四十七話 みんな楽しみ
ヨシュアを離れてから3日経つけど予定より遅れていた。
確実にユキとアシリア姉の遊びすぎが原因だ。
でも元々急ぐ旅でもないので、むしろ「もっと寄り道して楽しもう」って言う声すらあった。
でもユキが「悪いのは自分だから遅れを取り戻してくる」と言って、辛そうに肩を震わせてながら竜車から降りる。・・・・もしかすると泣いているのかもしれない。
(ユキ、お前でも責任を感じたりするんだな。てっきり「楽しければ良いじゃないですか~」って言い出すと思った俺を許してくれ)
しかし俺の予想とは裏腹に、竜車から降りたユキは悲しみの感情とは無縁だった。
反省どころか、人を馬鹿にしたような口調で罵詈雑言をまき散らしてクロを煽り立てる。
「おやおや~、足が遅すぎて欠伸が出ますね~。やっぱり竜じゃなくて鳥だったんですね~。今度から揚げにしましょうか~」
「グルァーーーッ!!!」
当然クロは怒ってユキに攻撃するため速度を上げた。
遊んでいる? いや違う、これが遅れを取り戻す秘策らしい。
ユキはバック走にも関わらず、全力疾走するクロの少し前を優々と走りながら言葉で煽り、行動で煽り、表情で煽る。
豊富な人生経験をフルに活かした際限のない嫌がらせの数々だ。
今はクロの鼻先に自分の髪の毛を近づけて、絶妙に噛めない距離を保っている。
(だよな~。お前が反省なんてするわけないよな~)
肩を震わせて竜車を降りたのはクロを怒らせるのを想像して笑ってただけで、むしろ遅れたって言う大義名分ができてラッキーって思ってそうだ。
ちなみに荷台はフィーネの魔術で風船みたいに数㎝だけ浮かんでるから、もし誰かに見られても問題ない。
でも振動を見てるだけでも酔いそうになるから控えてほしいな・・・・。
そして爆走しているユキとクロに触発される1人の少女が居た!
当然アリシア姉だ。
目の前で動いている物体を『倒す』『学ぶ』の2種類でしか判断しないアリシア姉は、今回学ぶことを選んだようで爆走に参加するつもりらしい。
「私達もやるわよ! 竜より早く走るのよっ!」
「長時間は持たないけど?」
「良いのっ! ニーナだってルークに特訓の成果を見せるって楽しみに「ッ!」・・・・ゴメン、内緒だったわね。っていつまで叩いてるのよ!?」
俺が2人の方を振り向くと、ニーナは何故かアリシア姉をバシバシと叩いて謝らせていた。
「ルーク聞いた?」
アリシア姉を一しきり叩いた後、神妙な面持ちで俺の方に詰め寄ってきて何度も「聞いた? 何か聞いた?」と質問するニーナ。
「え? 何が?」
何の事を言ってるのか全くわからない。ユキとクロの爆走を見ていたからニーナの話は聞いてないけど・・・・なんか大切なこと言ってた?
俺は難聴系な主人公じゃない。大事なイベントやフラグは聞き逃さないぜ!
「ならいい」
俺が聞いてないと答えると、ニーナが顔を真っ赤にしながらソッポを向く。
「どうしたんだよ?」
「なんでもない」
よくわからないけど、問題ないらしい。
結局、アリシア姉とニーナは竜車から飛び出していった。
ユキとクロの高速移動は続いているから、地面に降り立った2人がドンドン小さくなる。
(おいおい、この速度に追いつけるのか? まぁ追いつけずに距離が離れたらフィーネが回収するから平気なんだろうけど)
「行くわよ!」
「んっ」
「「でやぁぁぁーーーー」」
俺の心配を他所に2人は凄まじい速度で竜車に追いついてきた。
初日にユキから教わっていた『縮地』をもう身につけたのかと思ったけど、単純に魔力で脚力を強化して走っているので縮地とは違うらしい。
そりゃ生身で自動車並みの速度は出せるわけがないよな。獣人のニーナは可能性があるけど、アリシア姉は絶対に無理だ。
「おおっ!? 地上最速と言われる竜車と並走してるぞ。凄い凄い!」
クロはたぶん60kmぐらいは出てるけどアリシア姉たちも負けてない。けどアリシア姉は20秒、ニーナは1分ほどでギブアップして荷台に飛び乗ってきたから長時間は持続出来ないみたいだ。
ちなみに縮地なら倍以上の速度が出せるらしいけど、それって防壁なかったら皮膚が裂けるんじゃないか?
