二百二十二話 お米をつくろう1
俺は習慣になりつつあるベルダン帰りの農作業をするため、今日も農場を訪れている。
過酷な運動をしていた頃では考えられない行為だけど、ジョセフィーヌさん達指導者の手加減が上手くなったのか、俺が鍛えられたのか、春先ぐらいから余裕が生まれるようになったのだ。
となれば道中にある物で何かしようと思うのは必然。
つまり『林業』か『農業』。
どちらを選ぶかと言われたら俺は農業だった。
「こんちわー」
「ルークさん、いらっしゃい。今日も『アレ』に挑戦するだか?」
「モチのロン」
いつものように本当の農場主であるカァルおじさん・・・・じゃなくてモームさんがやって来て、俺に神力が付与された鍬を手渡してくれる。
農場でも一部の人にしか扱えないこの魔道具は、俺の夢を叶えるために必要な物であり、製作者の俺は当然扱えた。
俺の夢は日本人の心。
そう!
挑戦しているのは『お米づくり』だ!!
「米が食べたい・・・・」
そう思い始めたのはいつの頃からだっただろう。
俺が異世界に転生して7年が経つけど、その間主食はずっとパンだった。
朝にパンを食べ、昼にパンを食べ、夜にパンを食べる。雨の日も、雪の日も、暑い日も、寒い日も、来る日も来る日もパン・パン・パン!
もちろん創意工夫しているのでサンドイッチや菓子パンなども作ってはいる。
が! しかし!!
それ等は全て小麦である事に変わりなく、贅沢と言われるかもしれないけど飽きてしまうのだ。
だから俺は米を手に入れるために今まで数々の努力をしてきた。
世界中を旅しているフィーネに聞いてみたし、ユキがマヨネーズの素材を探す時はついでに探してもらった。
・・・・何もしてない?
じゃ、じゃあこれだ。商店を探し歩いたぞ! 商人に聞き込みもした!
あと品種改良出来ないかと思って結構な量の小麦や豆を無駄にした!
・・・・この後、家族全員から怒られて二度と挑戦出来なかったけど。
つまり俺が言いたいのは常に米を求めていたって事だ。
そしてついに俺は米を手に入れる方法を思いついたのである。
『神力で作ったあの鍬なら米が生み出せるのでは?』と。
・・・・いえ、農作業で鍬を使ってるモームさんを見て閃いたんですけどね。
ぶっちゃけ、それまで米の事なんて一切頭に無かったですけどね。
最初試しに土地を耕してみたら菜の花畑が、次にやったら大豆が出来た。
その後何度も挑戦してみたものの、米の『こ』の字もありゃしない。
「何故だ!? 何故思った通りの物が作れない!?」
「きっと対話が上手く出来てないんだべ~」
「対話?」
もしかしたら米は作れないのかも知れない、と絶望する俺にモームさんが奇妙な事を言ってくる。
「んだ。その鍬には意思があって、心を通じ合わせた人にしか真の力が発揮されないんだべさ」
何その突然の選ばれし勇者設定・・・・。
使える人間が少ないのは知ってたけど、まさかそこからの成長要素があったとは。
しかし原理さえわかれば、後はひたすら経験値稼ぎをするだけの簡単なお仕事。
それからと言うもの、俺は暇を見つけては農場で鍬と対話し続けている。
「好きなヤツ教えろよ~」
「へっ・・・・やるじゃねぇか。効いたぜお前の拳」
「お前に会えて、本当に、良かった」
などなど仲良くなれそうなセリフを言いながら地面を耕し、使い終わったら手入れをするのだ。
これはもうマブダチと言っても良いだろう。
「今日こそ完成」
そしてそんな俺の協力者がニーナだったりする。
俺がベルダンで鍛えるのは休日(言ってしまえば土日)なので、接客業をしている彼女は絶対に抜けられないはずだった。
あ、接客業で思い出した。ちょっと休題させてくれ。
ってかさぁー。ネタなのか何なのか知らないけど、平日に暇してる社会人をニート扱いするの止めない?
経済は常に動いてるんだよ。むしろ来客の多い接客業では稼ぎ時なんだよ。深夜営業だってあるんだよ。
それを信じた親戚の子と街中で偶然出会って、「あれ? 仕事辞めたんだ?」って言われたヤツの気持ちを考えた事あるのか!?
その場で口止めしないとすぐ親戚中に広まる恐怖を味わった事あるのか!?
フザケルんじゃないよ!! こちとら本物のニートになるまで汗水たらして働いとったわ!!
