閑話 果て無き修羅の道
「なんですって! もう一回言ってみなさいよっ!!!」
アリシアは修練場に響き渡るほど大きな声を上げた。
「ああ、何度でも言ってやるよ。貴族の女が強くなっても意味ないんだよ! 無駄なんだよ!」
「ブッ飛ばすっ!!」
そしてアリシアは暴れ始めた。
事の発端はヨシュア学校のランキング戦だった。
アリシアの通う学校では2ヶ月に1度、学年別に戦闘能力の成績を決めるランキング戦を実施している。
実際に戦ってお互いに切磋琢磨するのが目的で、ランキング戦の成績は将来にも大きく影響するので皆がトップを目指して日々の成果を披露する場になっていた。
学内の広々とした修練場にある舞台の上で、先ほどまでランキング2位だった相手と死闘を繰り広げ勝利したアリシア。
つまり彼女はたった今、学年ランキング2位になったのだ。
アリシアと口論しているのは子爵家の取り巻き。
対戦相手の貴族はまだ気絶して目覚める気配がないのだが、自分の支持する貴族が負けた事に納得できない学生がアリシアに絡んだのだ。
女性がランキング上位に入る事は少ないので現実を受け入れられない学生も多かった。
結局その場は教師によって鎮められて解散した。
当然、帰宅時間になってもアリシアの気は収まらないので、周囲に喚き散らしてストレスを発散させていた。
「なんだって言うのよ! 悪いのはあっちじゃない! レナードもそう思うでしょ!?」
「ボクに八つ当たりしないでよ。アリシアだってあの後、結局殴ったじゃないか」
アリシアと同学年の男子生徒『レナード』
将来は冒険者として生活するつもりのレナードは戦闘に特化した学び方をしていて、学年ランキング1位の王者だ。
貴族は勉強、平民は戦闘を中心に学ぶのが一般的だが、負けるのが嫌いな貴族も多いのでランキング上位に平民が居る事はほとんど無い。貴族たちの顔を立てるためにわざと負けるのだ。
そんな中でレナードは周囲の評価を気にせず、誰にでも全力で向かっていき頂点を勝ち取っていた。
アリシアはそんな所が気に入っていたので学校ではレナードと一緒に居る事が多い。
ちなみにレオは無難に6位を取っていたが、全力を出していなかったのを知っていたアリシアはそんな兄の事が好きではなかった。戦いとは常に全力でぶつかり合う事に意味があり、ワザと負けるのは相手に失礼だと思っているのだ。
他の生徒からは『動』のアリシア、『静』のレナードと呼ばれているのを本人達は知らない。
「せっかく2位になったのよ? なんで対戦相手でもないのにゴチャゴチャ言ってくるのかしら!?」
アリシアは百歩譲っても文句は戦った人が言うべきだ、と叫んでいる。
「貴族は『女は男の下に居るのが当然』って考えてる人が多いからね~。
ボクも昔は平民のクセにっとか言われたし、陰で八百長も持ちかけられたよ」
「何よそれ! 私知らないわよ! なんで言い返さないのよ。拳で黙らせればいいじゃない」
「もちろん全員試合で黙らせたよ。アリシアも気にしない方が良いって、そのうち何も言われなくなるからさ」
レナードが言うこともわかるが、納得は出来なかった。
(なんで強くなって文句を言われないといけないのよ。我慢しないといけないのよ・・・・悪い事してないじゃない)
イライラする時は体を動かすに限る。
家に帰ってからアリシアはひたすらマリクと模擬戦を行った。
「も、もういいだろ!? ギブアップだよ! ここまで! 終わりだっ!」
「な・・んでよっ・・・・ま・・だ・・・・」
いくら攻撃してもゾンビの如く起き上がって向かってくるアリシアに、恐怖すら感じ始めたマリクは負けを認めて模擬戦を強制的に終わらせる。
マリクは気絶したアリシアを治療のためにフィーネを呼びに行った。
結局アリシアの気が晴れる事は無かった。
私はフィーネに治療されている最中に目を覚ました。
「何かありましたか? アリシア様らしくありませんね」
目を覚ますとすぐにフィーネは何事かと尋ねてきた。
でもこれは私自身の問題だから、誰かに相談して解決するものじゃないと思う。
「別に・・・・」
結局そう応えるしかなかった。
「そうですか」
フィーネは呆気なく引いて静かに治療を続ける。
「聞かないの?」
「アリシア様が言いたくなったら聞きますよ」
「変なの」
その後、数分で治療が終わって肉体の疲労と魔力不足を実感できるダルさが残った。
明日は確実に筋肉痛ね。
その夜、私は結局フィーネに相談する事にした。
自分がバカなのは自覚してるし、いくら考えてもわからかったので誰かに相談してみるのも良いかもしれないと思った。
でもなんとなく恥ずかしくて他の人には聞かれたくないからフィーネをお風呂に誘う。あそこなら誰にも聞かれない。
「珍しいな。アリシア姉がフィーネと2人きりって」
ルークが珍しがって何か言ってきたけど気にしてられない。今から大事な話をするんだから、私はそれどころじゃないのよ。
お風呂場で2人きりになったのを確認した私は、早速フィーネに自分の気持ちについて相談をする。
今日学校で会ったことを全部話した。ランキング戦の事、取り巻きの事、そして将来の事。
「ねえフィーネ。貴族の女が強くなるのは無駄なの?」
「無駄ではないですよ。ただアリシア様は勉学が不得手ですからね、将来は冒険者になるのですか?」
たしかに貴族には向かない性格だと言うのは幼少期から自分でもわかっていた。
煌びやかなパーティに出席しても、傍に控える護衛の強さを想像する方が楽しかったし、出された料理はその魔獣の倒し方を考えていた。装飾品があればどうやったら戦闘で使えるか必ずシミュレーションする。
でも「冒険者になりたいのか?」と聞かれれば「わからない」と答える。
だって私はオルブライト子爵の長女だ。
将来の事はわからない。
父様が結婚の話を持ってくるかもしれないし、内乱が起きて没落してどこかの貴族に雇われるかもしれない、怪我で動けなくなるかもしれない。
「まだ8歳なので仕方のない事ですが、だからこそアリシア様は悩んでいるのでしょう?」
「フィーネは私の気持ちがわかるの?」
私は自分がわからないのに・・・・。
「アリシア様は言い返せなかった自分自身に怒りを感じているのですよ」
フィーネに言われてハッとした。
その通りだ。私は「女は強くなる必要がない」って言ってきた取り巻きに何も言い返すことが出来なかった。
強くなってどうするの? 何になるの?
