五十三話 真の恐怖
ルーク、アリシア、ニーナの3人で海の魔獣を次々に倒していく。
大人組は一切手を出さずに観戦してるけど、子供の成長を見守るのも大切な仕事である。
「珍しい魔獣に出会わないものね。もっと知らない魔獣とか見れると思ってたわ」
「もっと深海に行かないと居ませんよ~」
「そうですね。浅瀬なので漁業をしていれば出会う魔獣ばかりでしょう。ほぼ食用になっていますし」
この世界では貴族の方が魔獣には詳しい。
様々な料理を食べる機会があるので食材として見たり、領地の被害報告で知ることもある。
強い魔獣を討伐したという自慢話も多い。もちろん部下や知り合いの冒険者による討伐だが、貴族達はまるで自分が倒したかのように話す。
詳しくないと対策も出来ないので、貴族の仕事として度々各地で報告会が開かれているのだ。ほとんどは接待になるだけだが・・・・。
「やっぱりそうなのね。アレとか食べた事ある気がするわ」
浅瀬には食材として有名な魔獣しか見かけなかった。
相手の力量を察知できる用心深い魔獣はフィーネとユキの危険性に気付いて近づかないので、弱い魔獣ばかりが集まっている。
「深い場所まで行きますか~? 珍しいのと会えますよ~」
ユキは案内したい場所があるらしく、別の場所への移動を提案する。そもそも海が楽しいと話していたのは彼女なのだ。
「子供達が満足しているからここで良いわよ。深海の魔獣なんて戦う事もないでしょうし」
間違いなく経験が活きるのは浅瀬の魔獣だ。将来冒険者や商人になるなら出会う事もあるだろう。
結局夕方まで水深数十メートルで過ごした。
「そろそろ陸に上がりますよ~。戦いは終わりですよ~」
「「はーい」」
「ふふふ・・・・俺は無敵だ・・・・フハハッハッハッ!!」
ユキの号令で戦闘を止めて集合した3人。
その中でルークが前世で夢見た絶対防壁を手に入れた事により厨二病を発症させていた。
「無敵じゃないですよ~。てやっ」
ユキが普段とは違うルークを元に戻すために結界を殴ると、幾多の攻撃を防いだ無敵の結界が一瞬で跡形もなく砕け散った。
さすがのフィーネ特製結界でもユキの攻撃は防げないらしい。
それと同時にルークは正気に戻ったようだ。
「ハッ!? 俺は何を・・・・」
「結界内部の魔力が強すぎて興奮状態になっていたようですね。慣れないと腕輪の連続使用は危険ですね」
「え、それって結構危ないんじゃね? 俺、変だった?」
どうやら戦闘の途中からの記憶が曖昧らしい。
「無意味な呪文を呟いたり、変なポーズしてましたよ~。
『我こそは絶望、絶望こそが我! 愚かな魔獣達よ。絶望を知りたければ挑んでくるがいい。ビシッ!』って」
(やめてっ! ほんの出来心なんです! 厨二病を冷静に考察しないでっっ!!)
男はいつまで経っても子供なのだ。
海面に浮上した一行は各々に海での出来事を語り出す。
「でも海底の探査はしたかったな~。途中から戦闘メインになって海の中を見れなかったじゃんか」
ルークはアリシアを責めるような口調で感想を言う。
「ルークも途中から楽しそうにしてたじゃない。
なんだっけ? 『我が力の前では無意味なのだ』とか『フハハ、これが貴様の全力か』とか『ルーク=オルブライトが命じ「うああああぁっっっ!!!!」 何よ、うるさいわね」
「ごめんなさい。ごめんなさい・・・・生きていて、ごめんなさい。俺は貝になって引きこもりたい。何も・・・・・・聞きたくない」
精神に致命的なダメージを負ったルークを無視して大人達は話を続ける。
「今度はもっとたくさん見て回りましょうよ~。オススメの場所はまだまだあるんですよ~」
「そうですよ。また旅行に来ましょう。アクア以外にも楽しい場所はいくらでもありますからね」
「森林もお肌に良いって本当? 森林浴って言うのよね、体験してみたいわ」
次回があれば是非ゆっくりと観光したいと話す。
(そうだな。楽しかったし、絶対また来よう)
ユキが氷の船『雪丸』を溶かして海に帰した。
(楽しかったぜ。お前いい仕事したな)
俺、ちょっとセンチメンタル。
「じゃあ私達は先に宿に帰ってるわね」
「わたしとアリシアも」
「え~。本当に来ないんですか~」
どこか行くの?
俺1人だけ取り残されている。
「絶対面倒くさいじゃない。嫌よ」
「わたし、貴族じゃない」
「そうね。今日は疲れたしゆっくり休むわ」
なんの話?
俺1人だけ何も聞いてない。
「では参加者は私とユキ、ルーク様ですね。ダン様へ連絡しておきます」
領主・・・・パーティ?
