二百二十八話 温泉街3
香辛料の話を聞いたバンとツグミが今すぐにでも探しに行こうと言い出したけど、彼らのご両親や仕事仲間が部屋にやってきて2人を連行していった。
仕事中なのだから当然である。
「夜に! 夜なら大丈夫ですから! ・・・・え? 忙しいからダメ? 父さん、そんな殺生な事言わずに!」
「新しいビジネスチャンスなの! 香辛料なの!!」
「「だから・・・・話を聞いてぇぇえええーーーーっ!」」
(まぁ人では多い方が良いから構わないけど、無理はするなよ)
と心の中で伝えつつ、俺は騒がしい2人が居なくなるまで従業員との攻防を傍観していた。
そして父親らしき男性から殴られて静かになったバンと、サボった分だけ給料減らすと脅されたツグミが渋々仕事に戻り、部屋に平穏が訪れた。
静かになった部屋で一服した俺達は今後の予定について話し合いを始める。
「んじゃ気を取り直して。これから何する?
正直このまま聞き込みを続けても香辛料が見つかるとは思えない。かと言ってみすみす逃すには惜しい調味料ではある。折角温泉街に来たんだから楽しまないのも勿体ないしな」
「魔獣が居ないんじゃあ仕方ないから冒険は諦めるとして、発展途上だからなのか知らないけど珍しい物が一杯売ってたから散歩するだけでも楽しそうだったわ!
ついでに店の人に尋ねるってのはどうよ?」
「お客を装っての情報収集は冒険者の基本」
「お姉ちゃんは下手そうだよね、聞き込み」
「!?」
「気にするな。ニーナはそのままが一番だぞ。クールなキャラは饒舌になったらダメなんだ」
「・・・・バカにされてる気がする」
そんなわけで温泉街を散策することに決定。
「ねぇフィーネさん。なんだか私達の扱いが雑になっている気がしませんか~?」
「奇遇ですね。私も同じことを思っていました」
ほら、旅先では子供を楽しませるのが優先って言うかさ。
・・・・ゴメン。
宿で売っていた『精霊水』なる物を買って、それを飲みながら俺達はダアトを練り歩いている。
この水について専門家に尋ねてみたら、精霊が生み出している水なので体内環境正常化の役割があるらしいんだけど、外気に触れた瞬間から実感出来ないレベルにまで効果が薄くなるので、●素水より怪しい品なんだとか。
この世界にもあるのか水●水・・・・。
まぁ美味しい水には違いないので喉を潤してくれるけど、宣伝文句が卑怯臭い。
「こうやってニーナと一緒に知らない街を歩いてると、アクアの事を思い出すわね~」
『温泉』と言えば昔旅行したアクアの話になるのは当然の流れであり、当時の様子をヒカリを除いた全員が懐かしみだした。
ヒカリは「わたしも大人になったら行くもん」と拗ねているけど、面白話には興味があるのか黙って聞き耳を立てている。
「特に夜が楽しかったわ! 歓楽街に入ったり、ギルドに入ろうとして追い出されたり」
「ワクワクの大冒険だった。でも実は危なかった」
「・・・・何それ?」
俺もアリシア姉と同じことを思っていたのでアクアについて話そうとしたら、少女達は俺の知らない物語を紡ぎ出したではないか。
寝てしまった俺を置いて夜に出掛けたのは知っていたけど、具体的な内容、特に歓楽街の事は一切教えられていない。
しかも危なかったって何した? エロか? エロい事を学んでしまったのか?
実年齢が判明したニーナは3年前は12歳。だからギルドの方はセーフとしても、当時の幼い容姿も鑑みると歓楽街の方は完全にアウトだ。
歓楽街には入場審査があるだろっ! 幼い容姿のドワーフとか獣人でも身分証明書が必要で、金銭的な理由があっても15歳以下は立ち入り禁止なんだぞ!
・・・・獣人について詳しく知りたかったから調べましたが、何か?
そしてその話が初耳だったのは俺以外にももう1人。
「わたしも知らない」
アクア未体験のヒカリさんである。
思い出話としても聞かされていないようで、その続きを聞こうとニーナ達に近寄っていく。
が、君にはまだ早いのだよ!
「よし、ヒカリの耳を塞いでおくから俺にだけ詳しく話せ」
そう言って俺はさり気なく獣人にとって禁忌とも言える猫耳に触れた。
『もふ~ん』
そんな音が出ていそうなほど柔らかい猫耳を触りながら、俺は話の続きを待つ。
オゥ・・・・プニプニ! モフモフ!! ザッツパラダイス!!
