四十話 ルーク5歳になる
俺は明日いよいよ5歳の誕生日を迎える。
待ちに待った魔力解禁日だ。
今までは家でしか使えなかったけど、明日からは公に使い放題となる。
「ついに魔術を人前で使えるようになるんだ。何しよう、楽しみだわ~」
昔、アリシア姉が自慢気に火の魔術を使ってたのを思い出した。弟の俺に自分の新しい力を見せたかった気持ちが今ならわかるし、何よりも嬉しかったんだろう。
家族に自慢したい気持ち、わかるわ~。
きっと友達とも自慢し合ったんだろうし、魔力を使って遊ぶと世界が変わるから色々したんだろう。
そう俺も友達と一緒に遊ぶんだ! 友達と。
ともだち・・・・と、ともだち・・・・・・学校に入ったら出来るよね?
ぶっちゃけ全くテンション上がらないんだよな。だって家族の前でしか魔力使わないし、今現在と何が変わるって言うんだよ。神殿に行くぐらいしか楽しみ無いわ。
「ルークはヒカリみたいに倒れないでね。神殿で倒れたら大騒ぎよ」
俺が荒んでいると母さんが忠告してくれた。
神託によって倒れる人は居ないけど、その直後の精神が安定しなくて魔力暴走で倒れる人は多いんだとか。
貴族は特別な部屋を使うのでその部屋で倒れると大騒ぎになるみたいだ。金に物を言わせて家庭教師を雇う貴族の子供は、冷静に魔力を受け入れるので気絶する事はありえないらしい。
実際アリシア姉もフィーネから事前に心得を教えられていたので5歳の誕生日に神殿に行き、元気に帰ってきた。
誕生日がわからなかったヒカリは特別だったけど、基本的に5歳の誕生日に神殿で祈る。
この時に支払う、いや寄付した金額で待遇が違うらしい。
大衆が祈る広間、神の像の前で神具に触りながら神父が一緒に祈ってくれる個室の2種類。
<神具>
その昔、神が降臨して神殿へ授けたと言われる武具。もしくは神の神託によって授けられた魔術で製作した魔道具のこと。
神殿以外では神に近い存在しか所持する事が許されず、王族でも持っているのは極一部である。
俺は広間でいいけどな。だって神具とか偽物だろ?
あの駄女神が地上に降りたなんて信じられないし、世界中に存在する神殿全てに神具があるとは思えなかった。いいとこレプリカだろう。
でも寄付金で貴族の評価が決まっているようで「お前のところ子爵なのに子供のためにこれだけしか払わないの?」って事らしいので、辺境とは言え子爵のオルブライト家は大金を使って個室での神託になる。
金払いが良くないと周囲の印象も良くないという悪しき風習だ。
勿体ないって文句を言ったけど、父さんから泣きつかれたから諦めた。
「貴族としての面子ってのがあるからね! 神殿では言われた通りの行動をするんだよ!」
なんでそんなに必死なんだよ。アリシア姉が何かしたのか?
してそうだな・・・・いや絶対したな。
その日の夜、アリシア姉が激励に来たくれた。
実際、神殿へ行くっていう事に緊張はしていた。だって外出をほとんどしないし、知らない場所で1人って不安になる。
「いよいよルークも5歳ね。学校に行くまでに私がしっかり鍛えてあげるから、早く戦えるようになりなさいよ!」
弟思いなアリシアお姉様は鍛える事が優しさだと考えているようだ。
結界とか防御系の魔道具を一刻も早く作らなければ。
「ところでアリシア姉、神殿で何かした?」
父さんの様子から気になっていたんだ。
「え? 魔力が使えるようになって嬉しかったから部屋で火の魔術を使っただけよ?」
放火魔だった。
その時に儀式に必要な道具を焦がしてしまったらしい。
そりゃ父さんも慌てるよな。
そして神具はやっぱりレプリカかい! 本物なら幼女の魔術で傷つくなんてありえないだろう。
「神殿が胡散臭くなってきたな。変な人とか居ないといいんだけど・・・・」
翌日、昼前にヨシュア中央にある神殿にやってきた。
誕生日の昼に神託が授けられるので、昼までに神殿に入る必要があるのだ。太陽の真上に来た時間ってことらしいけど理由は知らない。
(まさかアルディア様が深夜アニメを見終わって起きた時間とかじゃないだろうな?)
