二百二十七話 温泉街2
これ以上有益な情報は集まりそうになかったので一旦香辛料は諦め、俺達は今日泊まる宿屋を目指すことにした。
どうせ旅行するなら連休にしてやれ、と俺やフィーネが説得したので今回ニーナもお泊りできるのだ。
ただしそこは忙しい食堂なので2日目帰ったらすぐに仕事するって事で話がついている。
神獣様は1か月休みなしでも働き続けられる完璧な社畜能力を持ち合わせているので「それで十分」と喜んでいた。
「あちらですね」
特に人混みの多い中心部を歩く事10分。フィーネが指さした先に見えてきたのは温泉街の中でもひと際大きな宿。
その名も、
「『精霊の宿』て・・・・過大広告にもほどがあるだろ」
入り口にデカデカと設置された看板の縁には水精霊を模した柄が入っていて、建物自体も至る所にそれっぽい箇所が見受けられるので、あたかも『この温泉は精霊が作った』と言っているかのようだ。
聞けば温泉を見つけた時、真っ先に動いたのがバンとツグミであり、ロア商会に協力を依頼したのもこの2人なんだとか。
その手際の良さたるや、名うての商人ですら真っ青のものだったらしく、『精霊』って言葉を使うのもここの専売特許って話である。
実際ユキによって活性化した水精霊のお陰ではあるので嘘にはならないだろうけど、儲けるために手段を選ばない様子が伺える外観だった。
「ユキさん、お久しぶりです! その節はどうも」
「貴方のお陰でガッポガッポ金が入ってくるの!」
胡散臭さが増した温泉宿で俺達を出迎えたのは、幸薄そうな少年と勝気そうな女性。
そのセリフから察するに彼等が噂の守銭奴コンビなのだろう。
2人はこの温泉街を作った陰の立役者であるユキとフィーネに擦り寄ってきてヨイショを始めている。
「俺達はともかくアリシア姉も無視か・・・・いや客を区別してる時点でダメだけどさ」
「まぁダアト発展の功労者だから仕方ないんじゃない? フィーネなんてスポンサーなわけだし、そりゃあ機嫌取りぐらいするでしょ。
私は学校でたまにバンを見かけるぐらいしか接点無いし」
本人は全く気にしていないようだけど、それにしたって扱いが露骨すぎる。
あとさっさと部屋に案内しろ。
そんな願いが通じたのか、2人はこちらを振り向いて・・・・自己紹介を始めた。
部屋ぁぁ・・・・。
「あ、皆さんもようこそボク達の温泉宿へ!
自己紹介が遅れました。ボクは夏休みを使って両親の手伝いをしている番頭のバンです。お土産とか別料金のお風呂とかもあるので一杯お金落としていってくださいね!」
「私は見習い女将として修業中のツグミです。
最高のおもてなしと、最高金額のお部屋をご用意してますからね!」
「「ユキさん! 今回も水精霊で何か奇跡的な金儲けをよろしくお願いします!!」」
そう言って一応俺達にも挨拶をしてくれた2人は、再びユキの方を向って頭を下げた。
あぁ・・・・間違いなく守銭奴だわ。
ここまでド直球の誘いが今までにあっただろうか?
宿泊代以外一切お金使わなかったら舌打ちでもされるんじゃないかってぐらいの勢いだ。
既に予約段階で金を払っている客なんだけど、そんな事はどうでもいいらしい。
そんなあからさまに違う対応のせいで他に居た客達から注目され始めたので、急いで予約した部屋まで案内してもらった。
移動中も色々と見たけど流石は敏腕守銭奴(?)と言われるだけあってアクアの高級宿と比べても何ら遜色のない、いやロア商会の最新魔道具をふんだんに使っているのでそれを超える快適空間だ。
ただし壊れたり盗まれたりするような装飾品が一切ないのは、ここが庶民向けだからなのか、経営者が貧乏性なのか・・・・。
そんな宿で一番高い部屋って言ったらそりゃもう凄いですわな。
意味もないぐらい巨大なベッドに、これまた意味もない絵画に、設置されている冷蔵庫の中にはサービス品のお菓子やジュースの数々。んでもって極めつけは街中を見渡せる高台に位置する専用風呂と来たもんだ。
・・・・流石にこの辺は部屋代に含まれてるよな? ジュース1本が金貨1枚とか言わないよな?