「ヒカリさんに聞かれても問題ありませんよ~。結局お金が無くて入店出来ませんでしたからね~」
「え? あの時ユキは見なかったけど居たの?」
「念のために監視役としてユキにアリシア様とニーナさんの動向を探ってもらっていたのですよ。
これ以上この話は続かないのでルーク様、その手を放しましょうね」
歓楽街の話がどうでも良くなるぐらいヒカリの耳に集中してしまっていた俺は、フィーネによって数秒の内に現実世界に引き戻されてしまった。
俺の理想郷・・・・。
「そもそもヒカリと同い年のルークも聞いちゃダメでしょ」
「いや父さんやマリクと一緒に日夜勉強しているからセーフかな、と」
「母さんが呆れてるあの集会ね・・・・。何やってんだか知らないけど未成年はそういう事を聞いたらダメなのよ!」
何故か歓楽街に入ったアリシア姉は許されて、熱い議論を交わす俺達は許されないらしい。
知識の共有と改善のためには討論や議論って大切だと思うんですよ、僕。
フィーネの言う通りこれ以上話すことは無いのか、アリシア姉とニーナはアクアまでの道中にした修行について盛り上がり始めた。
ここでニーナが「今なら入れる」って言い出さないのがせめてもの救いかな。
修行話の方が興味津々なヒカリはエロトークの時以上に2人に接近していくけど、その前に先ほどの行為について話し始めた。
「わたしは読唇術が使えるから耳塞がれても内容はわかったよ」
「ホント便利な、その千里眼」
「あっちの方向に歓楽街があるのもわかるよ~」
ヒカリの指さした方向を思わず見てしまった俺を責められる人間など居るはずもない。
世界はエロで出来ているのだから。
そんなエロ話・・・・もとい思い出話をしながら、俺達は街中にある様々な店屋を堪能していく。
「やっぱり温泉街と言えば『コレ』だよな」
その中でも土産屋の次に多かったのが射的屋。
輪投げや吹き矢で的を落としたりポイントを競うお店で、魔力感知器が設置されているので不正は出来ないようになっている。これもロア商会から普及された物で、レジを応用して俺が作った。
逆に魔力ありきの競技もあったな。
ってな感じで見かける度に俺がやりたそうな目をしているんだけど、
「ダメよ、ああ言う細かい事をやってると『イーッ』ってなるから。別のにしなさい」
「神獣に不可能は無い」
「やっぱりわたしが魔術使ったらダメだよね?」
と、ニーナ以外は反対してくるし、そんな彼女も店主から子供扱いされて難易度を低めに設定されると途端に反対派に回る。
だから勝敗がハッキリする競技は3人が納得する物を見つけるまでやる事が出来なかった。
俺がフィーネやユキだけ誘ってやろうとすると、相手にしてもらえない事を怒った誰かしらに殴られるのだから出来るわけが無い。
ただ町を歩いていると、そんな俺達のためにあるような店を発見することが出来た。
火力重視のアリシア姉、手先の器用なニーナ、身体能力だけで何とかなるヒカリ。
3人から不満が出来ない物と言えばアレしかないだろう!
「さあさあ、やってきました!
炎のストラックアウトー!!」
やり方は単純明快。飛んでくる拳ほどの大きさのボールを殴ったり蹴ったりして弾き返し、番号が書かれた的に当てるだけのゲームだ。
元々魔獣の攻撃を想定した訓練施設だったらしく頑丈な結界に守られているので、それこそ魔法など想定外の威力が出ない限りは大丈夫だし、念には念を入れてフィーネがコッソリ結界を強化しているのでニーナが全力を出しても周囲に影響はない。
つまりボールが燃え尽きるほどの威力で殴ってストレス解消する競技なのである。
「良いじゃな~い。高火力で4枚抜きまで狙えるってのが素敵よね」
「大人なわたしは神獣の力に頼らなくても勝てる。的の間を狙うのが鍵」
「最近編み出した『反響魔術』で全抜きだよ~」
と、納得どころか『絶対に勝つ』と燃えるアリシア姉達。
「これはこれはフィーネ様、ようこそお越しくださいましたな!
お陰様で御覧の通り大繁盛しておりまして・・・・・・」
店に入った俺達の前に現れたのは、この店の店主。
彼はフィーネに向ってヘコヘコと頭を下げながら近況報告を始めた。
「フィーネの結界があるからロア商会も無関係じゃないとは思ってたけど、この人誰だ? モブキャラ?」
「町長さんですよ~」
「って侯爵かい!」
名もなき店主かと思ったらダアトを治める偉い人でした・・・・。
「お坊ちゃん、それは違いますな。
ダアトは今、変わろうとしています。古臭い貴族があれこれ口出しするよりも、人々が自らの意思で活動した方が良いのですな」
思わぬ人物の登場にキレのあるツッコミをしてしまった俺の方を振り向いた町長さんは、今のダアトについて語り始めた。
だけどイマイチ言いたいことが伝わってこない。
あと坊ちゃん言うな。
「つまり?」
「机に向かって書類仕事してるより店主してる方が楽しい!」
と満面の笑みで語り掛ける町長。
あ、この人、貴族に向いてないわ。
普通なら『如何にサボるか』『如何に楽するか』を考えるはずなのに、クレーム覚悟で接客してる方が好きってんだから相当な変わり者だろう。
ついでに言えばたぶん良い人。
「そんな事より勝負よっ!!」
俺達の話を聞いてもなおストラックアウトの方が気になっているアリシア姉が吠えた。
経営者が誰だろうとこの人には関係ないらしい。
間違っても殴り返したボールを町長さんにぶつけるなよ・・・・。