三十二話 配給
オルブライト家には金が無い。
最近はロア商会の売上で余裕が出てきたけど、少し前までは貧乏貴族だった。と言うのも資産のほとんどを使って配給をしているからだ。
ヨシュア領北部にはスラム街があり、オルブライト家が治めるのはその北部なので毎週一回は食料や服、薪を配布している。
メインは食事の配給だ。
ちなみに他の貴族が手伝っているのを見た事がないので、少しの金を出して「後はよろしく」という状況らしい。
やっぱり貴族社会って腐敗してるのか・・・・もしかしたら余裕がないだけかもしれないけど。
今日はその配布日。
メンバーは俺、母さん、フィーネ、サイ、ソーマの5人。
俺? 俺は現状把握に余念がないのだ。将来の従業員として知り合いになる可能性も大いにあるし、現地の声って大切だ。
ロア商会の従業員達も休みなら手伝いに来てくれるので助かる。元スラム出身として知り合いも多いんだろう。もちろんスラムに関係のない従業員達も手伝ってくれる。ボランティアなのにありがたい事だ。
「今日もよろしくね。本当に助かるわ」
「いえいえ、奥様のお陰でスラム街はどれほど助かっていることか。我々からすれば女神様ですよ。今日もお美しいですね」
母さんはほぼ毎回参加しているのでスラムの人達からも顔を覚えられている。サイやソーマも世話になった事があるらしい。
「おい、お前の母ちゃんがソーマに口説かれてるぞ」
「フィーネ、あいつを首にしろ」
感謝するのは良いが、息子の前で母親を口説くな。
「わかりました。今日中に追い出します」
「じょ、冗談じゃないか。本当の事を言ってるだけだし、女性を褒めるのは当然だろ」
ロア商会の出資者がオルブライト家というのは従業員も知っているし、何度か工場見学に行ったこともある。
配給を手伝うので交流があってみんな仲が良い。
「仕方ない。減給で許してやろう」
「では今月は銀貨2枚ですね」
「えっ本気かい!?」
許されると思うなよ。月給99%カットだ。別に金に困ってないだろ。
今日はソーセージとミニハンバーグも配給する。
近々量産するつもりなので宣伝と皆が食べられるかを調べるために、母さん達女性陣と俺が大量に作った。
母さんはハンバーグ専門だったけど・・・・そんなに内臓ってダメかな?
「うめぇ。このソーセージって内臓なんだろ? 今まで捨ててだぜ」
「是非とも我々従業員の食事にも加えてもらいたいね」
予想以上に大好評だった。
「みんな食べれそう? 苦手な人も居るみたいなんだけど」
「ああ、スラムの奴なら問題ないな。たぶん腐りかけを落としたとしても拾って食べる」
「そこまでは言わないけど、明日も食べれるかわからない人が多いからね。安全な食べ物っていうだけでありがたいんだよ」
なるほど選り好みしている余裕はないと。
ソーセージは見た目も美味しそうで、しかも実際に美味しいと来ているので食べないわけがないと言う。
配給に来る人のほとんどがスラム出身者だ。
たまに領民も居るが、拒否はしない。それだけ生活が厳しい世の中なんだ。
「なら生産した半分はスラムで消費してもらおうか?」
「そうですね。ソーセージは量産する予定ですから、雇った人々に配布すれば自給自足になりますね」
フィーネが2人に加工工場の説明をする。良い人が居れば紹介するように、とも言う。
「マジか。誰か居たっけな~」
「元料理人なら最適なんだね? ん~、ヨシュアにはそんな知り合い居ないかな」
今は思いつく人物が居ないらしい。まぁ工場完成までは時間が掛かるので急ぐ必要は無い。
「帰ったら皆に伝えとくよ。知り合いが野垂れ死ぬのは勘弁だからな」
「そうだね。間違いなく最高の職場になるからね」
従業員から「仕事最高!」「仕事楽しい!」と言われるのは嬉しいな。そりゃ売上げも伸び続けるはずだよ。