神殿には人が溢れていた。
ヨシュア中から人が集まって祈るのだから当然かもしれないけど、生まれ変わって一番多く人を見た気がする。
ほぼ全ての領民が5歳になれば来るし、その付き添いも多い。信者なら毎日祈りに来るので当然の混雑なのだろう。
俺の付き添いで父さんとフィーネ、ユキが一緒に居る。
神殿に入ると窓口があり、必要な手続きをするため在中していたシスターに話しかける。
神殿は誰でも入れるフリーな空間。だけど住民登録みたいな手続きをする必要があるし、寄付するためにも窓口が設置されていた。
わざわざギルドに行くより信託を授かったついでに登録した方が何かと便利なのだろう。5歳まで生きられて初めて住民として認められる厳しい世界ということだ。
「オルブライト家、次男ルークです。よろしくお願いします」
俺はきちんと挨拶できる人間だ。取り合えず挨拶しておけば人間関係は上手くいく。
「神殿へようこそ。5歳の神託ですか?」
「はい」
「ではこちらに必要事項の記入と・・・・」
父さんとシスターが色々な手続きをするために話し合いを始めたので、俺は手持無沙汰になり神殿内を見回すことにした。
大きな扉を入ると目の前には長椅子が数多く並んでいて、奥には巨大な女神像に向かって信者達が熱心に祈っている。
(あれがアルディア様? 美化しすぎだろ)
転生する時に会ったけど、あんなに威厳は無いし杖なんて持ってなかった。手を前に差し出して、如何にも「神託を授けます」みたいなポーズもしそうにない。
大方信者の前では必死に本性を隠していたんだろう。
パッと見でわかる貴族は見かけないから、たぶん個室で話し合いをしてるはずだ。ここが大衆向けの広間みたいだから寄付金を払う貴族が居るはずがない。
「ここは精霊が多いわけじゃないんですね~。前に行った神殿にはたくさん居たんですけどね~」
「いえ、女神像の周りには少し居ますよ」
ユキとフィーネがコソコソと嫌な話をしている。
(神殿って言うぐらいなのに特殊な力ないの? てっきりパワースポットに建物を造ったんだと思ってた)
どうやらここは普通の土地で、不思議な力があるわけではないらしい。
神殿を見ていると神父らしき人がやってきた。
「ではこちらにどうぞ」
父さんが家紋入りの高級そうな袋を渡すと、神父さんがホクホク顔で個室に案内してくれる。
(銀貨だよな? 金貨じゃないよな?)
寄付金額は怖くて聞けそうにない。もし「入学金一億円です」なんて言われてみろ、生涯払えない自信がある。
「ん~。あの人はダメですね~」
「ですね。欲に塗れています」
精神鑑定のプロ達が神父を見ながら不穏な事を言っている。
(止めろよ、不安になるだろ。これからあの神父と2人きりになるんだぞ)
「シスターはいい人です~」
「はい。日々領民のために尽くしているのでしょう」
受付に居たシスターは気に入ったらしい。
(もしかしたら神父も昔はそうだったかもしれないだろ。きっと金と権力が彼を狂わせたんだよ、神父も被害者なんだよ)
「こちらは領主様からの贈り物の壺でして。これは司祭様が神託を得た時に見た光景を絵画がにしたものです。こっちは・・・・」
無駄に高級そうな調度品が飾られた廊下を通って神託部屋に着いた。道すがら神父が自慢そうに説明するので知ったけど、調度品のほとんどは貴族達による贈り物だった。
(神殿、儲かってんな~。当然スラムへの援助はしてるんだよな? な?)
案内された部屋には俺の身長と同じぐらいの女神像と神具である古びた剣、神への誓いが書かれた本が置いてあった。
神父が延々話すから覚えてしまったじゃないか。
(大広間の女神像の方が立派だと思うのは俺だけなのかな?)
こっちの小さい女神像の方が高価なんだろうけど、威圧感がないからショボく感じる。
「では皆様は退出してください、ルーク様は神に祈りを捧げるのです」
「はい。じゃあ外で待ってるからね」
「神様に会えるといいですね」
「ファイトです~」
ファイトって、戦うんじゃないんだから。頑張るのも違う気がするし。
「あの女神像や神具は意味があるのでしょうか?」
「絶対さっきの大きい方が祈りの効果ありますよね~?」
フィーネとユキが凄いセリフを言いながら出て行った。
(重要な情報だったぞ!? この部屋やっぱり意味ないじゃんっ!!)
本当にただの個室らしい。
もちろんそんな事を言い出せるわけもなく、俺と神父だけになった。
神父が何か準備をしながら話しかけてくる。
「最近は金払いのいい、いえ熱心な信者が減っていましてね~。
以前は平民共でもこの部屋を使うことが多かったのですよ。子爵の息子であるルーク様は神に祈りたくなったら必ずこちらの信託の間をご利用くださいね。
もちろんお気持ちだけで結構ですので寄付のほうも・・・・ね? グッフッフッ」
(この神父嫌なんですけど! 1人の方が良いんですけど! 無理ならせめてこの神父チェンジで!! さっきのシスターが良い)
子供相手だと思って本音がダダ漏れだった。将来の収入源にするために俺への営業をかける神父。
この神殿ヤバい。真っ黒だ。子供に寄付金を強請ってグフフと笑っている。
俺が疑心暗鬼になっていると準備が終わったようで祈りを開始する。
「私に続いてください。
我らが神アルディアよ、私が今日まで生きられた事に感謝を。これからの人生に祝福を授けたまえ」
やっぱりアルディアって名前は知ってるんだな。たまに神託を得る人が居るらしいからその人から伝わったんだろう。
この神父は間違いなくアルディア様とは会っていない。この金の亡者が神と対面することが出来るわけがない。
一応祈っておこう。
たぶん祈りの作法自体は神殿に伝わる正式なもののはずだ。
「我らが神アルディアよ、私が今日まで生きられた事に感謝を。これからの人生に祝福を授けたまえ」
そう祈りつつ俺は目を閉じた。




