五十話 海鮮料理も大切です
夕食前に宿屋で合流した俺達は、魔獣討伐してきたアリシア姉の自慢話を聞かされていた。
「今日ブルーシャークを倒したんだから!」
風呂上がりのアリシア姉が嬉しそうに海での出来事を話す。きっと風呂の中でも母さん達に散々話したんだろうな。
「美味しかった」
ニーナも海鮮を堪能したとご満悦。
遊び組は予想通りびしょ濡れになっていたので風邪を引かないようにすぐ温泉に入らせた。
俺だけはニーナから一緒の入浴を拒否されたので宿内を散策してたよ。思春期かな?
それは良いんだけど、なんで先に食事してんだよ。これから夕食なんだから腹一杯になっちゃ駄目だろ・・・・。
「大丈夫ですよ~。ちゃんとお腹空くまで動いてきました~」
だから夕食も余裕で食べれると言う。
「そういう事じゃないんだよ。ところで俺の分は無いの?」
無かった。
夕食は食堂に用意される形式の宿なので、俺達は海鮮料理が用意されているであろう食堂へと向かった。
「ねえ、たまに見かけるこの骨って何なの?」
アリシア姉がロビーに飾られていた大きな骨に興味を示す。
いろんな場所に設置されているからアクアの象徴っぽいな。きっとこれが話に聞いた水神の骨なんだろう。
「これは水神の骨ですよ~。偽物もありますけど、これは本物ですね~」
俺の予想通りで、アクアの名所や金のある場所なら本物の水神の骨が設置されていると言う。
ついでにユキが当時の武勇伝を大雑把に話してくれると、当然のようにアリシア姉は食い付いた。
「何それ! 伝説の魔獣じゃない!! つ、強かった?」
「そこそこですね~。肉が美味しかったです~」
ユキの言う『そこそこ』がどのぐらいの強さなのかサッパリだけど、少なくとも当時のアクア領民では太刀打ちできない恐ろしい魔獣から街を救って人々に感謝されたのは間違いない。
無駄に旅をしているわけじゃなかったんだな。
「魔術が強化される肉。欲しい! 私も食べたい!!」
いかん、アリシア姉が肉を欲している。これは・・・・。
「ユキ! 取ってきて!!」
やっぱり。
もはや戦闘狂と言っても過言ではないアリシア姉は、己の力を増幅できる食材と聞いて居ても立ってもいられなくなったようで、ユキに水神の肉を所望しだした。
「もう居ませんよ~。突然変異の魔獣なので中々出会えないと思いますよ~」
流石にそんなチートアイテムはホイホイ手に入る訳じゃないらしい。危なかった・・・・アリシア姉までチートキャラになるところだったぞ。
「代わりにリヴァイアサンの肉とかどうですか~。たぶん強くなりますよ~」
諦めきれないご様子のアリシア姉にユキが代用品を提案する。
リヴァイアサンって泣きながら凄い素材を渡してくれた魔獣だろ? やめてやれよ。神力パイプの時は大変お世話になりました。
「リヴァイアサン? 知らない名前だけど強そうねっ! じゃあお願い!」
強くなれれば何でも良いようで、早速ユキに深海最強と言われているリヴァイアサンの肉を取ってこさせようとする。
「いけませんよ。悪影響もありますから、自力で強くなるべきです」
転移しようとするユキと、夕食前にも関わらず魔獣を食べようとするアリシア姉をフィーネが止めてくれた。
食べるだけで強くなると思ってたけど、なんだやっぱりデメリットもあるんだな。
フィーネが言うには、水神の肉を食べたアクアの人なら水魔術以外は苦手になる事と、子孫にも受け継がれてしまう事。
おそらくリヴァイアサンの方も似たような効果があるのだろう。
それを聞いたアリシア姉は少し考え込んだ。
「そっか~。やっぱり苦手な属性があるのはダメね! 敵に攻める隙を与える事になるもんね・・・・ユキ、やっぱり要らないわ」
「それが良いですよ~。アリシアさんは火が得意ですもんね~」
葛藤の末にバランス型の戦闘スタイルを選んだようだ。
フィーネ、ナイス。
