四十八話 海上戦
アクアに着いて最初にすることは領主への挨拶だ。
先に宿に行って荷物を預けるっていうのも考えたんだけど、そうするとアリシア姉達が絶対遊びだすから必要な用事を済ませる事にした。
「あ、ユキさん。いらっしゃい」
「今日はお茶飲んでいく時間ありますか?」
俺達が領主邸に行くと2人の門番からフレンドリーに話しかけられる。
「今日は仕事で来てるので忙しいんですよ~。また今度です~」
なんで他所の守衛と仲良くなってるんだよ。
ユキは毎週のようにアクアに通ってるから領主と知り合いなのは納得できるけど、まさか自分の家かってぐらい勝手に歩き回るほどに親密な間柄になっていたとは・・・・。
屋敷の廊下を闊歩するユキは、すれ違う人全員に挨拶をして領主の居場所を確認していく。
そして俺が屋敷の主は誰なのか疑問に思い始めた頃、メイドさんに導かれて領主が居る部屋までやってきた。
「ダンさ~ん、連れてきましたよ~」
当然ノックすることもなく入室したユキは、領主にも気楽に挨拶をして皆を紹介していく。
(お前は本当に誰にでもフレンドリーだな。たぶん国王に会ってもタメ口で飲み物とか要求するんだろ?)
ユキの態度に怒る事もなく、驚くわけでも無い領主が歓迎してくれた。
「おぉ、ようこそアクアの街へ。ワシが領主のダン=クルーガー侯爵だ。噂は聞いているぞ」
フィーネの武勇伝は順調に各地に轟いているらしい。
「では早速本題に入りましょうか。まず塩を作る場所ですが・・・・」
大人達が話し合いを始めた。
「ねぇ暇になったわよ」
「ひま」
「なんで付いてきた!?」
アリシア姉とニーナが口々に遊びたい、つまらないと言い出した。
元々、塩工場メインの旅なんだから話し合いが多くなるのは当然だろうが! まさか海辺で遊べるとでも思ったのか?
「ハハハッ! 子供たちはそうだろうな。なら詳しい話は夜にして先に予定地へ行こうか」
ダンさんが気を使って海を案内すると言ってくれた。
助かるわ~。実は俺も話し合いより実物を見てから考えをまとめるタイプの人間なのだ。その方が想像しやすいし、問題点もわかるから。
「ではパイプの性能もお見せしましょう」
「ちゃんと持ってきてますよ~」
もちろん塩産業を拡大するために必要不可欠な神力パイプは持ってきている。
ダンさんや護衛と共に俺達が街外れにある海岸へやってくると、そこには年季の入った大きな木造作りの工場が建っていた。
たぶん昔はここで塩を販売するためのろ過や箱詰め作業をしてたんだろうな。でも今は別の工場に移って空いてるからロア商会が借りたわけだ。
俺が工場を見学していると、アリシア姉とニーナが海水や寄せては返す波に興味津々だった。
「これが海っ! 水が塩辛いのよね!?」
「大きい。泳いだら体に塩が付くの?」
海を初体験組の2人はテンションを上げていき、今にも素っ裸になって飛び込みそうな勢いだ。
俺は地球と同じ海で安心したよ。魔界の海の色は赤や黒なんだろうか?
「ニーナは気をつけろよ。たぶん耳や尻尾の毛の間に塩が溜まるぞ」
一応ニーナは猫族だし忠告しておこう。
「え!?」
「海に入るなら俺が綺麗に洗い流してやるぞ。体中隅から隅まで、丁寧に、素手で」
「それは断る」
ニーナは最近になって羞恥心が芽生えたらしく、ボディタッチを嫌がるようになってしまった。
最初から嫌がってはいたけど、なんか雰囲気が違うと言うか・・・・。
しかし問題ない、俺にはヒカリが居る。ヒカリならモフり放題だ!
