二百五十五話 集う若者たち
ウェイトレスの衣装に尻尾を通す穴を開けては自らの手で補修させられ、女子生徒達のロッカーや下駄箱にカチューシャを入れては捨てられ、ロア商会で働く親を持つ少女を脅迫してはアリシア姉達に殴られ続けた準備期間。
普通の店を開くぐらいなら手助けなんて必要なかったので、俺は暇を持て余していた。
あっ、与えられた仕事は完璧にこなしたぞ。
店を彩る装飾品を作ったんだけど、数十人でやったから1日で終わってしまったのだ。
「僕はお世話になってる上級生のクラスや、人手が足りないって言うクラスメイトの手伝いをするけど一緒にどうだい?」
「わたしは魔獣肉の解体をお願いされたよ。
ホントは当日やって欲しかったみたいでそっちは断ったんだけど、ユキちゃんが専用の保管庫を作ってくれたから今捌いても鮮度はバッチリなんだって」
暇してるのは俺だけじゃなかったようで、結構な生徒が担当クラス以外も手伝うつもりらしい。
だけど俺はその誘いを断った。
「暇してるんですか~? なら一緒にイベントやりましょうよ~」
「そうですよ。教師の方々は去年我々がミッチリと指導しましたので彼等だけで回ります。
つまり今年は私達と出し物をするべきなのです!」
何かしらのイベントをやると言うユキとフィーネからも誘われたけど、どちらかと言えば俺もアリシア姉と同じく参加したい側の人間なので断った。
出店は生徒や教師以外断られるはずなのに、『守衛&特別講師枠』というよくわからない物を使っているらしく、すでに校庭の片隅を確保しているんだとか。
当日のお楽しみにすると伝えたら2人が物凄くやる気を出していたので中々の物が出来そうだ。
さて、ここまで暇を持て余しているのにここまで何もしていない俺だけど・・・・。
それは『手伝いに限って言えば』の事である。
「ルーク君、ここはどうするの?」
「均等に切り分けられたとしても焼き時間は個別で微妙に違うから、時間じゃなくて表面の焼き加減で判断した方が良いですよ」
「ねえねえ、混んで来たらお客さんに退いてもらうように言っても良いのかな?」
「普通ならダメですけど学園祭なら問題ないと思います。何せお祭りですから」
去年はユチのサポート役として指導に当たっていたニーナ。
説明下手で、口下手で、表情が硬くて、それらを改善しようとしない彼女が全部教える事になっていたんだけど、まぁそんなの無理だった。
で、今更ユチに応援を頼めるはずもなく、困り果てたニーナが泣きついたのが俺。
つまり俺は準備期間中、見ず知らずの上級生相手に調理や接客指導する羽目になってしまったと言うわけである。
正直、この学園祭で誰よりも忙しい自信があるぞ。
「その割に・・・・女生徒にカチューシャ着用を勧めた。そしてことごとく断られてた」
「やかましっ! あれはちょっとした息抜きってやつだよ。
つーかサボるな! お前も調理指導は無理でも接客の事は教えられるだろ?
困ったらユチ達に丸投げしてる訳でもあるまいし、ちょっとはこの状況を楽にするために手助けしてくれても良いんじゃないか? いや手伝ってるのは俺なんだけどさ」
「・・・・」
「お、おい・・・・まさか・・・・」
「・・・・・・・・」
コイツっ、決まった仕事しか出来ないのか!?
臨機応変な対応や、的確な判断、クレーム処理が求められたら全部丸投げしてるってのか!?
「・・・・足手まといにはなってない」
「役にも立ってないけどな! 何で指導係に立候補したんだよ!? チェンジだ、チェンジ! 今からユチと交代しろ!!」
「大丈夫、去年ユチから教えられた生徒はちゃんと出来てる」
たしかにクラス替えがあったとは言え、接客を経験した生徒はそれなりに多く、1クラスに少なくとも数人は動ける人材が居た・・・・いや居てくれた。
ニーナ以上にな!
彼等が居なければ俺はこの任務を放棄していただろう。
「神獣のわたしより動ける人なんてこの学校には居ない」
「役立つって意味だよっ! お前のは身体能力と記憶力でゴリ押ししてるだけだ」
「むふー」
褒めてねぇよ・・・・。
お前、前からそんな残念キャラだったか?
そんな怒涛の準備期間を経て、俺達は明日2度目の学園祭を迎える。
「ええ、ええ・・・・どうせわたくしなんて誰にも相手にされないのですわ・・・・」
上級生に指導する俺と関わる気にはなれず、その万能具合からどのクラスからも引っ張りだこなヒカリとも遊べず、当日の過ごし方をイチャイチャしながら決めるファイとシィの間に入るわけにもいかなかったアリスが拗ねていた。
この調子だと今後も領主の娘として気苦労が多い人生を歩むことだろう。
「アリスちゃん、今はこんなだけど計画作りが凄く上手で、準備中は的確な指示を出してたんだよ?」
「み、見ていましたの!? 恥ずかしいですわぁ~。わたくし一生懸命だったので、もしかして先輩方に偉そうな口調で指図していませんでした?」
「上に立つ者の務めだね。よっ、女王様!」
「きゃああーっ」
ついにヒカリにまで弄られるようになったアリスは、顔を真っ赤にしながらツインドリルを振り回していた。
テキパキと仕事をこなすアリス。
想像が出来ない。
「え? 明日はイブも来れるのか?」
『うん、今年こそは絶対会う』
ここ最近の忙しさから中々疲れが取れないので、明日のためにも早めに寝ようとベッドに潜ったら突然イブからそんな連絡が来た。
『行く』じゃなくて『会う』っていう言い方に違和感を覚えつつも、喋りが苦手なイブならそんな事もあろうだろうと納得した俺は、オススメの店やイベント時刻を教えていく。
『ルーク君と一緒に過ごせるのはいつ頃?』
ただ彼女は学園祭を楽しむよりも俺と居ることの方が大事らしく、しきりに空き時間を聞いてくるのだ。
「そうだぁ・・・・今年は何か料理するわけじゃないから2日間ずっと空いてると思う。たぶんだけどな」
『わかった。じゃあ明日の昼には行くから一緒にお祭り楽しも』
「おうっ、待ってるぞ!」
イブやみっちゃんと過ごす学園祭。
楽しみだ。
「イブちゃん来るの?」
「お、ヒカリ聞いてたのか。みっちゃんと一緒に来るそうだから当日は皆で遊ぼうな!」
「・・・・う、うん・・・・そうだね。
(もしかしてイブちゃん、ルークと二人きりで過ごすつもりなんじゃないかなぁ~)」
何故かヒカリは嬉しさ半分、戸惑い半分の顔をしているけど、きっと人混みが苦手なイブの事を心配してるんだろうな。
俺もそういうプランを考えておく必要がありそうだ。
こいつは忙しくなるぜ!