四百九十四話 時計
「飛んでる……」
「ああ、飛んでるな。
でもこれが彼等の移動手段だから慣れてくれ」
なんだか久しぶりに戻って来たような気がするアールヴの里では、エルフ達が空に憧れる人間を嘲笑うかのように飛び回っていた。
鳥獣族の巣とまでは行かないけど(見たことはない。でも死ぬまでに絶対見る)、数分も過ごせば確実に目に入る程度には浮遊している。
これに一番興味を示したのはアリシア姉でもヒカリでもなくイブ。
2人は自ら飛行技術を身につけたいようだけど、彼女の場合は術を応用して飛行機やドローンを作り出したいのだろう。
もちろんそれは俺とて同じ。
流石に4日で解析するのは無理だったので飛行関係の魔道具なんて作れてないけど、言ってみればエレベーターがその前段階だ。
ミナマリアさんの話を聞いてる感じだと今から上へ向かうようだし、イブ先生に昇降機を見ていただこうじゃないか。
「見てくれ、こいつをどう思う?」
下層のエレベーターホール(仮)へとやって来た俺は、そこにあった10人は余裕で乗れる鉄よりも頑丈な木箱を指さして尋ねた。
「すごく……大きい……箱」
するとイブはわかりやすいようで非常にテクニカルな回答をする。
『すごく大きい箱』
たしかにエレベーターを表すのにこれ以上適切な言葉はないだろう。
しかし仮にも魔道具製作のプロが答えるにはあまりにも幼稚過ぎるのではないか? もっと想像力を働かせてどのような機能か推測し、構造面から答えるべきではないか?
「エルフさんの移動方法が飛行であることを考えるに、私達は今からこの大樹の頂上付近にある城へ向かう。これはそのための道具。
だけどロープがないから井戸のように直上に設置された巻上機の駆動力を用いて作動させるのとは違う。あれは重りをガイドレールに沿って上下させるトラクション式。
だからこれは何らかの魔術で箱ごと動かして昇降させるためのもので、箱自体に意味はない。必要なのは魔術を発動する人間。
つまりただの大きな箱」
「スイマセンでしたぁああああああっ!!!」
想像の遥か上を行く『大きな箱』発言に、俺はその場で腰を90度に折った。
物凄く考えた末のお言葉だったんですね……トラクション式なんて単語初めて聞いたよ……。つるべ式って言うのは古いの? 俺、昔の人間?
あ、補足するまでもないけど発動させる人間とはフィーネのことだ。
どうもエレベーターが止まる寸前の『スゥゥ……ゥン』を生み出すには技術というか慣れが必要らしく、いくら「箱だけ動かせ」と教えてもエルフ達は魔力による手づかみに慣れ過ぎていて感覚が掴めていない。
たぶん未だに俺がマッチレベルの火しか出せないのと同じ理屈なんだと思う。
今のところこれを動かしたがるエルフは彼女だけなので、こうして誰にも使われることなく置物と化しているってわけ。
だからこそエルフ達は飛行移動を主流とし、いつか重力に屈することを夢見て日々鍛錬に励んでいると。
さてさて、ここまで語ればわかるように俺達の城への移動方法は当然――。
「私は絶対エレベーター」
「わたしも。大人な女性は下着を見せるのを恥ずかしがるもの」
「私も!」
「空飛んだ方が楽しいに決まってんでしょ!」
「そうよ。エルフの里に来たんならここでの作法に倣いなさい」
「風を物理化させるのでご安心を」
見事に半数に割れて揉めに揉めた。
エレベーター派はイブ・ニーナ・ヘルガ。
飛行派はアリシア姉・ルナマリア・フィーネ。
理由は言うまでもなく魔道具が好きかどうか、そして止まる直前の感覚が苦手かどうか。下着うんぬんに関してはどうでもいいだろう。
ユキとミナマリアさんはどうでもいいらしく、さっきから(というか最初から)ずっとクロが引く竜車に興味津々。
そうなると決断は俺とクララに委ねられるわけだが、俺はエレベーターの説明をしたいからイブ達寄り。
万が一アリシア姉達がクララを落としたら結局半々になるので、あくまでも中立のポジションを取らせてもらっている。
ぶっちゃけ里で暮らしていたら全員で乗る機会は必ずやって来るので説明なんてその時で良い。
「クララは当然こっちよね!? 昔から私に付き合ってくれたもんね!?」
「私は里のことを何も知らないのよ!? そういう客人にエルフの在り方を教えるのが案内人の役目じゃないかしら!?」
「え、え、え……あの……その……」
――ってなわけで、普通に優柔不断なクララが両勢力から勧誘を受けている間に別の話をさせていただこう。
「クロは最初から頭数に入れられてないんだな……」
「グル~」
確実にエレベーターに乗ることになるクロは輪を乱したくないのか、気にしないでくれ、と首を振る。
本人がそう言うならとその意見を受け入れた俺は、竜車をどう扱うかミナマリアさんに尋ねた。
「は? どうって?」
「さっきからユキと話してるのって、もしかしてこれの価値に気付いてるのかな~、なんて……」
「ああ、なるほど。たしかに精霊を生み出す荷台は興味深いわ。帰るまでに是非調べさせてもらうつもりよ。
でもどれだけ価値があろうとこの里に盗んだり悪さするようなエルフは居ないからここに置いて行っても大丈夫よ」
「え? じゃあ何を真剣に話し合ってたんですか?」
てっきりこれの扱いについて悩んでいたのだと思ったけど、どうやらそうじゃなかったしい。
アリシア姉の家と言ってもいい荷台に神力以外の価値なんてないぞ?
