四十九話 温泉を堪能します
俺、母さん、フィーネの休憩組は領主様が手配してくれた高級宿に来ていた。
有名な温泉地として恥じない立派な宿で、入る前から微かに独特な硫黄の匂いが漂ってきている。
「すっげー。さすが観光都市だな」
「以前クレア様に手配していただいた宿もここでしたので、有名な宿なのでしょうね」
「へぇ~。貴族御用達ってやつだな。温泉が凄かったんだろ?」
フィーネがしてくれた温泉話はオルブライト家の風呂づくりで参考になったし、それがこの宿にあると言うなら俺が直々に堪能してやろうじゃないか。
「はい。それに夜から早朝にかけて寒くなるとわかりますが、室温が一定に保たれているので快適ですよ」
冷房もあるとか言ってたし、楽しみだ。
「そんな事より温泉よ! 早く入りましょ!」
母さんは一刻も早く温泉に行きたいらしいけど、もうちょっと宿について語り合おうよ。
何はともあれまずは部屋に行く。
俺達全員が一部屋で泊まれるようにしてくれたみたいで、10畳ほどのリビングルーム(シャンデリアだ)と、男女別で泊まれるようベッドルーム(めっちゃ布団柔らかい)が2つ。
5歳の俺の体が全部埋まる柔らかなソファーで遊んでたら、母さんが「温泉、温泉」とうるさいので休む間もなく浴場へと向かう事になった。
「案内します、こちらですよ」
部屋に居ようかとも思ったけど、フィーネも入浴するらしいので俺も同行することにした。途中で通路が別れており右側が『男湯』、左側が『女湯』になっている。
当然、5歳児の俺は女湯に入る。
子供だから全く、まっっったく問題ない。1人で入る風呂より大勢の方が楽しいしアルディアでの入浴方法とか知らないから。いやホント、それが理由だ。
「うわー。ここが有名なアクアの温泉なのね! あっ! あれは何かしら!?」
まだ脱衣所にもかかわらず、母さんが子供のようにはしゃいでいる。まだ昼過ぎの早い時間で他の人が居ないから誰にも迷惑かけないからいいけどさ。
(チッ! 俺達だけか)
あ、いや、別に裸が見れるとか思ってたわけじゃないし。アルディアにおける種族の違いを知るためには必要な事で、風習とか身体的違いとかで失礼があったらいけないだろ? 貴族だから色々な人と出会う機会が多いので知らなかったでは済まない事もあるかもしれない。
そもそも5歳なんだから興奮なんてしないし、家族のを見慣れてるから! いや、本当に!!
何故か罪悪感が湧いてきたので俺は自分に言い訳しつつ脱衣所を観察する。
「お、これがフィーネの言ってた扇風機か。なるほど魔石で動かしてるのか、さすが高級宿だな」
まず目に入ったのは大きな扇風機。魔石の交換する手間と維持費が凄いことになってるはずだけど、それを差し引いても利益が出てる人気の温泉みたいだ。
「それに床には乾燥を早めるための魔術と素材が使われています」
「しかも滑らないか・・・・この素材って手に入る?」
ヨシュアにも入浴施設を作る予定だし、今のうちから素材集めをしておいて損はない。
「どのぐらいの量が必要になりますか?」
「ん~。この宿全部の床で使えるぐらいかな」
「それなら大丈夫だと思います。以前、森の奥で密生しているのを見た事があります」
問題があるとすれば昔のことなので伐採されている、もしくは私有地になっている場合だと言う。
「その時は買い取るか、新しい場所を探すしかないか」
「ユキが知っているかもしれませんね。私と同じく世界中を旅していますから」
たしかにユキなら未知の素材を持って来て「これでも作れますよ~」とか言ってくれそうだ。
あれ? 『あの』ユキが頼りになってるだと!? バ、バカな・・・・ヤツは完全にギャグ担当のはずだ。わかってる、わかってる。きっと間違えましたとか言って浴場が爆発するってオチだろ?