「あ゛あ゛ーー。もう無理ー。全然走れなかったー」
「・・・・ハァ・・・フゥ・・・クロ、速い」
全力疾走で魔力を使い果たした2人は荷台で大の字に倒れている。
「アリシアもニーナも速かったわよ。竜に追いつけるだけでも凄いのよ?」
「そうですね。何より自分の限界を知って乗り込んできたのは素晴らしいですよ」
母さんとフィーネが8歳なら十分な走力だと褒める。
俺が8歳になった時にあの速度で走れって言われても無理だと思うし、要求されても絶対やらない。さすがは獣人のニーナと武闘派のアリシア姉だよ。
「ルークどうだった?」
息を整えたニーナが俺に感想を求めてくる。
(いや、どうって言われても・・・・俺、魔力ありの全力疾走ってしたこと無いしさ)
フルマラソンのタイムは3時間でした。って言われても困るだろ? 平均なんて知らないんだからさ。
でもギャルゲーマスターの俺はそんなヘマはしない。
見える、見えるぞ!! 脳内に3つの選択肢が、俺には見える! 正解は3と見せかけて1だ!
しかもここは現実。つまり選択後のフォローも可能だ。
「凄いじゃないか! 毎日頑張ってたもんな! もう立派な黒猫だ!!」
よーしよしよし。よーーしょよしょしょ。よーーーしよししょしょ。よっしょしょっしょしょ、よっしょしょ(ムシゴ〇ウさん風)
ひたすら撫でた。
途中で何か聞こえたけど、気にせず撫で続ける。
ひたすら撫で続ける。
執拗に撫で続ける。
「・・・・ッ!・・ウッ・・・ァ・・・ンッ」
・・・・ゴメンやり過ぎた。
ニーナがアヘ顔で痙攣している。
少女が見せていい顔じゃない、完全に18禁な表情だ。
もしかしたらくすぐったくて笑い過ぎてただけかもしれないけど頬の筋肉がピクピク痙攣している。
俺はニーナの頭をそっと荷台の隅に向けさせた。
「ルーク私も! んっ!」
何故かアリシア姉も頭を差し出してくる。
撫でろって事か? 立派なレディを目指す少女にも、たまには甘えさせるのが大人の男ってやつだな。
よーしよしよし(以下同文)
「エヘヘ~」
満足したらしい。
でもニーナと同じようにしたのにアへらなかったのは、前世で飼っていた猫と同じように撫でたのがダメだったからか?
首周りをカリカリしつつ耳の後ろを撫でる超絶テクニックを持つ俺がアリシア姉をアヘ顔に出来なかった。
ふっ・・・・俺もまだまだ修行不足だな。
新たな撫でテクニックを身に付けるため考え込んでいると、意識を取り戻したニーナが俺を叩いてくる。
(俺が何をした!? 猫を褒めるときは撫でるのが常識じゃないのか!?)
