三十一話 ソーセージ
前回は良い所で終わったハンバーグ回だが、実は続きがあったりする。
というか、あんなやり取りしていない。
ではハンバーグを熱々の鉄板に乗せた後、何があったのかどうぞ!
世界には常に対になる存在というものが存在しているのをご存じだろうか?
男と女、生と死、ツンとデレ。
そして・・・・ハンバーグとソーセージ。
もしファミレスでこの2つのセットが無かったら客は激怒するし、お子様ランチに入っていなければ運ばれて来たプレートを見た子供は泣くだろう。
『ソーセージの相棒ってフライドポテトじゃね?』とか『唐揚げはどうなんだよ!』ってツッコミは要らない。ハンバーグにはソーセージなのだ。
そういう世界の意志によって突き動かされた俺は、ハンバーグを完成させた後、用意していたソーセージを取り出して調理を始めた。
「ルーク様、それは何ですか?」
「ハンバーグに合う食材だよ。すぐ終わるからちょいとお待ちを」
内臓を食べる文化がないからソーセージの正体を明かせば驚かせてしまうかもしれない。
そう考えた俺は、先入観抜きでこの料理の素晴らしさを理解してもらうべく、一切の情報を与えずにハンバーグセットを作り上げた。
純粋に塩と油で炒めた『ソーセージ』
ガルム肉の代わりに魚肉を挟んで『魚肉ソーセージ』
加熱鉄板と加工に失敗した木材で作った『燻製ソーセージ』
以上の3品を10分ほどで調理してハンバーグに添えると、ジュゥゥゥ、と食欲を誘う音を奏でる。
鉄板のお陰で冷める事無くアツアツで待っていたハンバーグとソーセージが合わさって、油とハーブとソースの焼ける匂いが調理場に立ち込めた。
「「「・・・・じゅるり」」」
フィーネ以外は涎が止まらないご様子。
俺としてはスパイスが使えないので不満はあるけど、これでも十分美味しいので妥協したのだ。
あくまで『今は』だからな! 絶対スパイス類は手に入れるからな!
オルブライト家一同が集まった食卓で、俺の挑戦が始まろうとしていた。
「「「いただきますっ!」」」
「いただきます」
フィーネ以外は元気いっぱいに、フィーネだけはいつも通り静々とした礼儀正しい挨拶をして実食に入る。
まずはハンバーグから。
「なんですかこれ!? 柔らかくて口の中で消えました! あのガルムがこんな極上の肉になるなんてっ!!」
「美味しー! ステーキも良いけどハンバーグの柔らかさも良いわね!」
「たしかに食べやすいですね。ガルムからこの様な肉が採れるとは・・・・すぐに捨てるのを止めさせましょう。勿体ない事をしています」
魔獣肉のあまりの変わり様に驚いているものの、ハンバーグを食べた皆の感想は良好である。嫌悪感や新食感への戸惑いは無さそうだ。
中でもユキの反応が凄い。
「ッ!? こ、このマヨネーズ・・・・なんて完成度の調味料なんでしょうか!
完っ璧っっ!! 全てにおいて完璧ですーーーっ!!!」
「それは良かった。ところでハンバーグはどうよ?」
「マヨネーズを愛し、至高のマヨネーズを求めて挑戦し続ける。それが私の生きる道。
どんな食材にも合いそうですね~。いえマヨネーズだけでも食べれます~」
世界初のマヨラーと化したユキは、俺を無視してマヨネーズについて考え始めた。
実はそれでも未完成なんです、とは言わない方がいいな。面倒臭そうだ。
・・・・ハンバーグも美味しいだろ?
