二十九話 石鹸・冷蔵庫、売ります
販売初日を迎えたノルン達は、早朝3人で大量の商品を乗せた荷台と共に中央部へとやって来た。
そしてすぐに開店準備を始める。
フィーネとユキが客を集めて来るまでに準備を整えておかなければならないのだ。
「じゃ俺が中央通路側な」
「ふざけんな、アタシのに決まってんじゃん」
より人目につく場所取りは互いに売上を競う上で相当なアドバンテージとなるため、それを理解しているサイとノルンは一歩も譲らず口論へと発展。
「こういうのは早いもん勝ちだろうが! 俺は今その場所に立ってる。つまりここは俺のもの」
「あらあら、そうですか。でしたらやはりここはアタシのものですわ。
サイさんには、そちらに置いてあるアタシの荷物が目に入らないのかしら? さぁお退きなさい。オーッホッホッホ!」
勝利を確信したノルンは、どこぞの貴族のように高笑いをしながら露店の片隅に置いてある昼食を入れたカバンを指さした。
「ざけんな! 俺の名前入りの石は昨日下見した時から置いてあるんだよ!」
サイも負けじと地面に落ちている・・・・いや置いている石を見せる。そこには確かに『サイ』と書かれていた。
「アタシの石もあるし! アンタより先に投げ込んだし!!」
「ハッ、どこにあんだよ」
「知らないわよ! 近所のガキが持って行ったんじゃないの?
とにかくアタシはアンタより先に場所取りしてる!」
早い者勝ちの言い争いはしばらく平行線を辿りそうである。
「僕は端でいいからこのノボリは使わせてもらうよ」
そこには参加せず、ちゃっかり一本しかない宣伝旗を確保するソーマ。
結局ジャンケンをして、中央通路側からノルン、サイ、ソーマの順番に決まった。
「・・・・っし、こんなもんだな」
3人の中で最も早く準備を終えたサイは、最後にもう一度道路の方から露店を眺めて頷いた。
そこには机の上に並べられた石鹸と『ロア商会 話題の石鹸・冷蔵庫 販売中!』という看板がぶら下がっている。シンプルな作りだ。
少し横を見れば3人共有で使うお試し用の冷蔵庫がソーマの横に鎮座している。
ノルンとソーマは少しでも差をつけるべくあれこれ準備を続けており、各々が考え抜いた秘策が販売数に影響してくることだろう。
価格は石鹸1個が泡石と同じ銅貨5枚。冷蔵庫は金貨3枚。
どちらも原価ギリギリなのだが、冷蔵庫に使用されている鉄板が高価なのでどうしてもこのぐらいの値段にはなってしまうのだ。
「おい、こっちまで秘策がはみ出してんぞ。テメェの横腹と同じだな」
「・・・・うっさい」
サイに遅れること数十分。
開店準備を終えたノルンとソーマはこれから始まる初売出しに緊張しているのか落ち着きがなく、その様子を茶化すサイも普段の威勢が感じられない。
要するに3人ともガチガチである。
しかし彼等がどれだけ心配しようが時間は待ってくれない。
「見栄えは問題ありませんね。後はお客様に買っていただくだけです」
「頑張りましょう~」
3人の下にフィーネとユキが大勢の客を引き連れて現れたのだ。
フィーネはドラゴンスレイヤーとして顔を見せて練り歩き、その横をユキが『新商品!』と書かれた氷の看板を持って宣伝して回っていた。
全く意味を成していない看板だが、その縁には魔法陣のような形が刻まれ、文字はキラキラ輝いているという無駄に凝った看板なので、人々は逆にどんな商品なのか気になってついて来ていた。
もちろんユキの計算などではなく偶然の賜物である。
フィーネは店の準備が出来ていることを確認した後、ノルン達販売員に目くばせをして無理矢理覚悟を決めさせ、
「ではこれよりロア商店を開店しますっ!」
ロア商会の店舗、通称『ロア商店』の幕開けを声高らかに宣言した。
まずノルンが動いた。
「今まであった泡石と新商品の石鹸を比べてみてください! さぁどうぞ!
