三十四話 フィーネ先生になる2
「はぁ……はぁ……あ、穴掘りやってきたぞ……」
「おや、思ったより早いですね」
修行スペースの確保するため、周囲の木々を魔術で刈り取っていたフィーネは、地面を転がるようにやってきたアッシュへ淡々と告げた。
「ユキに聞いていると思いますが、人は体力か魔力のどちらかが残っていれば動くことが出来ます。それは最後のひと踏ん張りにも使えますが、全力を出し切った方が効率的なのでバランスよく使うことを心掛けるように」
「お、おう……?」
アッシュの頭上にわかりやすく疑問符が浮かぶ。
「……つまり、あなたのように魔力だけ残して這いずり回るより、一回でも多くツルハシを振り、その場で動けなった方が良いということです」
「おお! それならわかる!」
アッシュは勢いよく頷いた。
理解が早い。理屈は要らないタイプだ。
「では、これを」
次からわからないことがあれば質問するように、とたしなめたフィーネは次の修行に入った。
「なんだ? 盾?」
差し出されたのはアッシュの身体がすっぽり隠れるほどの巨大な盾。
「木と土を圧縮して作ったものです。アッシュ。あなたには前衛の盾役をしてもらいます」
「そういう修行か? どう使うんだ?」
「いいえ、今後ずっとです。マールは双剣で前衛。レインは弓で後衛。そしてあなたは盾で仲間を守る役割です」
「いやいや、俺、剣しか使ったことねえぞ? レインも同じだ。マールは魔術師だし」
「数年程度の自己流など未経験と同じです。あなたに向いているのは前に出て敵を斬ることではありません。身体を張って仲間を守り、周りを活かすことです」
性格、筋力バランス、魔力特性。
短い観察で導き出した結論を、容赦なく突きつける。
巨大な盾を押し付けられ、アッシュはしばし固まった。
「……守る、か」
「不満ですか?」
「いや……武器振り回して突っ込むのが俺だと思ってたからさ」
盾を見下ろし、指で縁を叩く。
「でもまあ、仲間が後ろにいるなら――悪くねえ」
その返答と共に、アッシュの身体の奥底から魔力が湧き出す。
本人も気付いていないほど微量だが、意思によって力を増していた。
(受け入れが早い。思考が単純な分、役割に迷わない。やはり前衛向きですね。それも仲間を守るために力を発揮する天性の盾役)
フィーネは心の中で唸った。
「では始めましょう」
フィーネが地面に手をかざす。
次の瞬間、地表が脈打ち、土が盛り上がる。人型を成したそれが、ゆっくりと立ち上がった。
「うおっ!? ゴーレム!?」
「簡易式です。攻撃力は低いですが防御を怠れば骨は折れますよ」
「物騒だな!」
叫びつつも、アッシュは反射的に盾を構えた。
ドンッ、と鈍い衝撃。
ゴーレムの丸太のような腕が盾に叩きつけられ、骨を通じて全身に走る。歯が鳴り、内臓が揺れる。足が半歩下がる。
「ぐ、ぅ……!」
「今のは腕で受けましたね。盾は持つものではなく立つものです。腕、足、腰、背中。全身で支えなさい。痺れると次の動作が遅れますよ」
その直後、ゴーレムの追撃が入る。
今度は両腕を振り上げ、叩き潰す構え。
(ヤバい……!)
一瞬、視界が暗くなる。
辛うじて直撃は避けたが、衝撃が盾を斜めに滑り、身体が横へ押される。そのまま尻餅をつく。
「恐怖で目を閉じましたね。盾役は目を逸らした瞬間に終わりますよ。それと盾役が避けてどうするのです。今のが実践なら背後の仲間は死んでいます」
「……っ、くそぉ!」
すかさず横薙ぎ。
本能が叫ぶ。逃げろ、と。
だが――。
(後ろに……)
脳裏に浮かんだのは、共に食事をしたレインとマールの顔。
あの二人が、もしここにいたら。
アッシュは一歩、前に出た。
盾を構えるのではない。盾の後ろに、全身を押し付ける。足を開き、腰を落とし、背中を丸める。
「――っらあああ!!」
ドゴンッ!!
