四話 精霊とエルフⅠ
二歳になり、一人で外出する許可が下りた俺は、ついに堂々と……いや、ヒッソリと精霊術の特訓ができるようになった。
これまで室内で試したことはない。もし俺しか居ない部屋で暴発や突風が起こり、壁に穴など開こうものなら確実に疑われる。それは現状マイナスにしかならない。
そのための場所も見つけてある。
(だがそれも今日で終わりだ! 行くぜっ、新世界!)
「あらルークどこ行くの?」
「ひっ」
意気揚々と玄関へ向かっていると、最近ますますお姉さんぶるようになったアリシア姉と出くわした。思わず引き攣ったような声が漏れる。
「今日も色鬼するわよ」
そしてこちらの都合など考えず遊びに誘ってきた。
色鬼とは、最近俺達の間で流行っている遊び。基本は鬼ごっこだけど、それだと俺が勝てないので指定された色の物を持っている間は捕まらず、鬼なら持ってないと走れないという新ルールを追加した。青色が鉄板。
それを「やろう」と誘っているように見せかけて「やる」と断言している辺り、俺と彼女の上下関係を如実に表している。そりゃあ駆け回れることに喜びを感じて断ったことのない俺も悪いとは思う。
でも仕方ないじゃないか。
強引で乱暴な所はあるけど彼女と遊ぶのは楽しいんだから。
だから昨日までの俺ならこのまま一緒に遊び始めただろう。
しかし今日の俺は違う!
ようやく見つけた人目につかない場所。二週間の様子見は実に長く感じた。自由への片道キップ(……片道だとダメだな。年間フリーパスにしよう!)を手に入れた俺には、精霊術に挑戦するという大切な用事がある。
「ぼく、一人で遊ぶ」
だから断った。俺はNOと言えるセイルーン人なのだ。
「外行くの? なら私も一緒に行く~」
「今日は一人で遊ぶよ。今度一緒に遊ぶから、ね?」
「もー、なんでよー!」
しかしアリシア姉は駄々をこねて、これを拒否。
まさか断られるなど思ってもいなかったのだろうが、どれだけ拗ねようが、嫌がろうが、頭をグイングインされようが、俺は一人で庭に行く。そして力を手に入れる。
魔力や精霊術でハッスルできるかも、という欲望の前では所詮彼女のやることなど児戯にも等しい。実際児戯だ。
「絶対ついて行くからねっ!」
(……え?)
それは困る。ちょっと予想外です。反則です。俺なんか見てても面白くもなんともありませんよ?
そう言うのは簡単だ。
しかしそんなことを言えば彼女は嬉々としてついて来てしまう。必要なのは諦めさせることではなく、自ら望んで俺から離れること。
俺は考えた。
この一瞬にも満たない時間でここまで考察して、たった一つのアンサーを導き出した。
「どうせアリシア姉は魔術の特訓するでしょ。見てたら羨ましくなるから一緒にいたくない」
なんと完璧な言い訳だろう。
五歳になり、魔力を手に入れたアリシア姉はことあるごとに自慢してくる。
これまでは素っ気ない態度だった。しかし実はそれは羨ましかったゆえの反応と言えば――。
「えへへ~♪ でしょ!? 良いでしょ!? よーし! お姉ちゃん頑張っちゃうから!」
単純な姉は大喜びでどこかへ走り去り、俺は無事一人の時間を獲得したのだった。
「待たせたな、我がベストプレイス!」
やってきたのは庭の隅にある雑木林。ここなら家からも訓練場からも見えないし、多少の音や光なら草木が防いでくれるので秘密の特訓にはもってこいだ。
一応、誰もいないことを確認して、さっそくチャレンジスタート。
「まずは魔力!」
いつも通り、魔力の流れを感じるところから始める。
深呼吸して目を閉じる。体の中心に意識を集中させると、胸の奥で微かに渦巻く魔力の気配が感じ取れた。
「でりゃぁぁっ!」
普段ならそのまま全身を巡らせる力を、右の手のひらに集中させて一気に放出。
ぽふんっ。
突き出した手の中で何かが弾ける感覚。手に纏う予定だったのだが、持続時間もなければ威力もなかった。
天を裂くほどの光柱とか、ちょっと期待してたのに……それでバレるなら本望だったのに……。
「ま、まあ、鍛え始めたばかりだしな。こっちはオマケみたいなもんだし」
そう自分に言い聞かせて、いよいよ本命、精霊術。
