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異世界の魔道具ライフ  作者: 多趣味な平民
一章 オルブライト家
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五話 精霊とエルフⅡ

(見られた……!)


 貴族の敷地内。俺しかいない雑木林。珍しい精霊術。とんでもない量の光。樹木の回復。光源になる魔道具も精霊を呼び出す道具もない。


 この状況、どう考えてもマズい。


 俺はバクバクと音を立てる心臓を隠すように息を殺して、恐るおそるフィーネの顔を見る。


(ニコッ)


 微笑んでいる。


 いつもなら安心するその表情も、今の俺にとっては悪魔の笑み。いつ黒い尻尾と羽を生やしてもおかしくない。


「フィ、フィーネ……は、いつからそこにいたの?」


 逃げ出したい気持ちを抑え、縦横無尽に泳ごうとする目を美人メイドに固定して、可能な限りいつもの調子で尋ねる。


 そうとも。今来たところで見てない可能性もあるし、俺が関与していない方向に持っていくことだって可能かもしれない。


 例えば――。


「あれれ~? おかしいぞ~? 実は庭で遊んでいたら急に木が光り始めたなぁ~~」


 と、子供のふりをして時間軸を巧みに操ったり、


「なんか知らないけど俺も使えちゃったよ~。しかも凄い精霊が混じってたのか一瞬で大樹を治せたわ」


 と、一匙の真実を加えて誤魔化せいい。実際どうして木が復活したのか理解できていないのだ。


 つまり! 俺はこれまで通り普通の子供として生活していける!


「アリシア様と別れてこちらへやってきたところからです。お一人で試行錯誤されていたので陰ながら応援しておりました」


 はい、終わったー。俺のお気楽ソロモード早くも終了ー。そもそも最初に素晴らしい精霊術とか言ってた時点で詰んでたわ。フィーネの目を欺けると思ってた自分が恥ずかしい。


 が、すべてを諦めるわけにはいかない。せめて転生者であることは隠さないと。俺には『偶然』という最強の切り札が残っている。


「アリシア姉が魔術使ってるのが羨ましくてさ。五歳にならないと使えないって話が信じられなくて試してみたんだ。そしたらなんか起きて驚いたよ、魔術は失敗したのにさ。あれが精霊術なんだねぇ」


 起こったことを、起こったことだけをありのままに伝えた。


「病気の木を治すように願っただけですか? いろいろと調べておられましたが、何か特別なことをされたりは?」


「し、してないと思うけど……」


「そうですか、あれを無自覚に……」


 あれ? なんか余計駄目な感じになってない?


「い、祈りはしたよ?」


「その際に樹木の仕組みを考えたりは?」


「あー、どうだったかな……」


 これ以上情報を与えるのはマズい。初めて触った木を病気と診断して治療する二歳児がどこにいる。精霊術に詳しい彼女を誤魔化すのはおそらく不可能。曖昧な返答こそが正解。


 俺は浮気がバレかけている夫の気分ではぐらかした。


「あまり知られていませんが、精霊術に必要な祈りとは『意思』と『知識』です。特に治癒術は成分や構造に精通していなければ発動しません 。純粋無垢な子供では知識が足りず、知識を持った大人は穢れた心の持ち主が多いため、数千人に一人しか使えないのです」


 ま、治し方を知らないけど何とかしてなんて言われても困るわな。コツを知るほど成功確率が下がって、知識さえあれば大丈夫と他力本願になってもアウトとか、どおりで広まらないし広められないわけだよ。罠じゃん。


 ……ちょっと待て。それはつまり俺が樹木の構造知ってるのが確定ってことじゃないか。


「あのぉ、例外とかは……」


「あります。精霊自身が知っていた場合です」


 ワンチャンある!