衝撃は重かった。視界が白く弾け、耳鳴りがする。
だが――倒れない。
地面に根を張ったように、アッシュは踏み留まっていた。フィーネの指示が聞こえていたかは怪しいが、肩で息をしながら盾越しにゴーレムを睨む。
腕は痺れ、足は今にも崩れそうだ。それでも盾を下げない。
「次はもっと重くします」
「……上等だ」
アッシュは汗と土にまみれた顔で笑った。
盾の向こうに敵がいる。
そしてその背後に守るべき場所がある。
それだけで――身体はまだ動いた。
アッシュに遅れること数十分。レインとマールが合流した。
フィーネは二人を一瞥しただけで、すぐにアッシュへ視線を戻した。盾を構え、ゴーレムの前に立つその背中は、最初の頃よりわずかに低く、安定している。
「魔力無しでよくやる」
穴掘りのせいで、身体もろくに動かせないほど疲弊していることを身をもって理解しているマールが、呆れたように呟く。
「フッフッフ~。うちのフィーネさんは凄いですからね~。なんと、気構えさえあれば防げるように攻撃してるんですよ~」
「倒れないような威力にしてるってことですか?」
他人の手柄を我がものとしているユキへのツッコミは放棄して、レインが解説を求めた。
「とんでもない! 威力はもちろんのこと、角度や手数まで、正しい防御と受け流しが出来るように調整してますよ~! めった打ちにされるだけで強くなれるなんて人類垂涎の修行です~!」
「それはない」
「……僕達もあれやるんですか?」
ボロ雑巾のようになりながら踏ん張るアッシュを見て、ドン引きする二人。たとえ校内最強になれるとしても、あんな目に遭うぐらいなら時間をかけて順当に強くなる方がマシだ。
「いえいえ、お二人は別メニューですよ~。あれは余計な力や思考が入らないからこそやれる修行なので~。盾役に必要なのは実力ではなく根性ですからね~。そのついでにコツを叩き込んでるだけ~。剣士や弓使いには非効率です~」
「そう」
安堵と落胆の入り混じった感情を浮かべたマールだが、直後、ユキの言葉を思い出して首を傾げた。
「剣士と弓使い? 誰が?」
「マールさんが剣士で、レインさんが弓使いですよ~。というわけで、はいこれ、お二人の武器です~」
「……普通」
フィーネとユキのことだから凄まじい性能の武器かと思いきや、そんなこともなさそうだった。
「道具を頼って強くなるとロクなことになりませんからね~」
「一理ある」
実力は一週間やそこらで手に入るものではないが、根性なら気構え一つで手に入る。
そして根性がないうちから使うと甘えてしまう。根性を失ってしまう。根性を鍛えるためには危険に身を置くしかないのだ。足りない部分を道具で補うのはその後でいい。
「アッシュは今、守ることだけを考えています。攻撃の意思も、焦りも、全て削ぎ落とされている。あなた達がそれを補うのです」
フィーネは二人に向き直った。
「レイン。あなたは安全を確保するクセがあります。距離を保てば安全だと思っていますね」
「そう、なんですか……?」
「穴掘りを見ていればわかります。あなたの課題は、真に安全な距離を把握すること。そして距離以外の安全な場所を見極めること。あなたがパーティーの『目』になりなさい」
次にマールを見る。
「マール。あなたは最適解を探しすぎる」
「悪い?」
「いいえ。ですが、仲間が崩れた瞬間に狂います。迷わず踏み込む覚悟を持ちなさい。あなたはパーティーの『矛』です。仲間の負担を一番増やすのも減らせるのもあなたです」
二人は無言で頷いた。
「未熟でも三人で補い合えば半人前になれます」
「一人前ではないんですね……」
「大人はあなた達が思っている以上に立派なのですよ」
「まあ一人前になれてる大人は少ないんですけどね~。人並みの実力でいいなら今の三人でも力を合わせれば一人前ですよ~。そして自称一人前が集まって故郷と同じ運命を辿るんです~」
「……頑張ります」
「ん」
あんな思いは二度と御免だ。
彼等の修行はここからが本番だった。
「はぁ……はぁ……し、死ぬぅう……」
夕方。ようやく休息の時間が訪れた。
地面に倒れ伏し、文字通り死体のように動かなくなったレインとマール。その横で、同じく息を切らしながらも、何故か口だけは元気なアッシュが愚痴る。
