ)()――」

『させると思うかね?』


 自らの歯車を組み換えようとするメアリーの宣言が、地を割り飛び出した枯れ枝のような手に遮られた。

 踝を掴む右手を蹴り飛ばす。見た目以上の膂力に手は呆気なく引き千切れたが、その間に屍の群れが迫っていた。


『どのような絡繰(カラクリ)か知らんが、使えなければ意味はなかろう?』

「……マスター、少々の無作法をお許しください」


 嘲る死者の支配者を無視して、メアリーは地面を蹴った。

 飛び出した勢いのまま、正面の屍喰鬼(グール)の腹にスカート越しの鋭い膝蹴りを見舞う。

 腐汁が飛び散り肉が潰れ、背骨を粉砕した不快な感触に顔をしかめる。そのまま首と四肢を砕いて完全に行動不能にしようとして――


「―――!」


 理由はわからないが、背中を駆け抜ける悪寒に太腿を蹴りつけ、すぐさま死体から離れる。


『グ、グウゥ……』


 既に生命なく、痛みや疲れを忘れ去ったはずの屍が腹を押さえて蹲る。見れば他の屍喰鬼(グール)も同じように腹や胸、あるいは喉を苦悶するように掻き毟っている。

 そして――


『グ、ガ――グエェェェ――』

「な……」


 蠢く屍どもは一斉に、白い塊を吐き出した。

 塊の形は楕円形に近く死体の上半身の中にすっぽり収まるほどで、てらてらと粘液に覆われている。

 そんなものを出したからには無事で済むはずもなく、口を中心に屍の顔や喉は崩壊していた。

 そうして口からの出産とも言える行為を終えた屍喰鬼(グール)は、そのまま地に倒れ伏し動かなくなった。


「いったい、何が……」

「動かないでください、マスター」


 あまりの展開に唖然とするチャーリー。それを庇うように手を伸ばすメアリーは、視線だけはその物体から逸らさない。

 そして――


『ギ……ギィ、イ……』


 粘液を突き破り、白く細い腕が突如として天に伸びた。

 それを皮切りに、次々と生える腕。しばらく所在なく揺れたそれは、やがて地面を突いてゆっくりとその奥にある胴体を引き摺り出した。


「あれは……」


 その姿に、チャーリーは思い当たるものがあった。

 白い身体。枝のように細い四肢。胴体に対して異様に巨大な頭部には、目や鼻、口といった一切の器官が見当たらない。

 一言で言うなら奇形の猿。だがそれは何日か前に新聞に載っていた、新種の怪異(フォークロア)――


「……【ドーバーの悪魔(ドーバー・デーモン)】」


 その名を呟く。眼球のない顔の全てがチャーリーを見上げた。


『まだ未完成だが、今の貴様らにはこれで充分だろう。こやつらの手にかかれば――』

「どこで」


 新たな配下を自慢気に語ろうとする墓場の王(ノーライフキング)を遮って、


「どこで、これを創造する方を知ったのですか?」

「メアリー?」


 いつになく真剣みを帯びた瞳で詰問するメアリー。


「死体を素材にしてカダスと混ぜ合わせ、新たな生命に作り替える……その不完全なクルーシュチャ方程式、どこで入手したのですか?」

「クルーシュチャ方程式……!?」


 今はまだ人類の手に余る理論。それをこの怪異(フォークロア)は不完全と言えど死体に埋め込み、こうして起動に成功したとメアリーはいう。


『それを知って何になる……貴様らはここで果てるのだからな!』


 王の振り下ろした右手を合図に、白い悪魔たちはメアリーに襲い掛かる。


「マスター、とにかく回避に専念を。特に手に触れてはいけません」

「わかってる、よっ!」


 悪魔の総数は十三匹。動きの鈍い屍喰鬼(グール)と違い、その細い手足のどこにそんな力があるのか機敏に跳ね回る。

 メアリーは実体化した影を槍や壁、あるいは虎鋏のように変化させ攻防巧みに操るが、小さな悪魔たちは素早く避けてしまう。

 その動きはまるで全ての個体が一つの意思のもと動いているようで、死角からの不意討ちすら回避する神業めいたもの。


(いえ、実際あれは一つの群体なのでしょう。動かしているのは一つの式。その操者は……)


 黒ローブは最初に現れた場所から微動だにしない。既に勝利を確信したかのような余裕さえ見える。

 一方のチャーリーは、


「くっ!」


 メアリーに言われた通り、白い悪魔が突き出す死の腕を必死に回避していた。

 メアリーの防衛を潜り抜けチャーリーに目標を定めた個体は四体。これで充分ということか、あるいはメアリーは倍以上を以て当たるべき脅威と認識しているのか。


『ギヒッ』

「っ、危な……!」


 攻勢に出ようにも、チャーリーは触られただけでジ・エンドなのだ。四対八本の腕を捌くので精一杯だ。

 遂に地面を転がる。それを嗤うように悪魔たちが身体を揺らしている。


「いつでも狩れるからって、余裕見せてくれちゃって……」


 立ち上がるチャーリー。そして再び動き始めた白い悪魔は、


「触れないからって攻撃出来ないと思うなよ!」


 チャーリーが投げた小さな礫が一体の頭に刺さる。


『ギ、ギギッ……ギイッ……』


 その一体は額の激痛にしばらく悶絶し、やがて動かなくなった。


「やった……?」


 立ち上がる時にそれとなく拾った小石にチャーリーが付与したのは『術式停止』の絶対命令。同じ式で動くモノを命なきモノに戻す理。

 即興だったので上手くいくかは五分五分だったが、どうやら賭けには成功したようだ。


「……マスター、私が回避に専念をと言った理由は」


 しかしメアリーは明らかに呆れの混じった声で、


「下手に攻撃が通るとわかって、マスターまで警戒されるのを防ぐためだったのですが」


 無慈悲にそう告げると、残る三体から先程までの挑発的な気配が消えた。

 それはもはや獲物を定めた猛獣の如し。


「そういうことは先に言って――」

「マスター!」


 言い終わるまで待たずに。

 三方向――正面と、右手から地を這うように低めた足元、左手から木を足場にした頭上――から、白い悪魔の手がチャーリーを襲った。

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