「精霊術に必要なのは魔力じゃなくて祈り……つまり呪文詠唱? いや、そんなことは聞いてない。必須なら絶対伝わってる。もっと曖昧なもの……信仰心?」
フィーネに教えられたことを思い出しながら、自分なりの結論を導き出そうとするが、何もわからない。
「ええいっ、いくら考えていても仕方ない! 要はそこら中にいる精霊に呼びかけるんだろ!? 実践あるのみ! 精霊よ、力を貸してくれ!」
一応それっぽいポーズでそれっぽい言葉を紡いでみる。
初めて目に見える(かもしれない)異能力に俺のテンションも最高潮だ。めちゃくちゃワクワクする。
………………。
…………。
何も起きない。
「ルーク=オルブライトが命じる! 火よ顕現せよ!」
…………チョロ火も出ない。
「土の精霊様! どうかお願いします、力をお貸しください!」
………………土下座の跡がついただけ。
「風よ敵を切り裂け! ウィンドカッター!」
…………………………俺の手から出た物理的なそよ風が悲しく空気を乱す。
それから数時間。
ガルム肉を捧げたり、神様に祈ったり、魔法陣っぽいものを書いたり、科学的にアプローチしたり、いろいろ試したものの実感できないまま時間だけが過ぎていった。
「わっかんねぇ……祈りだけで協力してくれる精霊なんて本当にいるのか?」
情報が少なすぎる。うちにはフィーネ以外は使えるないし、そのフィーネも適性によるという曖昧な説明のみ。お手上げだ。進歩があるかどうかすらわからない。
「はぁ……まあ、精霊にも働きたくない日だってあるか。これはこれで楽しいし」
思えばこんな経験いつ以来だろう。大人になってからは効率ばかり求めて、答えはネットで即検索。考えることすら放棄していた。失敗を恐れて挑戦しなくなった。
この手探り感、悪くない。
適性が無いと諦めるのは簡単だけど、成功の秘訣は成功するまでやり続けること。諦めないこと。投げ出さないこと。まだ挑戦中と言えば、どんなものでも成功率は100%だ。
「でもちょっと休憩っと……」
樹木の根に腰を下ろす。自然と目の前の木に注目する。
葉っぱは変色し、幹を触れば樹皮がポロポロと砕け落ち、全体的に生命力が感じられない。如何せん異世界のことなのでそういう種類と言われたらそこまでなのだが、前世の知識からすると明らかに病気だ。
「原因なんだろうな~。俺に治せるもんなら治してやりたいけど……どれどれ?」
趣味で山へ入ったりした経験もあったので、もしかしたら何かできることがあるかもしれない。
俺は大樹を調べ始めた。
「土は問題なし。日光も十分浴びてて水気もある。周りの木は元気。穴も開いていないし、見たところ害虫もいない。残るは……光合成?」
素人の診断だけど、考えられる原因は樹木の中の葉緑体が減って栄養を作れないことかもしれない。
しかし本当にそうだとして俺に何ができるのか。
ただの幼児の俺に……。
人間の病気を治せる治癒術なら効くかもしれないけど、木を治したいなどという理由で医者や術師は呼べない。人が生きるのが精一杯の世界で植物専門の治癒術師がいるとも思えない。
「精霊さん、この木を治してくださいっ! ……なんてね」
俺にできるのは神頼みならぬ精霊頼みぐらいのもの。
冗談交じりにやってたけど、当然先ほどまでと同様に何も起こらない。
――はずだった。
パァアアアアア……。
「なっ!?」
俺が願った数秒後、大樹の周りが輝き出した。そのフワフワした小さな光は次第に大きくなり、やがて眩いばかりの光となって辺りを埋め尽くす。
「ぁ……」
俺は大樹に生命力が注がれるような幻想的な光景に言葉を失い、光が消えるまでの間、呆然と立ち尽くしていた。
「さっきまでは何をやっても駄目だったのに……なんで……?」
いつの間にかこれまでと変わらない静寂が戻っていた。俺は誰もいない雑木林で自問自答するように声を出す。
夢や幻ではない。
間違いなく大樹は復活しているのだ。
「さすがはルーク様。精霊達が喜んでいますよ」
「ッ!!!」
突然の称賛。慌てて後ろを振り返った俺は、そこに居た人物にさらに狼狽した。
「……フィーネ」




