閑話 とある男性従業員の場合
「ウィ~ッス」
俺はいつもの様に仕事場にやってきて、いつもの様に挨拶をした。
「お前また客と喧嘩したなっ!」
こっちはいつも通りにしてるってのに、この店の主で俺以外の労働力である『オッサン』は到底挨拶とは思えない怒鳴り声で返してきやがった。
名前なんて知るか。オッサンはオッサンだ。
「うっせーな、あれは客が悪い。修理代金が今になって気に入らないって言いだしたんだ。
品物渡して代金請求したら『聞いてたよりも高額だ!』とか、ふざけんなっての・・・・」
元々朝から不景気な話を聞いてて機嫌悪かったこともあり、朝一で怒鳴りつけられた俺は不機嫌を隠そうともせず言い返す。
「アレは材料が高騰したから仕方ないって説明しただろっ!
そもそもオメェが喧嘩してばっかで客が減って値上げしたんだろうが!」
「人のせいにしてんじゃねえ! そもそもスラムで商売してること自体おかしいんだよ! ゴミしか持ってこねぇだろ!?
大人しく貴族様に媚び売ってまともな場所で仕事させてもらっとけよ・・・・」
「ワシは貴族ってやつが嫌いだ! 絶対修理せんぞ!」
「もうオッサンの客なんてスラムにも居ねぇだろうが!」
このオッサン、腕はいいのに仕事を選ぶからただでさえ少ない修理依頼がさらに少なくなっている。
いや違うな。依頼はあるが、ゴミを転売出来るようにしろって無茶な注文ばっかで金にならない。
んなこと出来るなら俺がやってるっての。
結局その日も客が来なかったので喧嘩して終わった。
俺ことサイがスラム街で細々とやっている修理屋で働き始めて5年になる。
「ったく、オッサンが石頭すぎる!」
歩合制の仕事だ。修理するもんが無きゃ飢えて死ぬ。
近い未来そうなりそうな俺は、クソッたれな世の中と雇い主への不満を垂れ流しながら帰宅した。
言っておくがここは俺の家ってわけじゃない。スラムなんだ、空き部屋があればどこへだって行く。
だから俺以外にも同居人が居る。
「サイおかえり。早かったね」
こいつは1か月ほど前から一緒に住んでるソーマ。
たまたま俺の居る部屋に空きスペースがあったってだけの関係だが、それでも一緒に居る以上は自然と会話する。
俺は今日の不満をぶちまけて、最後にいつもの言葉で締めた。
「なぁ、なんか楽に金が稼げる方法ないか?」
「そんな方法を知ってたら僕はここに居ないな~」
同じようにソーマもいつもの返事をする。
俺だけじゃない。スラム街で生きる全員が思ってることだ。
数か月後。
「サイ、店ぇ閉めるから明日から来なくていいぞ」
いつもと変わらない貧困生活をしていた俺が修理小屋に顔を出すと、突然オッサンから店をたたむと言われた。
未練はなかった。
スラムはそういう場所だ。
事情を聞いても意味がないことを知っている俺は帰宅して、明日からの生活のことを考えながら横になる。
「どこで稼ぐかな~」
終わった事をウジウジ悩んで何になるってんだ。そんなことしてる暇があるなら道に落ちてる金を探した方がなんぼかマシだろ。
悩むってのは余裕のあるヤツがする事であって、俺みたいなヤツは一刻も早く金を稼がないと死ぬんだからな。
バンッ!!
