七話 砂糖づくり
この世界のことや自分の置かれた環境についてある程度わかってきたことだし、世界改善に取り組んでいこう。
「まずは食事だっ!」
転生した時から……いや、転生前から魔力を使ってやりたいことは無数にあった。地球の料理を権力者に振舞ったり、遊具で金稼ぎしたり、魔道具を作ってスローライフなどなど考え出したらキリがない。
こんなにスラスラ案が出てくるのは中二病のお陰。妄想は正義だ。
過去の自分を恥じるどころか褒め称えた俺は、その中でも特に問題となっている食事を改善をするべく、頼れる相棒と共に作戦会議を開いた。
「ではフィーネ、現状報告を」
「はい。主な調味料は塩と胡椒。海か岩塩鉱山で入手可能ですが、ヨシュアからですと採取場所まで往復で一カ月以上掛かります。胡椒は輸入に頼っているので現状改善は困難かと。どちらも非常に高価です」
エルと共にオルブライト家の食卓も担っているフィーネはスラスラ答えていく。
料理の基本調味料さしすせそ。
さ……砂糖。ない。
し……塩。とんでもなく高価。
す……お酢。酸味全般が腐っていると思われて廃棄。
せ……醤油。発酵という自然現象がそもそもない。
そ……味噌。発酵がない上に高級な塩を使った実験なんてされるわけない。
オマケ……胡椒は目が飛び出るほど高い。甘味はハチミツか果実で、どっちもそんなに甘くない。当然高級品。唐辛子の辛さも危険物扱いされているのか市場に出回っていない。
「メイン調味料が全滅とか終わってるだろっ! そもそも調味料があれば味のうっすい食事になったりしねええええええッ!!」
三歳になり、家族と同じ食事をするようになった今だからこそわかる。この世界の人達はろくに調味料を知らないし使えない。ずっと薄味の食事を取り続けていると。
思わずセルフツッコミを入れちゃうぐらいの絶望具合だ。
この中で一番可能性を感じた塩は、少し前にどんなものか知るためにフィーネに買ってきてもらったことがある。
……まぁ不味かった。大雑把な味で昔作った自家製塩より美味しくない。
「酒とかどうやって作ってんだよ……」
「ドワーフが酒造りのための精霊術を編み出したのです。精霊術を用いず加工しても飲めたものではないので、ルーク様のおっしゃる発酵とはおそらく別物でしょう」
物理法則が地球とは違うのかもしれない。
「俺ならその辺の知識あるし樹木を治したみたい塩を生成できたりしないかな? フィーネがお願いしたら気分屋な精霊達も協力してくれるんだろ? あとは調味料の性質さえ理解できれば作れそうじゃないか?」
名付けて他力本願作戦。
言い訳させていただくなら、精霊達がどのくらい万能な存在なのか知っておこうと思って提案してみた。食材側の問題もあるだろうけど、味付けや調理法を変えれば何とかなるような気がしたから。
「精霊術は本来あるべき形に修復したり魔力を動かすだけなので、無から有を生み出すことは不可能です。もし成功すれば思い通りの物質が作り出せるということになってしまいますから」
「そっか~。岩塩も無理か~」
しかし現実はそう上手くはいかない。フィーネは申し訳なさそうな顔でこの案を否定した。やはり異世界の知識を活かすには自分の手で作り出すしかない。
「……っ、そうだ! サトウキビならいけるんじゃないか!? 元々あるトウモロコシを品種改良するだけだし!」
「サトウキビ、ですか?」
「ああ。わかりやすく言うと固形のハチミツだよ。トウモロコシって俺達の主食になってるだろ? あれ、何とか型っていうサトウキビと同じ性質なんだ。もしこの世界でも同じなら、魔力で品種改良すれば甘い植物になるんじゃないか? これなら無から生み出すわけじゃないしさ」
フィーネから精霊術や魔力について学ぶ過程で、精霊とは分子や原子に近いものだと教わっていた。そして精霊は意志と想像力を求める。
なら俺の知識を活かして砂糖が作れるはず。
「なるほど。たしかに品種改良についても知識を用いた精霊術に近いので可能でしょう。甘い食べ物はハチミツや果実くらいしかありませんし楽しみです」
「よしっ、よしっ!」
試す価値あり。
トウモロコシは市場で安く買えるし、あとは茎に糖分を作り貯めておける髄と、必要な栄養を取り込める根に改良できればサトウキビになるはず。
「トウモロコシの調達はフィーネに任せた! 俺は家庭菜園を作る許可をもらう! かあーさーん! かーさーん!!」
当面の方針は決まった。俺は喜びのステップを踏みながら屋敷内を爆走した。
「え? 植物育てたいの? いいわよ。ただし世話は自分でやるのよ」
フィーネと一緒というのが効いたのか二つ返事で許可が出た。人目につかない裏手ならという条件付きだけど、こんなもの条件とも呼べないものだ。
あとは成功するか否か。そして人々に砂糖が受け入れてもらえるか否か。
ズドドドドドッ!!
