二十七話 ロア商会
冷蔵庫が完成した翌日。
俺・父さん・フィーネ・ユキの4人は、特許申請するためにヨシュア中央部にある商業ギルドを訪れていた。
「へぇ、ここがギルドか。初めて来たけど立派な建物だな」
「僕達の生活には欠かせない手続きを行う場所だからね。
災害時の避難場所にされるぐらい中央でも屈指の強度を誇ってるんだよ。ほら外壁からしてウチとは違うでしょ?」
父さんの言う通り、明らかに普通ではないレンガが使われていて、ちょっとやそっとの衝撃ではビクともしなさそうだ。
その他にも床・窓・階段なども『ここは安全だぞ!』と主張している。
無理矢理に普通の物を挙げるとするなら、入り口にあった看板か。
銅貨・銀貨・金貨の3種類の硬貨をあしらった商業マークがある。ちなみに商業だからお金。冒険者ギルドは剣と盾のマークなんだとか。
北部から出るのも初めてなので当然見たことは無い。
役所感覚で入った俺は父さんに先導されて階段を上り、2階へと向かう。
「1階は相談窓口や居住申請の生活関連。2階は特許申請や商業登録の商売関連。3階は会議室になってるよ。
ルークも将来お世話になるから覚えておいた方が良い」
本当に役所みたいだな。
「こんにちは。私はアラン=オルブライト、爵位は子爵です。特許の申請に来ました」
「ようこそ商業ギルドへ。どのような物でしょうか? 過去に存在しない特許かを調べますので現物か資料を見せてください」
父さんが声を掛けると、受付に座っていたオジサンが笑顔で応対してくれた。
わざわざ爵位まで言ったのはそれによって態度や待ち時間、合否が変わるからなのだろう。
今回俺達が申請するのは『加熱鉄板』と『冷蔵庫』の2つ。
サトウキビは近々農家に分ける予定なので必要ない。というか農作物って特許取れるのか?
石鹸は電気分解を利用するので複製は不可能だし、水洗トイレやソーラーパネルなんて論外だ。
ってなわけで現物を持ってきている加熱鉄板から。
「この魔法陣が魔力を回転させることで高温になります。必要魔力と発生する熱量はこちらの資料をご覧ください」
説明は全て父さんに任せている。
本当に困った時だけ口出しするためについてきたんだ。子供の俺の方が詳しいってのも変だからな。
「なんと! 熱を!? す、素晴らしい・・・・是非登録しましょう!」
新しい技術を目の当たりにしたオジサンはテンションが上がったのかカウンターから身を乗り出し、一言一言に熱を込めて絶賛してくれた。発熱だけに!
精製方法や魔法陣など必要な情報をまとめて紙に記入して申請完了。
次に冷蔵庫。
「さきほどの加熱鉄板を利用して冷気を生み出せる魔道具です」
「な、なるほど、変換技術を使って冷やすと・・・・なんとっ! 必要魔力がこれだけ!?