「っ・・・・サ、サイ! ハアハア、す、凄いぞ!! ハァハァハァ・・・・うえっぷ」
ソーマが飛び込んで来たことで、無い頭を必死に絞っていくつか浮かんだ稼ぎ方をいくつか忘れてしまった。
ただそれに対する苛立ちも疲労困憊したソーマの顔を見た瞬間に消え失せた。どれだけ走ったのかは知らないが、普段の爽やかさは見る影もなくなっている。
「どうしたよソーマ。落ち着け」
頭の整理もついてないようなので帰りにその辺の川で汲んだ水を渡して落ち着かせて話を聞く。
「・・・・でっ・・・・・が・・・・・・なのさっ!!」
わかったのはコイツは興奮してると異常なまでに喋るのが下手になるって事。
普段の上から目線や、女を口説く時に使うアホみたいな話術はどこへやった・・・・。
これは俺なりに解読した内容だが、貴族様が新しい工場を作るからそこで従業員を募集してるってことらしい。
まぁ大体あってるはずだ。
そして俺には全く関係ない話だ。
「貴族ってのは同じ貴族しか相手にしないし、雇うにしても学校を卒業した優秀なやつだけだろ?」
その日暮らしが精一杯のスラム街で学校に行くやつなんて居ない。多少とはいえ金が必要な場所だ、そんな金があるなら食べ物を買う。
「それがスラム街の人達も大歓迎って書いてあったんだ。つまり面接してくれるんだよ」
「んなの建前に決まってるだろ。実際はスラム出身のやつは面接なんてやらないんだよ。もしくは名前を名乗ったら『はい、さようなら』だ」
「面接を受けるだけ受けたら良いじゃないか! チャンスかもしれないだろっ!」
「へいへい」
結局仕事をクビになって暇してたこともあって、ソーマに押し切られる形で一緒に応募することになった。
面接は既に始まってるって話なので、俺達は急いで一張羅の服(破けていない服)を自分の体と一緒に川で洗い、面接会場へ急いだ。
こういう時、乾燥魔術を使えるソーマのことを羨ましいと思う。獣人の俺には逆立ちしても出来ないことだ。
スラム街から歩いて10分。俺達は見栄で建てたと思われる無駄にデカイ屋敷に到着した。
普段ならその金持ちであることを訴えかけてくる建物に舌打ちの1つでもしてやるところだが、それをしなかったのは何故か屋敷が半壊していたのと、庭に建てられた氷の館が気になったからだ。
(なんだここ・・・・何をしたらこんな事になるんだ?)
俺は疑問に思いながらソーマと共に列の最後尾に並ぶ。
そこには庭を埋め尽くすとまではいかないまでも結構な人数が並んでいて、スラム街のやつも大勢来ている。
「こんな好条件なら仕事をしてても応募するだろうし当然だね」
「チッ、どいつもこいつも人を出し抜こうとしやがって・・・・」
俺は屋敷ではなく、誰にも悟られないように集まっていたスラムの連中に対して舌打ちをした。
「次の人どうぞ~」
「おっ、呼ばれた。それじゃあお先」
この場所についてソーマとあれこれ話し合いながら待ち時間を潰していると、いよいよ俺達の番がやってきた。
ソーマがドアの向こうに消える。
そこから2分ほどして俺も呼ばれた。
「・・・・っス」
こういう時の礼儀作法なんて俺が知るわけもなく、取り合えずソーマに倣って小さくお辞儀をしながら入室。
室内には椅子が一個だけ置いてあって、その正面には面接官らしきエルフと全身白い女が座っていた。
(貴族じゃなさそうだな。白い奴はなんで一心不乱に文字を書き込んでるんだ? 俺の特徴でも書いてるのか?)
