二百三十三話 女子力1
「アリシアには・・・・もうちょっと女の子らしさが必要だと思うんだ」
その事件は、この父さんの一言から始まった。
来年ヨシュア学校を卒業するアリシア姉は、たぶんこのままだと冒険者になる。
それ自体は悪い事じゃない。むしろ魔獣討伐は平和のために必要不可欠なので推奨するべき事だ。
本人も昔からそれを望んでいたし、大人達もそんな少女を貴族として教育するのは早い段階から諦めており、強い冒険者になれるよう応援している節すらあった。
だた問題は戦闘面に特化し過ぎているので他の事が一切出来ず、1人では生活もままならないと言う彼女の『人間性』にある。
正直俺も昔から心配していたので、この挑戦が万が一にも成功すればオルブライト家の全員が幸せになれるはず。
今回は無謀にもアリシア姉の女子力アップに挑んだ家族の話をしよう。
「アリシア。もうちょっと綺麗に食べられないかな? 前にも教えたけどフォークとナイフの持ち方も違うよ」
ある日の事。
オルブライト家に住まう全員が集まっていつも通り朝食を取っていると、突然父さんがチャーハンを掻き込んでいるアリシア姉に食事マナーを注意した。
「ふぇ? ふぁふぁふぃ、いふふぉこんふぁお?(え? 私、いつもこんなよ?)
・・・・モグモグ、ゴクン。今更どうしたのよ?」
「口一杯に頬張るのも行儀悪いし、その状態で話そうとするのもハシタナイね」
たしかに。俺達にとっては日常なので全く気にしてないけど、改めて注目してみるとアリシア姉の食事の仕方は男らしすぎる。
今みたいな個別の皿なら口に引き寄せ、スプーンを握りしめてガツガツ掻き込むし、大皿で取り分ける場合は全員に配った後に大皿を手に持ってやっぱり掻き込む。
ステーキはナイフで切り分けなんてせずフォークを突き立てて食い千切り、飲み物は喉を鳴らして一気飲み。皿から落ちた料理は手掴みで拾い食い、口の周りに付いた食べカスは舐めとる。
食事だけでもこの有様なのだから、生活全てを思い返すと言葉も出なくなる。
あれで貴族子女を名乗るなんておこがましいにも程があるし、何なら野蛮な盗賊とタメを張れるレベルだろう。
「父さんの言う事は尤もだけど本当に今更じゃん。突然どうしたんだよ?」
これ以上注意されまいと急いで朝食を平らげたアリシア姉を見て溜息をつく父さんに、この場を代表して俺がそう質問すると、
「知り合いの子が去年学校を卒業して高校には行かず就職したんだけど、3日でクビになったらしいんだよ。
貴族相手だから周囲も我慢していたようだけど、それでも余りの傍若無人っぷりに3日しか持たなかったんだ。その後も職を転々としていてご両親は気が気じゃないみたいで。
でも詳しく聞くと、その子はアリシアより随分まともな少女みたいでね・・・・」
父さんが知る限り、アリシア姉が貴族子女の中で底辺だと言うのだ。
最後に、冒険者として成功すればまだいいけど引退するような事があれば絶対に社会生活は送れないと断言する。
「「「・・・・」」」
その話を聞いた俺達は黙りこくってしまう。
冒険者にしたって最低限のマナーも守れないようなヤツとはパーティを組みたくないだろうし、名を馳せたとしてもこの食事風景を見られたら評判ガタ落ち間違いなしだ。
「ち、力があれば良いんでしょ!? 最強の冒険者として生活態度なんて気にされないぐらい成功すれば良いんでしょ!?
だいたいパーティなんて組まなくても私1人でもダンジョン攻略してやるわよっ!」
とソロ活動に励むつもりのアリシア姉。
しかし問題はそれだけではない。
「食事はどうするんだい? まさか魔獣の肉を焼いて食べるだけとか言わないよね?」
たぶんアリシア姉に出来る料理なんて『切る』『焼く』だけ。
しかも血抜きや内臓除去は出来ない。何なら調味料すら掛けない可能性だってある。
「バカにしないで!」
おっと、ここでまさかの反論。
立ち上がったアリシア姉は俺達に向かって高らかに宣言した。
「草も食べられるじゃないっ!」
・・・・ここで『しっとりして草』とか『おいし草』などの具体的な名称が出ない辺り、本当に道端に生えている雑草を食べそうだ。
ちなみに両方とも薬草なのでちゃんと食べられる。毒のある『まず草』と似てるので注意が必要だけど。
お、俺が考えた名前じゃないぞ!? それぞれの特徴を捉えた昔からある由緒正しき名称なんだ!
「アリシア様。以前食用の草花をお教えしたと思いますが、お忘れですか?」
ちょっと感情が荒ぶっている俺を無視して話は進んでいく。
どうやらアリシア姉の将来を考えてフィーネがその辺の教育をしていたらしい。
「え? 毒にあたっても内臓を魔力で活性化させたら平気っていうのは覚えてるけど、違うの?」
「それは一部です。逆に毒の回りが速くなって致命傷になる場合もあると言いましたが・・・・聞いていませんでしたね?」
このおバカな姉は・・・・。
状態異常になったら取り合えず魔力を使えば治ると思っていたのか。
何のために解毒薬が開発されたと思ってるんだよ。
それで治ったら医者も治癒術師も猛毒攻撃する魔獣も商売あがったりだわ!
