二百四十四話 農場探訪
ヨシュアの産業全般を知りたいと言い出したレオ兄のために、『農業』と『林業』を紹介しようと郊外へ向かう道中。
俺はそこに居る重要人物達の事を話していなかったのを思い出した。
「そういやレオ兄ってベーさんとルナマリアに会うのも初めてだよな?」
「話には聞いてたけどロア商会には凄い人材が集まって来てるみたいだね。
その御二人はもちろん、魔王様やフィーネ以外のエルフにも会ったことが無いよ。普通は人生に1度会えるかどうかの凄い方々のはずなんだけど・・・・」
方々って・・・・。
驚かせようと思って話題に出したのに、何故か呆れるだけのレオ兄はまだ見ぬ2人に有らぬ幻想を抱いているようだ。
ただこうなってくると逆に期待値を高めておいて実物を見てガッカリ、という展開に出来そうなので、俺の巧みな話術で良いところだけを話しておこう。
知名度で言うなら彼女達にも負けない『神獣』と言う珍しい方もいらっしゃるのだが、ドラゴンフルーツマニアのせいでちょくちょく飛んでくるのは秘密だ。
「ルーク様、その言い方ではレオ様が勘違いされるのでは?」
「嘘は言ってない」
ベーさん、ルナマリア。この少年の幻想をぶち壊してくれ。
「じゃお母様に宜しく伝えといて」
「はいっ」
俺達が農場にある宿舎を訪れると、ターゲットの1人であるルナマリアが入り口で誰かと親しげに話をしていた。
フードを被っているので容姿はわからないけど、微かに聞こえた声や体躯から判断するに大人な女性のようだ。
まぁ大人ってか、たぶんエルフだろ?
それ以外の種族に彼女があんな仲の良さそうに話せる知り合いなんて居るはずがない。
「・・・・フィーネ捕まえろ」
「は? はい、まぁ構いませんが」
謎の指令にビックリしてこちらを振り向いたフィーネ。
でも次の瞬間には納得してフードさん(仮)に近づいていき、
ガシッ。
「わぁぁっ!?」
何やら用事を済ませてどこかへ去ろうとしていた所を背後から拘束した。
「か、風よ! 風よっ! あ、あれ?」
突然の襲撃者に驚くフードさんは、素晴らしい対応力で風精霊にお願いして助けてもらおうとした。
ただ精霊にとっても優先順位があるのか、フィーネの方が上の存在のようで微風すら起きていない。
「むーっ、むぅぅーっ・・・・うううぅぅ・・・・」
それでも自力で何とかしようと必死にジタバタ暴れるも全部無力化され、どうしていいかわからず泣きだしてしまった。
「何やってんのよ!? 今すぐ放しなさいっ!!」
で、まぁ当然の如く怒り始めたルナマリアはフィーネに向って・・・・ではなく、俺の方に怒鳴りつけてきた。
「何故俺に言う? 捕まえてるのはフィーネだぞ。お門違いも良いところだ」
「アンタが命令したんでしょ! フィーネがあんなことするわけないじゃない!!」
農場見学にやってきた俺に詰め寄って来たルナマリアは、失礼なことに全てを俺の責任だと決めつけている。
まぁ当たりなんですけどね。
「ルナマリアの知り合いが気になってつい」
「ついじゃないわよ! 彼女との関係をアンタに話す気なんて無いし、アタシが誰と知り合いでも構わないでしょ!!」
「それは困る」
怒り狂うルナマリアが放った「お前には関係ない」という言葉を、俺は真剣な表情になり否定した。
「な、なんでよ・・・・?」
その様子に先ほどまでの怒りを忘れてたじろぐルナマリア。
しかしここまで来たら言わねばなるまい。
俺の気持ちを。
ずっと伝えたかった想いを・・・・。
「すぅ・・・・はぁ・・・・」
大きく一呼吸置いて緊張を解した俺は、出会った頃から変わらないその気持ちを声に出した。
「知り合いに獣人が居たら紹介してください!」
「死ねっ!」
息もつかせぬ瞬足で殴り掛かって来たけど、こうなる事を予想していたから既に結界は展開済みよ。
「くっ・・・・」
彼女が本気になれば一瞬で砕けるだろうけど、大好きなフィーネが作った結界だとわかっているのかすぐに攻撃を止めた。
一方その頃、置いてけぼりのフードさん達はと言うと、
「人間!?」