でも将来「一緒にお風呂入るの嫌」とか言われたらどうしよう。立ち直れないかもしれない。
女の子との入浴について妄想をする俺を置いて話し合いは進行していく。
「現在はあちらで塩を作っているので、今居るこの場所がロア商会の塩工場予定地になります」
新しく場所を確保するより、今ある場所を改造する方が早いので工場ごと借りる契約になっている。
(うん、問題なさそうだな。あの崖からパイプを伸ばして、塩は箱詰めのために隣の工場に運んで・・・・)
隣に居るフィーネにコッソリ合図を送る。
「はい。この場所を借りましょう。エリーナ様も構いませんか?」
「温泉まだかしら・・・・えっ!? あ、うん。良いんじゃない?」
母さんの心は完全に温泉へ飛んでいた。
仕事で来てるんだから、今だけでも集中してくれる!?
いい物件を用意してくれたお礼に、今度はこちらが神力パイプを披露する番だ。
「ではこれが塩作りを改善するための魔道具です。エルフ族に古来より伝わる魔法陣とユキの知識を使って作り出しました」
そういう設定にしてある。
『古来より伝わる』とか『ユキの知識』って万能説があるから問題ないだろう。
フィーネが海岸からパイプに魔力を込めると、パイプは海底に伸びていって数秒後に海水が噴き出してくる。
「おおっ! この海水に水魔術を使うのですな。おい、やってみてくれ」
「はい」
現役で塩作りをしている従業員の男性が水魔術を使うと、明らかにドロッとした海水に変化した。
「なるほど・・・・少し難しいですけど、慣れれば塩だけを取り出すことができそうですね。この海水だけでも十分売れますけどね」
「ふむ。特別な魔術は必要ないようですな。これなら従業員を増やして大量生産できるでしょう」
領主から合格をもらえた。
詳しい話は夜する事になっているので一旦解散する。
「私、海の魔獣が見たい!」
「わたし魚が食べたい」
「私は温泉入りたい!」
各々が好き勝手を言い出した。母さんもか・・・・。
俺は初めての長旅は疲れたから休みたいかな。
「では分かれましょうか。海で遊ぶ組と、宿で休息する組ですね」
「私とフィーネさんが引率しますよ~。何度も来てるので案内は任せてください~」
なんか最近ユキが輝いている気がする。
頼りになると同時に不安にもなるのは日頃の行いのせいだろう。
『遊ぶ組』 アシリア姉・ニーナ・ユキ
『宿で休息組』 俺・母さん・フィーネ
丁度半々に別れた。
「では私達はクロと共に宿屋へ行きましょう」
やっと休める~。
「じゃあ私達は海の魔獣を倒して食べましょうか~」
そう言ってユキ組は海の方へ向かっていった。
「まま、ま、ま、魔獣を倒し放題っっ!? な、なんて素敵な旅行なのかしら! グフフフッ!」
「食い倒れるまで狩り尽くす」
魔獣退治も陸地の近くでは人目に付くため沖に出る必要がある。意気込む2人のためにユキが氷の足場を用意して乗るように指示する。
「ツルツルしないし、冷たくもないのね」
「動きやすい」
氷とは言ってもユキ特製の足場は、移動する上で不便がないよう調整された物質である。
「行きますよー!」
「「キャーーっ!!」」
2人が氷に乗り込んだ瞬間にユキが氷を押しながら高速で泳ぎ出した。
ユキによって1分ほど高速移動した足場は、アクアから数十キロ離れたようで辺り一面海しか見えない。
「ビックリしたじゃない! 言っておいてよっ!」
「落ちるかと思った」
「ゆっくり移動したつもりなんですけど~」
海中であの速度が出せるのはユキぐらいなものだろう。魔獣だってあそこまで早くない。
驚かされた2人だが、海の魔獣と戦闘するには持ってこいの環境ではあった。
「ここなら魔獣倒し放題ですよ~。アシリアさん、パ~ス」
そう言いながらユキがスカイウィッシュを飛ばしてくる。
『スカイウィッシュ』
海中に存在する魔獣の中では最弱クラスの雑魚。海面を飛ぶように泳ぐので名付けられた。
