五十五話 レッツパーティ
パーティに参加したら家族で楽しく料理を食べながら会話していたい、なんて思っていた時期が俺にもありました。
でもこれは俺達と貴族の交流を深める場、主賓である以上はそんな楽しむことなど許される訳ないんだ。見ず知らずの貴族と会話しないといけないんだ。
「まず長男の『レビン=クルーガー』、彼には塩の流通を管理してもらう予定です。
こちらは次男の『ドギュン=クルーガー』、工場の管理を任せます」
「レビンです。よろしくお願いします」
「ウィース」
「ロア商会の支援者のオルブライト子爵の次男ルークです。よろしく」
領主の息子と挨拶したけど、レビンさんは礼儀正しく、ドギュンはチャラい。この2人、本当に兄弟か?
「続きまして。遠路はるばるお越しいただいた・・・・・・で、その隣にいらっしゃる・・・・・・」
領主の親族を皮切りにして次から次へと紹介されていく・・・・参加者50人全員を紹介されたよ。
覚えきれるわけないだろっ!
「ルーク。貴族の一番大切な仕事は顔と名前、血縁関係を覚える事よ」
ひたすら同じ挨拶を繰り返していると、俺が一切覚える気のない事を察した母さんが無茶を言い出した。
母さんはもう覚えたのか!?
ちょっと待て。血縁って言った? さらにこの数倍を忘れないようにしろとっ!?
俺は絶望した表情で隣のフィーネを見る。
「フィーネは覚えたのか?」
「はい。私は全員を覚えましたが、ルーク様は今後関わる数人を忘れなければ問題ないでしょう」
さすがフィーネだ。俺の理想の返答をしてくれる有能メイド。
だよな。全員覚えなくてもいいよな。
今夜のフィーネは深緑のドレスを着ている。前にクラーケン討伐祝いの席で着たドレスだが、結構気に入っているらしい。エルフらしくてとっても良いと思う。
「ユキは?」
「え? なんですか~? 私が覚えてるわけないじゃないですか。私は指導者なので現場でしかやることないですもん」
頭悪い同盟を組もうと思ったのに、薄情な奴だ。
実際ユキは自分が気に入った人物の名前しか覚えないけど、一度覚えたら忘れないという特殊技能も持っていて、正直羨ましい。
ユキもフィーネと同じく白いドレスの使いまわしだけど、ユキには白が似合っている。むしろ白以外の色を身に付けてたら驚くレベルで常に真っ白だ。
バカでお調子者のクセに見た目だけなら深窓の令嬢で通るのがムカつく。パーティが始まってから何度も貴族と間違えられて声をかけられていた。
その度に「こいつバカですよ~」「あなた騙されてますよ~」と忠告しそうになる。
「アリシア姉?」
「私はロア商会と関係ないもの。オルブライト家で関係者はお父様とお母様、そしてアンタだけよ」
アリシア姉は冒険者志望だから完全に無関係だし仕方ないか。跡継ぎであるレオ兄が関わりあるぐらいだな。
俺も魔道具や魔法陣の提案だけで無関係なんですが・・・・とは言えないか。ロア商会で販売している商品は全部俺が作った物だし、今後もそうなるだろう。
アリシア姉はトレードマークのツインテールを下してロングヘアーに情熱的な真っ赤なドレスだ。パーティではいつもこの格好らしく、とても似合っていた。と言うかアリシア姉が寒色を身に付けたら駄目な気がする。
ドレスは俺の分しか用意してなかったのでユキに転移で家から取ってきてもらった。
この会場で俺が一番ダメ人間みたいじゃないか!
人の名前を覚えるの苦手なんだから仕方ないだろ!
そんな俺の肩をポンポンっと叩く黒猫が1匹。
「大丈夫。ルークはやればできる子」
「クソがぁーーーっっ!!! お前らみんな無関係だからって呑気にパーティを楽しみやがって! スマホだ! 絶対にスマホを作って楽に全員覚えてやるからなっ!」
絶対に写真とメモ帳になるスマホを作ってやるっ! 貴族を全員覚えるなんてやってられるか!
ユキもアリシア姉もニーナも、みんな自由気ままに食事したり会場を眺めたりしていた。
「『すまほ』ってなんですか~? 新しい魔道具みたいですけど~」
「絶対に作るけど、今は無理だから大人しくしてようか」
俺はユキと2人で目立たないよう隅に移動して料理を食べ始めた。
フィーネと母さんが作り笑顔を張り付けたまま、次々と貴族達の自慢話とお世辞を消化しているので、引き続き主賓の2人には俺の分まで頑張ってもらおう。
鬱陶しい貴族よりも今は目の前の料理だ。
「やっぱり海鮮料理が多いな~。アクアならではの『おもてなし』ってやつかな」
「そうですね~。奮発したんでしょうね~。Bランクの魔獣とかも多いですよ~」
冒険者ギルドに依頼して、パーティのために食材を集めてもらったんだろうけど、高級宿の料理より豪華な素材が所狭しと並んでいる。
この世界での調理法は『焼く』『煮る』『蒸す』『茹でる』あと生で食べるらしく、油で揚げるとか発酵させるってのは無いらしい。
(だから醤油とか無いのか・・・・発酵か。菌の代わりに微精霊が何かするのかな?)