自分が一番言われたくない事を言われたから黙るしかなかったんだ。たぶん自分でも内心そう思ってたのかもしれない。
「どうすれば良いの?」
私にはわからないけど、大人のフィーネなら答えを知ってるかもしれない。
「それはアリシア様にしか出せない答えです。私はどのような進路でも応援しますよ」
「冒険者になるのも、結婚して家庭に入るのも、勉強して商売を始めるのも応援するの?」
たぶん最後のはありえないけど。本を開くだけで頭が痛くなるし。
考えるよりまず行動するのが私の信条だ。
「はい。ただしアリシア様が後悔の無いように生きてください。アリシア様の人生ですから」
自分のしたいように生きる。
私のしたい事。
・・・・・・強くなりたい。
「私はフィーネみたいになりたい。
世界中を巡って魔獣を倒して、ライバルを見つけて! 人を助けて! 強くなりたいっ!!」
そう、強くなりたい。誰よりも強く。
最強になって誰も文句が言えない存在になりたい。
それが貴族でも女でも姉でも妹でもない私『アリシア=オルブライト』の願いだ。
「でも私は貴族なのよ? 冒険者になれないかもしれないし、結婚しないといけないかもしれない・・・・」
「それは強くなることとは別の事ですよ。結婚しても強くなることを諦める必要はありません。
『人生楽しまなくてどうするんですか~』とユキなら言うでしょうね。私も同意見ですよ」
言いそうだ。
「そうよね!? 目標に向かって努力するのに立場なんて関係ないわよねっ! 私の自由だわ!」
妻や母親、祖母が強くったって良いじゃない! そもそも私の人生を私の自由にして何が悪いのよ!?
私は『アリシア=オルブライト』
私の生き方に文句を言うヤツはぶっ飛ばせば良いじゃない!
「フフフ。そのためには明日からもっと努力が必要ですよ。まだレナードさんに勝てていないのでしょう?」
そうよ。強くなるための障害が目の前にあるじゃない。目標があるじゃない!
「そうねっ! 学年で一番強くなれないのに、世界一なんて無理よ!」
「そうですよ。学年で一番になったら、次は学校で一番に、ヨシュアで一番に、王国で一番に、世界で一番に。先は長いですよ」
良いわね! 目標は高い方が燃えるもの!
私の目標は決まったから、後はそこに向かって努力するだけ。
「ねえ、フィーネやユキと戦えるぐらい強くなるにはどうすれば良いの?」
フィーネとユキのどちらかが最強だと思って、私は昔から対戦を申し込んでるけど戦ってもらえたことがない。
私が弱すぎて相手にならないからなんでしょうけど、強くなると決めた以上はいつか戦いたい。
そもそも私は2人の戦いすら見たことが無い、いや覚えていない。小さい頃、母様たちと一緒にフィーネとマリクの戦いを見たらしいだけど記憶にない。
「私達とですか? そうですね・・・・ならアリシア様が学校で一番強くなった時に試験をしましょうか」
「それに合格すれば戦ってくれる?」
「はい。でもそのためには?」
「レナードのやつをブッ飛ばすっ!!」
具体的な目標も決まった。
卒業するまでの2年以内に学校を征服する! そしてフィーネに鍛えてもらう!
そうすれば私はもっと強くなれる。いつかフィーネも超えて見せるわよ! もう迷わないっ!!
「やってやるわよーーーーーーーっ!!!!」
アリシアが意気揚々と風呂から出て行った。
その後フィーネが就寝しようとしていたらユキがやってきた。
目標が決まってご機嫌なアリシアが、わざわざユキを探して「覚悟してなさい。ニッシッシッ」と言いに来たらしい。
普段なら指導をお願いされるのだが今回は明らかに将来を見据えた宣戦布告だったので、自分と同じ立場のフィーネに何事かと尋ねにきたのだ。
間違いなく当事者になるユキに風呂場での出来事を話した。
「それはそれは。アシリアさん凄い事を目標にしちゃいましたね~」
「そうですね。果てしない道ですけど私は応援しますよ」
「人間の短い寿命でどこまで行けるか楽しみです~」
「私達もアリシア様の目標であり続けられるように頑張らないといけませんね」
『最強』
そう呼ばれる者は数多く、竜の王、古代の魔王、エルフの王、精霊の王、いわゆる伝説上の生物である。
しかし真の最強とは負けが許されない、負けた瞬間に『最強』の称号は別の誰かに移るのだ。
アシリアの目指す場所は未だ誰も辿り着いたことのない遥か高みである。
人間のアリシアがどこまで上り詰める事ができるのか。
2人にはまた将来の楽しみが増えたようだ。




