三十三話 フィーネ先生になる1
仲間を助けてほしいと懇願する少年たちの後を追い、フィーネ一行は山奥へと足を踏み入れた。
――だが、フィーネは最初から気付いていた。
彼等の瞳に、恐怖がないことを。
震える少女でさえ、その奥には計算が宿っている。
それに感知に何も引っ掛からない。
「もうそろそろいいんじゃないですかね~。これは罠で、ユウキなんて人は最初から存在してないんでしょ~?」
三人の出方を窺っていたところで、ユキが先に仕掛けた。
「な、なんの話だよ?」
「フッフッフ~。あくまで白を切るつもりですか。まあいいでしょう。自分からひと気のない場所まで案内してくれるなんて、仕事がしやすくて助かります~」
ひゅう、と冷たい風が吹いた。
気付けばユキは、三人の背後に立っていた。
「……っ!」
少年達はようやく理解した。
獲物になったのは自分達の方だと。
「あ、あ、あ……」
逃げようとしても、膝が震え、足が言うことを聞かない。叫んでも誰も来ない。
本能が告げていた。
――殺される。
ユキの手が、近くにいた少女へと伸びる。
「ひっ……」
「な~んてことになるかもしれないので、今後はやめた方がいいですよ~」
そう言って、その頭をぽん、と優しく撫でた。
張り詰めていた糸が切れたように三人の表情が崩れる。
少女は唇を噛みしめたまま、ぽろぽろと涙をこぼした。
「ごめんなさい……! 本当は、ユウキなんて、いない……!」
「食べ物が……ぜんぜんなくて……」
「でも、魔獣を倒そうとしても、無理で……」
泣きじゃくる三人の前に、フィーネは静かに膝をついた。
「あなた達には生きる術が必要ですね。身を守る力と、食料を得る知恵が」
三人は言葉の意味が理解できず一瞬きょとんとする。
やがて聡明そうな少年がおずおずと口を開いた。
「……助けて……くれるんですか?」
「それはあなた達次第です」
「ど、どうしよう?」
「難しい話されてもわかんねえよ。メシをくれるのかくれないのかどっちなんだ」
「のど乾いた」
何かしらの条件を満たせば救いの手を差し伸べてくれるのだと理解した少年が相談を持ち掛けるも、ヤンチャそうな少年と大人しそうな少女は、食料が積まれた荷台にしか興味がない。
野生児はたくましかった。
そして空気が読めなかった。
「うめえええっ! このクラーケンうめぇっ!」
「こんな美味しいの、初めて食べたね」
「モグモグッ!」
よほどお腹が空いていたのだろう。2人の少年は感想を漏らしながらも一心不乱に、少女に至っては一切喋ることなく口に掻き込んでいく。
「フッフッフ~、市販品の安い塩だけでここまでの物を作り出せる自分の才能が恐ろしくなりますね~」
「作ったのは私なのですが?」
「そうでしたっけ? まあそんなことはどうでも良いじゃないですか~。それよりクラーケンなくなっちゃいましたけど大丈夫ですか~?」
今まさに最後の一切れまで完食されたクラーケンは、オルブライト家のために残していたもの。
調理中には何も言わず、食べ終わった後に指摘するユキも同罪と言えるが、この様子からして罪は全てフィーネに被せる気だろう。
「急ぎでしたので仕方ありません。それに強い魔獣なら彼等の肉体強化に役立ちます」
フィーネにとって最優先は塩の運搬。そして一刻も早い帰宅。
ここで彼等を何週間も指導するより、食事で底上げして数日で済む方を選んだだけだったりする。
「ということは魔石も使う感じですか~?」