「さぁ~。ルークさんはお着換えですよ~」
どこからともなくユキが礼服を取り出して、俺を個室に連れて行こうとする。
「パーティは最終日じゃないのかよ!?」
不意打ちもいいところだ。まだ工場は従業員募集の段階だし、祝う事なんて何もないはず。
「忙しくなるので今日しか時間がなかったのです。関係者は参加しますので完成前でも問題ありませんよ」
俺達の歓迎パーティでもあるらしい。
「貴族の方々も一杯来ますよね?」
「予定では参加者は50名ほどですね」
貴族50人・・・・。
「金とか権利とかの話もありますよね?」
「ほとんどは領主様が対応するでしょうけど、我々と親しくなろうとする貴族は居るでしょうね」
そりゃ今後成長する商会に唾を付けておこうとするだろうな。
「アイタタタ。急に腹が痛くなってきた」
「体内に魔力の乱れはありませんが?」
・・・・・・体調を一目で判断できる有能メイドなんて嫌いだ。
「新しい魔法陣の構想が浮かんだ! 早く帰って書き留めないと」
「私に言ってくれれば、今すぐ氷で試作品を作りますよ~」
・・・・・・チート能力を持った精霊も嫌いだ。
「俺にはニーナをお風呂で洗うと言う使命があるんだ。塩が付着した体を隅々まで洗わないと!」
「そんなことすれば握りつぶす」
・・・・・・どこをですか? 何をですか? ナニをですか?
「諦めてパーティに参加してきなさい。何事も経験です」
「母さんは行かないじゃん! 俺は母さんと一緒の方が安心するな~」
こうなったら道連れにしてやる。一緒に苦しむがいい。
「じゃあエリーナさんも参加ですね~」
「嫌よっ! パーティなんて絶対に行かないからっ!!」
そこまでの場所なのか『覇亜帝』
母さんが「嫌だ嫌だ」と叫びつつ、説明してくれた。
『覇亜帝』
参加者は一挙手一投足の全てを監視され、周囲の話に合わせて笑顔・悲しみ・怒り・哀れみ・羨ましがるって感情を完全にコントロールする義務が発生する。
まともな食事は出来ず、ひたすら自慢話を聞き続ける苦行。自分の発言は一家を代表したものとなり、家族の将来にも大きく影響する。
ダンスでは適切な相手と、周囲の邪魔にならない時間、その場にあった会話をし続けなければ爵位に傷がついていき、自慢話は上位の貴族より低レベルに、下位の貴族からは羨ましがられるモノでなければならない。
「あんな会場に居るぐらいなら、ドラゴンの目の前に居るほうがマシよっ!
気を抜いたら殺られるわよ。しかもパーティでは家族に迷惑が掛かっていくのよ・・・・」
俺、帰る。
「え~。好きなだけ珍しい料理を食べて、面白い話が聞ける楽しい場所じゃないですか~」
「ふふ、ふ、ふざけないでっっ!!!! 貴族がどれだけの金と労力を費やしているかわかってるの!? 適当な事言ってんじゃないわよっ!!!」
母さんがキレた。
そんなに苦労するならパーティなんて止めればいいのに、それも貴族のプライドがあるから無理らしい。
権力者も楽じゃない。
「ロア商会が主賓なんだからフィーネとユキだけでいいよな?」
「そうね。オルブライト家は支援をしているだけだから」
利害が一致した俺と母さんは不参加を主張する。参加するメリットなど存在しないので、宿に帰るつもりだ。
「仕方ありませんね。今回は諦めましょう」
フィーネが折れて俺達の不参加を認めた。
「「よしっ! へーいっ!」」
俺達親子はハイタッチして喜び合う。
俺は魔獣初討伐でもここまで喜ばなかったけど、パーティはドラゴンと同等らしいから当然だな。まずあり得ないけど、俺がドラゴンを討伐したらこのぐらい喜ぶだろう。
「ではルーク様は次回から私の主としてパーティに参加していただきます」
「なんだと!?」
エルフが主って認めることが少ないのは世界の常識。しかもドラゴンスレイヤーで急成長中のロア商会会長のフィーネの主・・・・どれだけの人々からヨイショされるかわかったもんじゃない。
「エリーナ様はパーティに不参加だったとアラン様を含め、ご近所様へ報告します」
「なんですって!?」
オルブライト家を代表してアクアへやってきた母さんが大事なパーティに不参加で、近所へのお土産も購入しないままフィーネが旅行の事を報告すると言う。夫とご婦人方から何を言われるかわかったもんじゃない。
「アリシア様、パーティ会場には遠方から竜騎士が来ますよ」
「本当っ!?」
竜騎士に憧れるアリシア姉。
「ニーナさん、お一人で宿に泊まると成長が止まると言う噂がありますが」
「っ!?」
ロリ体型を密かに気にしているニーナ。
「皆様、どういたしますか?」
全員への説得が終わったフィーネが最終確認をする。
「「「「参加しますっ!」」」」
「結構です」
結局全員参加になった。
断れるわけないじゃないか。
「エグイですね~。フィーネさん、恐ろしいメイドです~」
「ルーク様とニーナさんにはパーティを経験してもらいたかったですし、多少は強引にもなりますよ」
「たしかにエリーナさんは極端です~。パーティって楽しいですよね~?」
「発言は控えさせていただきます」
どんな覇亜帝になるのか。




