閑話 ルークとイブの夏休み
「ってわけだから、悪いんだけど今年は一緒に過ごせないんだ」
『・・・・』
香辛料の事を聞くまでは去年と同じく王都に行くと言っていたのを思い出した俺は、悪いとは思いながらもダアト旅行の件をイブに伝えた。
すると案の定受話器の向こうで不機嫌なオーラが立ち込め始める。
婚約者より好物を優先したことが許せないのだろう。
『わかった』
「あれ? アッサリ納得された!?」
『ルーク君に必要な事だから仕方ない』
間違いなく不機嫌にはなってるはずけど、イブはそのイライラオーラを俺に向けてくる事もなく、すんなり受け入れてくれた。
世の中には思い通りにならない事がある。
きっとそういう考えが出来る大人な女性になったんだ。お兄さんは嬉しいぞ。
俺が内心でイブの成長に涙していると、
『私から会いに行くから』
あ、納得したけど許してはなかったんですね。
もしかしなくても夏休みの楽しみを奪われて怒っていらっしゃる?
い、いや! そんな事はない。イブは優しい大人な女性なのだ。
動揺するな、ビィクール。
「あ、あああ会いに来るのは良いけどイブだって忙しいだろうし、一緒に旅行は出来ないだろ? どうすんだ?」
『こっちに来る時、一緒に遊ぶ』
・・・・まぁ移動だけでも半日掛かるんだから遊べると言えば遊べるか。
ってな会話をしたのが夏休みに入る前の事である。
あ、ここで少し休み前にあったランキング戦について触れておこう。
前回が中間、そして今回が期末だったんだけど、俺の初戦の相手は召喚獣を手に入れたビィ。
彼は相棒の狼と見事な連携を見せて俺に襲い掛かってきた。
噛みつかれないように狼の口を両手で押えて粘っていると、ついその見事な犬歯にウットリしてしまい、背後からビィに殴られてあえなくリタイア。
まぁ相性の問題だな。
魔法使いが格闘家に勝てないってアレだ。
他の面々も前回と変わらない結果だったので、これ以上話すこともない。
そして夏休みが始まり、イブは宣言通りみっちゃんと一緒にヨシュアへとやって来た。
「もう諦めたが、イブとマリーが私を神獣扱いしてくれなくてな・・・・今日もこうして馬車の代わりだ」
急ぎの用事がある時ならともかく、日頃から便利な移動手段として使われているらしく、神獣様は悲しそうにしている。
ただケモナーの俺から言わせてもらえば神獣を乗り回すのは歓迎すべき事なので、みっちゃんの見てない所でイブを撫でまわした。
イブ、グッジョブだ。
まぁそうなったら俺達が王都へ行くのも『みっちゃん便』になるのは必然。
「まさかまたみっちゃんに乗れる日が来るとはな~。
ところでお前等は本当に一緒に来ないのか?」
「お姉ちゃんに負けてられないからね!」
「私の華麗なる冒険者人生まであと半年しかないんだから修行で忙しいのよ!」
と、戦闘力を高めることに余念のないヒカリとアリシア姉は今回不参加。
つまり王都に行くヨシュア側のメンバーは俺・フィーネ・ユキの3人。
旅行と言うか移動時間を楽しむだけなので、真新しい事は何も起きそうにないから仕方ないけどさ。
イブ達のヨシュア残留組への挨拶もそこそこに、俺達は早速移動を開始した。
「「行ってきま~す」」
「アラン様、エリーナ様。帰りは私が責任を持ってルーク様を抱きかかえますのでご安心を」
帰りもみっちゃんにお願いするのかと思ったら、フィーネが抱っこして移動するみたいだ。
それを伝えた時のフィーネの笑顔は過去最高に輝いていた。
僕は初耳ですが、他のメンバーは知っていたのかコクリと頷くだけでした・・・・。
もう一度言います。僕は初耳です。
・・・・先の事を心配するより今を生きようじゃないか!
古龍に変身したみっちゃんに跨った俺達は、王都を目指して空を飛んでいる真っ最中なのだから。
そりゃあ空から見る景色やイブとの爆笑トークなど、語れることはいくらでもあるさ。
『なぁ、背中を舐めるのは止めてくれないか?』
「(ペロペロ)・・・・ゴメン、ちょっと今忙しいから・・・・(ペロペロリン)」
まぁ普通目の前に古龍の体があったら最優先で舐めまわしますよね。
初対面では流石にしなかったけど、知り合って1年以上経つ今となっては遠慮など無用。
俺はみっちゃんの皮膚に黙々と齧り付いている。
最強種と呼ばれている古龍の体は絶対固いと思ったけど実はそこまで固くなく、ほのかな温もりとプニプニした肌触りがクセになる素敵な物をお持ちの様で、この行為を当分止められそうにありません。
やはり獣は大変素晴らしいですね。
フサフサした体毛も良いですが、ツルツルプニプニも捨てがたい。
『・・・・』
「・・・・(ペロペロ)」
『・・・・ハッ!』
ガキン!