配給ではソーセージとハンバーグが大人気だった。
いつも通りに配っているパンや野菜よりソーセージがもっと食べたいと言う声が多かった。
「みんな同じ食事に飽きていたのかしら?」
「いや違うな。肉なんて滅多に食えないから欲しがってるんだ」
「そうだね。肉は贅沢品で腹持ちがいい。みんな美味しいこのソーセージやハンバーグを食べたがっているんですよ」
「でもソーセージって腸なのよ? 内臓はちょっと・・・・・・」
皆が美味しそうに食べているのに母さんはまだ苦手意識があるみたいだ。
配給しながら内臓だって説明されても全員が完食したんだけどな。
でもこれで配給での負担は間違いなく減る。
手間さえ考えなければ、現状ほぼ無料で作れる食料なのだ。
配りながら新工場の宣伝もしておいた。
この場で雇ってくれという声が多かったけど、予定地も決まってないから募集したら来てくれと言っておいた。
ロア商会の名前は思ったより有名らしい。
夕方前に全て配り終わり、人も少なくなってきた。今日も無事終了。
「ふぅ、疲れたわね」
「お疲れ様。後は帰るだけだから頑張って」
母さんはフラフラだ。今日も大勢来たから対応が忙しかったんだろう。
完全に人手不足だけど今後は配給する必要もなくなると思う。そのためにロア商会を作ったんだ。
「なぁ最近疲れなくなってきたんだが、仕事をやってるからか?」
「だろうね。販売に比べたら楽なもんだよ」
「それに食事と睡眠を適度に取っているからでしょう。昔に比べて魔力が上がっていますよ」
フィーネが補足する。健康的な生活をすれば魔力も上がるらしい。
「お、じゃあ今ならオッサンに腕相撲で勝てるな!」
「いやオッサンも同じ生活してるんだから強くなってるだろ」
こっちは元気そうだな。
「で、雇いたい人は居た?」
俺はフィーネに話しかける。
実は新しい工場に引き入れたい人物が居るか探してもらっていたのだ。
いい人材が応募するとは限らないからな。
「はい、1人居ました」
「ホントか!? へぇ新入りかな? 初めてだな」
今までも探してたけどフィーネはそんな事言わなかった。フィーネがスカウトしたいなんて相当じゃないか。
「いえ、おそらく動けないほどの大怪我から少し回復したのでしょう。
動きに違和感がありました」
スラムに居る原因は色々あるけど、怪我で稼げなくなったって事だろうな。
「働けそう?」
「教育を受けていないのなら読み書きや計算は出来ないでしょうし、今のままでは仕事に影響があるでしょう。
しかし妹のために食事を取りに来たと言っていました」
なるほど『妹のため』ね。
配給の食事は1人1食分だ。
たまに嘘を言って多く受け取ろうとする奴も居るが、そんな中で自分の分は必要ないから妹の分だけ持ち帰ると言った。
「嘘じゃないんだろ?」
「はい、本心からの言葉でした。受け取るとすぐに帰っていきました」
フィーネの人を見る目は完璧だ。本当に妹のために来たんだろう。
「もちろん2人分を渡しました」
「なら良し。怪我が治れば勧誘したいな」
さすが気遣いの出来るメイドだ。
もしかしたら妹の方も怪我が原因で動けないかもしれない。
『自分が治っても動けない妹を置いて仕事は出来ない』そうなると2人とも治らないと働かないだろう。
自然に回復するのを待つ?
食事を受け取りに来た人は相当無理していたようだし、スラムの劣悪な環境では悪化する可能性もある。
「ルーク様。私は帰りが遅くなるので、先に夕食を済ましておいてください」
どこへ行くの? なんて野暮なことは聞かない。
フィーネさんマジかっけー。
(あいよ。治ると良いな)
みんなが帰る支度を済ませる頃にはフィーネがどこかへ消えていた。