「さらに凄いのは油を搾った肉もハンバーグに使えるって事だ。サッパリとした仕上がりになるんだぞ」
マヨラーを頭数から外した俺は、夢中で食べている皆の邪魔にならない程度に追加情報を出す。
「「「な、なんだってーー!?」」」
すると料理をしないアリシア姉やレオ兄まで喰いついてきた。
テンプレな反応ありがとう。
「肉の割合を変えると味も食感も変化するから試してみて。秘密にしなくていいからドンドン広めてくれて構わないしさ」
俺はそう言いながら、搾り取った肉オンリーの場合や半分半分の肉、7対3など、これまで書き留めたオススメレシピをエルに渡した。
ちょっとした手間をかけて肉をミンチにするこの料理法はガルム以外にも使えるので、食材とレパートリーは一気に増えるはずだ。
調味料は今後流通させていくとして、食材が増えるだけでも生活は楽になるからな。
「ガルムが無限の可能性を生み出しました! ここまで様々な変化をするなんて・・・・もはや別の食材では!?」
食事中なので熟読はせず、パラパラめくるだけに止めたエルは、今までの努力が報われたと歓喜の涙を流す。
喜んでもらえて本当に良かった。
「ハンバーグ最高ね! 全然飽きないから何個でも食べれるわ!」
それを理解している俺達は彼女には触れず、ハンバーグに舌鼓を打ちながら平らげていく。
「ねえ、なんでルークはこんな料理を知ってるの?」
いち早く完食したアリシア姉がドキッとするような質問を投げかけて来た。
ちょっと頑張り過ぎたらしい。レシピ本まで生み出した俺の料理センスは『試行錯誤』の一言では説得しきれるものではなかったみたいだ。
チラッ。
俺は喋れない状況を作り出すためにハンバーグを一気に口に詰め込み、フィーネに視線を送る。
「アリシア様。私が旅先で知った料理をお教えしたところ、ルーク様がアレンジされたのですよ」
察してくれた。さすが有能メイドだ。
「やっぱりルークは発想力豊かよね~。伊達に一日中家の中で勉強してないわ」
アリシア姉は心に刺さる言葉を残し、レオ兄の食べかけのハンバーグを狙うハンターと化した。
「・・・・ッハ! わ、私、気づいてしまいましたよ~。焼く前からマヨネーズを入れるんですーっ! きっとさらにマヨネーズの味が強くなりますよーーー!!」
マヨラーが何か言い出してさらに空気をぶち壊してくれた。
さて、続きましてはこのハンバーグ定食の第二の主人公ソーセージだ。
食事前に「こっちは食べないでくれ」と説明しておいたので全員が残しているこちらも食していただくとしよう。
「このソーセージにもガルムの挽肉を使ってるんだ」
「そうなの? じゃあ美味しいわね。冷めないうちにいただきましょう」
母さんのお言葉を聞いた全員が一斉にフォークを突き刺す。
その瞬間、食卓に皮の破けるパキッという音が響く。
「なに・・・・これは・・・・皮? いえ、新しいわ!? これは新しい食感だわ!」
「またガルムの可能性が広がりました! やっぱりガルムは凄かったんです!!」
「前に食べた料理とは全く違う味に仕上がっていますね。こちらの方が美味しいです」
(なんでしょうかこの食感は?)
驚きながらも未知の食べ物を夢中で食していく一同。
ククク・・・・これの正体も知らずに呑気なものだな・・・・。
「これは腸詰ですね~。美味しいですね~」
「「腸!?」」
どのタイミングで明かそうかニヤニヤしていた俺は、まさかの人物にその楽しみを取られてしまった。
「ユ、ユキ・・・・お前なんで知ってるんだ!?」
最近おバカキャラからの脱却を図っているな? そんなの許しませんよっ!