「ええ。それほど貴重なものでもないですし、アリシア様のご要望より低ランクです。必要であればまた取りに行けばいいでしょう」
愛しの主様と一緒に旅行する光景をひとしきり妄想したフィーネは、咳払い一つ。久しぶりの満腹感を噛みしめながら幸せそうな表情を浮かべる子供達に視線を向けた。
勝気なリーダー、アッシュ。
頭脳担当でのんびり屋、レイン。
無口な紅一点、マール。
道すがら聞いた話では、全員同郷だったが魔獣に襲われて両親は殺され、村は壊滅。しばらくスラム街で暮らしていたがどうにもならず、安全と引き換えに作物豊富な山で暮らし始めたとのこと。
もっとも、その作物も安全ではなかったので、こうして野盗モドキになり果てたわけだが。
「まずは拠点を作ります」
「ここじゃ駄目なのか?」
「ええ。ここはもって数カ月です。嵐が来れば一瞬で壊れてしまうでしょう」
彼等が暮らしていたのは、休憩所として使われていたであろう古い建物だった。
壁は崩れ、屋根も半分以上が失われている。雨風すら十分に防げないが、野宿よりは幾分マシ。その程度の場所だ。
当然反論はない。
「それに三人とも痩せすぎです。最低限の筋力と体力をつけるために簡単な運動から始めましょう」
そう言って手渡したのは、木の棒の先端に氷の刃を取り付けたツルハシ。
フィーネが調理している間に、ユキが作った物である。
「(ボソっ)手加減はしてますね?」
見たこともないツルハシを興味深そうに振り回す三人を横目に、フィーネが小声で確認する。
「もちろんです~。一週間も使えば筋力も魔力も根性も人並み以上ですよ~」
ユキが本気を出せば、岩を豆腐のように削れるツルハシを生み出すなど造作もない。
しかしそれでは意味がない。
目的は彼等を鍛えること。そして一刻も早く帰ること。
「長すぎます。彼等の魔力特性はわかっているんです。五日でやりますよ」
「共生のために強制的に矯正するってわけですね~! やるなら今日せい! なんちゃって~!」
「ユキ、声が大きいです」
「突っ込むとこそこじゃないです~」
などというフィーネとユキの会話に怯えながらも、子供達は洞窟に適した崖を目指して歩き出した。
「うわぁ……こんな大きな崖、掘れるかな?」
不安そうに見上げるレインの視線の先には、高さ十メートル以上はあろうかという灰色の岩壁がそびえ立っていた。
「掘れる掘れないじゃねえだろ! 掘るんだよ!」
アッシュは即座に言い切るとツルハシを肩に担ぎ上げた。
「この崖が俺たちの新しい家になる!」
「アッシュ、待って」
レインが一歩前に出て、冷静に静止する。
「計画もなしに力任せじゃ、効率が悪いよ。まず岩質を見て、掘りやすい場所を決めないと」
「で、でもよぉ……その時間で掘った方が良くないか? それにここ、かなり良い場所だぜ?」
正論を突きつけられ、アッシュは一瞬だけ言葉に詰まる。しかし彼には彼なりの理由があった。
その横で、マールが静かに崖へ近づいた。
「……ここ」
「あん?」
「ここ、弱ってる」
指差した先は、岩肌の色がわずかに違い、細かな砂がぽろぽろと落ちている場所だった。
「マジか! さすがだな、マール!」
アッシュの目が一気に輝く。
「……別に」
褒められても表情は変わらないが、一歩だけ前に出たのは、やる気の証拠だった。
「うおおおおお!!」
「ちょ――」
今度は仲間の静止も聞かず、アッシュは小さな体でツルハシを思い切り振り下ろした。
――バキッ!