「スゲェェ……はぇぇ……」
こうして始まった世界初のサトウキビ作りは、フィーネの力のお陰で耕運機も真っ青な速度で行われた。
俺も挑戦してみたけどやはり3歳児に農作業は難しく、力仕事は全てフィーネが担当することになった。俺のやったことと言えば『ルーク菜園』と名付けただけ。
「本格的な精霊術って初めて見たけど凄いな。誰も触れていないのに勝手に地面が蠢いてて、なんかこう……生まれて初めて磁石を見た時を思い出したよ」
仕事している風に言うなら『異世界の農作業を体験することで文化の違いを肌で感じ、土と風の魔術を眺めることでイマジネーションを養い、トウモロコシとその苗に触れて集中力を高めている最中』って感じかな。
「ふふ、ルーク様もすぐできるようになりますよ」
この域に達するのは何年かかることやら。
(トウモロコシか……採れたてを醤油で焼いたら美味しいだろうな~。じゅるり……醤油はないけど半分は普通にトウモロコシを育てよう)
上機嫌で開拓作業を続けるフィーネを横目に計画を練る。
欲望にまみれてるけど全ての想いは砂糖へ繋がる力となる……はず。
「さて、と……十分なイメージトレーニングを積んだことだし、いよいよ成果を見せる時が来たようだな!」
「あまり気負われないように。精霊術は自然体で思考することが重要です」
「わかった」
畑ができたら、いよいよ次はトウモロコシの品種改良。俺の出番。
フィーネの声援を受けて、コーンの苗を両手に包み込み、静かに目を閉じる。
土の中で伸びる根を想像し、掌に感じるひんやりとした湿り気に生命の鼓動を感じる。風に揺れる葉、光を求めてまっすぐに伸びる茎、大粒で濃い黄色をしたトウモロコシの姿を心の中に描く。
「この苗が大きくなったら今の俺じゃあ両手でも持ちきれない大きなトウモロコシになる……焼いたら十粒ぐらい黒焦げになるけど、それも表面だけカリカリで中は良い感じで、溢れ出した肉汁で火傷しそうになるけど美味しいから手が止まらない…………」
パァァァァ。
淡い光が辺りに広がり、苗に力強いエネルギーが宿っていく。
いつか見た光景だ。
「ルーク様、もう少しサトウキビについて考えていただけると……精霊術自体は成功しているのですが、これでは美味しいトウモロコシが出来てしまいます」
「半分はトウモロコシ作るからこれで良いんだよ。練習にもなるし」
本番はここからだ。
俺の知識を魔力に乗せて強引に品種改良しなければならない。
「あるべき形を変化させる……イメージ……イメージ……サトウキビ……大きな大きな植物……黒糖、亜鉛、カリウム、ミネラル、ビタミン……」
パァァァァ。
未知の知識に興味を持った精霊達が集まってきた。
「まだまだ行くぜぇ……甘い甘い甘い……甘いぃぃっ」
『お前のことは俺が絶対守るからな!』
『俺、お前がいなきゃ、ダメだ……』
『気付いてないかもしれないけど、私○○のこと、好きだから』
パァァァァァァ!!
目を瞑っていてもわかる。今、精霊達の輝きは頂点に達している。凄く眩しい。
俺はさらに強く、甘く、念じる。
『あ、あの……手……繋いでいい?』
『もうっ、そんなに見つめないで!』
『今夜は、帰りたくないな……』
パァアアアアアアアアアアアアアア!!
大樹を治した時と同じぐらい発光した瞬間、カッと目を開いて叫んだ。
「あまぁぁぁーーーいッ!!!」
(((あまぁぁぁぁい!!!)))
同時に精霊達の声も聞こえた気がした。
「……はい、問題ありません。この苗には作物として成長するための機能は備わっていますよ。完全に新種です。私にはこれがどのような成長を遂げるか想像もできません」
俺と精霊達の珍行動には一切触れず、お墨付きを出してくれるフィーネ。
それともこの世界ではよくあることなのだろうか?
まあいいか。とにかく精霊術の法則には従っているし完成形も想像できている。何より甘さにかけては自信がある。失敗する要素などない。
「あとは成長してのお楽しみってことで」
「はい」
フカフカの土に品種改良した苗を1つ1つ想いを込めて植え、水をやり、俺達の砂糖づくり1日目は終了した。
苗も土も水もやけにモジモジしていたような気がしたけど……たぶん気のせいだ。