アリシア姉が弱点を作らずに炎属性を極めると誓ったところでこの話題は終わったと思った時、ニーナが質問してきた。
「魔力だけ上がる魔獣は居ないの?」
強くなりたいのはニーナも同じらしい。お前もか。
「難しいと思います。魔獣には大なり小なり属性が存在しますから」
「ですね~。一応強い魔獣を食べていると強化されますけど、偏りなく食べないとアクアの人と同じく弱点属性が生まれますよ~」
「そう。じゃ要らない」
ニーナは魔術が苦手だから身体強化をするために魔力が欲しかったみたいだ。
(フィーネとユキに色んな魔獣を満遍なく狩ってきてもらえば良いじゃんって提案は止めておこう)
幸い誰も気づいていない。
フィーネは考え付いたのかもしれないけど、彼女もドーピングは否定派らしいので言わなかったんだろう。
夕食は海鮮づくしだった。
『フカヒレ煮込み』『各種刺身』『焼きホタテ』『カニ汁』『アジの塩焼き』『シャークの生け作り』などなど海鮮料理のオンパレードだ。
さすが観光名所で有名になるだけあって、旅行客の欲してるものを理解しているな。やっぱり海洋都市に来たら海鮮料理に限る。新鮮な採れたて素材を出さない観光地は邪道だ。
では早速いただくとしよう。
「くっ! やるじゃないか。塩の辛みと果実の甘味、ハーブの香りと苦み、そして素材のダシ汁だけでここまでの料理を作るとは。いや・・・・俺の知らない調味料も使われているのか?」
やはり高級旅館は凄かった。素材の味を活かすだけではなく、高価な調味料を惜しげもなく使っているし、職人の腕もあるのだろうが魔獣料理も一切臭みと魔力を感じさせない味だった。
「ルーク食べないならもらうわよっ!」
俺が夕食に舌鼓を打って感動していると、横からアリシア姉が皿ごと奪い取ろうとしてきた。
「なんでだよ! 感想を言ってただけだろ! あっ、ニーナまで取るなよ!」
右側のアリシア姉に気を取られている隙に、左側からニーナにホタテを奪われた。
「ふぁふぁいふぉのふぁち(早い者勝ち)」
俺のホタテを口一杯に頬張っているので何を言っているのかわからないけど、そうか・・・・君たちは戦争がしたいんだな?
「隙あり!」
今度はニーナを睨みつけて気を取られている間にアリシア姉に刺身を取られた。
しかし完全に臨戦態勢に入っている俺に隙などない。攻撃に特化したアリシア姉の手元がお留守になっているのを見逃さなかった。
「おっと動くなよ! 動けばこのカニ汁がどうなるか、わかるよな?」
俺は刺身と引き換えにカニ汁を人質(?)にする。
さらに付加価値を付けさせてもらおうか。
「このダシ汁たっぷりの、おいっっっしいカニ汁はもう残ってないぞ。果たして最後のカニ汁を食さずに満足できるかな?」
そう。まだまだ残っている刺身と、食べ尽くされたラストのカニ汁、どちらが優勢か語るまでもあるまい。
奪う料理を間違えたなアリシア姉。
「クッ! ひ、卑怯よ。私のカニを離しなさいっ!!」
「ならまずはアリシア姉の手に持っている刺身を渡すのが先だ」
「こ、これで良い? 置いたわよ! 私のカニを返して!!」
アリシア姉はまるで本当に子供を人質に取られたかのように、俺の手の中にあるカニ汁へと必死に手を伸ばす。
「そう言えばニーナにホタテを取られたんだった、それも渡してもらおうか」
優勢な俺はいくらでも要求できる立場なのだよ。
「なんでよ!? ホタテは一個しか残ってないのよ!」
ニーナのヤツ、それを見越して俺からホタテを奪いやがったんだ・・・・したたかな女だ。
「ならばカニ汁は諦めるんだな!」
「私のカニが!? でもホタテは・・・・無理っ!!」
俺達姉弟の熾烈な争いはヒートアップしていく。
「ルークは学習しない、隙あり」
アリシア姉との攻防に集中しているとニーナが今度は俺の魚を狙ってきた。
しかし隙などありはしない! 獲物を捕る瞬間が一番油断するんだよっ!!