「・・・・彼女のことは気にしないでください。仕事が出来る上司を印象付けるために書類を片付けているように見せているだけなので。もちろん内容は皆無です」
顔に出ていたのか、挨拶前にボケっと眺めていた俺にエルフが説明する。
それに対して白い奴が何故バラすんだと不満を言いながら「机で何か書いていたら仕事を頑張ってると思われるじゃないですか~」と続く。
この言い方すると一応これまで面接に来た連中には意味のある行為だと思われていたようだ。
ただ俺がここに来たのはこんな事を聞くためじゃない。
「サイだ。仕事くれるんだろ?」
俺は単刀直入に尋ねた。
敬語なんて出来もしない事をやる気はない。素を出してダメなら別の仕事を探すだけだ。上辺だけ取り繕うなんて疲れるだけじゃねえか。
「はい。合格すれば仕事が出来ますよ。
ではサイさん、仕事をするために必要な事は何だと思いますか?」
俺の自己紹介と質問を聞いた2人も口論を止めて面接官としての仕事を始める。
必要なこと、ね。
普段からそれをやってきてる俺は考えるまでもなく即答する。
「そりゃ舐められないことだな。下に見られて騙されたら終わりだ」
「ほほぉ~、ならお客さんを騙すんですか~?」
「そりゃダメだ、騙したら次はない。満足させて搾取しつづけるんだよ。
他に行くよりこっちに来る方がメリットがあるって思わせたら勝ちだな」
「なるほど。ところで先程のソーマさんとはお知り合いだそうですね」
それ面接に関係あんのか?
・・・・いや違うな。まるで面接は終わりだとでもいうような雰囲気だ。
1つしか質問しないなんてありえねぇし、やっぱりスラム出身者は最初から除外されるんだな。
わかっていた事とは言え、2人のやり取りを見て少しでも希望を抱いてしまった俺は、自分の人を見る目の無さに苛立ちながら答える。
「あぁ。アイツがなんか言ってたか?」
「一緒に仕事がしたい仲間が居ると言っていましたよ」
チッ、恥ずかしい奴だ。
「そうかい。まぁ俺もアイツと仕事がしたいね。結構一緒に居るもんでね」
「では一緒に頑張ってくださいね~。2人とも合格です~」
・・・・・・・・突然就職が決まった。
「は!? な、なんで合格なんだ? 理由を教えてくれ。何もしてないだろ?」
「お友達を大切にしているからです~」
「我々の仕事は最低限動けさえすれば問題ないので、人柄を重視しているのです。
給料に目がくらんで仲間より自分を採用するように言っていたら不合格でしたよ」
あと仕事に必要な事で自分に嘘をついていないのも重要だったらしい。
一言だけで嘘を見抜ける奴らってことだ。
しかも俺が言ったのはスラムで生き抜くために必要な心得であって仕事に必要な事じゃない。
(ッハ! 面白すぎるだろ。なにも知らないスラムの奴を1分の面接で採用だぁ?)
どうせ次の仕事なんて見つかってないだろうってことでオッサンにも面接を受けるように言った。
最初は嫌がっていたが、いつまでも無職では生きていけないと諦めて面接して、当然のように合格した。
「なんじゃいあのエルフ達は。面白すぎるわ!」
「だよな~。結局半分近くスラム出身らしいぜ」
「これからよろしく頼むよ。たぶん一生の付き合いになりそうだし」
「だな。アイツ等が経営者なら一生安泰の商会になるぜ」
俺達はこのクソッたれな世の中に希望を見出して乾杯した。
「ダァーーーーっ!! 何度言えばわかる!? それでは魔法陣が起動せんだろうが! ここはこうだっ!」
あれから数か月。今日もいつものようにオッサンが怒鳴る。
オッサン達は魔道具のルーターを使って冷気変換する魔法陣を加工している。元修理屋として魔道具を雑に扱うのも魔法陣を雑に作るのも許せないんだろう。
「オッサン今日も吠えてるな~」
「言ってることは正しいんだろ? いいじゃねえか」
「んな事はどうでもいいんだよ。おい聞いたか? 女風呂が覗ける場所があるらしいぞ」
「なんだそれ天国じゃねえか!」