「あ、どうも初めまして。今日は農場について学ぶためにやってきました、ルークの兄のレオポルド=オルブライトです。レオって呼んでください」
まぁありがちな感じで人間を嫌うエルフと、何事にも動じないレオ兄の挨拶で進行していた。
丁度いいから俺も自己紹介しておこっと。
「そして私がルナマリアと裸の付き合いをしたことのあるルークです」
「ハダカ!? ルっ、ルル、ルナマリア様っ!?」
「コイツは妄想癖が激しいから無視しなさい。貴方が一生関わる事のない人種だから会った事も忘れていいわ。
あとフィーネもそろそろ放してあげてよ」
と、ここでようやくフードさんは自分の自由を奪っている存在の事を思い出したようで、バッと勢いよく後ろを振り向き、
「っ! フィーネ様!? はうっ・・・・」
(たぶん偉い存在の)フィーネに後ろから抱きしめられるという自分の置かれた状況を理解し、目と鼻の先にあるフィーネの顔を見て気絶した。
「って感じのメンバーで経営してる農場だ。
次は実際に育てている作物を見に行こう」
「いや展開が早すぎてついていけてないから・・・・」
教えてくれって言うから説明してあげてるのに。
「あの・・・・私、本当にこのまま里に帰って良いんでしょうか?」
「これ以上アイツに毒される前に行きなさい。また襲われるわよ」
「そ、そうですね。ルナマリア様とフィーネ様、お2人の元気なお顔が見れて嬉しかったです。それではっ」
農場主であるモームさんはスイカ畑で作業中との事だったので挨拶に行った俺達。
そして簡単に見学しつつ宿舎へ戻って来ると、いつの間にか復活したフードさんは名乗る事も無く居なくなっていた。
「あれ? フードさんは?」
「アンタ達が農場を見に行ってる間に帰ったわよ。二度と会うことも無いから今日の事は全部忘れなさい」
そんな急ぐ用事でもあったんだろうか?
色々お話ししたかったな。
彼女の容姿すら見ていない俺は、その不安を拭い去るべくフィーネに問いただす。
「本当にエルフだったんだろうな?」
「はい、里の者がルナマリアの様子を見に来たのでしょう。里で生まれた者が外界で暮らすことは珍しいですから」
「なら良いか・・・・だが今度会ったらタップリお礼をしてもらわないとな」
なんかセリフだけ聞くと盗賊か何かのように聞こえるかもしれないけど、獣人じゃなくて良かった、とホッとしてるだけだからね?
お礼については、きっとエルフの里にも名産品とかあるだろうし、是非見てみたいなぁ~って事。
「あ、ルナマリア。今、時間ある? レオ兄が農業に興味あるんだってさ」
「・・・・」
「忙しいなら良いんだけど?」
ツンデレさんがジト目をしながら無言で俺を睨んでるけど、実は人間大好きなんじゃないかってぐらい優しい人である事を知っているので気にすることなく質問を続ける。
「・・・・・・・・はぁもういいわ。
で、何? あの鍬と精霊術を使ってる以外は珍しい事なにもしてないわよ」
「あ、はい。ルナマリアさんが仰っている普通の技術なんですけど、土を休ませずに収穫が出来る理由について詳しく教えていただけないかと」
「別に敬語つかわなくていいぞ。オルブライト家を継ぐレオ兄が雇用主みたいな所あるし」
初対面のエルフ相手にたどたどしく話し掛けるレオ兄に、もっと楽にしていいよと伝える兄想いな俺。
「そうだけど、アンタが言うことじゃないわね。世間的に見たらそうなるってだけでしょ。なんか知らないけど気が付いたら幹部として数に入れられてるし」
「エルフが2人働いてるって言うだけでロア商会の株が上がるのです。喧嘩を売るヤツが減るのです。
その分の給料払ってるんだからいいだろ」
「そんなに貰っても使わないのよ」
と、俺達が仲良く話しているとレオ兄が無視されたと勘違いしたのか寂しそうにしているので、ルナマリアには悪いけどここまでにしようか。
「また今度な」
「その上から目線が腹立つのよ!」
ちなみにこの農場で使われている技術は他ではとても真似できるものではなかったので、レオ兄は「参考にはするよ」と言っていつかエルフや精霊王が手伝ってくれた時用にノートに書き留めるのであった。
たぶんこれが役立つ事は一生無いだろう。