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夜景の中の夜警

「昼の話……サナエさんが言ってたこと。メアリーはどう思う?」


 そう問いかけるチャーリーの表情は渋い。


「……愚問ですね、マスター」


 同じく、渋面を作り主を見るメイドはしかし、


「女の子、それも私のようにとびきりの美少女と二人きりでいる時に、他の女の話を持ち出すなんて、デリカシーに欠けているとしか言えません」

「いやそういうことじゃなくて」

「冗談です……ですけど、そうやってばっさりなのもマイナスです」


 日没を迎えた夜のロンディニウム。

 二人がいるのはその遥か上空。例によって夜闇の中でも存在感を放つ影の翼を広げるメアリーに、チャーリーは抱えられるようにして眼下の街を眺めている。

 歪曲多面機関トラペゾヘドロンエンジンが駆動しているからか、今のメアリーは普段よりテンションも言動の突飛さも高めだ。


「今度から気を付けるよ……ともかく、あいつが本当にまだ生きてる、いや存在してると思うかい?」


 先日二人が倒した上級怪異(フォークロア)墓場の王(ノーライフキング)

 完全に討滅したはずのそれが、再び人を襲ったというのは、当事者にとっては俄かに信じられなかった。


「あり得ません」


 主人の疑問に、改めて真紅の従者はぴしゃりと断言する。


「マスターのクルーシュチャ方程式による干渉で、蘇生を封じられたあの屍は完全に消滅しました。少なくとも同一個体であるはずがありません」

「だよね……」


 あまり自分の生命力の活性化以外に使うことに慣れてないとはいえ、あの時は確実に仕留めた手応えがあった。


「可能性としては三つ考えられます。一つは彼女の証言が嘘、あるいは噂に過ぎなかった場合」

「どちらにしても、それが一番いいんだろうけどさ」


 こうしてわざわざ警戒しているのが無駄骨になるのだが、誤報であるに越したことはない。


「二つ目に、別個体がこの王都に潜伏していた場合」

「だけど、そうぽんぽん出没するものなのかな?」


 上級という階級(ランク)付けに紛うことなき力を持つ墓場の王(ノーライフキング)だが、当然というかその発生率は実力に反比例して高くない。

 一説では屍喰鬼(グール)十万体に対して一体とも言われている。いかに人の多い王都に葬られた死体が多いとはいえ、ほとんど同時に発生するものだろうか。


「そして最後にですが……先日の個体が完全には滅んでいなかった場合」

「あれ? さっきメアリーは消滅したって」


 その発言の矛盾に疑問を抱くが、


「『あの屍』の器は完全に朽ち果てました。ですが、今思えば違和感というか、器の消滅とほぼ同時に逃げ出すような気配があったような気もします。もしかすると個我だけが架空燃素(フロギストン)を使い亡霊(ゴースト)化して脱出した可能性もあります」


 そう言って、メアリーはしゅんと眉尻を下げる。


「申し訳ありません。あの時私がもっと気を配っていれば」

「いいよ。メアリーだってまさかそんなことになると思わなかったんでしょ」


 誰の責任でもない。悪いのは唯一、逃げ延びた屍の怪異(フォークロア)だ。


「メアリーに落ち度はなかった。それは僕が保証するから暗い顔するの禁止」

「わかりました……ですが」


 しかしそう命じると、今度はくすくすと笑い始めた。その響きにはどこか苦笑も混ざっている。


「責任はないと言っておきながら、こうして夜回りはするんですね」

「……だって、寝覚めが悪いじゃないか」


 責任はない。が、一度は自分たちで勝てた相手だ。

 もし、それが再び人を襲っているのならば止めたいと願う。その程度の正義感は持ち合わせている。


「もしかしたら僕以外でも対処出来るのかもしれないけど、動かないで後悔するよりはいいさ」

「マスター……もしかしたらお気付きでないかもしれませんが」


 そこで一度優しく微笑み、


「それ、ハーシェル様と同じこと言ってますよ」

「………」


 力ある者は力なき者を守る義務がある――すなわち高貴なる者の責務ノブレス・オブリージュ

 薄々気付いてはいたものの敢えて指摘されるとどうにもこっぱずかしい。


「そ、それで。今のところ変な気配とかは感じない?」


 わざとらしく話題を変えるが、メアリーは素直に視線を下にやり、東から西へと王都を観察。


「今のところは。でなければこうして軽口も言いません」

「まぁ、そうだよね」

「というわけで、もうしばらくはこの素敵な空中デートを楽しみましょう。まともな飛行装置のないこの世界この時代、王都の夜景は私たちで独り占めです」

「う……」


 デート、と言われてチャーリーは困ったように口を結ぶ。

 生まれてこの方機械いじりに傾倒し続けた結果、女性との交際経験など絶無。フローレンスやジェーンのような女友達がいないわけではないが、それにしても一対一でのデートなどしたこともない。

 おまけにこうして背中に密着され、時折感じるほどよく豊かな膨らみの感触で夜景を楽しむ暇など――


「そ、それにしても、空を飛ぶように言ったのは僕だけど、もう少し方法はなかったのかな?」


 ぎりぎりで理性を繋ぎ止めて、やや大声でそう言う。

 その態度にメアリーは疑問に思ったようだが、特に訊いてくることもない。


「申し訳ありません。弐號【無貌の神(フェイスレス)】は本来『顔のない人面獅(スフィンクス)』の姿なのですが、今の私ではこの翼を出すのが精一杯で……」

「いや、責めてるわけじゃないんだ。そんなに気にしないで」


 励ましながら、今後は不用意に飛ぼうと提案しないことを密かに心の中で誓う。

 と――


「――っ。マスター、どうやらようやく登場のようです」


 緩んでいた表情を引き締め、鋭い視線で一点を睨む。

 チャーリーには分らなかったが、その先で濁りとも淀みとも表現出来る架空燃素(フロギストン)の歪みが突如として出現した。


「オーケイ。それじゃ、そっちに向かって」

「了解しました……少しばかり風に煽られますが、ご容赦を」


 先に謝罪してから、メアリーは翼で大きく空気を撃ち、流星の如く歪みへと飛び立った。

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