六話 精霊とエルフⅢ
周りに馴染めなかったこと、ブラック企業勤めで病んだこと、引きこもり生活のこと、神様に会ったこと、生まれて二週間から記憶があったこと。
全てを語り終えると、フィーネは無言で俺を抱きしめた。
「……とても辛い経験をされましたね」
「っ……ありがとう……」
それは誰からも言われたことのない言葉。転生して初めて掛けられた理解の感情。すべての感覚が失われて無になっていく『死』の先にある人生は、どこか客観的で、本当の世界ではないような気がしていた。
でも違う。
俺は生きている。
みんなも生きている。
これからも生き続ける。
それを実感した瞬間、ようやくこの世界に受け入れられた、そして自分自身が生と死を受け入れることが出来た気がして涙が溢れそうになったが、彼女の豊満な胸を濡らさないように我慢した。
「死を経験したことのある人間はいません。だからこそそれを経験されたルーク様の楽しく生きたいと思う気持ちは誰よりもお強い。ならば貴方の人生を今度こそ幸せにすることこそ私の生きる意味。守らせてください、私に」
「どうしてそこまでしてくれるんだ?」
雇い主への恩や愛情を超越した意思を感じる。
器量良し、性格良し、仕事は出来るし運動神経も良い、と三拍子も四拍子も揃ったようなメイドのフィーネだけど、その正体は謎に包まれていた。
その理由はこの返答に詰まっている気がする。
「ルーク様のお話を聞いて納得が行きました。私は貴方に出会うために生まれてきたのです」
「ソ、ソウナンダー。オ、オ、オレハシアワセモノダナー」
共に生きていくことを決めた途端に飛び出した衝撃発言。
彼女がどんな想いで言っているのかわからなくはないけど、突然委ねられても……ちょっと、引く……。
「……? 何か誤解しておられませんか?」
俺の反応を見たフィーネは不思議そうな顔をしながら可愛らしく首を傾げる。だが今更取り繕ったところでもう遅い。こんなこと言われて誤解もなにもない。
完璧超人のフィーネさんはヤンデレ超人!
「それは私が『エルフとしての自分の人生は何のためにあるのか?』と疑問に思ったことが始まりでした。私は自らの存在意義を探して世界中を放浪しました。しかしどれほど旅をしようと見つけることは出来ず、こうして探すことが人生なのかと思い始めた時、偶然立ち寄ったヨシュアで感じたことのない神々しい光と出会いました」
そして始まるフィーネ雇用秘話。
幸か不幸か、このレベルの暴露話が続くのかとビクビクしながら聞いていたので一安心。どうも俺が考えているのとは違う雰囲気になってきた。
「それが俺だと?」
「はい。当時エリーナ様はルーク様を孕んで間もない頃でした。ですがお腹の中には確かに私を魅了してやまない光が。私は居ても立っても居られずオルブライト家の門を叩きました」
ちなみにエルフの彼女は人の精神力のようなモノを見る特殊能力を持っているらしく、他にも俺達が驚くような異能力を見せてくれることがある。ファンタジー世界においてもさらに異なる力だ。
なので別に光うんぬんに驚きはしないんだけど……。
「しかしいくら『お腹の子を育てさせて欲しい』『育成に協力させて欲しい』と頼んでも相手にされませんでした。君にやる食料は無い、寄付金も無い、と。おそらく強盗の類だと思われたのでしょう」
そりゃそうだ。いきなりフードで顔を隠した女が「赤ちゃんを育てさせてくれ」なんて不審者以外の何者でもない。粘れば粘るほど怪しくなるだけだ。
「ですが私も引き下がるわけにはいきません。ここで引き下がれば二度とこの光と接することは出来ない。そう思って必死に説得しました。『奥様のお腹に居る赤子の世話をさせていただければ、給料も住居もいりません!』と」
怪しさがさらに増していくぅ~。
やっと見つけた目標だしそれだけ必死になる気持ちはわかるけど、隠してるエルフ耳を見せて正体明かして、理由説明して「メイドとして雇ってください」で良かったんじゃ……案外ドジっ子なのか?
