閑話 少女たちの冒険
子供達だけを宿に残して不安で一杯のフィーネとエリーナだったが、今さら気にしても仕方が無い。
2人はアクアまでやってきた目的の大事な会議に集中する事にした。
「では工場の規模は30人ほどで・・・・・・」
「はい・・・・で・・・・なので・・・・・・」
話し合いは主にフィーネと領主が行っていたが、エリーナも補足する。
「オルブライト家としては、スラムへの食料支給に支障がなければ取り分は最低限で構いません。むしろアクアでの働き場を提供していただけるなら、こちらは大歓迎です」
「アクアとしても嬉しい限りです。では給料に関してですが・・・・」
話し合いはまだまだ時間が掛かりそうだ。
(おや~? アリシアさんとニーナさんが移動してますね~。やっぱり遊びに出ますよね~)
ユキが異変を察知した。
フィーネも若干反応したので気づいたのだろう。
ユキは2人の様子を見に行くために、フィーネ達の話し合いに割って入った。
「あの~。思ったんですけど、私は指導係なので塩の作り方を教えるだけですよね~。なので帰りますね~」
この会議に自分は居る必要がないと進言する。
「そうですね。ユキは先ほどから静かに聞いているだけですし、この場に居ても話すことがないようなので帰っても問題ありません」
フィーネもユキの考えに気付いたらしく、賛成して帰るように言う。
「ふむ。たしかにユキ様は従業員の指導だけですな。金銭には関心もないようですし、働いていただくのは明日からになるでしょう」
「そうよね。なら先に帰って子供達の世話をお願いしていい? やっぱり心配だわ」
2人の意見に納得した領主も許可を出し、エリーナは部屋で寝ているルーク達の子守を頼んだが、もとよりそのために抜け出すのだ。
ユキもアリシア達が宿を抜け出さなければ、大人しくこの場で話を聞いていただろう。
「では頼みましたよ。しっかりお世話してください」
フィーネが含みのある言い方をしてくる。
「お任せあれ~」
そう言ってユキは会議をしている領主の屋敷を出て行った。
大人達が仕事に行った後の部屋には、熟睡しているルーク、興奮して眠れないアリシア、夜型なので目が冴えてきたニーナが残っていた。
「外へ行くわよニーナ!」
「あれだけ止められたのに・・・・」
アリシアの行動力に呆れながらも否定はしないニーナ。実際彼女も暇を持て余していたので何かしたかったのだ。
「知らない夜の街を冒険するのよ! 私1人でも行くからねっ!」
「1人はダメ。わたしも行く」
結局2人は宿から出ていき、部屋には寝ているルークだけとなった。
「やっぱり観光地だけあって夜も賑やかね」
「人が多い」
夜中のアクアを手を繋いで仲良く歩く2人の少女、アリシアとニーナだ。
「あっ! あっちがなんか一面ピンク色よ! 何かしら!?」
アリシアが指さすのは歓楽街。
昼間は店が閉まっているため閑散としているが、夜は多くの客で賑わう大人の社交場だ。
「変な臭いがする・・・・行かない方がいい」
興味津々のアリシアとは対照的に、どのような土地か理解していないが本能的に近づきたがらないニーナ。
香水と泡石、体臭や血の臭いが入り混じった空間は嗅覚の鋭い獣人のニーナが長時間過ごしたい場所ではなかった。
「でもピンクって気になるじゃない。行ってみましょう!」
しかし結局アリシアに手を引かれて無理やり連れていかれる。
「らっしゃい、らっしゃい! 良い子いるよ~」
「お兄さ~ん、遊んで行かな~い?」
「兄さん。ウチは凄いよ」
「サービス満点、夢いっぱいの『パプパプ☆パラダイス』を体験してみませんか!」
大人達が男も女も入り混じってそこら中で勧誘をしている、ひと際賑やかな大通りを闊歩するアリシアとニーナ。
「なんで女の人はドレスを着てるのかしら? パーティでもあるの?」
「バインバイン」
路上で男性客の呼び込みをしている女性たちは例外なく薄着のドレスか、極端に布地の少ない服を着て胸を強調していた。
ニーナが自分には存在しない谷間を羨ましさと殺意を持って睨みつける。
「なんか男の人は目が血走ってるわね。パーティじゃなくて決闘かしら?」