俺は脱衣所にある物を細かく確認しつつ、カゴに入っているタオルを取って脱いだ衣類を入れ、最後に魔力を込めると簡易結界が展開された。
「この辺は銭湯と変わらないんだよな~」
もちろん参考にさせてもらう。
「ルークも早く来なさい! 凄いわよ!!」
いち早く服を脱いで、タオル振り回しながら扉の向こうへ飛んで行った母さんが叫んでいる。そんなに凄い温泉なのか。
一応貴族として外面は良くしているが、母さんの素はこんな感じだ。
「今行くよー! 母さんってアリシア姉に似て結構ガサツだよな」
我が家では男の方が断然ちゃんとしている。アリシア姉の部屋なんて酷いもんで、フィーネとエルが片付けなかったら3日で足の踏み場もなくなるほどだ。
「フフッ。そうですね」
フィーネも同意見みたいで、笑いながら母さんの脱ぎ散らかした服を丁寧に畳んでカゴに入れていく。
ちなみにフィーネは素がキッチリとしているので、全身にタオルを巻いて失礼の無いようにしている。相変わらず見事なボデーだ。
湯船にタオルをつけたらダメだから、入る時はちゃんと取るんだぞ。まぁアルディアでも温泉ルールが適応されているのかは知らないけど。
「さて初めての温泉を楽しみますか」
「はい」
高級な温泉というものを侮っていた。
さすが観光地として有名になるだけはあるな。やるじゃないかアクア。
床はざらついた感触がある石材で造られていて滑りにくく、湯船には竜を模した石像から絶えず乳白色な湯が注がれている。
母さんは掛け湯もせずに温泉に飛び込んでいたけど。
さらに俺を驚かせたのは蛇口。
「うぉ! お湯と水が出る混合栓を完備だと!?」
「ルークと同じ考えをする人が居たのね~」
母さんが先に温泉に浸かってから体を洗うため隣にやってきた。
「ルーク様の方が水のみで作り出しているので凄いですよ」
フィーネがフォローしてくれるけど、俺も真似してるだけなので1から構造を考え出した職人に負けた気分だ。
「しかしまだまだ魔法陣が甘いな。
取っ手は熱くなるし、湯水の切り替えが完全じゃない。気温に左右されて一定温度を保てないし、魔力の消費も激しい」
修練が足りないな!
「そうですとも。ルーク様の魔道具の方が素晴らしいのです」
「言われてみればたしかにね~。なんでウチのは大丈夫なの?」
フッフッフ、説明しよう! 母さんはもちろんフィーネですら構造を理解するのに時間が掛かったと言う我が混合栓を!
オルブライト家の水道は『加熱鉄板』との連結により気温に関係なく確実に一定温度まで上昇するので、常に15℃が保たれるようになっているのだ。
さらに水道内部に水を循環させることで取っ手を含めて表面は熱くならず、冬も冷える事が無い本体昇温防止機能を搭載。
魔力回路を改良したことで温度調節が可能な『サーモスタット式』になっており、加熱鉄板の起動にはそもそも魔力をほとんど使わないので消耗も抑えられたまま自在に好きな温度の風呂に入れるようになっている。
使う魔力は手元の水を流入させる力だけで、この温泉のようにお湯も水も地下から引き上げるような労力は必要としないため、当然魔力の消耗は比べ物にならない。
「高級旅館と言えど所詮俺の知識の足元にも及ばないレベルなのだよ。ハーハッハッハー!!」
上司よ、ありがとう。絶対無駄だと思ってたサーモスタット内部構造を勉強してて良かったよ。
ちなみにサーモスタット混合栓が壊れたらメーカー修理か買い替えになって、どちらも数万円かかり、素人が手を出せる部分じゃないから接客の時にも役立ったことはない。でもまさか異世界で役立つとは思わなかった。
俺の長々とした説明と自画自賛への感想を「へぇ~」という一言で済ませた母さんが今度は泡石に興味を示す。
(・・・・・・説明しろって言うから詳しく話したのに、どうでもよさそうな反応はやめて)
たぶん使えるならなんでも良いって思ったらしく、理解しようとするのを諦めていた。