網を張っていると勝手に飛び込んでくるので食糧としても庶民の強い味方。討伐ランクは弱すぎるため無し。
「雑魚ね! 私にかかれば一撃よ!」
「美味しそう・・・・ジュルリ」
スカイフィッシュを得意の炎魔術で焼いたアリシアと食すニーナは、その後も魔獣の居る場所へ移動したり、ユキが連れてきたりして戦闘意欲と食欲を満たしていった。
「きゃー。サメですー」
今はユキが5mほどの『ブルーシャーク』を拉致してきて、自分が襲われる役をして遊んでいる。大根役者も真っ青な棒読みだ。
『ブルーシャーク』
サメ型の魔獣では最弱で、海洋生物のサメと変わらない強さ。
ただしどの部位も美味しいので食材として人気の魔獣。討伐難易度Dランク。
ユキが襲われる度にブルーシャークをアリシアが攻撃するが、魔術耐性のある皮膚に阻まれて倒しきれない。
「ダメですよ~。アリシアさんの魔力じゃ皮膚を焼けないんですから~。口を開いたときを狙わないと~」
「だって全然口開けないじゃない! 海中でずっと遊んでるユキが悪いのよ!」
「え~。サメってそういう生物なんですけど・・・・。
なら私が口を開けますからその瞬間を狙ってください~」
「いつになったらサメ食べれるの?」
ニーナはフードファイターとして先ほどから食事の完成を今か今かと待っていた。
「ニーナはもうちょっと待ってなさい! 次こそっ!」
「あ~。逃げようとしてます~。ダメですよ~」
ユキは逃げようとするブルーシャークの目の前に転移して頭を掴んで自分の方を向かせる。
「あ~れ~。食~べ~ら~れ~る~」
完全に自作自演だ。
ブルーシャークは可哀そうになるぐらい必死に暴れているが当然ビクともしない。ユキに発見されたのが彼の運の尽きだった。
「今ね! 火よ、ファイア!」
アシリアの放った魔術がサメの口の中で炸裂する。
さすがに体内を焼かれてはひとたまりもなかったようで、周囲に香ばしい匂いが広がった。
「ブルーシャークの丸焼きですよ~。美味しそうなのを選びましたから食べてみてください~」
「もう我慢できない。いただきます」
先ほどからずっと我慢していたニーナが齧り付いた。
「ニーナさん早いですよ~。今から切りますから~」
ユキが切り分ける前に完食する勢いのニーナ。アリシアもつられて噛み付く。
「じゃあ私も~」
結局3人で5mのブルーシャークを丸かじりにした。
当然食べきれるわけもなく大部分は魚のエサになったが少女達は満足そうだ。
その後も刺身や丸焼きで海の幸を満喫する3人。
「これは夕食が食べれなくなって怒られるパターンですか~?」
ユキは引率者として責任を感じているらしい。
「「大丈夫。動けばお腹は空くから」」
しかし少女達の若い胃袋と消費カロリーを舐めてはいけない。食べた分だけ動けば良いだけの話しだ。
「ならお腹が空くまで食用に向かない無差別級で魔獣勝ち抜き戦いってみましょうかー!」
「「おー!」」
食べられない魔獣なら討伐してもお腹は膨れないので、ユキが見繕った魔獣をアリシアとニーナが協力して次々と討伐していった。
しかし初めての海上戦闘だったので実力が出し切れず『メタルフィッシュ』に翻弄され、海中から飛び出てくる敵への対処方法がわからないまま疲労していき敗北。
回避は出来るが攻撃が当たらず、当てようとすると回避が出来なくなると言うメタルフィッシュは今の2人には強敵だった。
『メタルフィッシュ』
皮膚が金属のように固い鱗に覆われた魔獣。
一見するとただの魚のため間違えて捕まえてしまい網を破られる事が多い。頭部は特に固く、厄介な攻撃力を持つ。討伐難易度Cランク。
「初めての海上戦なら十分ですよ~」
そう言いながらユキはメタルフィッシュを追い払った。
「悔しいっ! さっき私が火を下から打てば良かったのよね。次は絶対に倒す」
「今度はわたしが誘導する」
「次は勝てそうですね~」
悔しがりながらも着実に成果を残す2人だった。
ユキは案外教育者に向いているのかもしれない。