これがなんと銅貨5枚! 銅貨5枚ですよーっ!!」
事前に余っている泡石を持ってきてほしいと知り合いにお願いしていたノルンは、石鹸とは一体どんな商品なのか、集まった人々に実際に触れてもらって違いを見てもらおうとしている。
石鹸を一度でも使ったら泡石では満足できなくなるため、オルブライト家や工場はもちろんの事、アランやエリーナが仲のいい貴族に試供品を配布したので泡石は大量に集まっていた。
その泡石と石鹸を桶に入れた実演販売に客は殺到した。
「こ、これが石鹸!」
「凄い・・・・なんだこの泡立ちはっ・・・・」
「泡石(笑)」
「見てよこのスベスベな手を! これであの人も・・・・グフフ」
当然客の食い付きも上々で、人が人を呼び、途切れることなく石鹸の素晴らしさは広まっていく。
「なるほど。未知の物なので体感して違いを確かめさせるのですね」
「やっぱり元販売員は違いますね~。皆さん興味津々に石鹸を触ってますよ~」
その様子を見ていたフィーネとユキは、ノルンの秘策に感心しながら上司として公平な評価を下す。
今後の為にも3人の手腕も見ておく必要もあるので、手が足りなくなったら応援に入る程度の役割なのだ。
次に動いたのはサイ。
「はっ。やっぱり客の興味を引く作戦にしたな! じゃあその客もらうぞ。
支払いはこっちだぜ! 石鹸1個が銅貨5枚!」
彼はひたすら売り続ける作戦らしい。
隣でノルンがどんな商品か実演を交えて説明しているが、彼女は話に手を取られて肝心の販売が出来ていない。
それ故に客は買いたいと思ってもどこで支払いをすればいいかわからない状態だった。
そこへサイの一言。
当然のように人々はサイの方へ流れた。
「へいらっしゃい! 支払いはこっちだ、あれはお試しエリアだぞ!」
「お客さん、待ってんならこっちにどうぞ!」
「え? 釣りが違う? 気にすんな!」
大雑把ながら高速で売っていく。声が大きいのも良い。
とにかく早く手に入れたい客や、ここが本当の支払い場所と信じた客はサイの所で購入していく。
「こういう魚なんて言うんでしたっけ~?」
「コバンザメですね。説明はノルンさんにさせて美味しいところを奪う作戦ですか」
同じ商会仲間でなければ訴えられるレベルだが、在庫はドンドン減っていく。
最後はソーマ。
「おや奥様、肌が荒れていますよ。泡石を使っている? いえいえ石鹸で洗わなければ汚れは落ちませんよ」
「そちらの可愛らしいレディ達も是非使ってみてくれたまえ。さらに美しくなるよ」
彼だけは前の2人とは違い、接客そのものに力を入れている。
ターゲットを女性に絞った口説き落とし作戦だ。
「あら心配してくれるのね。実は洗い物がね~」
「キャッ! 誰あの人、カッコいい!」
「私も前から泡石じゃダメだと思ってたのよ」
新商品に興味を持っている客のほとんどは女性だったので効果は抜群。
二股するだけの話術がある人物なので接客に向いていたらしく、次々と女性客の購買意欲をかきたてていく。
見た目の良い男性に褒められて喜ばない女性は居ない。ただしイケメンに限ると言うやつだ。
ルークが見たら唾を吐き捨てる光景だろう。
「ノルンに近い作戦ですね。あくまで自分の容姿と話術のみの勝負ですか」
「今度ルークさんを連れてきましょうよ~。売れ行きも気になっているでしょうし~」
普段の仕返しとばかりにユキがドSな発言をしている。
ルークの悔しがるリアクションを見て楽しむつもりなのだろうが、上司としてソーマの接客テクニックには目を見張るものがあると誉めているのかもしれない。
最終的にはフィーネ達も販売に参戦して初日は見事大成功を収めた。
最初は人手が足りなくなった場所(主に石鹸や冷蔵庫の説明、時々金銭トラブル)を手伝っていたのだが、客足は一向に途絶える事が無く、結局5人体制で回し続ける羽目になったのだ。
当然ながら2人はノルン達の何倍もの戦力として売上げに貢献している。
そんなペースで売り続けたものだから準備していた商品は昼過ぎに完売となった。
