三十九話 兄弟
俺の神託が3日後に迫った夜、珍しくレオ兄が部屋を訪ねてきた。
「ルーク、話があるんだけど大丈夫かな?」
魔道具の構想を練っていただけだから忙しくはない。
何か相談事でもあるのだろうか。
「大丈夫だよ。真面目な顔してどうしたの?
透視メガネと惚れ薬の製造は請け負っておりませんが」
「何言ってるの?」
「いや、真面目な話って苦手だから下ネタ方向に持っていこうかなって」
レオ兄は和やかな雰囲気とは程遠い顔をしていて、俺のジョークはスルーされた。
(ソーマやサイ辺りなら乗ってくるんだけど、思春期真っ只中のレオ兄が乗ってこないのは、僕ならいつでも見れるから必要ないってか? あぁ?)
俺はシリアスとは程遠い感情で兄を睨みつける。
そんな弟の心は露知らず、レオ兄は真面目な雰囲気のまま話を切り出した。
「近い内に王都の高校に転校することにしたんだ」
「・・・・なんでまた?」
本当に真面目な話らしいので、俺もさすがに茶化さず真剣に向き合う。
レオ兄がヨシュア高校に入学して半年も経っていない。
生徒と仲が悪いとか高校の雰囲気が嫌いって訳じゃなさそうだし、レオ兄が人付き合いで失敗するなんてヘマをするとも思えない。
「ニーナ達と出会ってからずっと考えていたことなんだよ。ヨシュア高校に行く必要はあるのかなって」
レオ兄はスラム街を一向に改善できないヨシュア領で学ぶ意味はあるのか、と疑問に思ったようだ。
俺も同意見だった。
スラム街を変えられない貴族達と生活しても一生変化は生まれないだろう。誰も真剣にスラムと向き合おうとしていないんだ。
「でも王都の高校なら色々な土地の人が来て情報が集まるから、スラム街を改善したって地域もあるかもしれない。少なくともヨシュアよりは学ぶことが多いと思う」
たしかに田舎のヨシュアに籠っているより、もっと大きな世界を知るべきだろう。
昔は自分探しの旅をやったものだ。フィーネだって旅をしたから俺と出会えたんだし、自分を変えたいなら旅をするべきだろう。
スラムの悲惨な現状を知り、自分の力で何とかしたいレオ兄はそのために必要な知識を王都に転校して学びたいと言う。
「僕が将来オルブライト家を継ぐんだから必要な事なんだよ。みんなが豊かに暮らせる場所にしたいんだ」
「貴族と貧民は相いれないって常識だろ? レオ兄がなんとか出来る問題じゃない」
貧民を踏み台にして貴族が生活するのが当たり前な世界なのだ。『援助』という名の上位貴族へのアピールでしかしない。
「否定はしないよ。でも僕が変えるさ。そのために王都に行くんだ」
レオ兄は本当に10歳なのか? 実は転生者でしたってオチはないよな。
「父さん達は賛成してるの?」
「うん。まぁ転入試験に合格するかは分からないけどね」
レオ兄が落ちるとは思えない。最近は特に勉強熱心だったけど、このためか。
「いろんな世界を見て、正せるところは変えていく。ヨシュアを世界一立派な街にするつもりだよ。僕が成人する15歳までに必要な知識は蓄えるつもりだよ」
レオ兄が将来計画を話してくれた。
「なら俺、約束するよ。レオ兄が必要になる魔道具を作って手助けするって」
アルディアを豊かにするための魔道具作りだけど、家族を助けられないような魔道具なら世界を変えるなんてできないんだ。
だったら俺と同じく世界を変えたいと思ってるレオ兄の力になるべきだろ?
「僕も約束する。ルークが一生住みたくなるような街にするって」
今でも住みたいと思ってるけどな。そんな野暮なことは言わないさ。
「なんで僕の夢に協力してくれるんだい?
アリシアに同じこと言ったら王都で強い奴が居たら呼んでって言われたよ」
あの姉様は・・・・・・。
「弟だからね。正しい事をする兄に協力するのは当然だろ」
「なら僕もルークの兄だから協力出来る事があればいつでも頼ってくれよ? 必ず助けに来るから」
本当に男前すぎる。
俺が女だったら惚れてるな。
「もちろん弟の俺も必ず助けに行くから」
「いやいや、弟に頼られる兄になるから頼ってよ」
「何言ってんだよ。レオ兄がルーク魔道具出してよ~って泣きついてくればいいんだ」
「必要ないよ。貴族との交渉が上手く行かないから助けてって言ってくれていいんだよ」
「は? もうすでにロア商会で成功してる俺に何言ってんの?」
しばらく兄弟で言い争いをした。
「とにかく尊敬される兄になるように王都で頑張るよ」
「はいよ。まぁ頼られるのは俺だけどね。あと漢と漢の挨拶はこうするんだよ」
握り拳をぶつけ合う挨拶を教える。
レオポルドはもう少年じゃない、立派な漢だ。
「「またな兄弟!」」
「フィーネさん泣いてます~?」
「いいえ。でも2人とも大きくなりましたね」
「ばだじで! ばじってぼ~! う゛うあぁ~」
部屋の外にはユキ、フィーネ、エリーナの3人が居た。
レオが別れの挨拶をするのでエリーナがユキとフィーネにお願いして監視してもらっていたのだ。
もし情けない事を言うようなら活を入れるために乱入するつもりだった。
(アランは「止めなさい」って言ってたけど母として子供の成長を見守る義務があるのよ)
ユキはいつも通りだが、2人は違った。
フィーネはまるで自分の子供の成長を喜ぶ母親のような心境なのだろう。目を潤ませている。
エリーナは本当に母親なので、色々酷い事になっている。顔中から液体が溢れ出ていた。
「エリーナさん、なんて言ってるかわかりませんよ~。あと声を抑えないとバレますよ~」
ユキが泣き止ませて、フィーネがハンカチを差し出した。フィーネは自分も使っているので予備で数枚持っていたらしい。
「あっ・・・・ふぅ・・ありがとう、落ち着いたわ。私ね、初めてなのよ。子供と離れるの。
あの子達、いつの間にこんなに成長してたのかしら」
今のエリーナよりレオの方がよっぽど大人に見える。
「子供は親の知らない間に大きくなっているものですよ。オルブライト家は将来安泰ですね」
「親としては鼻高々ですね~。カッコイイじゃないですか~」
「そうね。あの子達にとって恥ずかしくない母親にならないとね」
会話を聞いていた3人にも何か感情が芽生えたようだ。
「レオ様が出てきますよ。見つからないうちに退散しましょう」
ルークと話し終わったレオが出てきた。
退散した後、屋根の上でフィーネは星を眺めながら物思いに耽っていた。
「やっぱり泣いてるじゃないですか~」
「ユキですか。盗み見は感心しませんね」
1人感傷に浸って居たらユキが現れた。
「私がたまに様子を見てきてあげますから、離れ離れじゃないですよ~」
(何故か私がレオ様と離れる事に涙した空気にされている。成長を喜んでいただけなのですけど)
「私はレオ様とルーク様が大きくなってからの世界が楽しみで仕方ありません」
「私もです~。お互い長生きはするものですね~」
「フフフ。そうですね」
年長者2人、静かに夜空を見ながらオルブライト家の将来を考えていた。
本当に彼ら2人によって世界が変わるかもしれない。
「これでレオさんが転入試験に落ちたら笑いますけどね~」
どこまでも空気の読めない精霊だった。