というわけでアリシア姉の生活能力が皆無な事を改めて思い知った俺達一同は、少女が健康に生きていけるよう最低限の知識と技術を身に付けさせる決意をした。
そのために、まずはお手本となる人物の選定だ。
「わ、私は無理ですよ!? 周囲からは『料理だけのエルさん』とか『お淑やかの反面教師』とか呼ばれるほどですから!」
真っ先にリタイア宣言したエルは、誰も聞いてないのに不名誉な二つ名を暴露し始めた。
まぁ彼女は料理人としては一流だけど、サバイバル生活をするであろうアリシア姉のお手本には向いていないと俺でも思う。
メイドとして雇っているので家事はお手の物だけど、これまたアリシア姉には無関係。
ゴメン、ちょっと涙が・・・・・・・・おっほん。気を取り直して。
もしエルから料理を教えてもらったとしてもアリシア姉は街で買うような食材を手に入れる術など思いつきもしないだろうし、自分でも言ってた通りエルの女らしい部分は家事極振り。ぶっちゃけ私生活は女らしさの欠片も無い。
「ここは母親として私がお手本に「・・・・(スッ)」な、何? アラン邪魔よ」
次に母さんが名乗りを上げたけど、アリシア姉との間に父さんが静かに割って入った。
「元々私は冒険者だったのよ。私に掛かれば自然での生き方なんて「・・・・(ススッ)」だから何!?」
たしかに母さんはアリシア姉の人生の先輩と言っても過言ではない。
しかし父さんは頑なに邪魔をする。
「今日から私を見習って「・・・・(スススッ)」・・・・だ~か~らぁ~。
言いたいことがあるなら聞くわよ!? さっきから邪魔ばっかりして! 私がお手本になる事に文句でもあるの!?」
ついに痺れを切らした母さんが、邪魔を続ける父さんに激怒した。
「じゃあ言うけど、冒険者時代にエリーナが食べていた物を説明してみてよ」
「ん? 普通よ? パンとか、味付けされたお肉とか」
あれ? 本当に普通だぞ。
てっきり父さんはそのあり得ない食事方法を知っていたから反対してたものだとばかり・・・・冒険者として稼いだお金で買ったのかな?
それならたしかに冒険者としてある程度の実力が必要になるけど、今のアリシア姉でも十分可能な食生活だと思う。
父さんがここまで反対する理由はないはずだ。
「入手方法は?」
「・・・・盗賊のアジトから奪ったり、魔獣同士を争わせて漁夫の利を得たり、ナンパしてきた軽犯罪者を脅して奢らせたり・・・・です」
あ、前言撤回。やってることが盗賊と変わらなかった。いや『ヒモ』と言うべきか。
「しっ、仕方ないでしょ!? 効率的な稼ぎ方を考えた結果としてそうなっただけよっ!!
普通にやってたら新人潰しの冒険者に手柄を横取りされるし、苦労して手に入れた素材はこっちが何も知らないと思って格安買い取りだし、『金に困ってるならいい仕事がある。一晩付き合え』って気持ち悪いナンパが多いし!!
どいつもこいつも顔と年齢で判断するの! 中途半端な実力だと不安定な収入しかないの!!」
ロクでもない苦労話をし始めた母さんだけど、同情する気にはなれなかった。
いや冒険者のそういう風習は無くすべきだと思うけど、『こんな事でやっていけなくなるような実力なら冒険者になるべきじゃない』って事でもあるんだろう。
もしも母さんが調子に乗って実力に見合わないダンジョンとかに挑戦していたら俺は転生出来なかったわけだしな。
「なるほど・・・・流石、実際に冒険者だっただけあってタメになる話ね~」
!? い、いかん! このままでは我が家から犯罪者が出てしまう!
あろうことかアリシア姉がその話に共感してしまったではないか。
そんな時は慌てず焦らず、秘技! 話題転換!
「だから僕はフィーネをお手本にしてもらいたいんだよ」
オルブライト家で随一の女子力を持ち、サバイバルにも精通しているフィーネが最適だと言う父さん。
俺も賛成だな。そもそも母さんはそんな生活をしてたから実家に連れ戻されたんだし、恐ろしい冒険者の少女がいるという噂が少なからず出回っていたようなのだ。
知らない土地でアリシア姉の悪評を聞くのは嫌だぞ。
「まぁフィーネと比べたら流石に分が悪いわね」
そう言って母さんも大人しく引き下がった。
ただしこれについては一言いわせてもらう。
誰に聞いてもフィーネの方が上だからな? 何『いい勝負した』って顔してんだよ。100対0のコールドゲームだ。
ドスッ!
「おふっ!?」
今すぐにでも冒険者としてやっていけそうな鋭い蹴りが俺の股間目掛けて飛んできた。
恐ろしい事にこの母親、読心術の心得もあるようだ。
こんな時も落ち着いて話題転換。
「では不肖ながら私がアリシア様を冒険者としてどこに出しても恥ずかしくないような女性に教育してみせましょう」
「「「よろしく~」」」
と俺達の意見が固まったところで、一切会話に入ってこなかった2人の事が面倒臭い事を言い出した。
「フッフッフ~。まさかこの私が女子力でフィーネさんより劣っているとでも?」
「むー! わたしが学校でも女の子らしいって知ってるのに、ルークが推してくれない! わたしは今怒ってるよーっ!」
この話は終わったはずなのに、ユキとヒカリが『フィーネより自分の方が上だ』と俺達の決定にケチをつけ始めたのである。
これはもう勝負するしかない流れかな・・・・。