氷の先端が岩に触れた瞬間、鋭い音が弾け、岩片が四方へ飛び散る。
樽一つがすっぽり収まるほどの穴が岩壁に穿たれていた。
「ほら見てくれ! もうこんなに掘れたぞ!」
「砕けた岩が飛び散ってるよ! 当たったら怪我するじゃないか!」
普段は穏やかなレインが、思わず声を荒げる。
「安全第一」
顔に当たる寸前で小岩をキャッチしたマールが、冷静に、しかし有無を言わさぬ圧を込めて言う。
「わ、悪い……でも、んなことしてたら日が暮れちまうぞ」
アッシュは言い返しながら、今度は周りに飛び散らないよう注意して、ゆっくりと振り下ろした。
――コリ。
削れたのは、ツルハシの先端が触れた部分だけ。
「うーん、周りへの被害を考えず一人ずつ交代でやった方が早いかもね」
「そうそう~。言い忘れてましたけど~」
その時、背後からやけに明るい声がした。
「そのツルハシ、魔力を込めると砕かずに掘れるんですよ~」
「…………は?」
「大事なのは、安全でも仲間内での相談でもなく~」
ユキは満面の笑みで、指を一本立てる。
「情報収集でしたね~」
「「「…………」」」
三人は揃って言葉を失った。
「うおおーーー!!」
それから数分。
使い方がわかればこっちのものとばかりに、アッシュはテンション高く掘り続けていた。
レインとマールも隣でツルハシを振るっているものの、無駄な体力を使わないように黙々と作業している。
「……なんでそんな元気なの」
「逆になんでお前等そんな元気ないんだよ! これがあれば魔獣に追われても隠れられるし、雨でも寝れるんだぞ! そんな拠点を自分で作るとか楽しいだろ! あっ、そうだ! 誰が一番掘れるか勝負しようぜ!」
「やらない」
「疲れるだけだよ。非効率だよ」
「大丈夫だって!」
仲間の言い分を一蹴して、アッシュは笑顔のまま掘り進める。
――が、数十分後。
「はぁ……はぁ……」
アッシュの動きが目に見えて鈍くなった。対照的にレインとマールは必要な分だけ掘り、交代で土を外へ運び、余計な動きも発言も一切しない。
「だから言った。馬鹿」
マールは辛辣な言葉を投げつけ、レインは無言で水筒を差し出す。
「くそぉぉ……こんなはずじゃ……」
それがトドメとなり、水筒を受け取ったアッシュは地面に座り込んでしまう。
と、ここで、作業を見守っていたユキが唐突にアッシュの手を持ち上げた。
「この勝負、アッシュさんの勝ち~」
「いよっしゃあああ!」
突然の決着と喜びのガッツポーズ、そして生まれる不服。
「……勝負したつもりはないんですけど、なんでか聞いてもいいですか? 僕達の方が多く掘ってますよね?」
堪らずレインが口を挟む。
「言ったはずですよ~、これは最低限の筋力と体力をつけるためだと。身体を限界まで酷使したアッシュさんの方が評価が高くなるのは当然です~」
「はっ、後先考えて手を抜いたお前等の負けってわけだ!」
「ただし、隠し査定ポイントに魔力の正しい消耗というのがあってですね~。魔力は限界まで使うほど最大値が上がっていき、正しい使い方をすることで体に馴染ませて矯正させることが出来るんですけど、これはアッシュさんの大敗ですね~」
「なんでだよ!」
「このツルハシには矯正効果があるんです~。体力が先に尽きたということは魔力を使っていない証拠。逆に体力は残ってるのに身体が動かないのは魔力頼りで掘っていた証拠。アッシュさんは前者なのでダメダメです~。猪突猛進の筋肉馬鹿です~」
「でも勝ちは勝ちだろ!」
「そうですね~。というわけで疲労困憊のアッシュさんは、一足お先に個別訓練に行っちゃってくださ~い。レインさんとマールさんは居残り掘りです~」
「じゃあな雑魚共! 楽してないでさっさと終わらせろよ!」
立つこともままならないアッシュは、這うようにフィーネの下へと向かうのだった。
「先陣を切りつつ発破もかけてくれる良いリーダーですね~」
「振り回される僕達はしんどいだけです」
「ただの馬鹿」
ただし仲間からの評価はイマイチのようだ。