俺はフィーネへの評価を改めつつ、話に耳を傾ける。
「マリクさん相手に粘り続け、アラン様との交渉までは漕ぎつけたのですが、そこから先へは進めません。そこで最終手段として『私は強いです。戦える人を全員相手にします。全員に勝ったら世話をさせてください』と脅迫めいた申し出をしたのです。それだけの力を持ちながらオルブライト家の皆様へ危害を加えないのは無害な証拠と考えまして。ふふふっ」
(もう止めて……フィーネが残念美人にしか見えなくなる……)
フィーネはまるで素晴らしい解決策を導き出した自分を褒めろ、とでも言うかの如く満面の笑みを浮かべる。未だにそれが最善だと思っているらしい。
それは『脅迫めいた』じゃなくて立派な脅迫です。
うちの戦力は父さん達を除いたらマリクしかいない。
てことはつまり――。
「私は見事マリクさんに勝利し、晴れてオルブライト家で雇われることになりました。当初は護衛を勧められましたが、私はルーク様のお傍に居られるよう専属メイドを選び、世にも珍しいメイドエルフとなったのです」
「『なったのです』じゃないよ! もっといい方法いくらでもあったよ!」
マリク、ドンマイ。ドラゴンに飲み込まれたと思って忘れようぜ。道理でフィーネを怖がるはずだ。今でも圧倒的な力が脳裏に焼き付いているんだ。
父さん達もマリクと同じように脅えていたのか、エルフという力のある種族がメイドになってくれることを嬉々として受け入れたのか、今となってはわからない。聞いても教えてくれないだろう。
一つ確かなのは、その頑張りのお陰で俺は彼女と出会えたってこと。
全ては俺が生まれる前から始まっていたのだ。
「そして今日、あの時から感じていた光の正体がわかったのです。ルーク様が誰にも不可能だった世界を平和にする力をお持ちだと」
フィーネはフィーネで俺に目をつけていた。
お互い必要としていてデメリットもないのだから断る理由はない。
「そういうことならお願いするよ。一緒に楽しい人生を送ろう」
「はい、お任せください」
こうして俺は信頼できる仲間を得た。
彼女とは長い付き合いになりそうな気がする。
「なぁ、俺ってそんな変だったかな? 誰か気付いてそう?」
協力者を得て世界復興が一歩前進したかに思えたが、フィーネのように他にも違和感を感じている人がいるかもしれない。心配になった俺は尋ねてみた。
自分では怪しくないつもりでいたけど、果たして……。
「大丈夫ですよ。以前はエリーナ様が不審に思われていたようですが、最近はレオポルド様やアリシア様と同じように接しておられます。魔力切れで気絶された時は危なかったですが」
「あー、やっぱあれバレてたんだ。初めてのことだったから加減がわからなくてさ」
フィーネの機転のお陰で事なきを得ていたようだ。
精霊術の件がなくても彼女を仲間に引き入れるのは時間の問題だったかもな。
「実は私もルーク様にお願いしたいことがありまして……」
「おー、言ってみ言ってみ」
寝相事件のお礼もある。それに仲間になった最初のお願いだ。
前向きに検討するつもりで促す。
「私と契約してください」
「契約……?」
元社会人として不穏であり厄介代表のその単語に、俺は思わず眉をひそめた。ヤンデレなことも併せて嫌な予感がする。
「――、――――、――――」
パァァァ……。
さっそく契約に入ったフィーネは俺の知らない言語をゴニョゴニョ唱え、地面に魔法陣を展開していく。
聞いてみればなんてことはない。契約とはただの約束だった。どちらにも悪影響はない。しかも俺は精霊に好かれやすくなる特典付き。もちろん二つ返事で賛成した。
「精霊王よ。ネフェルティア=ロア=ユグドラシルが願う。彼の者と契約し生涯を共にあることを誓う。我と共に永遠に変わらぬ祝福を授けたまえ」
俺は立っているだけでいいとのことで、その様子を呆然と眺めていると、最後に少しだけ理解できる言葉を発し、それが唱えられた直後――。
カッッ!!!
樹木を治療した時以上の神々しい輝きが世界を包み込んだ。
「ありがとうございました。これにて契約成立です」
光が収まると、フィーネは少し疲れた様子で、しかし契約出来たことを喜んで満面の笑みで儀式が終了したことを告げた。
「ん~~、変わった様子はないな」
何か変化が起きていないか色々試したものの、定番の「ち、力が溢れてくる!」みたいな展開ではないようでちょっとガッカリ。事前に言われてたけど、精霊王だの祝福だの偉そうな単語が出てくるとどうしてもそう思うじゃん。
「もしかしてさっきのがフィーネの本名だったりする?」
フィーネが口にした『ネフェルティア=ロア=ユグドラシル』という、ちょっと長くて意味深な名前。
人間の場合は貴族や王族でなければ家名を持たない。文化の違いはあっても彼女の出生や地位がわかるかもしれないと尋ねてみると、フィーネは首を横に振って否定した。
「いいえ、フィーネが本名ですよ。あれは精霊名と言って精霊と対話する時に使用するだけのもの。本名とは少し違いますね」
また知らない情報だ。どうやら精霊にも意志を持った上位の存在がいるらしい。精霊王とか言ってたから少なくとも王様はいる。
「他言無用でお願いします。珍しいものなのでもし広まれば厄介なことになりかねません」
「あいよ」
こっちは定番だった。
他者に真名を知られてはいけない。
あるよね~。
それにしても普通のエルフが持っていない名前を持っているとか、フィーネはエルフ族の中でも結構偉い立場の人だったりするんだろうか?
「……?」
いつも通りの笑顔を向けられたはずなのに、俺は何故かそれ以上聞くことを拒まれているように感じた。
(ま、今はその時じゃないってことかな。でもいつか聞いてみたいな。放浪中の冒険談とか、エルフの里の話とか)
「ルーク! 大丈夫だった!? 突然庭が光りだしたけど!!」
フィーネと共に屋敷に戻った俺を待っていたのは、大騒ぎする家族。
俺の精霊術は雑木林で遮られていたはずだから、おそらくフィーネとの契約だろうが、その光がここまで届いていたらしい。
これまでの人生で最も慌ただしかった一日は、もうちょっとだけ続きそうだ。
(どうする? 言った方が良いのか?)
(はい。アラン様とエリーナ様には事前に説明してありますので、私と契約したことだけでも伝えておくべきかと)
(あ~そっかそっか。メイドになった時に話してあるんだったな)
という会話を目線でした俺は、夕食後、両親に伝えることに。
「そう……やっぱりフィーネが感じた光はルークだったのね」
「はい、エリーナ様のお陰でルーク様と出会えました。重ね重ね感謝いたします」
説明を受けた二人は、あっさりと納得した。
まあ、フィーネが俺を特別視してたのは前から知ってるし、当然か。
静かに頷く母さんとは対照的に、父さんはソワソワと落ち着かない。
「ルークには精霊術や魔術の才能があるのかな? それとも他の何か? 家庭教師を雇った方がいいかな? いや、フィーネ以上の人なんて知らないけど」
……こういう時に親バカになるのって女より男なんだな。
父さんの浮き足立つ声に、フィーネはゆっくりと首を振った。
「アラン様。今後は私が教育しますので問題ありませんよ」
すると2人はあっさり納得し、子供の人生をメイドさんに丸投げした。
愛されていないと勘違いしたらどうするつもりなんだか……。




