閑話 空飛ぶ商人
「なーっはっはっは!!」
仁義なき大富豪の決着がつき、ルーク達との通話を終えたクレアは悔し気な顔から一変、周囲に訴えかけるように高笑いをした。
「まさか我がヨシュアではなく飛行船の中から通話していたとは夢にも思うまい! 背景もルナマリア殿に協力してもらいバッチリ偽装済みよ!」
そう。今、彼女が居るのは、空島までの交通の便が悪くなることを危惧したルークが手配した飛行船の中。
バルダル到着予定は3日後だ。
「この船はバルダルに寄贈するので帰りは使えん。よって我等が帰国するためにはセイルーン王国の所有している飛行船ハイウインドに乗るしかない。
つまりルークと会えるということ!
時間もたっぷりあることじゃし、間違いなく我等の7年を埋められる! ズッ友じゃああああ!!」
「……(ぼそっ)どうせ会えないんだから大人しくヨシュアで待ってれば良いのに」
会えない時間が彼女をおかしくしている。
護衛兼手伝いとして誰よりもクレアを見てきたルーは、神の悪戯としか思えない過去の出来事を思い返して1人溜息をついた。
「何か言ったか、ルー?」
「いいえ。私はクレア様を守る盾。クレア様がゼクト商会のことを想って行動されるというのであれば止めたりはしません。
例え目的の人物に会えなくても、香辛料事業にどこよりも先に参入することは間違いなくゼクト商会の利益となります。クレア様は正しいことをされています。
目的の人物に会えなくても良いではありませんか」
「ハッキリと言っておるではないか! それも2回も! 何故最初に否定文を出した!?」
「私、胴元が勝つとわかっている賭け事はあまり好きではないんです」
「お、おぉ……突然切り替えたな……それがどうした?」
どんなに取り乱していても相手の話は聞く。商売の基本だ。
幼い頃から商人をしているクレアはそのことを身に染みてわかっているのか、ルーの突然の話題転換を受け入れた。
「ですがお2人が会えないという賭けに関しては絶対の自信を持っているので、毎回所持金をすべて賭けています。お陰様で懐は潤う一方です。ありがとうございます」
「もちろんオレもっス!」
すかさず手を挙げる護衛その2……もといノッチ。
今や彼女の無謀な挑戦はゼクト商会中が注目する大イベント。全員が無理な方に賭けているので、金を絞り取る相手は商談相手や知り合いの商人である。
「って勝手に我の不幸っぷりを宣伝するでないわ! ゼクト商会の名に傷がついたらどうするつもりじゃ!」
「あ、それは大丈夫っス。クレア様が会えないことで大仕事が舞い込むシステムなので、巡り巡って利益を生むのでみんな喜んで負けてくれるっス。一枚噛むことが秘訣っス」
「システム!? システムって何じゃ!? 我とルークは会えないことが運命で決まっておるのか!?」
「「はい」」
「~~~っ!!」
「最近じゃ商談より先に『今日はやらないの?』って聞かれるらしいですよ。もちろん他商会だけでなくゼクト商会も『次はいつ会いに行くのかな~』『今の仕事一段落ついたし早く行かないかな~』と楽しみにしてますよ」
「ヨシュア近辺の仕事を回したり、あの辺りの気候やイベント情報を与えたり、ロア商会の連中と密に連絡を取り合ったりしているのはそのせいか!?」
「ぶっちゃけ商人として活動するより金になるっス」
「我の17年間をバカにするなぁぁぁっ!」
と怒りつつも、実際凄まじい経済効果を生んでおり、本人も自覚しているのであまり深くは追求しない。
要するに、ただの茶番。
「あまり言いたくはないけど、アタシもこの船がバルダルに到着する頃には居ないと思うわよ」
「ルナマリア殿まで!?」
それを間近で見せられたルナマリアは、自身の経験から導き出した答えで護衛2人の発言を肯定。あまり期待しない方が良いと慰める。
「どうせアイツのことだから、フィーネやユキの力を借りて現時点では実用不可能な移動手段を作り出してるわよ」
「伝説の生物と仲良くなって送ってもらうってのもありっスね」
「未開拓ダンジョンの奥深くにあった転移装置が偶然目の前に現れて既にヨシュアに居るってパターンも……」
さらにルーとノッチも続く。
「そうそう。しかも名称決めてんのよね。それをフィーネ達が広めて定着」
「ロア商会の黄金パターンですよね~」
クレアそっちのけで談笑する3人。
最近は鳴りを潜めているが人間嫌いのルナマリアや、高貴な者を前にすると畏まってしまう庶民派なルー達が何故このような間柄になっているかというと、ルークチャレンジに失敗する度に会っているので仲良くなったから。