途中で工場へ戻って補充することは出来たし、ユキが自分ならば一瞬だとも言ってくれたのだが、ノルン達が限界である事を察したフィーネが補充せずに店仕舞いしたのだ。
元々ルークと売り方を話し合った時に『数量限定と噂になった方が良いかも』という案が出ていたので、明日への英気を養うためにも今日のところは引くことになった。
「皆さんお疲れさまでした。明日は少し在庫を増やして販売に臨みましょう」
「「「うぇーい・・・・」」」
会長直々のお言葉に辛うじて返事を返す屍達・・・・もといノルン・サイ・ソーマの3人。
「お疲れですね~。声も目も死んでますね~。
この調子だと持たないかもしれませんよ~。販売員増やしますか?」
「いえ、おそらく数日で落ち着くのでこのままで行きましょう。
大手はアラン様にお願いしていますし、冷蔵庫は消耗品ではないので売れなくなります」
3人の体調を気遣うユキとは対照的に、「慣れだ」とスパルタ教育を指示するフィーネ。
商店はあくまでも家庭レベルでの販売をして、貴族や数が必要な大手はアランやフィーネが直接取引をすることになっている。
急いで売上げを伸ばす必要もない。領民に仕事場と給料を与えて生活水準を向上させ、病気や食糧難を無くすことが目的なのだ。
「了解です~。皆さん早く慣れて私達に楽させてくださいね~」
茶化す様に言ったユキだが、彼女やフィーネが疲れるということはなく、むしろ疲労困憊しているのが工場まで荷台を持ち帰らなければならない3人である。
こうして上司から労をねぎらってもらっている間にも、それぞれに疲れた様子を見せている。
「あ゛あ゛あああぁぁぁ~~・・・・疲れた~。荷台が重い~」
ノルンが年頃の娘にはあり得ない声を発しながら荷台を押し、
「お前は喋ってるだけだったろ! こっちは腕も足もパンパンだぞ!?」
サイは手足を震わせながら苦しそうに荷台を押し、
「まぁ売上げは計算するまでもないだろう。僕の圧勝だね」
売上げ勝負をしていたのかソーマは荷台に乗って休んでいる。
その日の夕方。
宣言通り、工場に貼り出された本日の売上げのトップはソーマだった。
石鹸の販売数こそ少なかったが、1台金貨3枚の冷蔵庫を2台売ったのが大きかった。1台で石鹸600個分なのだ。
売上金額は銀貨900枚、そのうち冷蔵庫で600枚だ。
「ハッハッハ~。女性を褒めちぎって食事の大切さを語って販売したのが良かったんだろうねぇ~。
ま、君達も真似してみたまえ。出来るものならね!」
(((禿げろ、イケメンがッ)))
嫉妬にまみれる男共は放っておいて、石鹸での売り上げではサイが一番。
ひたすら売り続けたので販売数は驚異の1500個、金額にして銀貨750枚だ。
「まぁこんなもんだな。つーかノルンは低すぎだ」
「サイは汚いんだよ! アタシの客ほとんど取りやがって!」
「お前が客を待たせてんのが悪いんだよ」
ノルンは商品説明に力を割き過ぎて販売が疎かになってしまい、さらにはサイに奪われた結果、売上は銀貨200枚でダントツの最下位。
ロア商店としては大成功でも、3人の売上げ勝負としては改善すべき点の多い1日となった。
「僕は次からハンデとして冷蔵庫だけ売ろうか?」
「うるさい! アンタも客とトラブルになってたじゃん」
もちろん大成功とは言っても初日なので色々と問題はあった。
ノルンの客が石鹸を盗んだり、サイが客と喧嘩したり、ソーマが複数人を同時に口説いて争いになったり。
それ等の対応に忙しかったのはフィーネである。
「明日はもう少しトラブルを減らしてくださいね・・・・」
流石に数十というクレーム処理は精神的に疲れたようだ。
基本的に武力で解決してきた彼女は、これほどまでに人間と接するのは初めての経験だった。
「それと口コミが広がって今日以上に忙しくなるでしょうから、手際よく販売する必要もありますよ」
「明日もこれやるんだ、うへぇぇ・・・・」
「筋肉痛にならなきゃいいけどな。おいソーマ肩揉め」
「僕も疲れてるからパス。また僕を訪ねてくれる女性達のお相手をしないといけないんだよ」
接客と販売の疲れからゲッソリしていた3人だが、その顔からは満面の笑みがこぼれていた。