理不尽と言うなかれ。コイツまでフィーネクラスに有能になったら俺の立つ瀬が無くなるじゃないか。
作りたい物を伝えたら次の瞬間には素材・魔法陣・魔石などなど揃えるような連中だぞ? 俺いらなくなるじゃん・・・・。
「ルーク本当なの!?」
「ん? あ、ああ、そうだよ。これは内臓に肉を詰めた食べ物」
ユキから聞き出そうとしていると、母さんが怒りと悲しみを織り交ぜた複雑な表情で問い詰めてきたので、俺はこっちを先に片付けることにした。
ついでにソーセージの感想も求める。
「ぅう~。美味しかったけど・・・・内臓・・・・ガルムの内臓は~」
美味しいとは言いつつもやはり受け入れられないのか、母さんは泣きそうな顔で水をがぶ飲みし始めた。
ただここまで拒絶反応を示しているのは母さんだけで、他の皆は比較的落ち着いている。
「ガルムに無駄な部分なんて無かったのです! 私は間違っていなかったのですっ!!」
エルなんかは正義は我にありって吠えてるぐらいだ。
良かったな、本当に捨てる部分の無い魔獣だよ。
で、問題はユキだ。
なんで知ってるんだろう?
「前に水神を倒した時に作ったんですよ~。食べれば強くなれる魔獣だったので食べられそうな部分は全て食べてましたから」
「あぁ~そんな話あったな」
「その時も皆さん内臓だけを食べる度胸は無かったので魚や魔獣の肉を詰めて煮たり焼いたりしたんです~」
でもやっぱり食用にする度胸はなかったので、水神以外は内臓を食べることなく現在まで定着しなかったと・・・・。
「こっちのソーセージの方が美味しいですけどね~。全然勝負になりません~」
「そりゃ下処理も味付けもまともにしていない料理とは比べ物にならないだろうよ。いくら水神の肉が美味しいとは言え内臓を下処理なしではきついだろうし」
「ですね~」
そう言いながらユキは母さんの分のソーセージも平らげた。
おバカキャラは続投するようなのでそっちは片付いた事にして、ソーセージはどうしよう・・・・。
売り出そうと思ってたんだけど、これじゃ無理そうだな。
『嫌悪感』と言うどうしようもない壁にぶつかった俺は、庇護欲を掻き立てる表情で家族の様子を窺う。
「いえ、美味しいのよ。ただ・・・・ね~?」
「私は平気ですよ? 美味しいですし!」
「私も問題ありません」
そこまでしても折れない母さんと、俺の顔とは無関係にバクバク食べるその他大勢。
誰かツッコんでくれませんか?
・・・・あ、スルー? へぇー、そう。
「母さん! ソーセージは煮てもいいしサラダに入れてもいい万能な食材なんだ! ガルムの肉は使うのに内臓は捨てるなんて勿体ないじゃないか!」
「そ、それは・・・・そうなんだけど・・・・」
顔ボケをスルーされた俺は、母を説得するという名目で声を荒げた。
きっとこれで無かったことに出来る、はず。
「んじゃあ、しばらくは少量だけ生産するお試し食材ってことで」
「ええ、絶対に大衆受けはしないから。製造工程を知ってもなお食べようって好奇心が強い人だけ食べれば良いと思うわ」
話し合った結果、そういうことになった。
美味しいのに・・・・。
「そんなわけで今日はソーセージの作り方について教える!」
「「ワー! キャー! ヒューヒュー!!」」
パチパチ、パチパチッ!
すでに成功例を出していることもあってユキとエルからは歓声があがり、拍手はフィーネも入れたメイド3人衆全員から送ってもらえた。
これが今回のメンバーだ。
母さんは製造工程から説明すると言った瞬間に「絶対に嫌っ! 無理よっっ!!!」と拒否。
「えー。ガルム解体を見たいのにー」
アリシア姉は見たがっていたけど母さんが禁止した。確かにグロテスクな場面が多々あるから仕方ない。
「きょ、今日は勉強が忙しくてね。ハ、ハハハ・・・・」
レオ兄は逃げた。
父さんとマリクはそもそも調理場に立たないので誘ってすらいない。
覚えたいって人にだけ教えればいいか、と納得することにした俺は早速調理に取り掛かった。
「挽肉にするまではハンバーグの時と同じだけど、さらに柔らかくペースト状にするように。もちろん食感に合わせて変えてくれて構わない」
「サーイエッサー!」
「腸は貯水ボックスに入れて水分を抜く。
水分が無くなったら水洗い、塩揉み、水洗いを繰り返せば綺麗に出来るぞ」
「先生! どうしてこんな簡単なんですか!」
「それはね。内臓には魔力が通ってないから簡単な処理で十分なんだよ。
あと今日の君は凄く進行しやすくていいね。いつもその感じで頼むよ」
「お断りです~」
・・・・さ、続けよう。
「あとはこの魔道ポンプを使って腸に肉を詰め込んでいく。まだ調整不足なので破けないように慎重に」
「せんせぇ、破けました~」
「・・・・成功してるように見えるけど?」
「私じゃなくて隣のエルちゃんが破けました~。この子、不器用です~」
「ユ、ユキちゃん! 言わないって約束でしょ!!