昔は農場主として非常に事務的な商談をしていたのだが、彼女が連れてくる人間がオルブライト家・猫の手食堂・ロア商店・研究所の面々と、全員自分の知り合いだったため自然と親しくなっていった。
ちなみに決め手は、本当の農場主であるモームが経済方面に疎く、可愛がっている幼女達と遊んでいた時に無理やり引っ張り出されたこと。
大人の話をつまらなそうに聞くココとチコに、旅の話をして楽しませてくれた相手を邪険にすることなど出来るわけがない。
それ以降、ゼクト商会(クレア限定)との商談はすべて彼女が行っている。
今ではケータイで連絡を取り合う仲だ。
「スマンのぉ。ライバル商会の商談のために社員旅行にお邪魔させてもらってしまって……」
ひとしきり自らの意見を訴えたクレアは、改めて飛行船に乗せてもらったことを感謝して頭を下げた。
「気にしないで。急なことで30人も参加出来なかったから全然空いてるし、帰りも余裕があるみたいって話よ。どうせアタシ達は香辛料について学ばないといけないんだから、その間誰がどこで何をしていようと構わないわよ」
ルナマリアが船を動かすことを承諾した理由がこれである。
香辛料は触った者にしか作ることができない。それは強者にして農場一精霊に精通しているルナマリアでも同じこと。
ルークはもちろん、農林業に携わる者達からも失望を露わにされたルナマリアは(若干の被害妄想を含む)、彼等を見返すべくバルダルへ行くことを決意。
それは他の者達にとっても良い機会ということで、勉強会を兼ねた旅行にすることになった。
よって参加メンバーの大半は、香辛料の育成に関わる農林業や飲食業、研究所の者達である。他にも家族や他部署の仲間を連れている者もいる。
「それに新しい動力の実験のためには搭乗者は1人でも多い方がよいのです」
もう1人のお友達。猫の手食堂で料理長をしている犬人族……と偽っているオルトロスのフェムの登場だ。
彼女もルナマリアと同じく勉強するためにバルダル行きを決めた1人である。
ちなみにこの女性。フィーネに命じられたので正体を隠してロア商会を守っているが、強者と言っても差し支えない実力者でもある。
「フェムの言う通りよ。これは『げんきだまシステム』の実験も兼ねてるんだから」
「あ~、あの搭乗者の魔力を動力に変換できる謎システムじゃな」
ルーク達の乗っていた飛行船はセイルーン王国の所有物なので、当然操縦は国に雇われた者達が行っている。処女航海ということでメルディとハーピーがサポートについているが基本は彼等だ。
ならばロア商会からの贈り物であるこの船は誰が動かしているのか?
正解は『誰でもない』である。
「何故ルナマリア殿にそのような神託が下ったんじゃろうな~? 力も知識もあるじゃろうが特別魔道具に詳しいわけでもあるまい?」
「ええ。アタシは神アルディアに言われた通りにしただけで仕組みは理解してないわよ。
一応調べてみたけど、短距離なら人間が30名も乗れば問題なく運航可能で、単純な移動なら自動操縦も可能ってことぐらいしかわからなかったわ」
(((十分じゃね……?)))
エルフの中でも特に力を持つルナマリアでも理解出来ない仕組みを教えた神が凄いのか、それを数日で解析した彼女が凄いのか。
どちらにしろ、周りに居た者達は異次元の会話にただただ呆れるのであった。
当たり前だが『げんきだま』という言葉の意味は誰も理解していない。間違いがあってはいけないので漢字に変換することも出来ない。今後も平仮名のままである。
「ま、何か意味があったから神託を下したんでしょ。気にする必要ないわよ。少なくともアタシにこの技術を広めることは出来ないし、バルダルに解析できる人間が居るとも思えないし、下手なことをして使えなくするぐらいなら何もかもを受け入れて使うんじゃないかしら」
「まぁ操縦士を育てるより楽じゃしのぉ……おそらく事故もないじゃろうし……」
「向こうには精霊の悪戯とでも言っておくわ。ここには神託のことを告げ口するようなヤツは居ないしね」
「「「イエッサー!」」」
その場に居た全員が敬礼し、お口にチャックした。クレア達も例外ではない。
これは脅しではない。決定事項だ。
ロア商会の幹部は怖い。
その言葉の意味を身に染みて理解したクレア達であった。
(口止めするぐらいなら最初から教えんでくれ……心臓に悪いわ……)




