二百十三話 オルブライト侯爵
春・・・・それは出会いと別れの季節。
春・・・・それは人事異動の季節。
春・・・・それは・・・・・・進級の季節!
「春休みだぜ! フォォォオオオオォォォーーっ!!!」
そう! 今、俺達学生は春休みに突入したのだ!
この高ぶる気持ちをどう表現したらいいのかわからず、取り合えず気の向くままに叫んでみた。
そんなハイテンションな俺を一気に冷めさせる2人が。
「ねぇ本当に行かないの? 楽しいよ? 貴重な体験だよ?」
「ダンジョンよ、ダンジョン! 絶対行くべきでしょ!?」
「だから行かないって・・・・」
ヒカリとアリシア姉だ。
彼女達は春休みを使って本格的なダンジョンと化したベルダンに挑戦する計画を立てていて、断ってるのにこうして俺を誘い続けるのである。
話は今から2週間ほど前まで遡る。
ロア商会はオルブライト家が出資をしている話題の企業であり、我らが家長アラン=オルブライトの協力がなければここまで活躍することは無かった。
その功績が認められて父さんが子爵から侯爵に昇進した事からこの話は始まる。
日本と同じでアルディアも2月末に決算棚卸、3月末に人事異動みたいだ。まぁ転勤させる前の片づけをする意味でもこの順序が最適なんだろう。
突然の朗報に俺達は、照れている父さんを祝福した。
「父さん、おめでとう! 何もしてない気はするけど、棚ハチなだけだと思うけど良かったな!」
ぼたもちが存在していない世界では、思いがけない好運を得ることを『棚からハチミツ』と言うらしいぞ。略して棚ハチ。
「ルークが知らないだけで大手の取引はアランがしてたのよ?」
「そりゃ失敬」
俺が皮肉交じりにお祝いすると、母さんから説教が飛んできた。
だって本編で全然触れないんだもん、知らんよ。貴族の仕事に関わってるわけでもないし。
「まぁ何か変わるわけじゃないけどね。
侯爵だから別の土地で領主をすることも出来るけど、僕はヨシュアをより良い街にする方が楽しいから断ったんだ」
『自分がしたかったから』だと語る父さんだけど、俺達のためにエリートコースから外れて今まで通りの生活を望んでくれた事を知っている。
侯爵レベル1の父さんが転勤を繰り返して経験値を積み、レベル50になった暁には領主にジョブチェンジ出来るシステムらしいので、つまりはオルブライト家全員がヨシュアを離れないといけなくなるのだ。
貴族の単身赴任はありえないようなので、俺やアリシア姉は強制的に転校させられる事を意味しているんだけどそんなのお断りだし、現状に不満なんて無い。
それどころか下手すればスラム街を放置していたバカ貴族達によって再び腐敗させられるかもしれないって考えたら、レオ兄に後を継がせるためにも現状維持しようって事になったわけだ。
要は相変わらずの下働き・・・・。
ただ権力自体は上がったから貴族連中にグダグダ言われなくなるな。
と、思ったら喧嘩を売られることはないけど、ごま擦りが増えるので声を掛けられる質が変わるだけのようだ。
当然その話はユキを通じて王都に居るレオ兄にも伝えられ、
「僕としては嬉しいね。卒業したらヨシュアで過ごすつもりだったから」
と喜びの手紙が送られてきた。『送られて』と言うか『手渡されて』だけど。
まぁここまでなら最初のダンジョンとは全く無関係な話に思えるだろう。
ただここから自体は急変する。
ひとしきり喜んだレオ兄が、手紙の最後に気になることを書いていたのだ。
「ところでルークは知ってる? 最近セイルーン王家に専属コーチがついて王族を鍛えてるらしくて、ウチの高校に通ってる王子様が目に見えて強くなってるって話だよ」
イブが個人的に筋トレをしているぐらいしか知らなかった俺は驚いたよ。
専属コーチってのは十中八九みっちゃんの事だろうけど、俺には彼女がそこまで指導上手だとは思えなかった。
となれば別の神獣が? 俺の知らないモフモフさんが!?
そう考えると居てもたってもいられなくなり、俺はすぐにイブに連絡を取った。
「秘密特訓とかズルいぞ!」
『・・・・バレた。ルーク君を驚かせようと思って黙ってたのに』
俺からの追及にイブは素直に白状した。
モフモフさんは居ないらしいけど、いい感じの訓練施設を作って秘密裏に鍛えているんだとか。
レオ兄が聞いた噂は本当だった。もしかしたら自分の目で確認したのかもしれない。
しかも聞けばその特訓は、俺がベルダンでやっているメニューと似ているらしいのだ。
ベーさんが協力でもしたんだろうか?