「おや。アッシュはまだ余裕そうですね。では重りを担いでもう1セットいきましょう。重い盾を持つのですから一番体力が必要です」
「鬼いいいいぃぃぃぃっ!!」
「そうですか。では鬼な私は、あと3セット追加しましょう」
「うおおおおっ! 口は災いの元ぉぉぉ……っ!!」
悲鳴が森に響いた。
――が、さすがにフィーネ達も本物の鬼ではない。
すぐに力尽きたアッシュに魔獣避けの結界を張ると、ユキは井戸掘りへ、フィーネは食材探しへ出掛けた。
「この辺ですかね~。そいやっ」
アッシュ達が掘っている洞窟から、歩いて数分。
ユキが一度地面を踏み鳴らすと、そこから突如として水が噴き上がった。本来なら石で枠を作るのだが、探しに行くのが面倒だったのか、ユキは氷で即席の器を作って作業を完了させる。
「ムフフ~、完璧な仕事をしましたね~」
どう見ても噴水だが、本人は満足げだ。
こうしてこの井戸は何故か噴水として使われることになる。
一方、食糧調達中のフィーネは、竜を含めた六人分を確保すべく、魔力感知で効率よく魔獣を狩っていた。
『グルアアアアアァァ!?』
アッシュ達が夢の中で聞いた悲鳴の正体を知るのは夕食の時である。
「さあさあ、夕食ですよ~! イノブタと山菜の炒め物に、ワイバーンステーキですよ~!」
「ワイバーンって食べられないんじゃ……」
「毒を抜けば食べられますよ~。そしてフィーネさんは良い感じに調理しちゃいますよ~」
「美味しければ何でもいいだろ」
「ん」
「……それもそうだね」
子供達にとって重要なのは理屈ではない。目の前の御馳走だ。
不安よりも空腹が勝った三人は、我先にと皿へ手を伸ばした。
「もぅもぅ、はふぇはふふふぁんふぁっふ?」
「アッシュ。口いっぱいで喋らない。何言ってるかわからないよ」
「私はマールさんを推しますね~」
「なんで伝わってるんですか!」
「ふんほほふ!」
レインに注意されてもなお、必死に何かを訴え続けるアッシュ。だが今度はユキもステーキを頬張っており、翻訳役は不在だった。
諦めたアッシュは、もぐもぐと咀嚼に専念し、急に真剣な顔になる。
「なんでだよ!」
「いや、まず最初から説明してよ……。ユキさん以外理解してないから」
「ったく、しゃーねえな。『なぁなぁ、俺達の中で誰が一番上達しそうだ?』って聞いたんだ。そしたらユキがマールが一番って言うから『なんでだよ!』ってキレたって流れ」
「ああ、いつものアッシュの負けず嫌いね」
レインは苦笑した。
一方、ユキに太鼓判を押されたマールは、無言でステーキを切り分けながら少しだけ口角を上げていた。
「あっ! こいつ、もう勝った気でいやがる!」
「そもそも勝負するようなことじゃないでしょ。僕等は仲間だし、分野も違うんだから」
「じゃあこの顔はなんだよ!」
「マールは褒められて嬉しいだけだよ。もしくはステーキが美味しくて」
「アッシュは私が守ってあげる」
「てめぇ!」
「……そうだった。マールもマールで負けず嫌いだった……」
そんな子供達のやり取りをフィーネは静かに眺めていたが、やがて一石を投じる。
「私はアッシュだと思いますよ」
「本当か!?」
即座に食いつくアッシュに、フィーネは小さく頷いた。
「ええ。あなたは前に立つことを怖がらなくなりました。それが盾役として何より重要です」
それを皮きりに、フィーネは今日の訓練を振り返るように、簡潔な指摘を続けた。子供達へ向ける視線は、冷静でありながら、どこか柔らかい。
話が一区切りついたところで、アッシュは地面に座り込み、盾を横に倒す。
「……なんかさ。剣振ってる時より、しんどいな」
「当然です。盾役は一番最初に殴られ、一番最後まで立っている役目ですから」
「はは……最悪じゃねえか」
そう言いながらも、アッシュの口元は笑っていた。
「じゃあ一番強くて頑張った俺から寝る場所決めるな!」
「そこは僕が狙ってた! 盾なら寝る時も入口側で守りなよ!」
「ユキは私を一番にした。そこは私の」
そして始まる寝床争奪戦。
疲労困憊でも、腹が満たされ、屋根がある。
それだけで今日を生き延びた実感は十分だった。