「この泡石も高級品みたいだけど石鹸の方が良いわよね」
まだ石鹸は導入されていないみたいだ。ヨシュアには大体行き渡ったはずだから、この旅館も時間の問題だろうな。
「ですね。今度商店で果実を混入させた石鹸を売り出す予定なので、試してみてください」
「そうなの!? 私イチゴの匂い好きなのよ~。是非作ってね」
入浴前の段階では我が家の圧勝だな。
「さて肝心の温泉だけど、さすがとしか言いようがないな」
こればっかりは完敗だった。
『井戸の水』VS『地面から沸き出す様々な効能タップリな温泉』
どちらに軍配が上がるかなんて初めからわかっていた。そもそも相手になる訳がない。
「やっぱり温泉欲しいな~。ヨシュアって地中深くに源泉あったりしないかな?」
「無いと思いますけど掘ってみますか? 地盤が崩れるかもしれませんが」
「絶対止めておこうか」
「ええ、絶対にダメよ」
限度を知らないフィーネやユキにお願いしたらヨシュアが滅びる。
『ヨシュア崩壊! 原因は穴掘り』
そこまでして温泉が必要なわけじゃないから丁重にお断りする。
「それにしても温泉って良いわね~。見て! 入浴するだけでこの肌の艶とハリ!!」
自慢できる相手が息子しか居ないので、俺に自分の体を見せつけて来るエリーナ30歳。
俺は「フィーネも居るんだからそっちに言えばいいだろ」って思ったけど、さすがにエルフ相手に容姿を自慢するほど愚かではなかったらしい。
エルフは長寿、つまり年齢で衰える事のない究極の美だ。
数百年変わらない美しさを誇るエルフに「私綺麗になったでしょ?」と言う質問は自虐でしかない。
もしユキ相手に自慢して「え? 私生まれてからずっとピッチピチですけど?」なんて空気を読まないバカ発言されてみろ、たぶん母さん泣き出すぞ。
もちろん空気の読める俺はしっかり褒める。
「アクアに来て良かったね。帰ったら皆から羨ましがられるね! 母さんが綺麗になって息子の俺も鼻が高いよっ!」
まぁ嘘じゃない。
この宿には『普通の温泉』『薬草風呂』『水風呂』という3つの風呂があった。
「入浴施設を作るとして、4つは湯船が欲しいよな~」
「これ以外に何を作るの?」
「薬草風呂は高価になるから定期開催するとして『電気風呂』だろ。あと『ジェットバス』は欲しいな~」
あのジェットが噴出する風呂の正式名称なんて言うんだろう? 昔はジェットバスとかジャグジー風呂、ボコボコ温泉って呼んでたけど。
たぶんアルディアには無い風呂だから俺の独断により『ジェットバス』に決定!
「『ジェットバス』何それ!? 楽しそうな言葉の響きね!」
「どのような温泉なのですか?」
俺は簡単に説明する。ジェットバスは風魔術で造り出せるだろうけど、電気って作れるのか? たしか電気風呂は結構電力使うはずだけど。
「良いじゃない! ウチでもしましょうよ」
母さんはジェットバスを我が家にご希望だ。でも結構大がかりな魔道具が必要だから無理だと思う。
「魔術を使えばジェットバスは出来ますね」
風魔術スペシャリストのフィーネが出来ると言うので試したかったけど、さすがに宿に迷惑がかかりそうなのでここでの実験はしなかった。
母さんが悲しんでいたけどオルブライト家の評価に関わると言って納得させた。
「アリシア姉とユキが居ないから安心してたけど、まさか母さんが手間のかかる子供役になろうとは・・・・」
今も脱衣所の扇風機を起動して長椅子に寝そべってだらけている。
全裸で仰向けになっていた母さんにフィーネがソッとタオルを掛けてくれた。
だらしない人が居なくなれば、代わりに誰かがだらしなくなる。
世の中の真理だ。
いや、母さんが裏表の激しい人ってだけかな。
とにかく俺達は温泉を満喫した。
ちなみに風呂上がりの牛乳は無かった・・・・わかってないな~。
ジャグジーは商標らしいですね。