 あれは有能な精霊が気まぐれにやってくれたのだ。俺に植物の知識があるわけじゃない。


 この場は有耶無耶に出来そうなことに安堵した俺は、その方向で話を進めようと次なる言葉を探し始めた。


「ただしその場合これほど急激に治りはしません。自然治癒力を高めてゆっくり時間をかけて治っていきます。今回の出来事は、植物に精通した者が『樹木内の欠陥部分を従来の数倍効率良くエネルギーが摂取出来るものに作り替える』という計画書を精霊に見せ、あまりに画期的な方法だったため凄まじい数の精霊が協力したことで起きたのではないかと」


 ワンチャンない! てかそれ治療じゃなくて品種改良じゃん!


「み、水をいっぱい吸い込んだら元気にな――」


「なお、こちらの木はルーク様が三歳になられた際の精霊適性検査で使う予定でしたので、事前調査は済んでおります。欠損部分は人間で言うところの呼吸器官のみでしたが、見たことのないものに変化していますね」


「るわけないですよねー」


 なんてことだ。ありとあらゆる場所に罠がある。


(ど、どうする!? フィーネは俺を育ててくれた母親のような存在だ。父さん達も困ったら相談しろって言ってたし、俺も信用してる。言うか? 全部喋って味方に引き込むか!? いや……でも……っ)


 話すとなると転生者であることまで打ち明けなければならない。彼女が言いふらすとは思わないけど情報はどこから漏れるかわからない。転生者だと知る者は少ない方が良い。


 正直協力者は欲しい。有名人や身バレした人は隠れるように生きると聞くし、他人を利用したりされることに苦手意識もあるので、俺の代わりに表舞台に立つ人間が必要だ。家族もその候補だった。事務手続きをやってくれる両親と兄、奇抜な発想と素材調達に役立ちそうな姉、料理を広めてくれるエル、守ってくれるマリク、そして万能なフィーネ。


 でもそれはあくまで天才レベル。転生者は違う。発想と既知が違うように。


 家族だからこそ言いづらい。中身が別人だったなどと、子供のふりをしていたなどと言われて、これまで通りに接してくれるだろうか。少しでも違和感があったら辛いし、そんな俺の気持ちは自然と向こうにも伝わるに違いない。


「………………」


 何かいい方法は無いか思案し続ける俺を、フィーネはジッと見つめている。この時間がもう隠しごとがありますと言ってるようなもんだけど、そんなことを考える余裕すら今の俺にはない。


 人は一人でも生きていける。


 ただし、進むことも立ち止まることも戻ることも、守ることも守られることも、感情の共有も、秘密も。全てをせず、持たず、世界に関わらなければ、という条件で。


 それはすごく気楽で、すごく平和で…………すごく、つまらない。


 三十年近いニート生活で学んだことだ。


 有り余る時間潰しとして色々な趣味に走ったけど、今にして思えば少しでも充実した人生であると錯覚したくて感情の起伏を求めただけ。必要なのは感情を持つことじゃなくて、そこで得た知識を、思い出を、共有できる相手を探すことだったのだ。


『言っておきますけど他人に合わせたり苦楽を共有するのも大切ですからね~? 喜怒哀楽のどれが欠けてもつまらない人生になっちゃいますよ~?』


 何故だろう。急に神様の言葉を思い出した。


 そうだ。俺が求めてるのは波風立たない平穏じゃない。波乱万丈で楽しい人生だ。便利なものを作って、人々に感謝されて、嫉妬してる連中も助けて、さらに便利なものを作る、忙しくも充実した生活だ。義務やノルマに縛られずやりたいことをやるスローライフだ。失敗を恐れない挑戦だ。


 家族に嫌われることを恐れるってのもそれじゃないか。


 そもそも家族ってのは、怒ることはあっても嫌うことはない。それが家族だろ。俺が信じなくてどうする。信じてほしければまず自分が信じないと。逃げてばかりじゃ前世と変わらない。


 前の俺は自分一人で生きていて、でも生きていなかった。


 だから、


「俺は――」


 今度こそ別の道を選ぶ。


 世界と、他人と、自分と関わる道を。


 親に守られ、家族に守られ、友達に守られ、仲間に守られ、社会に守られ、俺自身が誰かを守れる人生を。


「転生者だ」


 さあ、異世界を楽しもうっ!

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