「覗きよりも誰か女性を紹介してくれよ。胸がデカい20歳までの女を」
ただそんなことも石鹸部門の俺達からしたら話題の1つでしかない。なんなら怒られてる連中も今日の夕食で笑い話として語る事だろう。
この工場に美形はソーマしか居ない。
それでも覗きたいってんだから、そこにどれだけのロマンが詰まってるかは語る必要はないな。相手が誰であろうと覗きたいと思うのが男って生き物なんだよ。
そりゃ容姿が良ければもっと給料のいいところで仕事できるから当然だろう。
最近は風呂と石鹸や食事改善で多少は見た目が良くなってきてるが、あくまで多少だ。本物は生まれ持ったものが違う。
まぁここでの生活を知ってからは例えどれだけモテようが関係ないけどな。
給料が10倍だろうと遊んで暮らせるヒモ男だろうと、ここより良い生活は絶対に無い。
「はっはっは。すまない、僕は明日も声をかけてくれた女性とデイトなのさ~。覗きに参加出来なくて悪いねぇ~。紹介できそうな子が居たら来世で紹介するよ」
「「「くたばれイケメン!!」」」
バカな話で盛り上がれるバカ野郎ども、最高だね。
「「「あーうめぇ!!」」」
仕事終わりの一杯は堪らない。
最近はキンキンに冷えた酒と塩味のきいたツマミを片手に、オカズを賭けたカードゲームが流行っている。
カードはフィーネ様がどっかから持ってきた。
誰かを様付けで呼ぶのは俺の心情に合わないがあの2人は別だ。心から尊敬できる2人だからな。敬語は苦手だから勘弁。
「わたし今日は受付やってたんだけど、また冒険者がお礼にきたのよ」
「あ、私もあるわ~。フィーネ様でしょ」
「そうそう。魔獣に襲われてたところを助けていただいてありがとうございますって」
「俺らも見てたぞ。結構いい装備した奴等だろ?」
「街で買い物したらロア商会の人だからってサービスしてもらっちゃった~。前に旦那さん助けたんだって」
フィーネ様はよく魔獣を討伐して俺等の食卓を潤してくれる。
獲れたての肉や果実を、スゲー調味料使って、未知の料理法で作る。
貴族連中より豪華な食事をしてるのは間違いないだろう。
その結果として冒険者やヨシュアの住民を助けることも多いらしい。
どっちが副産物かはわからないが流石はロア商会の会長様だな。
「冷蔵庫を開けたらユキ様が居たんだけど・・・・」
「この前俺もあった・・・・冷却の具合を確かめてるとか言ってたけど、あれ涼んでるだけだろ?」
「え、俺らを驚かせるためじゃねえの?」
「毎回どうやって入り込んでるんだろうな~」
「私なんて調理場の冷蔵庫を開けたら居たのよ! 驚いて心臓止まるかと思ったわ!」
まぁ・・・・1人はたまに尊敬するってぐらいだな、訂正するわ。
飯は美味い、風呂に入れる、服も布団もいつも綺麗。
それ等を用意してくれる女達にはいつも感謝してる。
もちろん仕事の一部ってのもあるんだろうが、これが家族みたいに感じるのは俺だけじゃないはずだ。
たぶん困ってる従業員が居たら全員が助けるんじゃないか?
チャラチャラした女も居ない、仲間をバカにするやつも居ない、ルールさえ守れば何をやってもいい仕事場。最高じゃねえか!
その中でも特に気の合うヤツが居る。
ノルンってアホな女で、俺やソーマは完全に男扱いしているがそれに怒るでもなく笑い飛ばすのがまた良い。
でも胸の話をした時は流石に殴られた。吐くかと思った。
殺意をむき出しにしたいい拳だったぜ・・・・。
ただ次の日にはいつも通り朝飯の早食い勝負を吹っ掛けてきたってんだからアホだろ?
こういう奴に前からやってみたかった同性同士での娼館遊びを、石鹸の売上げで負けた罰として命令したら本当に入っていきやがった。
何があったのかは絶対に話さなかったけど、面白い奴だよ。
昼間はひたすら販売に専念して、仕事終わりは仲間とバカ話して、休みは倒れるまで遊んで寝る。
昔の俺に言ってやりたいね。
世の中捨てたもんじゃねぇぞ。ここは最高だってな!