違うんですよ。詰めるまでは成功してたんです。でもその後、好みの大きさに捻じっていくじゃないですか。そのネジネジするのが楽しくてつい捻じり過ぎちゃって・・・・」
「エルちゃんは欲張りさんですね~」
何この世界観・・・・。
ふざけてるように見えて作業自体は順調に進み、残る工程は1時間ほど乾燥させ、さらに1時間ほど燻製にするだけとなった。
「ルークさんが黒歴史を闇へ葬り去ろうとしてます~」
「違う。これには魔法陣加工に失敗した木材だ。燃料に最適だろ」
「人は失敗を認めて初めて成長す、」
バカは無視して・・・・っと。
「ささ、フィーネ先生チャチャっとやってくだせぇ」
「はい。こちらが燻製まで終わった物になります」
俺は完成したソーセージを茹で始めた。
相変わらず便利なエルフさんである。
「燻製ソーセージは完成品をさらに30分燻製し続ければOKだ。以上!」
出来上がった物を試食し、ほぼ一律の味になっていることに満足して説明を終えた。
「慣れれば誰でも作れそうですね! 今度は少しオリジナリティを入れてみても良いですか!?」
「そうですね。肉詰め段階で味を変える事も出来そうです」
「フッフッフ~。フィーネさん、それはすでに私が実践済みですよ~。
見よ! 挽肉の段階からマヨネーズで味付けしてみました~」
「・・・・」
フィーネが顔をしかめるのも納得だ。
まさかと思ったけどユキは料理が出来た・・・・いやフィーネと比べても遜色がないほど有能だった。
時間だけはあったからアレもコレもと手を出していたら大抵の事は出来るようになったらしい。
ただ残念なのはその能力を活かしきれていない頭の方。
「ちょっ、お前1人でどれだけ消費してんだよ!?」
別のソーセージも食べようとマヨネーズ壺を手に取った俺は、中身が空になっていることに悲鳴じみた叫び声をあげた。
「ムフフ~、ガルムの腸一本まるまる詰め込んだんだから当然じゃないですか~」
「・・・・マヨネーズ使用禁止な」
「そ、そげなぁーーっ!? 材料採ってきますから、そこを何とかー!」
「じゃあ給料はマヨネーズだ」
「現物支給ですか!? ・・・・いえ、ありですね。ひと月どのくらい貰えますか~?」
どんだけだよ。
そんなこんなと楽しい調理実習を終えた俺は、ちょっと気になることがあった。
それは『もしかしたら母さんみたいに拒絶する人の方が少ないのかもしれない』というもの。
実際、ウチでもいくつかの派閥に分かれている。
オールオッケーなフィーネ・ユキ・アリシア姉・エル。
ソーセージとわからなければ大丈夫なレオ兄と父さん。
正体を知ってから見るのもダメになった母さん。
以上3派閥だ。
アレだな。虫が触れる人、触れないけど見れる人、見るのも嫌な人って感じか。
ちょっと調査する必要があるかもしれない。
(見た目も普通だから今度無料配布してみようか? ・・・・いや、かえって不気味な食べ物に見えるか)