ふぅ・・・・わたくし感動いたしましたぞ。冷気と言えば・・・・・・・・」
なんか語り出したけど申請は滞りなく終わった。
これで真似すれば犯罪になるし、情報漏洩を気にしなくてよくなったわけだ。
従業員が増えたら絶対に秘密に出来なくなるから助かる。
まぁ広まったら広まったで問題はないんだけど、今後お金が必要になるだろうから余裕は持っておきたい。
両方とも製作者はフィーネということにしている。何か聞かれてもエルフならではの技術があるとか言えばいいだろう。
俺はあくまで裏方なのだ。
「簡単に申請できたな。もっと大変かと思った」
半日仕事だと思っていたらものの数十分で終わった手続き。
拍子抜けするほどアッサリしていて、ついつい口からそんな感想が出てしまった。
「本来であれば調査に時間が掛かっていたはずですが今回は明らかな新技術でしたからね。商業ギルドとしても欲しい情報だったのでしょう」
「そんな事よりルーク。これからが大変だよ。
特許が取れたと言っても製造販売するには問題が山積みだ。お金が動くんだからトラブルも起こる」
順調過ぎて若干浮かれていた俺に父さんが釘を刺してきた。
「わかってるよ。ヨシュアを変えたいと思ったから父さんも賛成してくれたんだろ? それは俺達も同じなんだ、頑張るさ」
不満だらけの世界で豊かな生活が送りたければ努力するしかない。
フィーネに任せたら上手く行く気はするけど、ここは俺が頑張るところだろう。指示するだけだけど・・・・。
「私も全力でサポートいたします」
「冷蔵庫好きです~。中に入っていたいです~」
フィーネとユキも協力してくれると言う。
ただユキの計画は断固阻止だ。
『冷蔵庫を開けるとユキが涼んでいる』
ありえそうな光景だった。
俺達は商業ギルドからの帰り道、不動産屋に立ち寄った。
近々屋敷を借りる予定だからその下見である。
冷蔵庫と石鹸を生産するためには相当大きな工場が必要になるし、人も雇わなければならない。
そこでフィーネから提案されたのが、『今後も新しい商品を売り出すなら自分で商会を設立すればいい』というもの。
どこまで出来るかわからないけど、世界復興のために俺の知識やフィーネ達の力を広めるには組織的な活動をするべきだと考えた俺は、すぐにゴーサインを出した。
名前は『ロア商会』。
フィーネが精霊界で名乗っている『ネフェルティア=ロア=ユグドラシル』から取ったものだ。
この『ロア』という名前は一部の人にとって重要な意味があるらしく、もしもの時はロアを知る人物を頼るようにとも言われた。
(フィーネとユキが居て、もしもの事態なんて起こるのか?)
そう思ったけど、特に断る理由もなかったので素直に使わせてもらうことにした。
「ロア商会の栄えある初工場は~・・・・ここなんて良いんじゃないですかー!?」
「ではそれで」
「テンション低くないですか!? 会長はもっとアゲアゲでいかないと~」
「そこは幹部のユキに任せます。私は仕事一筋でいきますので」
ちなみにフィーネが会長、ユキは開発部長という謎の役職だ。
元々空き家が多い北部は候補地も多く、俺達では決められそうになかったのでフィーネとユキの勘に任せたところ、ユキが精霊の多い場所(何で書面でわかるかは知らない)を選んでくれたのでそこに決定。
資金を集めてまた来ようって事で今日の所は退散した。
屋敷を買うだけの金なんて早々準備できるはずもないけど、俺達には秘策があるのだ。
ずばりドラゴン討伐による一攫千金作戦!
特許の申請をした翌日。
フィーネとユキが居たからこそ実現したこの作戦は見事成功し、夕方にはフィーネが金貨2000枚を持って帰って来た。
早速昨日決めた候補地を買い取り、石鹸&冷蔵庫工場にするため風魔術で建物の半分をぶち抜き、庭を氷で囲うという強引な改築をする2人。
「ふぅ、こんなものでしょう」
「ドヤァ~」
「・・・・そ、想像とちょっと違うけどオーケーだ。これで屋敷は石鹸工場に、庭は冷蔵庫工場として使えるな」
てっきり数週間掛かりで新築するものだと思っていたら、まさかの数秒で終わらせてしまった。
実は結構凄い建築技術らしく、その内ちゃんとした建物を作ろうと思ったら「勿体ない」と止められたほどだ。
まぁそこは良い。
工場兼住居として使えるぐらい立派な建物だからそこは良い。
「・・・・なぁ『これ』は止めないか?」
「え~? ドラゴンの骨って門に最適じゃないですか~」