俺とユキがまったりと食事に舌鼓を打っていたら、会場を見回っていたアリシア姉がソワソワしながら話しかけてきた。
「ね、ねぇユキ。この会場の人達を強い順に教えてもらえない?」
なにするつもりだよ。
たぶん会場を見回っていたのも強い奴を探していたんだろう。でも見た目じゃわからないからユキに分析してもらいたいと。
同じことが出来そうなフィーネは貴族達に囲まれているから関わりたくなかったんだろうな、間違いない。
「そうですね~。主から離れている護衛さんは大体強いですよ~。あ、彼なんてトップクラスです~」
ユキも教えなくてよろしい。
ちなみに主から離れる理由は、遠くに居ても護衛できるだけの能力があると言うのと、下手に近くに居て緊張させないためらしい。きっと例の移動術が使えるんだろう。
俺はアリシア姉が何をするかわからないので、一応釘を刺しておく。
だってユキからトップクラスと言われて指を差された護衛を睨んでるし。
「戦うなよ? 挑発もダメだからな」
「わ、わわ、わかってるわよ! あ、あた、あたた、当たり前じゃない!」
わかりやす過ぎる・・・・絶対に戦おうとしてただろ。完全に余計なお世話だけど、折角領主が俺達のために開いてくれたパーティなんだから争いとか止めろよ。
そういえば会場に入ってからニーナがほとんど話していない。
やはりパーティ参加には早すぎたのかもしれない。元々礼儀作法も存在しないスラムで生まれ育ったんだから仕方ないけど、馴染めずに辛い思いをしてるかもしれないな。
ここは俺が話しかけて楽しませよう。
「ニーナは大人しいな、やっぱり人が多いところは苦手か?」
「ふぇ? ふぁにふぁふぃった?(え? 何か言った?)」
「・・・・いや、なんでもないよ」
ニーナはハムスターみたいに各種料理を口一杯に頬張っていた。それで味わかるのか?
「そう? モグモグッ、ガツガツ、ゴクゴクゴクッ!」
「うん。たくさん食べな。美味しい料理が多いよな、ほら、これも美味しいぞ。邪魔したな」
1人黙々と食欲を満たしてるだけだった。育ち盛りだ。
俺の気遣いを返せ。
ニーナには漆黒のドレスがよく似合っている。お尻の部分に穴をあけてフリフリと揺れる尻尾が出ているのもグッドだ。ニーナはドレスが無かったので急いで購入した。
世界的に有名な商会で買ったんだけど、フィーネとユキは顔見知りらしくて従業員と話してたな。きっと前に来た時に知り合ったんだだろう。
「ルーク、こちらへいらっしゃい」
折角気配を消して食事をしていたのに母さんに呼ばれてしまった。そして呼ばれた以上は挨拶をしなければならない。また無意味な会話が必要になるんだ。
名前を呼ばれる度にドキッとするのは、俺がビビり体質だからか?
パーティ、二度と出席しないからな。
「ご指名ですよ~。いってらっしゃ~い」
クソ。他人事だと思いやがって。楽しそうに食事してんじゃねえよ。
「オルブライト子爵の次男ルークです。よろしく」
もう何度同じセリフを繰り返したことか。寝言で自己紹介するってぐらいリピートしてるから口が勝手に動く。
もう相手の顔も見ずに挨拶してるよ。どうせ覚えきれないし良いよな。
「さっきも聞いたし。マジウケるんだけど」
やけにチャラついたセリフが聞こえたので顔を上げると、最初に挨拶されたから辛うじて覚えているチャラ男が居た。
(領主様の息子の・・・・息子の・・・・・・こいつ名前なんだっけ?)
覚えているけど、名前まで記憶してるとは言ってない、顔だけは知ってるな~ってだけだ。
「こら! 申し訳ない。長男と違ってどうも貴族としての自覚が無いと言うか、気力が無いと言うか」
父親の領主様が謝ってきた。どうやらこのチャラ男、いつもこんな調子のようだ。
どこの家庭にも似てない兄弟って居るもんだな。俺もレオ兄に全く似なかったし。アリシア姉は母さんとそっくりだけど。
「それでドギュンさんはルークにどの用なお話が?」
あ~、そうだ、ドギュンだ。チャラい次男だ。やっと思い出した。
その次男は、どうも俺に用があるらしい。
「あ~そうそう。お前とエリーナちゃんのどっちかがエルフの主っしょ? 俺が貰ってやるっつーか、よこせ」
あ゛? このDQN何言ってんだ?
領主であり、侯爵でもある上位貴族の息子から謎の要求をされた。