「鼻息も荒い」
男性はそんな女性の胸をガン見しながら、自らの財布と相談しつつ真剣な表情で入る店を選んでいる。
アタリ・ハズレは全て己の眼力と運に掛かっているのだから必死だ。
「『パフパフ☆パラダイス』だって! どんな場所なの!?」
「パフパフ・・・・ケーキに挟まった具?」
以前ルークの誕生日ケーキを作った時、ニーナは生地のフワフワな手触りに感動したのを思い出した。
「たしかにあれはパフパフだったわねっ! つまり調理場ね!」
男と女が協力して入れたり挟んだり、混ぜ合わせたりするまでは間違っていないが、ほとんどの場合『店の女』が『客の男』を料理することになる。
「ボロボロになって泣いてる男の人はどうしたのかしら?」
「フラフラしてる」
身も心も財布の中もボロボロにされたのだろう。
一方的に料理されたか、騙されたかはわからないが、とにかく歓楽街における敗者の姿だった。
「逆にスッキリしてる男の人も多いわね」
「満足そう」
彼らは完勝した後の賢者タイムなのだろう。
悪徳業者に騙されることなく楽しい時間を過ごして、自ら勝利を勝ち取った彼らは間違いなくこの歓楽街の常連になる。
まず敵を知る事から戦いは始まる。
アリシアは戦闘の基礎を活かして、歓楽街を一周する間ずっと観察していた。
そしてその結果、ここがどういう場所なのか理解した。
「・・・・つまり、ここは色々な店で待ち受ける強敵に挑戦できる修練場に違いないわっ!!」
『ババーン!』と言う効果音が出そうなほど自信満々に胸を張り、自分の予想をニーナに話す。
金を払って異性と組んず解れつプロレスごっこ。一度挑戦したら戻れない無差別級のため、必死に自分の実力に見合う相手を探しており、選択ミスは敗北を意味する。
つまり男女の修練場と言えなくもない。
「挑戦する?」
「当然! 最強を目指すんだから負けないわよっ!」
そう言って2人は一番大きな店に入っていく。
何故誰も止めないのか。ドワーフや獣人の中には子供体型の成人も居るので、呼び込みも客もそうだと疑わなかったのだ。
「いらっしゃいませぇ~。『ロリっ子天国』にようこそぉ~」
よりによって最適な場所へ入ってしまった、容姿が少女のアリシアと幼女なニーナ。
アクア歓楽街の最大店舗がロリ・・・・世も末である。
唯一の救いは、たまたま客が少ない時間だったため周囲に人が居らず、男共からいやらしい視線を向けられなかったことか。
入り口の扉を潜ると、正面で受付をしている巨漢が話しかけてきた。
「あらぁ、従業員になりたいのねぇ~? あなた達とっても可愛いから採用よぉ~。
早速働いてみるぅ~?」
体格に似合わないオカマ口調の受付が勝手に話を進めていく。
アクア最大店舗のため、客以外にも従業員として働きたいと言う女性も多く、慣れた対応だった。
「従業員? 違うわよ! 私達は客よっ!!」
「わたしは違う。アリシアだけ」
ニーナはこの歓楽街が気に入らないようで、強敵とのバトル(と思い込んでいる)にも乗り気ではないが、アリシアはやる気に満ち溢れている。
「ニーナも挑戦しましょうよ。きっと楽しいわよ」
「アリシアちゃんとニーナちゃんねぇ~。そうよぉ~、とっても楽しわよぉ~」
アリシアからも受付からも誘われるが頑なに拒否し続けた。受付も『そういう』趣味の人だと思ったらしく止める気配はない。
結局アリシアだけが体験することにしたが、客になるには1人銀貨50枚を払う必要があった。
「え゛っ!? ぎ、銀貨50枚!? そんなに持ってないわよ」
「わたしもない」
所持金は2人合わせて銀貨10枚。それでも日頃溜めた小遣いをアクアの旅行で全部使うつもりだったが足りない。
流石にサービスすると言っても料金を1/5にするのは無理なので追い返す受付。
「10枚だとどこにも入れないわよぉ~。ウチは安い方だものぉ~」
「えー! そんな~」
「世知辛い世の中」
「2人が1回働いたら金貨1枚になるわよぉ。それから2人で楽しめば良いんじゃないぃ? 1回で2時間ぐらいよぉ」
見た目は余裕で平均を超える2人なので即採用してくれると言う。どうやらこの受付、相当な地位のようだ。
