閑話 猫猫猫猫猫犬
ルーク達への自慢を終え、魔力を失ったニーナが食堂に帰宅したのは夜勤直前の事だった。
急いで着替えてフロアに出ると、ユチが少し口調を荒げながら注意してくる。
「もー、おっそいよー。交代の時間とっくに過ぎてるのに!
・・・・あれ? なんか雰囲気違うけど、どしたの?」
「変身してルークを驚かせた」
「いや全くわからないんだけど・・・・まぁいいや、店閉めてから詳しく聞かせてよ」
コクリと頷くニーナを見る間もなく、言いたい事だけ言ったユチは早々と店の裏へ引っ込んでしまった。
それを見届けたニーナも親友に代わって酔っ払い達の相手をするため、店内をバタバタと駆け回り始める。
これが彼女達の会話の終わり方なのだ。
日頃、魔力頼りで何とかかんとかウェイトレスとしてやってこられたニーナが、その不器用すぎる本質を現すのは時間の問題だった。
「危ないニャ!」
「また料理を溢したにゃ!!」
「普段のバランス感覚の欠片も無いニャー!!」
魔力の使えない今のニーナは当然のように失敗の連続。
両手いっぱいに皿を抱えては1つ残さず落とし、いつもの感覚で歩けばオボンをひっくり返す。
挙句の果てに焦ってPOS操作までミスするものだから、誤注文とレジの誤操作が起きて食堂は大混乱だ。
「た、体調が悪いみたいだニャ。もう休むニャ。そのついでにユチを呼んで来てくれると助かるニャ」
「・・・・ごめんなさい」
娘の体調を気遣ったリリ店長はこれ以上被害が出る前にニーナを休ませ、仕事上がりのユチを呼びつけるのであった。
「も~無理・・・・も~~動けない・・・・」
食堂一貧弱であるにも関わらず、まさかの開店から閉店まで働かされる羽目になったユチがリビングにあるソファーに倒れ込む中、リリ達はニーナが不調の理由を尋ねていた。
実は大人になった姿を彼女達に見せたことのないニーナは、ここぞとばかりに自慢気に語り聞かせる。
「つまり・・・・大人扱いされたいがタメにその後の仕事に支障が出る行動を取ったんだニャ?」
「そう」
「体調うんぬんじゃなくて今後魔力が復活するまでこの生活が続くんだニャ?」
「そう」
「ふっ、ふざけんニャ・・・・いや、ふざけるなよ? 二度とそんな力を使うな。
これは警告じゃない命令だ。絶対順守の決定事項だっ!」
「・・・・はい」
あまりにも後先考えない行動を知ったリリが激怒して標準語になってしまうのも無理はなかった。
「そもそもニーナは労働を軽んじてる感じがするニャ。働くと言うことは・・・・・・」
とばっちりを喰らわないよう、近くに居たはずの従業員達もいつの間にかリビングから居なくなっていて、ニーナは1人リリからの説教を受け続けるのであった。
彼女がようやく解放されたのは、街全体が静寂に包まれた真夜中も過ぎた頃だった。
「・・・・うぅぅ、酷い」
「いや今回は流石にニーナが悪いでしょ。普段庇ってる私やフェムさんが口を挟む隙すらなかったじゃん」
「これもルークには秘密で」
「はいはい」
実は結構ミスの多いニーナは、その度に仲のいい彼女達から庇ってもらっていたりするのだが、改善される気配は今のところ全く無い。
いやニーナ自身は努力しているので成果が出ないと言うべきか。
「でもどうすんの? この調子だとしばらく役立たずって怒られ続けそうだけど。フィーネ様達はなんて?」
「・・・・? 別に」
「『?』じゃないでしょ『?』じゃ!