と、部屋を探索して楽しむ俺達を見届けたバンとツグミは静々と出てい・・・・くこともなく、
「いや~、最近マンネリ化と言いますか、温泉宿としての売りが無くなってまして。
最高のおもてなしと、最高の宿屋、最高の温泉であることには変わりないんですけど、言ってしまえば誰でも真似できる物ばかり」
「まぁ接客マニュアルを高額で売ったし、ウチで使われてる素材の情報も売ったし、何ならパイプを使って源泉の横流しもしてるけど。
でも! ここにしかない売りってのが欲しいんです!」
なんか知らんけど部屋に居座った2人が、色々暴露しながら俺達に泣きついてきていたりする。
『努力しているけど成果が出ない』と言わんばかりの雰囲気だけど、俺はあえて言わせてもらおう。
「ツグミさんや。その転売さえしなかったら普通に売りがあったんじゃないですかね?
アンタが秘密情報全部売ったんだろうが!」
「ヤダなぁ。目先の金を大切にしない人は地獄に落ちるんですよ~?」
「やかましいわっ! それも大事かもしれないけど将来の事も考えとけ!」
間違いなく自業自得なので俺は一切協力する気を無くしていた。
バンの話を聞いただけなら力を貸してやらんでもなかったけど、ツグミの補足説明を聞いてしまったらもう無理。
「それ香辛料で良いんじゃない?」
「バッ・・・・余計なことを・・・・」
一向に部屋から出ていこうとしない2人に嫌気が差したのか、思った事を口に出しただけなのかはわからないけど、ベッドでボヨンボヨン弾んでいるアリシア姉がサラリと新しい調味料の事を喋ってしまった。
「「コウシンリョウ?」」
急いで止めるが時すでに遅し。
当然のように興味を持った2人は完全に居座ってしまい、詳しい話を聞くまで帰らないと言い出す。
仕事あるだろ・・・・。
仕方がないのでベラベラ喋るアリシア姉を止めずにいると、新しい調味料であることを知って何やらコソコソ相談を始め、数秒後に満面の笑みでこちらを振り向いてこう言った。
「ほほぉ~。珍しい料理を提供する温泉宿、ありですね~」
「ふふぅ~ん。クセになる辛さでいくらでも食べられるカレー? 良いですね~」
あああぁぁ・・・・面倒臭いことになってきた。
「わたしのお店でも出す。猫の手食堂。きっとわたしの好物になるから名前は『神獣カレー』」
完全に関係者気取りの2人を追い返す方法を考えていると、今度はニーナまで「自分は神獣だ」と余計なことを暴露してしまう。
カレーの元祖は我々猫の手食堂だ、とアピールしているのかもしれない。
まぁ2人は当然これにも喰いついてくるわけで。
「貴方が噂の神獣様でいらっしゃる!?」
「全部の温泉無料にしますのでタップリ汗を流していってくださいね! 神獣エキスが入った温泉って言えますし、神獣様のお気に入りとも言えますからっ!!」
あああああああぁぁぁ・・・・・・さらに面倒なことに。
ってかお前等、やっぱり金取ろうとしてたな?
1回この宿の経営状況を確認した方がいいんじゃないか?
こうして無理矢理に香辛料探しの仲間が増えた。
頑張って嬉しい事を見つけるとするなら、金儲けに余念がないだけあって俺の目から見てもこの温泉宿は素晴らしい場所だったと言う事ぐらいか。
後から聞いた話だけど、フィーネとユキには本当に感謝しているらしく、ボッタクリなど一切ない誠実な宿だったみたいだ。
あの勧誘も金に余裕があるなら贅沢も出来ますよって事らしい。
まぁその限られた中で可能な限り金を巻き上げようとはしてたけど・・・・。
バンとツグミ。
『番頭・貢ぐ』から来ています。
貢ぐの逆で、貢がれるツグミです。