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カダス

「あ」

「っ」


 翌日、ロンディニウム大学の本館。

 講義に向かう途中でチャーリーはハーシェルと出くわし、どちらともなく足を止めた。


「えっと」

「………」


 とはいえお互いに切り出せず、道行く学生が怪訝そうにそれを眺めている。


「……無事だったのか」


 結局先にそう言ったのはハーシェル。


「え? あぁうん。なんとか逃げ出せて」

「聞いたところ、あの墓地に警邏が到着した時にはもう怪異(フォークロア)はいなかったそうだ。何か知らないか」

「ごめん、僕も逃げるのに夢中で……」


 事実を言うわけにもいかず、予め考えていた返答で誤魔化す。

 ハーシェルはしばらく訝しむように見ていたが、それ以上チャーリーが口を開きそうにないと判断したのか、溜め息。


「はぁ……まぁいい。あそこを指定したのはボクだ、それなりに責任は感じてるんだ」

「別にいいよ、乗ったのは僕の判断だし、それにあんなのが住み着いてたのは――」


 ハーシェルのせいじゃない、そう言おうとして遮られた。


「だが、ボクはまだメアリーさんのことを諦めたわけじゃないからな! あの美しいヒトは必ずボクのモノにしてみせる!」


 一方的にそう宣言すると、微妙に出来ていた人だかりを掻き分けてハーシェルは去っていった。


「……とりあえずメアリーの意見くらいは訊こうと思わないのかな」

「あぁいう輩は自分が世界の中心だと思ってるんだ、気にするな」


 声に振り返る。ギャラリーの最前列でやや肥満気味の青年が呆れ顔で立っていた。


「やぁフランツ。おはよう」

「おう、それにしてもまた奇妙な組み合わせだな。キミとヘルシェルの跡継ぎ息子とは」

「ヘルシェル……あ、そういえば彼のお父さんって」

「そう。ヴィルヘルム卿も俺と同じ帝国出身で、音楽家としても先達に当たる……面識はないがな」

「ふぅん」

「で、そんな彼といったい何をやらかしたんだ?」


 これまたどこかで訊かれるだろう問いに対して頭の中で台本を確かめる。


「ちょっと喧嘩しただけだよ。それも引き分けというかうやむやになったけど」

「そうか。怪我がないならそれでいい。ちょっとした擦り傷でもフローが五月蠅いからな」

「あーそれは勘弁願いたい」


 ここにいない健康マニアが説教する様を思い出して苦笑する。


「さて、そろそろ行かないと講義に遅れるぞ」

「っとと。そうだね」


 そうして二人も歩き出し――て、すぐにフランツが足を止める。


「ところでもう一つ訊きたいんだが」

「何?」

「メアリーって誰だ?」


 これには後で紹介すると答える他なかった。


 ◇◆◇


「……と、ここまでの講義で諸君も魔術の基礎は理解出来たと思う」


 午前中最後の『魔術学概論』の講義。

 モンターギュ・ドルイト教授は黒板への書き込みを止めて講義席を振り返った。


「魔術とは自然界のマナを架空燃素(フロギストン)に変換し、さらに各種化学エネルギーに変化させる。そのため個々人の資質――変換可能な量や属性に大きく左右されるし、エネルギーとしての枠を越えるような奇跡を起こすことも出来ない。お伽話の魔法使いのようなものは存在しないか、あるいは大きく誇張されて伝わってるというのが一般論だ」


 しかし、と声を張り上げたところで真面目にペンを走らせていた学生も、不真面目に舟を漕いでいた学生も区別なく顔を上げた。


「ごく稀にではあるものの、魔術の理論ですら説明が付かない事象を起こす人物は確かに存在する。今日の講義予定も終わったことだし、少しそれについて触れてみようと思う」


 はっとしてチャーリーはドルイト教授を見た。


「この世界が神の御業によって創造されたのか、それとも科学者が言うように物理的に発生したのかはさておき、少なくとも『何か』を素体として発生したのは間違いない。これが存在するとされる世界の外側のことを研究者は『忘れられた地』――カダスと呼んでいる」


 昨日の今日で何故その話題を出すのか。

 あまりにも、偶然にしてはあまりにも出来すぎている。


「このカダスには世界を創造した素材が満ちている。ならば、それらを世界の内側に汲み上げることが出来れば、新世界の創造――とまではいかなくとも、既存の世界を少しばかり改変する程度の奇跡ならば人の手で起こせるのではないか、というのが研究者たちの意見だ」


 にわかに騒めく学生たち。その片隅でチャーリーだけは無言で拳を握り締める。


「とはいえ、諸君らがそうした奇跡の使い手になれるなど期待はしないことだ。なぜならこの話は、未だ学術的な観測すらされていない『かも知れない』に過ぎないのだからな」


 そう締めたところで、ちょうど講義終了の鐘が鳴る。

 資料をまとめて助手役の学生に渡すと、ドルイト教授は躊躇いなく講堂を後にする。

 その背中を、昼休みに向かう学生たちの中チャーリーは立ち上がることなく目で追いかけていた。

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