せいぜいサスペンションぐらいだけど、エルフが乗り心地なんて気にする種族じゃないことは百も承知だし……。
「まぁ色々と、ね」
「フェアリーテイル号が生み出した精霊を辿られないかとか、尋常じゃない量の精霊が宿ってる道具が多いとか、そんな話をしてたんですよ~」
「ちょっと!? あっさりバラさないでくれる!?」
アリシア姉だけじゃなくてそこから繋がる俺達まで心配してくれるなんて……。
他種族には興味ないのかと思っていたけど想像以上に優しい女王様だった。
「とか言いながら貴方も気になってるんでしょ?」
「はい」
俺は素直に肯定した。ここで嘘をついても仕方ない。
「……もうバラされたから言うけど、どっちも解決済みよ。
精霊については、海に塩を混ぜてもわからないように精霊の溢れる世界でどれだけ精霊を生み出そうが見つかることはない。どれだけ感知が得意な強者でも少し濃い場所があるぐらいにしか感じないわ」
「それは何より」
俺が照れたり焦ったりするのを期待していたのか、ミナマリアさんは若干悔しそうにしながら捲し立てる。
「…………問題は積みこんでる荷物ね。生み出した精霊が宿ってるから神具と言えるような物がゴロゴロ転がってるのよ」
このままでは不味いと思ったのか、本当に真面目な話をするつもりなのか、気を取り直して真剣な口調でもう1つの議題を持ち出す。
たくさんの精霊が宿るなんてフィーネやユキが協力した時点でわかり切っていたから俺は冷静だけどね。
「極めつけはイブさんが持ち込んだ“アレ”ですね~」
「アレ?」
ただちょっと予想外だったのは、ユキが自分達は関与していないと明かしたこと。
荷台の壁面を指さしたので何か気になって俺もそちらを注視する。
俺の知っている荷台とは何かが違うはずだ。
「――っ!!」
と、間違い探しだか違和感探しだかと始めた瞬間、論争から抜け出してきたイブが両手で俺の目を覆ってその作業を中断させた。
素晴らしい脚力だ。
あとサプライズにしたいのはわかったから放して。指が目にメッチャ食い込んでるの……。
「良いって言うまで目を閉じてて」
そう言ってイブは俺から離れた。
その直後、荷台からゴソゴソという何かを外しているような音が聞こえてくる。
彼女はそれを見せてビックリさせたいようだけど、残念ながらタイミング的に考えられる魔道具は1つしかない。
でも俺は空気の読める男。絶対にイブの喜ぶリアクションを取ってみせるぜ。
「これ、私が作った時計」
ですよね~。
俺は差し出された巨大な木製時計を前に、渾身のリアクションを取った。
「うわー、凄いじゃないかー、解析を頼んだら新しい時計が生まれてるー」
……ちょっとワザとらしかったか?
「私のことは散々大根役者ってバカにしたクセに、自分だって大したことないじゃないですか~」
「っ! ビックリ、させたかった……」
はい、ユキのせいでバレました~。
イブはお前の言葉を聞いて反応が変わりました~。責任取ってくださ~い。
先ほどまでニヤケるのを必死に抑えながら、でも絶対ビックリするぞ~という隠し切れない感情が前面に出ていて何とも微笑ましかった。
しかし今は裏も表も悲しみに満ちている。
俺は「ビックリ……」とひたすら同じ単語を呟くイブを慰めつつ、『見せられる前から知っていた』という絶対にバラしてはいけない事実を明かしたユキを責めた。
「そんなことより時を刻む魔道具に驚きなさいよ……」
そう言われても元々俺が作ったものだし、前世では散々見てきたものだし、それを今更驚けって……ねぇ?
「王都で大きな時計台も建設中」
「え……マジで? え、量産できる感じ?」
「出来る」
こっちはマジ驚き。
イブにしか作り出せないような複雑かつ特殊技能が必要だと思ってたからさ。
例の『王女様の髪はロバの尻尾』遊びをしていたらイブの機嫌も徐々に直って来たので、中断していた話を続行させた。
「なんでこの竜車に取り付けてたんだ? 第一号なら自分の部屋とか家族とか候補はいくらでもあっただろ?」
「この時計はアリシアさんにあげた。ルーク君の作った世界初の荷台を、私の世界初が彩る……イイ……すごくイイ」
それによってまた一段と価値のつけられない荷台になっちゃったんだけどね……まぁ誰もこれが世界初の時計だなんて気付かないから問題ないけどさ。
そのためにも早く普及してもらいたいものである。