ぜぇぜぇぜぇ・・・・ふぅ、やっと言えた。ちょっと熱くなってしまったぜぃ。
前世の愚痴はこのぐらいにしておこう。
んでニーナだけど、神獣になった事でそれ目当ての客が増えたため、逆に彼女が居ない時は普段通りの混み具合らしく、晴れてこうして土曜日を休日にしてもらえたってわけだ。
だから俺と共に農業に励んでもらっている。
ちなみに他のメンバーは、
「昔からルーク様が熱望されていた物ですからね。もちろん私も楽しみです・・・・が、会長としての仕事がどうしても抜けられず・・・・無念です」
「コメ、と言う新しい食材にユキさんは興味津々ですよ~。でも過程を知らずに結果を見て驚くと言うのも一興ですから、今回はニーナさんに譲りましょう~」
「わたしとアリシアちゃんはベルダンで鍛えてるから頑張って」
と、各々の理由で不参加。
フィーネとユキは俺の知らない所でニーナを鍛えているらしく、新米神獣の初仕事って意味でも遠慮したようである。
唯一、農場主(偽物)のルナマリアは農作業をしているので絶対近くには居るけど、俺達の様子見をするだけで手を出したりはしない。
「アンタ子供のクセに変な知識持ってるわよね」
「まぁな」
米を知っているのは俺だけなので、鍬で耕すのも必然的に俺になる。
だから俺が鍬を手にして意気込んでいると休憩中の人達が野次馬根性丸出しで集まって来るんだけど、こうも失敗続きだと飽きられて最近では誰一人寄り付かなくなっていた。
しゅ、集中出来るから別に問題ないし。むしろ嬉しいし。
「どうせ今日も失敗する」
「お前は俺の味方しろよ」
俺に対して常時毒舌のルナマリアならわかるけど、一緒に努力する立場のニーナがそっちに回ったらダメだろ。
まぁ精々今のうちにバカにすればいいさ。
「さて・・・・と。いっちょやりますか。
見るがいいっ! この家庭菜園で鍛えた鍬捌きを!」
今日こそイケる。
そんな確信を持って俺はあてがわれた土地を耕し始めた。
これまでと違って鍬が輝きを放ち、例え柄を握っていなくてもあっちから吸い付いてくるような感覚を覚えたのだ。
これぞまさに経験値が貯まってレベルアップした証拠。
これで成功しなきゃ嘘だろ。
「行くぜ相棒!」
(任せなルーク! 米。知らない新しい作物だが、この俺に作り出せない物なんてないぜ)
きっとこの手に馴染む鍬だってそんなセリフを言っているはずだ。
必要なのはイマジネーション。米を食べたいと想う心。
米の成長過程を思い出すんだ。
モチモチしたご飯を思い浮かべるんだ!
田んぼ一面に輝く黄金色の稲穂を考えるんだっ!!
ザクっ!
「米!」
(モチモチ!)
ザクっ!
「米ぇぇーーーっ!」
(ツブツブ!)
ザクっ!
「こぉぉーーーめぇえええええーーーーっ!」
(土の精霊よ。我に力を。新たなる作物の誕生に祝福と感謝を)
あ・・・・あれあれ? 鍬さん、最後だけやけに呪文っぽいですね? もしかしてそれするだけで良かったりします?
(ノーコメント)
そうですか。
そんな調子でたまに雑念を入れながら俺は一振り一振りに魂を込めて田んぼ予定地を耕していく。
これまで挑戦した場所では失敗であるにしろ、それはそれで農業向きな土地になっているので結果オーライだ。
「お~・・・・精霊集まってる」
「まぁ凄いけど、なんで叫んでるの? アイツの唾が付いた米とか食べたくないんだけど」
「コメ~・・・・コ~メ~」
どこからともなく現れたベーさんが俺のセリフを真似ながら転がっているのは放っておくとして、ニーナとルナマリアは間違いなく精霊が集まっていると言い、何かが生まれる期待感を煽ってくれる。
あとは小麦を撒いて変化する事を祈るばかり。
「わたしの出番もある」
「おっとそうだった。ニーナよろしく」
耕し終わったら、次にする事は魔力と精霊による苗の活性化。
ここはニーナに任せるしかない。
補足説明しておくと、俺が耕した後からルナマリア達が小麦の種をまいてくれている。
ってかこれ失敗したら『どうせ出来ない』とか考えてる君等のせいじゃね?
「・・・・てい」
「もうちょっと張り切ろうか。それだと何してるか伝わりにくいから」
「・・・・はっ!!」
「いいよいいよ~。あたかも地面に両手をついて力を込めた感じが伝わってくるじゃないか」
「アンタが言えば良いだけでしょ。ほら慣れない大声出したからニーナが恥ずかしがってるじゃないの」
それもまた良し!
あとは定期的に見に来て、何が育ってるかのお楽しみだな。
「ルナマリア、管理はよろしく」
「はいはい、食べられる物が育つことを祈ってるわよ」
くっ・・・・バカにして・・・・今に見てろ!
鍬は畑の『うね』を作るのに向いていますが、ルークがやっているのは固い地面を柔らかくする作業なので、米は畑ではなく田んぼで実らせます。