なんで一番の解決策を持ってそうな人達を頼らないの!? ってかどうでもいい見栄を張ってる時、傍に居たはずだニャ!?」
「・・・・ユチ、語尾が『ニャ』になってる」
「今はどうでもいいニャァァァアアアアーーーッ!!!」
興奮して普段抑えている口調が思わず出てきてしまったユチだが、さらに激怒させようとしている節すら見えるニーナは我関せずで話を逸らそうとする。
この辺のマイペースっぷりがニーナたる所以なのだが、こうして時々とは言えユチが声を荒げてしまうのも無理はないだろう。
「そろそろ助けるの止めようかなぁ・・・・」
「それは困る。ユチの老後のお世話をするから何卒よろしく」
「それ事あるごとに言われるけど、正直割にあってない気がするんだよね。お金には困りそうにないし、子供や孫に頼めば良いだけだしさ」
「そんな事ない。神獣の加護は大事」
ニーナなりの恩返しのつもりなのだろうが、果たしてそれがメリットなのか怪しいものである。
むしろ年老いてまで彼女の世話をしなければならない可能性を考え出したユチが悩むのは仕方のない事だ。
「わたしの作った料理を食べれば長生き出来る・・・・ような気がする。
わたしの魔力を近くで浴び続ければ健康になれる・・・・かもしれない」
ここで親友から見放されたら本気で食堂から追い出されかねないニーナも必死で交渉を続ける。
「で、ユキ様はどう思います?」
そんな信憑性の薄い話を聞き流していたユチが、突然虚空へ向かって質問を繰り出した。
「そうですね~。有給休暇は使い切ってしまったので働かざるを得ませんからね~。ここは魔力に頼らない接客を身に付けるべきかと」
「っ! ビックリした」
当たり前のような顔でニーナの隣に現れたユキは、まるで最初から見ていたかのように会話に参加し始めた。
「・・・・いや、まぁ来るかな~とは思いましたけど、そんな自然に入って来られると・・・・ちょっと」
「そんなこと言わないで私も混ぜてくださいよ~。転移に関してはそろそろ慣れないとダメですよ~。
ちなみに私やフィーネさんから魔力補充してもらうって案は却下ですからね~。他人の魔力を大量に入れると体調不良の原因になるんです~」
「ん~残念! それが出来れば簡単に解決しそうな問題だったんですけど。
今からニーナに接客業を学ばせるのって無理じゃないですか?」
「・・・・神獣は力を失っても神獣。わたしに掛かればお茶の子さいさい」
「いや出来てないから怒られてるわけで。
今日だって・・・・・・」
完全に居座ったユキも交えて具体的な失敗談を話し始めたユチ。
客観的意見を聞いていく内にニーナの自信は粉々に砕け散り、ユキも思わず口出しをしてしまう。
「そんな調子だと敵に襲撃されたら負けちゃうじゃないですか~。
強くなるって事は狙われやすくなるって事でもあるんですよ~。神獣に勝ったって言えば箔がつきますからね~」
「・・・・敵?」
この一言でユキはハッと何かを閃いたようだ。
その場で勢いよく立ち上がり、こう提案した。
「あっ、そうですー!
店に来るお客さんは全て敵だと思って対応したら良いじゃないですかー!!」
「え?」
このあり得ない迷案にユチだけは理解が追いつかず聞き返すが、そうしている間にもニーナとユキは具体的な接客術を考え始めていた。
「席に案内する時は・・・・全神経を背後に集中。
水を出す時は・・・・コップとオボンで攻撃を防ぐ。
注文を取りに行く時は・・・・死角を消す立ち振る舞い。
料理を運ぶ時は・・・・つま先で縮地を発動させる」
「そうです! その通りですっ!
日々の生活の中にも修行ポイントは隠されているんですよ~」
「・・・・え? あ、あの、それだと殺伐としたウェイトレスが誕生してしまうんじゃ?」
「「神獣とはそう言うもの(なんですよ~)」」
「いやいやいやいや! ここ普通の食堂だから! そりゃちょっとは戦闘要素あるけど、至って真面目で愉快な憩いの場だから!!」
憩いの場には戦闘要素など存在しない、とツッコむ人間はこの場には居なかった。
その翌日。
体中から闘気を放つ猫人族の少女がウェイトレスとして活動を始めたのが、元々武闘派集団として名を馳せていた連中なので、新規の客以外は誰も気にすることなくいつも通りの平穏が訪れた。
「ニーナも常に気を張ってれば案外失敗しないもんだニャ。これからもその調子で頼むニャ~」
「そっちの方が神獣らしさがあって良いかもにゃ~」
「そうそう、私も前々から迫力が足りないと思ってたんだニャ~」
「・・・・任せて」
と言うか、むしろ大人達からは歓迎すらされている。
「良いのでしょうか? 小さなお子様が怖がっていて、ワタクシの作った料理を味わってくれそうにないのですが」
「・・・・良いんじゃない? そもそも愛嬌の無いニーナを見て怖がる子は多かったし」
「そうですね」
その中で比較的常識を持ち合わせているフェムとユチまで納得してしまったので、ニーナの魔力が戻るまでの間、誰もそれに注意することは無かった。
ギラッ!
「・・・・いらっしゃいませ、ようこそ猫の手食堂へ」
「「「・・・・(ぽっ)」」」
一部男性客からは『もっと冷たい視線を下さい』と奇妙な要望があったとか、なかったとか。
ニーナ、ユチ、リリ、アール、アン。
食堂メンバー5猫に、1犬のフェムです。