みっちゃんが力を込めた瞬間、俺のBPS(Best Perori Spot ベスト・ペロリ・スポット)が岩のように固くなった。
「っ!? ワシのBPSに何してくれとんじゃいっ! 背中を隈なく調べてようやく見つけた場所なんだぞ!?」
至福の時を奪われた俺は突然の出来事に戸惑いながらも、犯人であるみっちゃんを怒鳴りつける。
いや何が起きたかなんてどうでもいい。さっさと元のもち肌に戻せ。
「これはルーク様が悪いと思います。魔術で攻撃されなかっただけ有難いと思うべきですね」
「ルーク君は相変わらず」
「ちっ・・・・まぁ今日はこのぐらいで勘弁してやろう」
と威勢よく捨て台詞を吐いて引き下がったものの、本当はフィーネとイブの視線が怖くてチビりそうでした。
相手にされない事にイラ立ちを覚えていたのかもしれないけど、大切な人に殺気を飛ばすのは止めませんか?
「んでアイツは何やってんだ?」
パラダイスロストして怒った俺だけど、2人のお陰で落ち着きを取り戻したので尻尾の方へ視線を向けると、そこには縄で縛られたユキが宙づり状態で引っ張られていた。
それなりの速度で飛んでいるので体はくの字に曲がっている。
痛そうだけど、ああいう性癖に目覚めたのだろうか?
「今はそう言う気分らしいです。
普段から転移や飛行をしているユキにとっては貴重な経験のようで、ルーク様が開発された『凧』の真似をしたいと言い出しまして・・・・」
俺が正月向けに作った遊具『凧』の軌道を気に入ったユキが、ヨシュア中で凧揚げをしていたのを思い出した。
きっと隙あらば同じ体験をしようと企んでいたのだろう。
たしかに空を自由に飛べる知り合いってみっちゃんしか居ないから、ああ言う状態になれる場面は貴重と言えば貴重か。なりたくもないけど。
しかし、あれ・・・・凧か?
「凧って言うか服が飛ばされてるように見えるけどな。
ほらこの前、洗濯中の服が風で飛ばされて、母さんとエルが慌てて追いかけてた時みたいな」
「私の結界があるので敷地外まで飛ぶことはないのですが、あのような場面では何故か慌ててしまいますよね」
狩猟本能か、綺麗な物を汚したくない気持ちでも働くんだろうか?
2人が年甲斐もなくピョンピョン跳ねてて面白かったけど。
「ウチでもメイドさんがたまにやってる。汚れてももう一度洗えば良いし、洗濯機が使えるから嬉しいのに」
「イブも相変わらずの魔道具マニアだな・・・・。
洗濯するようになったらその気持ちが理解できるかもな。まぁ俺もイブ側の人間だから慌てないと思うけど」
尻尾の先でブラブラ揺れるユキを眺めながら俺達はそんな洗濯物談義をした。
「いっせーのーで・・・・3!」
「いっせーのーで・・・・1・・・・あがり」
「ルークさん、よわ~い」
「動体視力に頼らないお2人は運勝負になりますね」
防風結界があるから高速移動中でも色々と出来るけど、俺とイブがハマったのは親指を立ててその数を当てるゲーム。通称『いっせーのーで』だ。
正式名称なんて誰も知らないだろうし、地域によって呼び方が変わるけど、やれば誰でも一発で理解できるこの単純な指遊び。
凧になっていたユキは飽きたのかフィーネと一緒に見学している。
最初は2人も参加してたんだけど、反射神経と動体視力が俺達とは桁違いなので勝負にならず2回目で抜けてもらった。
『くっ・・・・なぜ勝てない・・・・本当に反則してないだろうな?』
「嘘は言ってないよ。みっちゃんの感が鈍すぎるだけ」
古龍にも手があるので、移動に専念しているみっちゃんも参加しているんだけど、物凄く弱くて相手にならない。
このゲームでここまで連敗出来るのは最早一種の才能と言っていいだろう。
あ、これと同じ目隠し状態でフィーネ達にもやらせてみたけど、勝負に集中出来るからか無双状態は変わらなかった。
「・・・・ピクニック」
王都旅行とは言ったものの、特別なイベントが開催されているわけではないので、俺達は王都近くの山を散策して遊んだ。
驚いたのは引きこもりのイブが俺と同じぐらいの体力を身につけていた事。
急こう配でもスイスイ登っていくもんだから俺も負けじと頑張った結果、2人とも足を攣るって言うね。
「あれがアケビだ。こっちはイチジク」
「ルーク君、博学」
「龍フルーツじゃないと名前が同じでもイマイチ美味しそうに見えないな」
もちろんこの山が誰の所有物かなんて知らないけど、勝手に整地して、勝手に採って、勝手に料理させてもらった。
近くに居た魔獣を討伐して魔石を代金に置いてきたから良しとしよう。
「じゃあまたな」
「楽しかった。また」
俺は帰らなければいけない時刻になったので最後にギュッとハグして別れた。
転生者も王女も精霊王も関係ない、そんな普通の夏休み。
『アルテミス』
戦闘力:A
機動力:A
情熱:B(特定の条件下でのみS)
運:G
コミュ力:C(特定の条件下でのみG)
常識力:C(特定の条件下でのみG)
ベルフェゴール×、ケガしにくさ〇、ドラゴンキラー、ドラゴンフルーツ病、神獣