「そうですよ。ロア商会は力のある組織だと人々に知らしめるためにも必要なのです」
と、ドラゴンの素材を門に使うと言ってきかない2人。
ことなかれ主義な俺としては止めてもらいたかったんだけど、結局工場の門は通りかかる者が例外なく驚愕する金貨300枚の素材に決まってしまった。
このクラスになると大きすぎて盗むことは不可能だし、売る方法もないから不用心もクソもあったもんじゃないけどさ・・・・。
ドラゴン討伐は軍が動くほどの有事で、いつ誰が討伐したのかすぐにわかるようになっているのだ。
単独でドラゴンを討伐できる強者が居て、彼女はオルブライト子爵が融資する工場の経営者で、子爵のメイドで、その正体はエルフ。
その情報は瞬く間にヨシュア領を駆け巡った。
「オルブライト子爵には逆らうな」
「エルフメイドがヤバい」
「なんの工場なんだ?」
「国家機密の兵器を製造している」
様々な噂と共に『ロア商会』と『オルブライト家』の名前は一躍有名になった。
オルブライト家にエルフが居るのは良いとして、商会活動に至っては始めてもいないんですけどね・・・・。
工場を手に入れてから1週間が経ち、フィーネとユキに商会登録をしてもらう段階に入った。
「フッフッフ~。工場が出来たら私専用の冷蔵庫を作って、それなら中に入ってもいいですよね~?」
ユキはよほど冷蔵庫が気に入ったらしく、候補地を選んだ日からずっとこんな調子だ。
彼女の頭の中ではすでにロア商会が軌道に乗っていて、巨大冷蔵庫を自室に優雅な(?)生活を送っているのだろう。
まぁ与えられた仕事はキチンとやってくれているので文句はない。
「・・・・フィーネ、本当に良いんだな? もう後戻りは出来ないぞ」
「もちろんですよ、ルーク様。私はそのために居るのですから」
もう噂が広まり過ぎてて後戻り出来ないんだけど、一応確認しておこうと思った俺は、その言葉を聞いて最後の一歩を踏み出した。
商会を始めたら間違いなく忙しくなる。
一緒に過ごす時間が減るというのに、フィーネは笑顔で任せろと言ってくれる。
なんて頼れるメイドさんなんだ!
俺に頼ってもらえた事で舞い上がっててそこまで考えてない気もしないでもないけど、有能メイドなんだからそんな訳ないか。
「皆も良いな?」
もちろん頑張ってもらうのはフィーネだけじゃない。
将来的にはわからないけど、少なくとも今は弱小商会なんだから家族一丸となって切り盛りしていかなければならないのだ。
「もちろんだよ。領主様に話は通してるよ」
父さんは大手の取引先を紹介してくれたし、
「近所の奥様方に石鹸を宣伝しておいたわよ」
母さんは主婦ネットワークで石鹸の素晴らしさを広め、
「僕はもともと学校でフリスビーを使ってたから」
「私は魔術強化の杖ね!」
レオ兄とアリシア姉はオルブライト家(建前上フィーネ)の技術力を子供達に知らしめた。
「私も買い出しの時に調味料のことを自慢しましたよ!」
エルは食事が美味しくなる調味料を、
「俺と兵士たちも露天風呂や酒のツマミを自慢したぜ」
マリク達は生活水準の向上を見せつけ、ヨシュアの人々に夢と希望を与えた。
「何をおっしゃる若人さん。私が一番頑張ったんですよ~」
「はいはい、助かってますよ。感謝してますよ」
たしかにユキからしたら俺達全員若人だろうけど、本当の大人はそういうこと言わない。どこまでも残念なヤツだ。
ただ今回ユキは本当に頑張ってくれた。
塩の確保、魔道具の開発、素材の調達などなど、どれだけ貢献してくれたことか。
「だけど一番の功労者はやっぱりフィーネだな」
「光栄ですルーク様」
ユキには悪いけど、この計画での最重要人物はフィーネだ。
何せ彼女にはロア商会会長として有名になってもらった。
ドラゴンを運び込んだ時の皆の驚いた顔は一生忘れられないだろう。
その日の夕方。
商会登録を終えて戻ってきた2人と共に、俺達は今後の予定について話し合っていた。
「次は面接ですね~。良い人が来るといいですね~。楽しみですね~」
「ねぇ奥様方から石鹸はまだ売らないのかって催促されるんだけど・・・・。
具体的にはいつ頃になるの?」
母上・・・・従業員すら揃っておりませぬ故、目途が立つわけないじゃないですか。対応が面倒だって言うなら自分で作ってプレゼントしてください。
と、言いかけて余計な火種になるだけだと悟った俺は、急いで商会活動を始める意志を見せることにした。
「ロア商会は明日から従業員を募集します! 皆さん頑張りましょう!!」
これからが本番だ!