ニーナの服が変わっていたので、汗を掻いて着替えたんだろうな。
俺達がいちゃついていると爆走中のユキが突然歩き出し、同時にフィーネが竜車の手綱を引いて速度を激減させた。
「どうした?」
「敵!?」
何か問題でもあったのかと全員が不安そうにフィーネを見る。いやアリシア姉は戦闘態勢だ。
「人が来ました」
フィーネが道の前方で人の魔力を感知したと言う。
どうやらユキとクロは周囲に迷惑が掛からないように爆走していたらしく、誰かと出会うときは静かにするルールだから減速したって事か。
「あれだけ必死に走ってたのに切り替えられるなんて凄いな」
クロはまるで親の仇のようにユキに噛み付こうとしていたし、ユキも見ていて可哀想になるぐらいクロを煽っていたので、誰がどう見ても遊びとは思えないだろう。
しかし今は試合終了とばかりに、いつもの静けさに戻っている。
クロは目の前に居るユキには見向きもせず、ユキも「ナイスダッシュ」とでも言うようにポンッとクロの背中を一叩きして「グルッ」と応えるクロ。
戦友との挨拶を終えたユキが荷台に乗り込んできた。
「実はお前ら仲良いだろ?」
「いいえ~。全力で訓練しているだけですよ~」
(それを仲が良いって言うんだよ)
その数分後、言われた通り馬車とすれ違った。
ユキ達が走ったお陰で相当近くまで来たようで、フィーネが明日には到着予定だと言う。
「ねえ海中の魔獣とはどうやって戦えばいいかしら?」
「水面から顔を出したら爪でザクッと」
アリシア姉とニーナが物騒な相談をしている。
なんで魔獣と戦う事が前提なんだよ。塩作りだって言ってんだろ。
いや、フィーネも塩作りの過程で魔獣と出会ってるし、もしかしたら結構出没するのかもしれないから2人の話し合いも無駄ではないんだろうか?
翌日の昼頃には一気に人通りが増えてきたし、もうすぐ水の都アクアに到着するみたいだ。
「ユキ、見えた? 見えたら持ち上げてよ!」
竜車の上に乗っているユキとアリシア姉がバタバタと騒がしい。
たぶんユキが飛び跳ねてアクアを最初に発見しようとしてて、それを2番目に見たいがためにお願いしているアリシア姉、かな。
「見えましたよーーっ!」
ユキが大声で叫んでアクア到着を知らせる。
「抱っこして!!」
「あと少しで着くだろ、落ち着いて待てば良いじゃん。なぁ母さん」
「ちょっとユキ! 年功序列って知ってるわよね!? 先に私よ!」
母さんがアリシア姉を押しのけてユキに抱き上げられて飛んだ。
お母様?
「あーっ! 母様が順番守らない! ならフィーネ持ち上げて!」
「ダメ、フィーネはわたしを持ち上げるから」
母にユキを横取りされたアリシア姉は、もう1人の強キャラに上空へと連れていくようにお願いするけど既に予約されていた。
ニーナ? お前はクールなローテンションなキャラのはずだろ?
「ルーク様も上空で景色を眺めませんか? 気持ちいいですよ」
フィーネの風魔術で足場を作って空を飛べるらしい。
「あ、お願いします」
結局クロを地上に残して全員が空高く舞い上がった。
・・・・・・いや、やっぱ初めての街ってテンション上がるじゃん。
上空からはアクア全体を見渡すことが出来た。
木々が生い茂る自然豊かな山々、その山の麓に雲のように広がる硫黄の煙、湯気の立ち上る温泉街を行きかう人々、漁船や貿易船が数多く停泊している活気溢れる港、水平線の彼方までさえぎる物の何もない広々した海。
俺のテンションも最高潮だっ!
周囲の人が驚いていたけど、わざわざ全員に説明する義理はないし「風魔術なんで少しの飛行は出来るんです」って空気で乗り切った。
商会の竜車だから「新技術か」って納得されたのかは知らないけど騒ぎにはならなかった。
「それでは街に入りましょうか」
「「「はーい!」」」
いよいよ水の都での大冒険が始まる!
・・・・違う、塩作りに来たんだった。
世の中に『サザエさん(登場人物含む)』と『ムツゴロウさん』を呼び捨てにする人なんて居るんでしょうかね?