いや無いか。サボることにかけては超一流のグータラだし。
『門は5つまで開けられるようになった』
「っ!? ・・・・な、ななな、中々だな」
ちなみに俺は3つ。
その後の質問は適当にはぐらかして通話を無理やり終わらせた俺は、急いでフィーネとユキに相談した。
「負けてる! ありとあらゆる面でイブに負けてる!!」
「仕方がないですよ。ルーク様と王族の方々とでは基本能力が違います」
俺の筋力を50、イブの筋力を40だとすると、魔力ブースト分で差が生まれてしまうらしい。
その差・・・・現時点で100!
男だから筋力では女に負けないと思いきや、魔力強化によってイブの圧勝だと言うフィーネ。
尊敬される夫になりたかった俺はそりゃあ焦ったね。
ないと思うけど「あ、その魔道具私が直すから触らないで。ルーク君は不器用だし、魔力少ないし、力も弱いから邪魔」とか言われた日には号泣するぞ。
「ナンバーワンになれなくても~、もっと大切なオンリーワンになればいい~」
ユキが謎のメロディに合わせて俺を慰めてくれた・・・・のか?
ナンバーワンに『ならない』じゃなくて、どう頑張っても『なれない』って言われてるのが腹立たしい。
いつも通り意味不明なノリなので嬉しくもないけど、言っている事は正しいと思う。
要するに得意分野を鍛えてイブを『アッ』と言わせた良いんだろ?
「具体的には?」
「誰にも負けないオンリーワンを作っちゃいましょうよ~。
スペックでどうやっても勝てないのならそれは素直に認めて、自分が勝てる分野で勝負すればいいじゃないですか~。
ルークさんの特技、それは魔道具作りでしょうー!」
「た、たしかに・・・・っ!」
俺はベルダンへ走った。
「特訓メニューを変えてくれ!」
『突然どうしたんですか?』
たまたまダンジョンの入り口で花の手入れをしていたジョセフィーヌさんに事情を説明し、ホネカワも招集して作戦会議を開始する。
俺の目指せるオンリーワンを考えてもらうために。
『まぁ男なら当然の感情だ。
んじゃ特化して鍛えるか。やるなら・・・・やっぱり「目」だろうな』
『そうですわね。魔道具作りに最も役立つのは目です』
「本当に役立つ? それ鍛えてイブに勝てる?」
俺は疑うような目線でホネカワを睨む。
考えてもらっておいて悪いんだけど運命の分かれ道なんだよ、失敗出来ないところなんだよ。
そんな不躾な質問にも怒ることなく詳しい説明を始める2人。
『なら聞くが、魔法陣の回路を作ったとして一発で失敗の原因を見つけるためにはどうする?』
「・・・・使ってみて欠陥を調べる」
『それを見つけるのが「目」だぜ。
失敗した瞬間を見る事が出来る動体視力。もしかしたらヒカリみたいな千里眼に近い物を習得できるかもな』
『実験する前から違和感を感じられるようになるかもしれませんわね。少なくとも成功率はグッと上がるはずです』
つまり観察能力を向上させるって事か。
・・・・ありだな。
無理に体を鍛えないってだけ俺は納得した。
こうして急遽俺の特訓メニューが変わり、さらには指導者もこの2人で固定された。
しかも目を鍛える地味~な特訓なので使うスペースも小さいと来たもんだ。言ってしまえばベルダンである必要すらない。
そんなわけでベルダンは本来のダンジョンとしての姿を取り戻したのである。
ジョセフィーヌさんとホネカワだって本職はフロアマスターだしな。
そうなったら騒ぎ出すのはアリシア姉やヒカリと言った戦闘狂ども。
やれ「本格的に攻略してやるわ!」だの、「春休み使って潜りたいよね」だの、13階層踏破する気満々なのだ。
「俺は忙しいから勝手に挑戦してろ」
「「えぇぇ~~~?」」
俺にだってプライドぐらいある。
前世の知識を使った魔道具だけでなく、独自の魔道具を作り出して、さらにはイブの魔道具作りの指導なんかもしたいのだ。
負けられない戦いがここに始まる!
「イブさんが同じメニューをしていたら意味はありませんけどね」
「みっちゃんに別の指導をするように言っておきますね~」
「よろしく!」
危なかったぜぃ・・・・。