2人で少し相談する事にした。
「に、2時間で銀貨50枚!? どど、どうする?」
「でもフィーネ達が帰ってくるかも・・・・」
「そ、そうよね。抜け出したのがバレたら怒られるわよね」
とても魅力的な提案だったが、流石に2時間働いてからバトルをしていては遅くなると結論を出して断る事にした。
「やっぱり諦めるわ。今度お金を用意してくるから」
「そう? 残念ねぇ~。貴方達ならNo1も夢じゃないのにぃ。またどうぞぉ~」
諦めて店から出る。
所持金不足によって2人は助かったのだ。
『ロリっ子天国』を出たアリシア達はトボトボと歓楽街を後にする。
よくよく見れば店先の看板に基本料金が書いてあった。
夜の街に興奮していたアリシアとニーナは気づかなかったが、オカマの受付が言った通り、銀貨10枚で入れる店など存在しなかった。
「言われてみれば大人しか居ないものね。子供のお小遣いじゃ挑戦できないから居ないんだわ」
そもそも子供が近寄る場所ではないのだが・・・・。
「大きくなってまた来よう」
「そうね、ここはまだ早かったわね。別の場所に行きましょう!」
こうして少女たちの危険すぎる冒険は未来へと持ち越された。
「ねえ海の魔獣って夜は違うのかしら?」
「きっと違う。わたしと同じ夜行性も居る」
という訳で海岸へやってきた2人。
「・・・・・・居ないわね」
「街中だから」
当然だが人の多い場所に現れる魔獣は少ないので、いくら待ってもアリシア達の前に現れなかった。
「ユキみたいに船で遠くへ行かないと出会えないのね」
「もう貸出してないみたい」
昼間は賑わっていた海岸は真っ暗になっており、数人のカップルがイチャイチャしているだけだった。
「泳ぐには冷たいし、知り合いも居ないし無理ね」
魔獣退治も諦める事になった。
「なら冒険者ギルドよ! アクアのギルドでどんな依頼があるか見るのよ!」
「10歳に見えない・・・・特にわたし」
ギルドの規定で子供だけでの入店は出来ない。保護者同伴が必須だ。
2人とも10歳と言うのは無理があった。決して『幼児体型』とか『ぺったんこ』『将来性が皆無』というわけではない。成長が遅れているだけなのだ。
「大丈夫よ! ほら。これで顔を隠せばバレないわよ」
そう言ってアリシアは冒険者が身につけていそうなフード付きマントを取り出した。
この旅行のために父に購入してもらったニーナとお揃いの防寒具だ。
「これで完璧ね! いい? 自信を持って行くのよ? ビクビクしてたら余計に怪しいんだから」
「わかった」
2人でマントを羽織り、フードを被ってギルドの扉を開いた。
「もっと大きくなってから来てね~」
「なんでバレたの!?」
「不思議」
一発でバレた。
人を見るのが仕事のギルド職員は子供かどうかを見分けられる眼力を持っていた。そもそも夜中に依頼掲示板を見る冒険者が居ないので、見慣れない人が掲示板の前で立っている時点で注目されていた。
この時間、ギルドに来る目的は情報収集と飲み食いだけだ。
散々ごねたが、結局追い出された。
「融通が利かないわねっ! 依頼を見るぐらい良いじゃない!!」
「ね」
2人して「子供にも閲覧許可を出せ」と理不尽な文句を言い出した。
「将来絶対に後悔させてやるんだから。魔獣の素材売ってやらないわよ!」
「別の街で売る」
一通りギルドの悪口を言って落ち着いた2人は、夜の街でこれ以上できる事が思いつかないので帰るしかなかった。
宿までの帰り道、ずっと「大人だけズルい」「子供に優しくない」と夜の街に対する愚痴を言っていたが。
「様子を見に来ましたけど必要なかったですね~」
2人は気づいていなかったが、宿を抜け出た直後からユキは気配を消して傍に居た。
「歓楽街での出来事は誰から話すのが面白いですかね~。これは悩みますね~」
絶叫確定な父アランか、気絶しそうな母エリーナか、思春期の兄レオ、案外初心な第二の母フィーネ、お姉ちゃん子な弟ルーク。
誰に話しても絶対に楽しい話題だ。
「抜け出してきて正解でしたね~。楽しみです~」
後日オルブライト家が震撼する事になるが、それはまた別の話。