「ニーナの方こそ隙ありだ。塩焼きの防御が疎かになっているぞ」
「ッ!?」
俺の魚に手を伸ばした瞬間、すれ違うように俺がニーナの塩焼きを奪い取う。動揺したニーナは俺から何も強奪する事なく手を引っ込めてしまった。
ニーナも参戦して奪い合いはさらに激化していく。
俺達は完全に拮抗状態に入った・・・・。
先に動いたやつが、奪われる・・・・・・。
「すいませ~ん。このカニ汁、おかわりお願いします~。フカヒレとシャーク煮込みも一緒に~」
「「「・・・・・・」」」
ユキが空気を読まず追加注文する。
「ルークさん達はおかわりしないんですか~?」
「「すいませーん。コレとコレとコレを追加でー」」
もちろん食べる。育ち盛りの子供の食欲舐めるなよ。
「なんか注目されてるわね。なんでかしら?」
「エリーナ様、高級宿に泊まるような人物は静かに食事をするものですよ」
争いに参加することなく黙々と食べていた母さんは周りを見渡してキョトンとしている。
フィーネが言うように俺達は物凄く目立っていた。
(でも迷惑かけてないし、子供が楽しくてはしゃぐのは良いよな?)
「「ふーっ。食べたー!!」」
「お腹いっぱい」
食後、部屋へと戻ってきた俺達3人はそのままベッドに寝転んだ。
フカフカな布団、腹一杯の満足感、長旅の疲れ、風呂上り、様々な要素が絡み合い一気に眠気が襲ってくる。
俺はもう起き上がれないかもしれない・・・・。
「まったく、3人揃ってだらしないわよ」
母さんが若干羨ましそうに注意するけど、体が言う事を聞かないから起き上がるなんて不可能だった。
たぶん人目が無ければ母さんだって俺達と同じようにベッドに飛び込んでいたはずだ。
「夕食とっても美味しかったですね~。今度エルさんに作ってもらいましょうよ~」
うむ、是非お願いします。
「今後は塩の値段も下がるでしょうし、一般家庭でも食べられる料理になりますね」
そのためには塩の量産計画を進める必要があった。
「じゃあ私達は領主様との話し合いに行って来るから、部屋で大人しく寝てるのよ?」
母さん、フィーネ、ユキの3人はロア商会の塩工場について会議をするために部屋を出ていこうとする。
「俺も行きたかった・・・・」
本当はついて行く予定だったけど、5歳児だから睡魔が・・・・もう・・・・無理。
「おやおや~。ルークさんはおねむですね~」
「私達が運ぶから大丈夫よ。ニーナやるわよ!」
「ルークは子供だから仕方ない」
(屈辱だ。でも体が動かないからお願いします)
まぁ、数m先にあるベッドに運ぶだけなんだけどさ。
帰りは遅くなるので寝ているように指示された。
「出歩いちゃダメよ」
観光地とは言え夜の街は危険が一杯だ。やはり子供だけを残すのは心配らしく、同じような忠告を何度もしながら母さん達は領主邸へと向かった。
「「いってらっしゃい」」
俺はフィーネ達を送り出した直後に限界を迎え意識を手放した。
「ルークは寝ちゃったわね」
「わたしたちも寝る?」
ニーナは夜行性なのでまだ寝るには早い時間なのだ。
旅館の中を探索したり、部屋で新しい遊びを試したりしたアリシアとニーナだったが、すぐに飽きたらしい。
「やっぱり夜は暇ね。寝ようかしら?」
「わたし、ここ」
さりげなくルークの隣を確保するニーナ。
本当に2人が寝るかはまた別のお話。




